17歳の夏。【カクヨムコン短編】

夜乃月(カクヨムコン10参加)

『7月25日 17:30』


 放課後を告げるチャイムが鳴っても夏の空はまだ明るい。

セミの声が窓の奥からうるさいほどに聞こえてくるのを、慣れた事だと言わんばかりに無視をして。


「では、日直号令」


先生の大きな声の方が耳障りだとそんな事を思いながら。


「――――礼!」


日直の指示に従い頭を下げた。


 誰よりも早く教室を抜け出し、今日は部活も忘れ廊下を走る。

口うるさい先生がいないなら、誰にも彼女は止められない。


 階段を駆け下り昇降口で靴を履き替え、学校裏にある自転車置き場まで走るその姿は、きっと陸上選手にも引けを取らない美しいさまだ。


 制服を半袖にした程度では逃れられない夏の暑さが、少女をどっと襲う。

制服は汗で濡れ、肌にほんのりと冷たさを伝え、今日の為に朝頑張って整えた髪は夏風で乱れる。

それは普段の何十、何百、何千倍もの力とスピードで自転車をこいて坂を下り、町を走り抜けているせいでもあって、全て夏が悪い訳ではない。

まるで誰かにプロポーズでもするのではないか、とそう思われても仕方がないほどの向日葵の詰まった大きな花束を自転車のカゴにのせて、少女は蒸し暑い空気をきる。


 嘘みたいに煌びやかな青空の下、雲一つない。とはいかない、むしろ雲があるからこそ美しい夏空に気をとられながら、少女は音楽の先生に褒められた敏感な耳で遠くのさざなみを心で聞く。

そこに彼女がいると、そう信じて。


 住宅街を抜けると、海岸線へと一直線に自転車を進める。

あとは彼女を見つけるだけだと、少女はただ海岸線沿いを自転車で進み、夏の青を目一杯吸い込んでキラキラと輝く海を横目で見る。


 だいたい五つ目の砂浜へ降りる階段、そこで少女は自転車を止める。

息は上がり、心臓は痛く、肺はもう体の中にあるかどうか分からないほど空っぽだった。


「……っいた」


 ドクンと心臓が跳ねる。

目を輝かせ、少女は律儀に自転車を白線の内側へ止めると、息を落ち着かせる間もなく自転車の前についたちゃちなカゴから、学校指定の地味な青いバッグを取り肩からかけ、綺麗なバケツの中に入れていた花束を両手で持ち、なるべく駆け足で石の階段をリズムよく降りていく。


「……先輩! 先輩!」


 砂の地面を進むには、学校指定の靴はあまりにも不相応なドレスコードだった。

しかし半袖の制服が、青色の空とそれを映した海によく似あうと、そんなちっぽけな自信を携えて少女は確実に、一歩、一歩前へ進む。


 この世界のどんなけがれの入り込む隙のない純白のワンピースと、麦わら帽子、膝裏まである黒く長い髪をなびかせた彼女の元へ、走り出した。


「……ん? あっ、来てくれたんだ」


 ショートボブで暑い夏をやり過ごそうとする可愛らしい努力と、半袖にした制服を着た少女が今年も私の元へやってくる。

目を輝かせ、まるで大切な宝物を見つけた子犬の様に私の元へ駆けてくる。

その姿が、たまらなく愛おしかった。

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