番外編

第59話 誘惑

 本編終了後のお話です。ご注意下さい。


__________



 僕が執務室のドアを開けると、ソファに見知らぬ女が座っている。


「またか、、、」


誰にも聞こえない声で呟く。


僕は彼女の存在を無視して、執務室の机に重ねられた書類を手に取る。


「ニャーン」


マルリが机の下から出て来た。


そして、ボクの足に擦り寄って来る。


「ジード様、あの女の人は勝手に入って来ました」


マルリは僕だけに聞こえる声で話す。


「1人で来た?それとも誰かが連れて来た?」


僕もマルリにしか聞こえない声で話す。


「このお部屋に入って来たときは1人でした」


「マルリ、ザザを呼んで来て」


「はーい」


マルリは、ゆらゆらと扉の方へ歩いて行く。


僕は、そっと扉を開けて、彼を廊下に出した。



 さて、どうするか?


この書類は殆ど機密文書だ。


仕事がしたいけど、今はすべきでは無いな。


椅子に腰掛けて、重要な書類を選び出し、さりげなく引き出しに入れていく。


念のため、鍵も掛けた。


 

 この離宮に住まいを移して、一年。


ブルボーノ公爵は遠慮なく女や刺客を僕へ送り込んで来る。


この見知らぬ女はどちらなのだろう。


真っ赤なドレスを着ているところを見るとハニートラップ?


ところが、この国では身分の高い者から声を掛けられなければ話しかけてはいけないというルールがある。


このまま、僕が無視し続ければ、この女は口を開くことが出来ない。


僕にとっては助かるルールだ。


「コンコン」


ノックの音と共にザザが部屋に入って来た。


ザザは、すぐに僕の顔を見る。


僕は見知らぬ女の存在を視線で知らせた。


「あの、どちら様でいらっしゃいますか?私はこの水の離宮の執事ザザと申します」


気高そうな女は、ザザをプイッと無視する。


もう、こんな女ばかりでウンザリだ。


不法侵入しているのはお前だろう!と、イライラする。


「お嬢様、こちらの部屋はジルフィード皇子殿下の執務室でございます。勝手に入られますと不法侵入として騎士団へ通報しなければなりません」


ザザは落ち着いた口調で、その女へ最後通告をした。


「貴方、何様なの?ワタクシに命令出来る立場ではないでしょう?」


せっかくのチャンスを自ら無駄にする女。


しばらく、3人の沈黙が続く。




 「コンコン」


 ノックの音と共に、今度は帝国第二騎士団副団長エドワードが入って来た。


「殿下、お呼びですか?」


「不法侵入だ。連れて行け」


ずっと黙っていた僕が、指示を出す。


その言葉を聞いた女は、焦り出す。


「ちょっと、何なのよ?私はわざわざ頼まれて来たと言うのに!失礼だわ」


「発言は許していない」


僕は冷淡に言い捨てる。


エドワードは騒ぐ女の腕を拘束し、連行して行った。


ザザも事情説明をするため、同行するとの事。



「ナーン」


 エドワードとザザが出て行って開いたままの扉からマルリが入ってくる。


「ありがとうマルリ」


僕は屈んで、マルリを優しく撫でた。




 その数日後、珍しくザザが女を連れて来た。


とうとう、ブルボーノ公爵はザザを取り込んだのか?と疑心暗鬼になる。


「ジード様、新しい侍女を連れて参りました」


ザザは、恭しく僕に言った。


いや、何を言う?この水の離宮に侍女が居たことなんて無いだろう!と、心中でツッコミを入れる。


僕が混乱している間にザザは女に何かを説明して去って行った。


今回は、今までとパターンが違う。


ザザは何を考えているのか、さっぱり分からない。


僕は色々考えながら、気付けば女をじっと無意識に眺めていた。


「みゃー」


ぼくの腕の中にいるボニーが鳴いた。


僕は我に帰る。


「うわー!、、、キャー!」


同時に彼女も驚きの声を上げた。


ん?何に驚いた!?


そして、僕をジーッと眺めてくる。


僕はどう対処すべきなのか、考えが纏まらない。


ハニートラップという雰囲気ではないし、刺客の様な鋭さも全くないこの女はどうしたらいい?


「ニャー」


ボニーが再び鳴いて、僕の腕から飛び降りた。


彼女は屈んでボニーへ近づき撫で始める。


僕は黙って様子を見ていた。


「あのーご主人様、私は何をしたら、宜しいのでしょうか?」


女が聞いて来る。


僕の方が身分が高いと知らない?


仮に侍女なら知っているハズだろう、、、。


え、何この女?


「ご主人様、お掃除いたしますね」


女は唐突に宣言をして、僕の机の方へ歩いて行き書類を触り出す。


それは機密文書だと言うのに、、、?


「幼い奴隷なんて、、、」


コイツ!スパイか!!


僕は女の手首を持ち上げた。


「痛っ!」


「コロス」


僕は殺気を出す。


ところが、女は怒り出した。


喋れるなら最初から喋ろ!と。


この女は何なんだ?


侍女でもないだろう。


何よりソフィー語が読める侍女など聞いた事が無い。




「そうそう、それでキレて怒ったのよね私。ジル、そんなに警戒するほど、沢山の女の人が送り込まれて来たの?」


「うん、執務室だけでなく、寝室にも、、、」


「へぇー、本当にそんな事があるのね」


「実際にされると気持ちが悪いとしか言えない」


新婚旅行へ向かう馬車の中でする話としては、どうなのだろう?


僕は甚だ疑問なのだけど、アリスは答え合わせが出来て嬉しいらしい。


「でも、アリスの様に輝く美しさがある人は居なかった」


「またまた、取ってつけたようなことを言っても何も出ないわよ」


「うーん、そこは本音なのだけど」


僕は横に座っているアリスを抱き寄せる。


「ふーん、そうなの?」


「その綺麗な瞳には僕しか映さないで欲しい」


「それは、、、なかなかにキザなセリフをありがとう。ジル!」


アリスは、恥ずかしそうにする。


「私は初めて会った時、ジルの顔が美しくて驚いたわ」


「ふーん」


「もう!嘘じゃないのよ。ずっとカッコいいって思っていたの!!」


叫んだ後、アリスは我に返って両手で顔を隠した。


僕はイジワルく、彼女の両手を開いてキスをした。


「今夜は情熱的に抱、、、」


僕が欲望を口に仕掛けたところで、アリスが割り込んでくる。


「今夜も!の間違いじゃない?あー、嬉しいのよ。とても、、、とてもね。ジル、、、」


また、恥ずかしそうにモジモジしている。


「アリス!可愛い」


思わず、馬車の中で押し倒そうとして、ドレスに手を掛けたところで手を叩かれて、後は厳しく叱られた。


アリスがアリスらしくて、とても愛おしい。


そんな新婚1日目。

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