『7月25日 18:01』


 制服が汚れる事も、その真っ白なワンピースが汚れる事も気にせずに、二人は砂浜に遠慮なく座る。

そして目の前に広がる青すぎるほどに青い海を目に映す。


「ありがとね。今年の命日も来てくれて、それと向日葵も。とっても綺麗だよ」

「……喜んでもらえて嬉しいです」


 彼女は七月二十五日のこの日だけ、このとても長い泡沫海岸に現れる文芸部の先輩。

二年前に自殺した、私の大好きな「漣夕さざなみゆう」先輩。


「どう? 文芸部は、部員増えた?」

「先輩のせいで増えません」

「えぇーなにそれ酷いなあ」

「ちょっと冗談です。ほんとうは、文芸部には地縛霊がいるって噂になって、みんな文芸部を怖がって来てくれないだけです」

「それってやっぱ私のせいじゃん」

「それに先輩は、文芸部の地縛霊ではないですもんね」


 先輩は二年前の夏、この七月二十五日にこの海で死んだ。

十七歳の日のことだった。

その日何があったのか私は全部を知らないけれど、ただ一つだけ分かるのは、彼女は死んでしまいたいほどに辛い事があって追い詰められていたんだろう、という事。

けれど、だったらどうして、ここに先輩は毎年帰ってくるのだろう。


「そういえば、今年で同い年かな?」

「……そう、ですね。言われてみれば、今年でわたしも十七歳です」

「なんか不思議な感じ、私とそらちゃんが同い年……なんて」


 仲良くなったきっかけはとても不思議なものだった。

最初は夕先輩しかない文芸部に私が入って、でも話をすることはほとんどなくて、ただ一つきっかけになったのは。


「……そういえば、名前『夕立空ゆうだちそら』ちゃん。って言うんだよね?」


 名前に同じ「夕」という字が入ってる。

そんな事に先輩が気づいたのは先輩が死んでしまう一カ月くらい前の日の事だったと思う。

「そうですね」と私は答えて、愛想笑いをして、でもその翌日から先輩は積極的に話しかけてくれるようになった気がする。

今思えば、あれが先輩からの「SOSサイン」の様なものだったのかもしれない。


「志望校とか決まった?」

「それがまだ……先輩は、どこか行きたい大学とかあったんですか?」

「私はなかったけど。あぁでも、推薦もらえそうな大学ならあったよ」

「え、そうなんですか? って、先輩頭いいですもんね……県内でも五本の指に入る秀才って感じでしたから」

「まぁ、顔がいいのも頭がいいのも、全部私が自分でぼうにふったんだけどね」

「その死んでるからできる自虐やめてください。まったく笑えません」

「うわぁー真剣な顔でそれ言われるとめちゃめちゃで傷つくわ……」


 年に一度しか会えない、だからと言って特別話したいことがある訳じゃない。

私の生活に変化はないし、彼女の生活には時の流れすらない。

だからただ、制服とワンピースを砂で汚すしかない。

ただ青を見つめ続けるしかない。 

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