第60話 火急の件

本編終了後のお話です。ご注意下さい。


__________


 今日は夜明け前から雨がシトシト降り続いている。


植物にとっては恵みの雨でも、僕は雨が余り、、、。


正直なところ、爽やかな快晴の方が好きだ。


そんな事を考えながら、窓の外に見えるバラの庭園をぼーっと眺める。


あれ?今年は赤いバラより、ピンクのバラが多い、、、。


アリスは何色が好きなんだろう?


朝からずっと書類のチェックをし続けて、僕の集中力は完全に途切れていた。


「ジル、疲れてない?」


可愛い奥さんは、僕の不穏な行動を簡単に見抜く。


アリスに隠し事は出来ない。


いや、それは嘘。


結構、隠し事はある。


「うーん、疲れているかも。雨は嫌い」


アリスの方へ視線を向けると、彼女はマルリを抱っこしていた。


「忙しいのは分かるけれど、無理しないでね。何か手伝おうか?」


「ありがとうアリス、そろそろキリが良いから、休憩する」


「分かったわ。お茶とお菓子を頼んで来るわね」


アリスは僕にそう告げると、マルリを抱っこしたまま、廊下に控えている使用人におやつの準備を指示するため、部屋から出て行った。


僕とアリスが水の離宮から、この王宮に引っ越して来て、早1ヶ月。


彼女は、すっかりここでの生活に慣れたようで、使用人達と廊下で立ち話をしていることも良くある。


ここで生まれ育った僕の方が馴染めていないかも知れない。


それもこれも僕の無愛想が原因なのだろうけど、、、。


早くキリの良いところまで終わらせて、アリスと美味しいお茶を飲もう。




「レナ、お茶のご用意をお願いしても良いかしら?」


 私は廊下で控えていた侍女に声を掛けた。


「妃殿下、承知いたしました。厨房まで行って参ります」


レナは私に即答すると、踵を返して去った。


王宮の皆さんは動きがキビキビとしている。


水の離宮のような穏やかな雰囲気は此処には無い。


そんな王宮生活で、唯一の癒しはマルリだ。


私は右腕で抱っこしたまま、左手でマルリの背中を優しく撫でる。


「なーん」


あー、可愛い!!



 アリスは廊下の用事を終えて、部屋に戻って来た。


その腕にマルリを抱いて。


「ジル、お茶の手配をレナにお願いしたわ」


「うん、ありがとうアリス」



 コンコンとノックの音がした。


「はい」


相変わらず、ジルは返事をしないので、私が答える。


「侍女のレナです。お茶をお持ちいたしました」


「どうぞ入って」


レナはワゴンにティーセットとお菓子を乗せて、部屋へ入って来た。


テキパキとテーブルへ、それらを並べていく。


私は手伝いたい気持ちを抑えて、見守る


此処は王宮なので、王太子妃らしい振る舞いをしなければならない。


「ご用意が終わりました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」


レナは私たちに一礼し、音もなく去った。


「ジル、仕事のキリはどう?」


「ああ、もう終わる」


ジルは私に返事して間もなく、ペンを置いた。


席を立ち、いつものように私の方へ来て、手を出す。


私はマルリを腕から降ろして、ジルの手を取った。


ジルは私を先にソファーへ座らせてから、自分もその横に腰を下ろした。


マルリはお向かいの空いた席にピョンと飛び乗って丸まった。


「ジル、紅茶とコーヒーがあるみたい。どっちがいい?」


「コーヒーがいい」


私はジルのカップにコーヒーを注いだ。


自分のカップには紅茶を注ぐ。


本日のお茶菓子はアップルパイだった。


「アリス、ありがとう」


「どういたしまして。ねぇ、ジル。アップルパイを見たらカフェヨハンを思い出すわ」


「ああ、久しぶりに行く?」


「そこは軽いノリなのね」


「まぁ、行きつけだからね」


「また陛下とか、お父様とかマルコくんに会っちゃったりして」


私がクスクス笑うと、ジルは微妙な表情になる。


「そう言えば、マルコくんって、皆さんと親しそうだったけど、普段は何処で何をしているの?あの歳で仕事はしていないわよね」


マルコくんは可愛らしい男の子で、見るからに貴族の少年って感じだったけど、何処の子なのかしら。


「・・・」


ん!?久しぶりにジルの無言タイムがやって来た?


