第4話 精霊王
「ここは、どこだ?」
転送された際に俺を包んだ魔法陣の光がおさまると、辺りが見た事のない景色に変わっていた。
「とりあえず、ダンジョンの中に転送されたってわけじゃなさそうだな。良かった」
ダンジョンの奥底にでも放り込まれたらどうしようと思っていたので、とりあえず大丈夫だった事に安堵する。
周囲の様子はパッと見たところ、森の中。
森の一部だけ開けた場所に転送された様だ。
他に確認できるものを探すとそびえ立つ木々のさらに奥の方に、今いる位置からでも判る高そうな壁が確認できた。
どうやら四方を高い壁に囲まれた森の中にいるらしい。
安堵したのも束の間。
壁が異様に感じられたため、ひょっとしたら此処はやっぱりダンジョンなのかもしれないという不安に駆られる。
と、同時に。
ピコン。
【スキル【薄氷の激運】を獲得しました】
「なんだ、コレ?」
目の前に突然、この世界に転移する際に現れたウィンドウ画面が表示される。
『ほほう。【薄氷の激運】とは、珍しい』
すると一緒に、誰かの声も聞こえてくる。
「えっ!?」
声が聞こえたので思わず振り向く。
慌てて周囲を見渡すが、誰もいない。
俺と一緒にオーブに触れて転送されたペナルティ組の姿ですら見当たらない。
俺一人しか、此処にはいなかった。
「気のせいか」
空耳だったんだろう。
そう思う事にした途端、再び声が聞こえてくる。
『という事は、恐らく小奴は転送されて此処に来たのか。運が悪くて良い奴だな。ハハハッ』
「っ!?」
慌てて声が聞こえた方を見てみると、空中に浮かぶ金髪碧眼の少女の姿が見えた。
「えっ?」
『えっ?』
「はぁっ!?」
『はぁっ!?』
空中に浮かぶ少女と俺は、互いに目を合わせたまま一時停止する。
三秒程経った頃だろうか。
時が動き出す。
「き、君は一体!何で浮かんでいるんだ!?」
『なんだお主!我の姿が見えているのか!?』
お互いに、同時に、疑問をぶつけ合う。
声が被ってしまったせいで二人とも、何を言っていたのか解らなかった。
とりあえず落ち着こう。
向こうもそう思ったのか、胸に手を当てながら地上に降りてくる。
「え、えーっと。初めまして」
『こちらこそ。初めましてなのじゃ』
金髪碧眼の少女は見た目こそ年下に見えるが、喋り方からすると、俺よりもはるかに年上に思えた。
空中に浮かんでいた件もあるし、ただの人間ではないだろう。
この世界で転移者以外の人間との接点は、人間以外の種族との接点は、未だにない。
けれど色々な本を読んだおかげもあって、この世界には人間以外にも様々な種族がいるという事だけは知っている。
金髪碧眼を特徴とした種族。
読んだ本の内容を思い返してはみるけれど、見当がつかない。
しかし種族が解らなくても、見た目と実年齢が比例しない種族がいるという事は解っている。
なるべく失礼の無いようにしておくべきだろう。
目の前の少女に関して答えは出ない。
ならば素直に、聞いてみるのが一番だろう。
「あの、貴方はどちら様ですか?」
『そう言うお主は、我が見えるとわ。一体何者なんじゃ?』
確かに。
先に名乗らないのは失礼だった。
「すいません。俺……いや、私は。地球の、日本という場所。この世界とは別の世界から転移してきた、転移者でして。十三期の
そう名乗った俺はいつの間にか染み付いていた“十三期の”という肩書きに、思わず「クソッ」と呟き嫌悪の気持ちを抱く。
約束を守れなかった俺に落ち度があるのは解っている。
けれど。
裏切り者だと、仲間ではないと言い放った連中の決めたルールが頭に染み付いてしまっているという事が、堪らなく嫌に思えた。
『どうした?』
表情に出ていたのだろう。
少女が覗き込む様にして此方を窺っている。
