勇者シャレラバティと3人の仲間たち

鹿島さくら

勇者シャレラバティと3人の仲間たち(話の核)

 目の前には大きくて真っ黒い翼と尻尾を持った魔王が立っている。熊みたいな毛むくじゃらの真っ黒い体は3メートルはある。そのうえでゲームなんかで見る魔王よりうんと恐ろしいから脚がふるえる。別に俺が臆病なんじゃない。体中に目玉が付いてギョロギョロしてるなんて誰でも怖いはずだ。

(だけど……)

 ちらっと左右を見ると、アンナとユウタがゆっくりと立ち上がっている。

「レン、まだ行けるか」

 ユウタが肩で息をしながら聞いてくるのに俺は「うん」と答えて手の中にある剣を握りしめる。その隣でアンナが黙って一歩前に進み出た。

 それを見て、魔王が大きな口を開けて笑った。

「あっはっはっはっは、何だアンナとやら、泣いているではないか!」

 耳障りな声だった。

 後ろからうめき声がする。倒れていたシャレラバティが立ち上がったのだ。それを見て、魔王はまた笑う。

「なんだ、勇者シャレラバティ。一度はこの我に負けたというのに、まだ戦うつもりか」

「そうだよ!」

 答えたのはアンナだった。ぼろぼろと涙を流す目をぬぐって槍を持つ手に力を込めて言い返す。

「私、戦うの。そう決めた!」

「怖いのなら逃げ出してしまえばいいのになァ、馬鹿だなァ」

 からかうような物言いに、アンナは槍を構えながら言い返した。

「いくらでも笑いなさい、私はもう、誰が何を言ったってそうするって決めたから! 怖くても自分が正しいと思ったことをするの。シャレラバティみたいに!」

 言い終わるや否や走り出し、次には槍を床に突き立て、それを支えにして高く跳び上がる。陸上選手の棒高跳びのような動き。それぞれがもつ武器の力のおかげとはいえ、その凄まじい跳び上がり方に俺たちはポカンとしてアンナを見上げる。

 その目には、ただ自分が決めたことを成し遂げようという強い意志が燃えている。この旅を始めたころ、自分の意見を言うのを怖がっていたアンナはもうそこにはいない。

 アンナの持つ槍がまっすぐに突き刺さるが、長い尻尾が槍と彼女をひとまとめにして弾き飛ばす。すかさずイラーハが精霊の加護で受け止め、それを見ると魔王は槍で傷ついた足を引きずりながらも笑った。

「クハハハハ、お前たちみたいな子供に何ができる! 馬鹿だなぁ、いくら勇者のシャレラバティに頼まれたからと言って、異世界から来たお前たちには関係ないことだろう?」

 そうだ。関係ない。魔王を倒す戦いなんて別に俺たちが協力しなくても良い。ここまで沢山の大人がそう言ってくれた。隠れ里のみんなも俺たちのことを大事にしてくれて、守ってくれて、気を使ってくれた。いま後ろにいるシャレラバティもイラーハも、何度も俺たちをかばってくれた。

「だとしても、僕はやるよ」

 ユウタが弓を構えて言った。凛とした声だった。

「僕にはそれが出来るから。なあシャレラバティ、僕気づいたんだよ。なんで僕がお前の冒険物語が好きだったのか」

 弦を引くと、魔力で作られた矢が現れる。

「僕も、お前みたいになりたかったんだ。自分が出来ることに一生懸命になれるお前が羨ましかった!」

 2本、3本と増えた矢が放たれてまっすぐに魔王に向かって飛んでいく。それを合図に、立ち上がったアンナと一緒に俺は剣を構えて魔王に向かって駆けだす。

 それを見た魔王はまた声を上げて笑った。

「ハ、ハ! 愚かなりシャレラバティ、こんな子供たちに破邪の武器を託したのか。そんなことでこの魔王たる我が倒せると思っているのか!」

 アンナが魔王を黙らせるように、その鼻先に破邪の槍を投げた。一瞬ひるんだ隙に大きく踏み込んで横一線に剣をふるう。魔王の体中の目が反射的に閉じるのと同時に、毛むくじゃらの脚がガクンとひざをついた。

「倒すよ、俺たちは」

 俺は確信をもって言って、魔王の体中の目を鋭くにらみつける。

 グ、と魔王がひるんだ。

 魔王の顔面に精霊イラーハの炎が浴びせられたのだ。それと同時にヒュ、と音がして頭上を人影が跳ぶ。勇者シャレラバティが高く跳び上がって魔王の額に輝く剣の鞘を振り下ろしたのだ。流れ星のような一撃に熊のような魔王の体が床に沈み込み、ズドンと凄まじい音が響く。