ある意味懐かしいけれども、、、。


「ジル?私の話、聞いていた?」


「聞いていた」


「で、なんで無視?」


「いや、無視した訳では無いんだけど、、、」


ジル、変な感じー。


お腹が空いているのかな?


「アップルパイ食べる?」


「うん、食べる」


私はアップルパイをお皿に乗せて、フォークと一緒にジルの前に置いた。


「あーん、する?」


私がジルに尋ねると、無言で彼は左の耳たぶを触った。


あ、断られた。


まぁ、恥ずかしいのよね。


私は自分のお皿にもアップルパイを乗せた。


「じゃあ、食べよう!いただきます!」


私の声を聞いて、ジルはフォークを手に取った。


しばし、2人でサクサクいい音を立てるアップルパイを堪能する。


「美味しい」


ジルが、ボソっと呟く。


「ザクザクしていて、中身は思ったより甘酸っぱくて、上に掛かっている粉糖との相性が良いわね」


「うん、甘過ぎなくていい」


喋り出したところをみると、ジルは糖分が欠乏していたのかしら?


「それで、マルコくんは何処の子なの?」


「は?」


「いや、さっき質問の途中だったから」


「それは、、、」


ジルは私から視線を向かいのソファーへと移す。


「ニャーン、ナッ」


丸くなっていたマルリが鳴いたと思ったら、起き上がって伸びをした。


「マルリー!可愛い!!」


思わず、口に出る。


「アリス、いつもマルリが可愛いって言ってない?」


「ん?だって、いつも可愛いから」


ジルは微妙に拗ねた事を言う。


「ジルは、いつもカッコいいわよ」


何となくフォローを入れてみる。


すると、横からギュッと抱き締められた。


「アリスは、いつも可愛いよ」


ジルはそのまま私を押し倒して、キスをした。


「ジ、ジル、押し倒すのは、ちょっと、、、」


流石に、ここは執務室だし、今はお昼なので、自重して欲しい。


誰が来るかも、分からないし。


「大丈夫。誰も来ない」


ジル!!妖艶な色気を急に出し始めるのはヤメテ!!


私の抵抗も虚しく、ジルは私の首元に唇を這わせ始めた。


実は私が焦るのを楽しんでいるのでは無いかと疑いたくなる。


「ミャーン」


あ、マルリ!


マルリの声がすると、ジルが止まった。


「ジル、ストップ!!此処は執務室よ!マルリも見てる!」


私はこのタイミングを逃してはならないと、ジルに畳み掛けた。


「アリス、、、。マルリ、、、」


ジルはボソボソと何かを呟いた。


「とりあえず、此処はお仕事をするところでしょう?ジル、落ち着いて!」


ようやく私の言葉が届いたのか、ジルは身体を起こして、元の位置に戻った。


 「仕切り直すわよ。美味しいお茶を飲みましょう」


 私も起き上がって元の位置に戻った。


「ヤダ」


「は?」


ジルは、私の手をぎゅっと握った。


そして、ソファーから私たちの姿は消え去った。




ソファーの上に残されたマルリは、その姿をマルコに変えた。


マルコは廊下に出て、控えていた騎士と侍女にこう言った。


「王太子殿下と妃殿下は火急の件でお出掛けされました。本日はこちらへは戻られません」


それを聞いた騎士と侍女は苦笑いをしたとかしなかったとか。

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猫と皇子と私のラプソディー 風野うた @kazeno_uta

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