【短編】人の頭の上に謎の数字が見えるようになった・オルタナティブ

夏目くちびる

第1話

 001



 まぁ、大方はセックスの経験人数なんだろうし、それが真実だとして俺は全く疑わなかった。



 何故なら、別の理由を疑うことに俺の青春を潤す要素は一つもないし、黒ギャルの鳴海なるみが【0】、メガネ委員長の清音きよねが【30】という数字にとっても興奮したからである。



 人を殺した数というのならかなり問題もあるが。その線は薄いし、それ以外のヤベー数字だとするなら輪をかけて俺が真実を知る意味はない。



 つーか、知ったら殺されそうだし。だから、俺はあの数字が経験人数なんだと思っているし、他の読み方をする気もないのだ。



「おはよう、有栖ありす

「おはよう、七詩君」



 ついこの間の席替えで隣同士になった清楚なお嬢様の有栖は鳴海と同じく【0】であった。



 金持ちの娘なんてのは、俺には想像のつかないような遊びをしているモノだと思っていたが。意外や意外、彼女は未だに処女であるようだ。



 俺は、決して女が見た目通りだとは思わないし、むしろ本心を隠すために心とは裏腹なルックスを作り上げるのだと思っているが。



 中には、有栖のような女もいるのだろう。果たして、彼女は上品な淑女のまま青春を全うする事が出来るのだろうか。今後の彼女の数字に注目だ。



 因みに、七詩ってのは俺の苗字な。



「……むぅ」



 それにして、我がクラスのメンズどもの体たらくはなんだ。どいつもこいつも【0】【0】【0】。高校2年生という人生で最も自由な期間なのに童貞ばっかりではないか。



 まぁ、俺もだけど。



 スポーツマンの葛西かさいや堅ぶつで天才肌の能登のとが女に興味ないってのは何となく分かるけど、イケメンチャラ男の浪川なみかわや彼の友達まで【0】というのは実に納得出来ない。



 何だか、華やかでいけ好かない坊っちゃんが急にモテるためにクソ努力を重ねている男なんだと思うと、妙な好感を覚えてしまう。



 頑張れ、浪川。俺は、お前を応援しているぞ。



「おはよう、七詩君」

「おはよう、委員長」



 隠れビッチの清音委員長が少しムスッとした顔で話しかけてきた。こいつは俺と話すとき、いっつも怒っているような気がする。



「今日は数学の小テストだよ、ちゃんと予習してきた?」

「してない、テストのことも忘れてた」

「もう、そんなんだからいっつも赤点なんだよ? 分かってる?」

「情けなくはあるが、俺が赤点だとお前に何のデメリットがあるのかはサッパリ分からんよ」



 言うと、委員長はメガネを直して赤くなりため息をついた。どうやら、クラス内から落ちこぼれが生まれる事がのっぴきならないようだ。



 流石、ヤる事ヤリまくってる上に成績一位の優等生ビッチは心持ちが違いますな。



「あのね? 私は心配してるの。七詩君、授業中も聞いてるんだか聞いてないんだか分からない態度で上の空だし」

「難しい話を聞いてると、何だか眠くなってくるんだ。あくびを噛み殺すのに必死なのさ」

「じゃあ、分かるように努力すればいいでしょ?」



 なぜ朝っぱらからこんなに怒られなければいけないのか。そんな不満を抱えて「うす」と頷くと、委員長はまたしても顔を赤くしてそっぽを向いた。



「べ、別にどうしてもっていうなら私が教えてあげるけど」



 どちらかと言えば、俺はどうしても勉強をしたくないタイプなのだが。



「なら、教えてください」

「……んふふ。うん、はい。じゃあ、ショートホームルームまで小テストの山を張ろうね」



 怒らせると面倒くさそうだから、絡まれた上での最低限の被害で終わらせるために俺は委員長から勉強を教わることにした。



 まぁ、どうせスマホで漫画を読むくらいしかやらないんだ。真面目な面を浮かべながら、実はビッチという割と俺の性癖にぶっ刺さる彼女の裏の顔でも思い浮かべてこの場をやり過ごそう。