「シャレラバティ、ありがとな!」

「あんまり動いちゃだめだよ、怪我してるんだから」

 俺とアンナがシャレラバティに駆け寄ると、長い金髪を揺らした彼ににこりと微笑まれる。

「ボクだって頑張るよ。ボクのことを信じてくれたみんなにかっこいいとこ見せたいもん」

 勇者シャレラバティはブイサインしてウィンク。王子で勇者のくせに、こういう俺たちみたいに普通なところに思わず気が抜けて笑ってしまう。

 しかし。

「3人とも、しゃがめ!」

 向こうで弓を構えていたユウタが焦ったように大声を上げた。

 次の瞬間、頭上でブォンと鋭く重々しい音がした。魔王の尻尾が暴れている。尻尾に向かって続けざまに魔法の矢が打ち込まれるが、鱗のついた尻尾に弾き飛ばされていく。

「こっちに戻ってください!」

 顔を青くしたイラーハが魔法で植物のツルを伸ばして俺たちを纏めてひっつかんで引き戻してくれる。その横っちょスレスレのところを魔王の尻尾がかすめて、そのままバゴンと音を立てて大きく地面をえぐった。

 ゆっくりと魔王が起き上がった。

「フハ、フハハハハハ! 勝ったと思ったのか? 人間ども!」

 大きな口をあんぐりと開けて牙を光らせたかと思うと、その体中でギョロギョロしている目がカッと鋭い光を発した。そのまぶしさに思わず目をつぶり、再び目を開けた時にはそこに巨大な龍が立っていた。真っ黒い鱗が全身を覆い、金色の目が燃えるように光っている。まだ動く足が地を踏みしめると、ズドンと足元が揺らいだ。

「勝てるわけがない、勝てるわけがないのだよ、人間ども!」

 ドラゴンの姿になった魔王は長く太い首を持ち上げ、大きな口から火を噴いた。こちらに飛び込んでくる真っ赤な炎に対して、シャレラバティは手にした輝く鞘をかざした。災いを防ぐという鞘は盾のようにその炎をはじき返す。さらにイラーハがそのほっそりとした手を指揮棒のように振って唱える。

「炎よ、精霊アスハ・イラーハの名のもとに舞い降りよ!」

 その声に答えるように真っ赤にかがやく魔法陣が現れて炎が噴き出し、はじき返した炎と一緒になって魔王に襲い掛かる。

 ゴウ、と音がして煙が上がる。

「倒した?」

 俺が問うと、シャレラバティは首を横に振る。

「いや……まだだ」

 もうもうと立ち上がる煙を割って出てきた魔王は鱗の一部が溶けているものの、ニヤニヤと笑っていた。黒い体の中でらんらんと輝くヘビのような金色の目が俺とアンナとユウタを捉える。

「そこの子供たちよ、ご苦労だったなぁ、わざわざ異世界からやってきてこの魔王たる我を倒そうとするなど。しかし愚かなことだ、一度は我に敗れたシャレラバティを信じてあこがれるなどと」

 俺たちの前に立っていたシャレラバティの肩が震え、若葉色の瞳が滲む。その隣でイラーハも眉間にしわを刻んでひきつった声で言った。

「……そうです。この精霊アスハ・イラーハともあろうものが、全く関係のないまだ子供のあなた方をこの世界に招いてしまった。そして沢山の危険な目に合わせてしまいました。ごめんなさい」

「ボクも……ごめんね、レン。君が思っていたみたいな勇者シャレラバティじゃなくて。本に書いたのとは違って、結局現実のボクは魔王を倒せなかった。君にはかなわないものに挑戦し続けることに意味がある、なんて言っておいて結局負けて、君を失望させた」

 情けない勇者シャレラバティでごめんね。

 そう言って、大人は泣きながら眉をハの字にして笑った。

「……そうかもしれない、けど」

 確かに一度は俺もシャレラバティに失望した。裏切られた気分だった。彼の著作でもある大好きな『勇者王子シャレラバティの冒険』とは違って、現実のシャレラバティは魔王を討伐できなかった。そんな奴に、敵わない目標に挑み続けることに価値がある、あんて言われても説得力なんて無い。

 そう思っていた。

 向こうに立った魔王が大声で笑う。そうだろうお前は情けない、と笑っている。その耳障りな声に、剣を握る手に力が入る。眉間にも力が入り、頬を濡らしたまま笑う勇者に俺は叫ぶように言った。

