第58話 民衆はお花畑

 陛下の顔色が悪くなった。


父は考え込んでいる。


ジルはマルリを膝に乗せて撫でている。


ここは王宮の一室。


皇太子結婚の一般参賀を行うテラスの控え室である。


私達は時間になるまで、ここで待機することになっている。


先程、私とジルはバルロイ帝国の聖ジョセフ教会で結婚式を無事に終えた。


「ん?聖ジョセフという名前、、、」


結婚式が始まる前、私は教会の名前に何か引っ掛かかりを感じていた。


「アリス、この教会は初代皇帝を聖人として建てられた教会だよ」


ジルが、まるで私の心を読み取ったかのように教えてくれて、式の前にスッキリした。

 

閑話休題。


「それにしてもアリスティア嬢、このタイミングで、その話は、、、」


陛下は両手で頭を抱える。


「いえ、今で良かったですよ陛下。やはり気をつけるべきだと分かったのですから」


父が慰めのようで、慰めになっていないことを言う。


陛下が項垂れている理由は勿論、執事さんの事である。


私だってこんなタイミングで話したくはなかった。


だけど、昨日はジルの皇太子任命の儀で、全員のスケジュールが揃わなかったのだから仕方ない。


皆が揃ったこの瞬間を見逃すわけには行かない。


ここで言い損なったら、次に全員が揃うのは新婚旅行の後になってしまうだろう。


その間に事件でも起こったら最悪だ。


「父上、僕が感じていた勘が正しかったという事ですね」


ジルは陛下に追い打ちを掛ける。


「ジル、すまない。私はそのザザと面識が無いのにも関わらず余計な事を言った。次からは気をつけるよ」


陛下の言葉にジルは頷く。


あ!?そう言えば!


「そう言えば、メルローは大丈夫ですかね?」


私の一言にまた陛下が狼狽える。


「それは傀儡とかその類の、、、」


陛下がブツブツ言うのをジルが遮った。


「その可能性はありません。メルローはもう意志を持っていますし、ザザは帝国を乗っ取るつもりはないでしょう。何故なら、僕や御父上がこんなに近いところにいるのです。彼はそんな面倒な事はしない。そして御父上には絶対に逆らわないでしょう」


ふーん、父に弱いというのは何となく分かる気がする。


「ええ、彼と同居してまだ1週間ですが、とても尽くしてくれていますよ。それに今だけではなく過去からロダン家の方が水龍よりも力を持っていますので、全く心配は要りません」


「そうね、お父様が一緒にいるのなら、心配要らないわね」


「水の離宮には僕の使い魔もいるから」


「ええ、使い魔の皆さんにもとてもお世話になっています。殿下ありがとうございます」


ん?ボブさん以外に、誰か父のお世話をしたのかしら?


「コンコン」


「そろそろお時間です」


扉の外から、エドワードの声がした。


今日は第二騎士団の皆さんも王宮専従の第一騎士団と主に警備に当たってくれている。


「では、アリスティア嬢、準備を。私たちは先に向かうとするか」


陛下が立ち上がると父とジルもそれに続く。


マルリはジルの膝からソファーに降ろされた。


「ナーン」


甘えた声で鳴く。


私はマルリに近づき、頭から背中まで優しく撫でた。


「マルリー!、私、緊張し過ぎて、実は吐きそうなのだけど、、、。頑張ってくるわね」


「ニャーン、ニャーン、ミー」


私の気のせいかも知れないけれど、マルリが心配そうな鳴き声で鳴いたので、感動した。


マルリと私の心は通じ合っている!!


よし!気合いを入れて行くか!


私は扉を開けて、廊下に出た。


「マダム!最終確認をお願い」


廊下に並んだスタッフの中から、マダム・ベルガモットが駆け寄ってくる。


「アリスティア様、確認いたします!ドレスの皺は大丈夫です。後ろのリボンを結び直しますね。ベールは教会でしていた長いものは外しましたが、テラスではこのマリアベールを付けましょう。それから手袋はこちら方が遠目から見た時に素敵ですから、、、」


私に何をどう変えるのかを伝えながら、スタッフと一緒に整えていく。


メイクも遠目に映えるように少し足された。


「最後にこちらを!」


あっという間も無く、マダムからローズの香りがするキャンディを口に投げ込まれた。


「民衆はお花畑とでも思って、微笑んで下さいね。さあ!準備は完了です」


そう言うとマダムは私をテラスの方に向けて、背中を押した。


マダム!何て素敵な人なのだろう。


私は一歩進む事に、この数ヶ月間の夢のような出来事を思い出す。


父にキレて、仕事を探すと家を出た事。


高報酬のお仕事を簡単に見つけた事。


何をしているのか分からないお屋敷に辿り着いて、ご主人様にガン無視された事。


急に隣国の王族と交流するハメになった事。


実家の存在が怪しいと知った事。


変な趣味の男に誘拐された事、、、。


あ、全部思い出す前にガラスの扉の前に着いてしまった。


ふふふ、それも私らしいわね。


この扉を開ければ、私の新しい人生が始まる。


ロダン領の王城から18年出なかった私が、一気に大国の皇太子と結婚する。


そんな奇跡のような出来事だけど、ジルと私達を支えてくれる人々と共にこの国の皆が笑って暮らせるように頑張ろう。


ウォーーー!


キャー!!


私がテラスに出ると大きな歓声が上がった。


ジルが私の腰を抱き、2人で民衆の前に出る。


「アリス、一緒に手を振って」


ジルの囁きに笑顔で答えて、私達は右手を挙げ民衆に向かって振った。


歓声は一段と大きくなる。


「ジル、こんなに沢山の人が歓迎してくれるなんて、、、」


私は、感極まって、涙が溢れて来た。


「アリス、笑って」


ジルはそう言うと、私の目から零れ落ちそうになっている涙に唇を当てて吸った。


キャー!!という黄色い声が上がる。


「んー!もう!!人前よジル!!」


「そうそう!アリスは元気な方がいい」


ジルは正面を向いて、何事も無かったかのように呟く。


はぁ、正直なところ、緊張で倒れそうよジル。


でもね、一つ一つ慣れるしかないよね。


民衆はお花畑、お花畑、お花畑、、、。




 あー、アリスは、最高にいい顔をしているじゃないか。


元々美人さんだったし、悪いムシが付く前に殿下へ直行して良かったと思うよ。


それに殿下も珍しく表情筋が仕事をしているねぇ。


誰かあの顔を見て倒れていないかい?


ハッハッハ。


この婚姻はビビアン人材派遣所の一番の成果だろうね。


報酬も沢山貰えて、嬉しいったら、ありゃしない。


お二人ともおめでとう!


末永くお幸せに!!

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