「あー、っと。何でもないです。すいません。転移者の、防人透と言います」
『そうか、トールと言うのか。我の名前はルルート=レジン。精霊王じゃ。よろしくのう』
「精霊王、ですか」
『うむ』
精霊は珍しい種族で滅多に人前に現れないとか、早々出会える存在ではないと、確か少しだけ本に書いてあったはず。
少女はその種族の、よりにもよって王様なのか。
丁寧に接していたつもりだけれど不敬がなかったかどうか、怒りを買ったりしていないかと、急に心配になってきた。
『ハハッ。そう畏まらなくても良い。行いも、普段通りで別に構わん。お主そういうのは苦手そうなタイプに見えるからのう』
「は、はぁ」
『今は我ら以外、特に誰かがいる訳でもなし。せっかくの出会いなのじゃ。気楽に話し合おうではないか。我も久々に誰かと話せる機会を得たのじゃから、お互い気楽にいこうではないか』
「わ、かりました。では、お言葉に甘えて」
『うむ』
畏まる事や丁寧な態度は苦手分野。
そう言ってもらえて、本当に助かる。
不敬な事があったとしてもあまり怒られなさそうな雰囲気で、一安心だ。
「あ、あの。それで王様は、此処で一体何をしていたんですか?」
『敬語も敬称も必要ないぞ。普段通りで、本当に構わんて』
念押しされた。
俺は軽く咳払いをして、再度尋ねる。
「ルルート様は此処で、何をしていたんだ?」
『様とか別に、いらんのじゃがのう。まぁ良いか。いやなに、特に何もしていなかったぞ』
「えっ?じゃ、じゃあ。どうして王様が、こんな何もない辺ぴな場所に?」
『今の我には事情があってのう、魂だけの存在なんじゃ。肉体は別の場所にあるんじゃが、戻りたくても自分の力では元に戻れん』
「は、はぁ」
『それならそれで、仕方がないかと思ってのう。肉体に戻れる機会が訪れるまではどうせじゃから自由に動ける魂のまま、ふらふらと旅をしておっただけじゃ』
何てポジティブな少女なんだ。
俺が同じ状況になったとしたら、慌てふためくに違いない。
『そういうお主は、どうして此処におるんじゃ?』
「えっと、色々とあって」
一から説明するのは嫌だし、聞かせても面白くない話。
だから端的に伝える。
「オーブに触れたら、此処に転送されてたんだ」
『転送の魔法がかかったオーブに直に触れたのか?ハハハッ。アレの取扱と能力の判別は、難しいからのう』
端折り過ぎて、どうやら事故で此処に転送されたと思われた様子。
やはりちゃんと説明した方が良いのかなと思ったけれど、まぁそれでも特に問題はないかと思い直す。
嫌な事はさっさと忘れたい。
『いやしかし、お主生きてて良かったのう』
「ん?どういう意味だ?」
『やはりアレがどういった物か、知らなんだか』
転送されるオーブに触れただけなのだから死ぬ事なんてないだろうに、ルルートにその辺りを詳しく説明していないから何か勘違いをさせているのだろうか。
それとも、あの触れると転送されるオーブには何かあったのだろうか?
『お主が触れたオーブ。似たようなアイテムは数多あるが、転送の魔法がかかっていて此処に飛ばされたのなら、十中八九間違いないじゃろうて。アレの正式な名称は【三途の宝玉】と言ってな』
「【三途の宝玉】?」
そんな名前が付けられていたのか。
転送するだけのアイテムとしか思っていなかった俺は、何やら物騒な名前が付けられていた事を知って嫌な汗が出てくる。
『触れた対象にランダムでスキルや魔法を与える代わりに、試練を与える代物じゃ。まぁ試練と言えば聴こえは良いがのう。大概は与えられるモノの割に全く見合わない場所に送られて、直ぐに死ぬ。別の名では、【死出のオーブ】とも呼ばれておる』
「……」
それを聞いて絶句する。
あの七三分けや三つ編みは、その事を知っていたのだろうか?