「でも、そんなことないだろ!」

 とっさにシャレラバティの手を握る。大きな手には不思議な場所がごつごつしていた。多分、剣ダコ。彼がその手に剣を握って戦い続けた証だ。そして俺はその戦いをよく知っている。何度も何度もあの本で読んだ。

「レン?」

 シャレラバティはぽかんとしている。

「隠れ里の人たち言ってたぞ、あんたが敵わないかもしれないって思いながらも魔王と戦ったことに勇気をもらったって! だからあの人たちは今俺たちが魔王との戦いに集中できるように勇気を振り絞って魔王軍を押しとどめてくれてるんだよ!」

「でもレン、失望したでしょ」

「……そりゃあしたよ。勝つのと負けるのなら勝つ方がいいに決まってる。でも、そうじゃない。そうじゃないんだ!」

 そうだよ、とさわやかに言ったのはアンナだった。俺たちの手に自分の手を重ねながら喋る声は確信に満ちている。

「私にとってはシャレラバティの最初の魔王討伐が成功してても失敗してても関係ないの。あなたが泣き虫でも大丈夫って私に言ってくれたことは本物だから」

「僕も、そんなこと気にしてない」

 そう言ったユウタはアンナの手の上に自分の手を重ねる。

「シャレラバティ、僕はお前の書いた本に夢中になったんだ。何にも興味が薄い僕にも夢中になれるものがあるのが嬉しかった。それに、こっちの世界で僕たちのことを何度も守ってくれた。それに恩返しがしたいんだ」

 イラーハにも、とユウタが笑う。釣られたように優しい女精霊は微笑んだ。泣き笑いするその顔が綺麗だった。

「今度こそ倒すぞ。大丈夫、僕たちはシャレラバティ、お前の戦いに、お前の書いた物語に勇気をもらったんだ」

「そうよ、私たちシャレラバティみたいになりたいの!」

「俺たち、最後まで一緒に戦うぜ」

 その言葉に応えるように、俺たちの手にしていた武器が特別強い輝きを放った。

 どこか不安げなシャレラバティやイラーハに言葉をかける暇はない。アンナとユウタと並んで武器を構えて魔王をにらむと、真っ黒い龍は口を開けて笑った。

「クハハハハ、話が済んだようだな。まったく、どれだけ言葉を重ねようと結果は同じ。さあ、かかってくるがよい!」

 パカリと開いた牙だらけの魔王の口の中で赤い光が生まれる。

「行くぞ!」

 両隣に声をかけてそれに向かって真っすぐに走り出す。口から放たれた炎をするりと前に出てきたシャレラバティが鞘をかざしてそれをはじく。自分の炎を顔面に浴びた魔王は一歩後ずさって長い首を振る。

「おぉッ?! 目の前が炎で……!」

「チャンスだ! アンナ、ユウタ!」

 隣の2人は分かってる、と返事してそのまま足を止めずに魔王の鼻先まで駆けていく。その時後ろからイラーハが叫んだ。 

「ジャンプしてください、3人とも!」

 足元に白い魔方陣が現れて光った。言われたとおりに脚に力をこめて跳び上がると、ポンと身体が浮き上がる。

「上か、逃さんぞ!」

 すかさず魔王がぐるりと顔を上に向けて大口を開いた。急いで武器を構えるが、それよりも早く。

「こっちだ魔王!」

 シャレラバティの声がして、長く伸ばした魔王の首元に閃光が走った。魔王を唯一倒せる武器、破邪の武器の一部である鞘での攻撃は有効らしい。魔王の意識がシャレラバティに向かった。

(……倒せる、気がする)

 アンナとユウタと視線をかわす。

(でも、無理かもしれない。どっちでもいい)

 武器を構える。

(……ただ、今ならわかる。シャレラバティ、あんたがかつて魔王に勝てなかったけど、その戦いぶりが隠れ里の人たちに抵抗する勇気を与えていたみたいに) 

 跳び上がった体は重力に従って真っすぐに落ちる。

(今度は俺も、そうやって困難なことにも勇気を出して挑むことで、誰かに勇気や希望を渡したい!)

