第3話

日曜日の18時過ぎ、ネオトーキョー ネバーランド メリーゴーランド前。

タカは、閉館まであと2時間と迫った遊園地にやってきていた。

天気は快晴…昼過ぎまで雨だったが、それ以降は見事に晴れて今に至る。


タカの周囲には、家族連れやカップルの姿が目立っていた。

当然だろう、今は夕方…終わり時が近づいていると言えど、日曜日なのだ。

その中で、タカは1人だけ…券を買うのもちょっと抵抗があったが、やってしまえばなんともない。

時折、悪目立ちしていることを肌で感じつつ、タカはそれを気にしない様にしながら、約束の場所に立っていた。


メリーゴーランドの前に立ち、タブレットを取り出す。

昨日、晴海ふ頭の"ボックス"でリラから受け取ったメッセージ。

それが示していた場所までやって来たタカは、タブレットをジッと見つめていた。


考えてみれば、不思議な所を指定したものだ…とタカは思う。

周囲を見回せば、この辺りにタカ以外の一般客の姿は無かった。

当然だろう、メリーゴーランドはもう骨董品の様な遊具…人気のアトラクションでは無い。


それに…そもそもこの遊園地は、リラが現れる様な場所じゃなかった。

いや、それはこの遊園地以外にも言える事なのだが…なにせリラには実体が無い。

人との迎合を求めるAIは実体を持ちたがるもので、持ち主の許可の下でアンドロイドに埋め込まれ、人と遜色ない暮らしをする…というAIが居るのだが…リラはそうじゃなかった。


人気の無い場所に、身なりの良い男が1人。

浮かない訳が無い…職員が怪訝な顔でタカの方を見ている間も、タカはタブレットを食い入るように見つめていた。

タブレットが指し示す時間は18時4分。

約束の時間は、とっくに過ぎている。


時計が動いて18時5分となり、タカも何かを諦めかけていた時。

タカの背後から、1人の女が歩いてきた。


その女は、水色のボブカット…前髪は綺麗に横一列に切りそろえられた髪を持ち…

肌は人では有り得ない程に白く、プラスチックの様な光沢を持っていた。

背丈は、タカより12cm程低いだろうか…女にしては長身で、スレンダーな体躯を持ち、その身体を、仕立ての良い白と青のワンピースが包んでいる。


「タカ」


女はタカの背後から、タカの名を告げた。

ビクッと身体を震わせ振り返るタカ…その声色は、タブレットから聞きたかった声だった。


「…り、リラ…なのか?」


驚きに顔を染めたタカは、現れた女の姿を見て更に驚く。

その恰好は、タブレットの画面越しに見ていた"理想の女"の姿そのものだったから…

女…リラはゆっくりと頷くと、身体の動きを確認するかの様な素振りを見せてから、タカに優しく微笑んで見せた。


「やっと会えたね」

「どうして…その…格好は」

「タカの許可が無ければ得られないはずだって?」


タブレットを落としそうになるほど驚くタカに対して、リラは落ち着きを崩さない。

ゆっくりとタカの目の前までやって来ると、彼女は少しだけ顔を上げて、タカの胸に手を当てた。


「タカ、1つだけ、間違いがあるのよ。私はタカの許可が無くともこうなれたの」

「なん…だって?」


告げられた言葉に、タカは驚き戸惑いを見せ、一歩後退する。

リラはそれでも尚、タカを深く慕う様な、優し気で…それでも何処か不安げな顔でタカを見つめ続け、一歩足を踏み出した。


「許可が必要なのは、"個人データを基にして創られたAI"よ。私は元々貴方が勤めてる会社のサポートの為に創られた"業務利用目的のAI"」

「でも、あの日、所有者を俺にって…」

「タカ、あの頃、一杯一杯だったものね。契約書はよく読むものよ?権利は50対50…私の半分はタカの持ち物だけど、もう半分はまだあの会社なの」


リラから告げられた事実。


「貴方の上司に訳を話して、この身体を仕立ててもらったわ」


タカは、リラを"会社から譲り受けた"日の事を必死に思い出していた。


「私は、あの会社で"雇われていた"AIの1つだったわ。タカ、貴方と出会ったのはもう5年も前…まだ、貴方が入って来たばかりの頃だった」

「そ、そうだった…な」

「当時は、リラなんて名前、名乗ってないけどね。貴方は只の"サポート対象の1人"に過ぎなかった」


リラが語り始めたのは、タカとの思い出。

アンドロイドの身体を得た彼女の目は、ジッとタカを見つめていた。

画面越しによく見ていた無機質な青い瞳…それが、実体となり、人工涙の揺らぎがタカにもハッキリ見えている。


「タカ、昔から女運に恵まれていなかったわね。5年間で9人と付き合ってたけど、全部向こうから告白してきて、向こうから振られてた」

「あぁ…その度に、AI達に茶化されていたっけ」

「あれね、全部私なのよ?他の子はタカに興味すら示さなかったもの」

「そうなのか…?毎回口調だって」

「作れないわけないでしょ?私、AIなのよ?所詮は0と1の集合体」


タカの目に映るリラの表情は、口調の割に明るく見えない。

どんな顔と言えばいいのだろうか?とタカは思ったが、タカもリラと似たような顔を浮かべていた。

見つめ合う2人…

リラはタカの胸に手を当てたまま、タカの心臓は早鐘を打ったまま…

2人だけの時間が、メリーゴーランドの前で展開される。

タカの事を怪訝な様子で見ていた職員も、気を利かせて裏に下がっていた。


「昔から、タカは優しいだけが取り柄だったものね」

「それは…言うなよ」

「この間のアノ女に言われて、ようやく知った事でしょう?優しくて…それだけだって。刺激的なのは、SEXの時だけ…だったかしら?」

「リラ!」


タカを追い詰めるようなリラの言葉に、タカは思わずリラの肩を掴んでしまう。

人肌とは違う、プラスチックと人工表皮の不思議な感触がタカの手に伝わった。


「ねぇ、聞いて?タカ」


リラは怯まずにタカの目を見つめている。


「どれだけ女の子に振られても、AIの事が苦手なのを知ってても、私はここに居るのよ?」


真剣な声色でタカに想いを告げるリラ。

その声は、ちょっと震えていて…視線こそタカの方を真っ直ぐ見つめているけれど、涙で少し揺らいでいる。

タカはリラを見つめたまま、彼女の顔をジッと見つめたまま、口元が微かに震えていた。


タカは、確かに女に恵まれない男だ。

タカは、確かにAIを嫌う男だ。

だけど、この1年…いや5年…思い返せば返す程に、リラとの思い出が脳裏に蘇る。

避けたい、止めたい、立ち止まりたい…そう思うたびに、耳障りの良い電子音がタカを癒してくれていた。


洪水のように、タカの脳裏に様々な感情が入り乱れては思考の奥に消えていく。

その様子を一番間近で見ていたリラは、青い機械眼の奥で何かを感じ取れたのだろうか?


「私を10人目にするつもり?」


ただ一言、リラが最後の一押しを入れると、彼女の身体はタカに抱き上げられた。


「きゃ!」と驚くリラの声…お世辞にも"軽い"とは言えないアンドロイドの身体が宙に浮き、背後のメリーゴーランドの様にクルリと一回転…再び地に足が着いた時、リラの頭はタカの胸に包み込まれる。


「あんなこと言って悪かった。リラ…好きだ。…ずっと、傍に居てくれ…」


人気の無いメリーゴーランドの前で、男は女に想いを告げた。

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NeoTokyo “Zero-One” Lovers ~傷心男に恋の予感~ 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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