第57話 たまたまです

 お父様が昨日強力な助っ人を用意したと言っていたのは、ビビアンさんだったのか、、、。


今、水の離宮の応接室には、私とビビアンさんと執事さんが居る。


あと、マルリもこの部屋の窓辺に寝そべっている。


ジルと父は王宮に仕事で出向いていて留守だ。


ビビアンさんは10時頃、私と執事さんに話があるとやって来た。


「ザザ、コレが私の人材派遣所からの請求書だよ。最初に求人を出す時に話したと思うけど、人材派遣は奉仕ではなく仕事だからね、契約が成立したら手数料を貰う。そう言う約束だっただろう」


「ええ、覚えています。では書面の確認をいたします」


執事さんはビビアンさんが持って来た書類に目を通し始めた。


「アリス、あんた日当10万ジルットならだいぶん稼いだだろう?流石に結婚したら、退職扱いになるのかねぇ?その辺もどうなんだいザザ」


「アリスさんの今後についてはジード様とご相談しないといけませんね」


執事さんはビビアンさんの質問に応えながらも、目線は書類から離さない。



 先程、ビビアンさんは人材派遣をしている責任上、私の労務環境なども時々確認する義務があると切り出した。


また、その手に執事さんへの人材派遣手数料の請求書もしっかり持って、、、。


強い!強すぎる。


しかも正当な方法なので、流石に執事さんも逃れられないだろう。



 「はい、書面は確認いたしました。率も求人票を出すと決めた時と同じですね。直ぐにご準備します。少々お待ちを」


 あれ?執事さんはすんなりと受けた?


「ああ、よろしく頼むよ」


ビビアンさんが答える。


「では準備してきますので、少々お待ち下さい」


執事さんはそう言うと部屋から出て行った。



 ビビアンさんはテーブルに用意された紅茶に口を付ける。


「あー、美味しいね。あんたも大変な人生になっちまったね。まぁ殿下は頭もキレるし、いい皇帝になると思うよ。しっかり頑張りな」


「ビビアンさん、ありがとうございます。私も、まさか皇子様と結婚するなんて思っていませんでしたよ。でもご縁がありましたので、精一杯頑張ります。あ、あと私が王家の一員になってもアリスって呼んで下さいね」


「いやー、恐れ多いけど、そう呼ばせてもらうよ」


ガハハとビビアンさんは豪快に笑った。


彼女の人望が厚い理由はこの豪快さなのだろう。


「そう言えば、ザザがあんたを意図的にロダン領から連れて来たのでは?と殿下は疑っていたらしいね。宰相から聞いたよ」


「ええ、思い過ごしだろうって陛下からジルは注意されていましたよ。ザザに感謝しなさいとも言っていました」


「へえー。そんな事を陛下が言っていたのかい。私は殿下の方が当たっていると思うけどね」


クックックとまた笑っている。


なるほど、ビビアンさんはジルの肩を持つのかぁ。


本当はどうなのだろう?


 

 そんな事を考えていたら、執事さんが戻って来た。


「お待たせいたしました!」


「ああ、おかえり」


ビビアンさんは息を切らす、執事さんに声を掛けた。


「ビビアンさん、少しお待ちを!!まずはアリスさんにお給金をお渡しします」


執事さんはそう言うと、私に手書きの明細書と分厚い封筒を5つ渡した。


明細書は4ヶ月分の給与明細と隣国遠征費が記載されていた。


封筒には3月、4月、5月、6月、隣国遠征費と書かれている。


「ありがとうございます!執事さん」


私は執事さんにお礼を告げた。


「いえいえ、お渡しするのが遅くなってしまい申し訳ございませんでした」


執事さんはお詫びを口にする。


「それから、お待たせいたしました。ビビアンさん、こちらが手数料です」


執事さんは次にビビアンさんへ、とっても分厚い封筒を渡した。


ん、手数料って中々の金額?


ビビアンさんは、やり手なのね。


「はい、ありがとうございます。これからもご贔屓によろしくお願いします」


ビビアンさんは恭しく両手で受け取った。


「いえ、本当にビビアン人材派遣所には感謝しています。ジード様に良き婚約者が見つかり、私は安堵いたしました」


「あんた、侍女の募集は最初からそのつもりだったのかい?」


ビビアンさんは厳しいツッコミを入れる。


「ええ、まあ、しかしながら平民の方が来られても、恐らく理想の高いジード様とは難しかったと思いますが、、、」


執事さんは遠くを見ながらビビアンの質問に答えた。


「ああ、殿下は頭がキレすぎるところもあるから、そうかも知れないね」


ビビアンさんも遠い目で話す。


一体、ジルのイメージはこの人達の中でどうなっているのだろうか。


「それにしても驚きましたよ。アリスさん」


執事さんが私を見る。


「え、何がですか?」


「いえ、私はロダン家に姫が生まれたと聞いた時から、貴方様をどうにか王家にお迎え出来ないかと考えていたのです。まさか、人材派遣所でお会い出来るとは思っていませんでした。アリスさんの赤い目を見て、心が震えましたよ」


えーーーー!!何それ!?


私の心も震えますよー。


「あのう、何故私を王家に?」


私は恐る恐る質問した。


「いえ、あー、ビビアンさん?これは他言無用でお願いしたいのですが、過去にわたくし、ロダン家に大きな大きな借りがありまして、それを返すためにも、ロダン家のお役に立つ事をしたいと常々思っていたのです」


執事さんはビビアンさんに気を遣いながら、私に説明した。


「ふーん、宰相の家とあんたは知り合いだったのか?」


「はい、そうです。ジード様も偶然こちらに住まわれる様になり、花嫁をお探しになっていらしたので、これは丁度良いのでは?と密かに考えていたのです」


あー、ビビアンさんが、私の方を見てニヤニヤしている。


そうよね、ジルの読みの方が当たっていたのよね。


意図的にではないけれど、、、?


本当に?


「執事さん、密かに考えていたら、たまたま整ったと言う事ですか?」


「はい、たまたまです。願いというものは信じれば通じるものなのですね。ジード様も良き伴侶を得られて本当に良かったです」


たまたまが、重なり過ぎていて、とても怪しい。


呪いでも掛けたのでは無いかと怖くなる。


『水龍は信用してはならない』


ロダン家の家訓を思い出した。


よし、父たちにも報告しておこう。


「ザザ、あんた大したものだよ」


ビビアンさんは呆れた声を出した。


「お褒めに預かり光栄です」


ザザは清々しい笑顔を見せる。


私は無意識に厚い封筒を強く握りしめていた。

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