 ユウタが弓の弦を引くと、特別大きな魔法の矢が現れる。

「破邪の弓よ、流星のごとく、貫けーッ!」

 ピカピカと輝く矢が流れ星のように魔王の背に降りかかる。その衝撃でぐわん、と龍の背が弓なりにしなる。

「破邪の槍よ、雷のように!」

 そこにアンナが黄金の槍を突き立てる。雷のように輝きながら真っすぐ駆ける光が黒い鱗に覆われた背を貫き、グォォォォォン、と魔王の咆哮が響く。

 その苦しみの声を上げながらも黒い鱗に覆われた長い首がゆっくりと持ち上がった。その視線の先にシャレラバティとイラーハがいる。

「させるかよ!」 

 龍の背の上で助走をつけて跳び上がり、剣を掲げてその頭に剣を振りかぶる。

「破邪の剣よ、これで終わらせるぞ!」

 俺の言葉に応えて太陽のように輝いたの剣を、魔王の頭を叩きつける。

 同時に、シャレラバティとイラーハもまたそれぞれ武器を手に龍のあごに攻撃を繰り出した。

「破邪の剣、その鞘よ! ボクに力を!」

「光よ、精霊アスハ・イラーハの名のもとに邪悪なるものを滅せよ!」

 3条の光の筋が魔王の頭を貫いた。

「……何、だと? 我が負ける?」

 逃げられない、と悟った魔王がゆっくりこちらを向きながら目を見開く。そぅら見たか、という気持ちで俺は笑って言ってやった。

「これがお前が馬鹿にしたシャレラバティとその仲間たちの力だ!」

 魔王の体は勢いよく倒れこむ。ズドォォォン、大きな音を立ててその巨体がぐったりと力なく地に伏せると、あたりはシンと静まり返った。

「終わった、の?」

「……そうみたいです」

 守護精霊の言葉に、魔王の方を見ると大きな竜の体はサラサラと灰になっていき、吹き込んだ風に飛ばされていく。

 ようやく落ち着いてみると、無茶な戦い方をして身体の節々も痛いし何よりひどく疲れていた。肩で息をしながらその場に座り込むと、アンナとユウタもへなへなと床に膝をつく。本当にありがとう、と言ったシャレラバティだったが、ふと外を見て「あ!」と大きな声を上げた。

「見て、街を覆ってた魔法石が消えていってる!」

「これで宮廷魔術師を呼んでこれます。あなたたち3人を元の世界に返せます」

 ほっとしたように女精霊イラーハは言った。けれどその顔はどこか寂しそうで、それは俺たちも同じだった。

 シャレラバティは僕たちの傍に座り込んで、あのね、と話し始める。

「レン、アンナ、ユウタ。ボクと一緒に旅をしてくれてありがとう」

 かつて一度魔王に敗北した勇者はそう言って笑った。彼の長い金髪は戦いでボサボサになって土埃に汚れていたけれど、それでも差し込んだ光をうけてキラキラと輝いて綺麗だった。

「君たちのおかげで、ボクの旅はようやく終わった」

 そう言うシャレラバティの若葉色の瞳が潤んでいる。

「……ボクを信じて、勇気をくれてありがとう。」

 そして俺たち三人をその長い腕で抱きしめた。気恥ずかしかったけれど、抵抗はしなかった。

 泣き虫のシャレラバティ、お人よしのシャレラバティ、強くはないシャレラバティ。それでも彼は俺たちにとっての憧れで、勇気をくれた人で、そんな人にお礼を言われるのが嬉しかった。

「こっちこそありがとな。大好きな物語の世界を一緒に旅できてうれしかったぜ」

「うん、私も。シャレラバティとイラーハのおかげでちょっと自分に自信がついたよ」

「僕からも……ありがとう。お前に会えてよかった。イラーハも」

 そっとシャレラバティの背に腕を回す。

 旅には始まりがあり、そしていつか終わりがくる。俺たちの旅はここで終わり、じきに異世界転移魔法で元の世界に戻ることになる。

 この世界やシャレラバティやイラーハにもう二度と会えないだろう。

 そう思うと、視界がじんわりと滲んでいく。シャレラバティの背に回した腕に力を籠める。隣ではアンナが鼻をすすって、ユウタが「ちくしょう」と小さな声で呟いている。それをどう思ったのか、シャレラバティは俺たちの背をポンポンと叩いて大丈夫だよ、と軽やかな声で言った。

「泣くことはないさ、またボクの書いた本を読めばいいんだ」

 そう言って愛読書の著者は若草色の瞳でウィンクしていたずらっぽく笑う。

「それでも寂しければ、今度は君たちがこの旅の物語を書くと良い。そしたらボクはその中で何度だって君たちに会いに行くよ」

 本当にありがとう、レン、アンナ、ユウタ、僕の自慢の3人の仲間たち。

 シャレラバティは力強く笑った。

 釣られるように俺たちも笑顔になる。元の世界に戻ったら、まずは充電の切れたスマートフォンを充電しよう。そして、メモ帳のアプリを開いて書き始めるのだ。

 俺たちシャレラバティと3人の仲間たちの物語を。

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