はっきりとは解らないが、きっと知っていたんだろう。
《オーブに触れるか今私達に殺されるか、どちらかを選べ》
あの時の言葉が頭に流れる。
最初から、俺達ペナルティ組を殺すつもりだったのか。
しかしそんな俺の思いを吹き飛ばす発言が、ルルートから飛び出した。
『本来なら直ぐ死ぬと言われておるのにのう。なのにお主は今、こうして生きておる。ハハハッ。割に合わんガチャでも引いた、そう思うしかないな。ハハハッ』
「ガ、ガチャ!?えっ?どこでそんな言葉を……」
俺も同じ事を思ったけれど、恐怖と不安と怒りの気持ちが勝っていたせいでそれどころではなかった。
それがまさか、精霊王と名乗る人からそんな言葉が出てくるなんて。
思いもしていなかった事に、一気に我に帰った。
『ん?使い方を間違えたか?合ってるじゃろ?』
「まぁ、合ってはいるけど」
『いつだったか。転移者の知り合いを持つ獣人族の我の友人が、ガチャとは何かを教えてくれてのう。こういう時に使う言葉で合ってるじゃろ?』
「ええと。まぁ、合ってる」
『おぉ!良かった良かった。恥をかいたのかと思ったぞ。ハハハッ』
転移者の影響か、それなら納得だ。
気づいてはいなかったがこの時のルルートのガチャ発言のおかげで、俺の色々な負の感情はどこかへ消え去っていた。
「与えられたスキル……。そうだ!さっきのスキル!【薄氷の激運】ってのが何なのか、ルルート様は知っているのか?」
スキルの名前は、確かそんなだった様な。
一瞬だったしルルートの声に気を取られた事もあって、ちゃんとは憶えていないけれど。
確かそんな名称だったはず。
『ああ。先程お主が与えられた、あのスキルの事か。珍しいスキルで、ある程度の範囲でなら知っておる。くらいじゃな』
どうやら名称の方は合っていた様だ。
「良かったらどんなスキルなのか、教えてもらえないか」
『ん?自分で調べたら良かろう』
「えっ?」
『えっ?』
「いや。自分で調べられるのか?」
『調べられんのか?』
俺が自分のステータスを知ったのは、調べられたのは、転移者を取り仕切っていた連中の中に調べられる奴がいたからだ。
自分では調べられない。
その事を軽く説明するとルルートは可哀想な者を見る眼で、泣きそうな眼で、俺をみつめてきた。
「なんだよ。その眼は」
『いや、何。転移者は基本的にダンジョン探索が義務付けられているというのに、簡単な己のステータスの確認すらままならぬとわ。なんて―――』
「なんて。なんだよ」
『哀れよなと、思っただけだ』
「顔に出てるっての!」
『そうだったか?それは、すまなんだ』
「兎に角。ある程度でも良いから、知ってる事があるなら教えてほしい」
オーブに転送されると割には合わないスキルが付与されるとルルートは言っていたが、珍しいとも言ったんだ。
何か特別なスキルなのかもしれない。
欠陥スキルしか持たない俺の、今後の役に立つかもしれない新しいスキル。
何でも良いから情報が欲しい。
『ステータスの確認が己で出来ないのであれば、我がお主を調べても良いのであれば、仔細解るぞ』
「そうなのか?」
『スキルではないが、我は【鑑定】の魔法が使えるからな。お主を調べれば一発じゃ』
「なら、お願いしたい!【鑑定】の魔法を俺に使ってくれ!」
『じゃが、本当に良いのか?』
「何が?」
『ステータスを他人に教えるというのは、あまり勧められる行為とは言えん。我も【鑑定】が使えるとは言え、敵やモンスター以外の者にはおいそれとは使わん』
確かに、普通ならそうだろう。
俺だってそう思う。
けれど今は、見知らぬ土地に体一つで放り出されたんだ。
四の五の言ってはいられない。
「良いから。大丈夫だから」
『そうか?なら、失礼』
そう言って、ルルートが人差し指を俺に向ける。
特に何も起こらない。
ルルートの人差し指の先に、魔法陣が小さく現れたくらいだ。
「どうした?失敗したのか?」
そう言うと。
再びルルートは先程と同じ可哀想な者を見る眼で、泣きそうな眼で、俺をみつめてきた。
「その眼をやめろ」
『いや、なに。すまんのう。己以外を調べる際に使用する【鑑定】の魔法やスキルの内容は、使用者にしか解らんのじゃ。使用された者には違和感があるくらい。だが今回は、許しがあるからな。お主が違和感も何も感じんのは当然じゃろうて。そんな事も知らんとは、なんて―――』
「ああ、もう。わかったわかった。哀れで良いから、早く教えてくれ」
『すまんすまん。怒るな怒るな』
こっちはこの世界、初心者なんだ。
知らない事なんて山の様にある。
「で、どうなんだ?詳しく解ったのか?」
俺のステータスを確認していたルルートの動きがピタッと止まった。
そして次第に、身体をプルプルと震わせる。
「お、おい。どうした?俺に何か別の、何か悪いモノでも見つかったのか!?」
ルルートの無言で震える姿を見ると、不安になってくる。
俺に何か異常でもあったのだろうか。
身体を揺さぶってルルートを我に返したいところだが、揺さぶる身体がない。
待つしかない。
暫くして。
ハラハラとするだけだった俺を吹き飛ばす程の勢いで、ルルートがいきなり大声を上げた。
『お、お、お、お主!【鎮魂】のスキルを持っておるではないか!!』
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