「なに? 私の顔、何かついてる?」

「いや、ただビョーキには気をつけて欲しいって老婆心が働いただけだよ」

「きゅ、急に何よ。まったく、優しくしても勉強はちゃんとやってもらうんだから」



 そんなワケで、俺は数学の小テストにて久しぶりの赤点回避をすることが出来た。



「偉い偉い、七詩君はやれば出来るんだから」



 褒めてくれたから良しとしよう。人生経験が豊富な女に褒めてもらうってのも、これはこれでとってもいい経験だろうさ。



 002



 ……おかしい。



 待ちゆく人々の頭の上に浮かんでいる数字が尽く【0】だ。

 いや、正確に言えば毎日電車の中で正面に座る隣の女子校の生徒は【1】だったが、それにしたって明らかに人の親であるあのヤンママや渋いおじさんまで【0】ってのは不自然過ぎる。



 つまり、俺はこの数字への認識を改めなければならない。委員長と目の前の女子だけが正の数を持っている理由を、何だかとっても知りたくなってきてしまった。



「しかし」



 全世界からインターネットを使って情報を探してみたが、見つかるのは俺がこの数字を考察した前知識となるエチチな本くらいだった。



 ……ふぅ。



 もちろん、直感的にこれが科学的な代物ではない事は分かっているが、ならばどうして俺にだけこんなワケの分からん症状が現れたのかにも疑問が浮かぶ。



 自室に戻って用を済ませた俺は、家族が帰ってくるまで自己満足のデータ収集を続け、やがて姉さんに呼び出されたからリビングへ食事を摂りにいった。



「おかえ……り……?」

「ただいま、今日はグラタンだよ〜。おいしそうでしょ〜?」



 姉のみやび【27】。



「チッ。いたなら手伝えよ、バカ兄貴」



 妹のれい【138】。



「あ、あぁ。すまん。ちょっと考え事があったんだよ」



 鏡に映った俺【0】、海外赴任中の母さんと父さんの写真【0】。



 ……?



 003



「なんなんだ、この数字は」



 さっぱり意味が分からなくなってきた。【0】どころか、玲に限っちゃ3桁だ。3桁って、100でカンストするなら点数方式の指標説も成り立ちやすかったというのに。その可能性すら綺麗に刈り取っていきやがる。



 俺は、何が何やら分からなくなって首を傾げる事しか出来なかった。仕方あるまい、悩みごと洗い流す為に風呂へ入るとしよう。



「……何見てんの?」



 ガラッと扉を開けると、脱衣所で服を脱ぐ妹の玲とバッティングした。



「玲も風呂に入りたいんだなぁと思って」

「はぁ!? ちょっと! ねぇ! 何であんたまで脱ぎ始めてんの!?」

「服を着たままだと体が洗いにくいから」

「そういう意味じゃない! なんでいっつもそうなの!?」



 ギャーギャー騒ぐ玲を無視して、浴場へ入る刹那。いつもなら強引に兄の特権を使用するところだが、今日はこいつへの疑問もあって素通りする気にはならなかった。



「なぁ、玲」

「なによ!?」

「今日は兄ちゃんと一緒に入ろう、聞きたいことがある」

「死んでよ! もう!」



 しかし、死ぬ気も疑問を置いてけぼりにするつもりもないから、俺は玲の手を掴んで椅子へ座らせて、その隣の床に胡座をかくとバスタブのお湯を頭に被ってシャンプーを始めた。



「ほんっと、マジでバカじゃん」

「兄妹なんだから風呂くらい一緒に入ってもいいだろ、つーか昔はお前から入ってきてたじゃんか」

「どこの世界に高校生にもなって一緒にお風呂に入る兄妹がいるのよ!?」



 因みに、雅は3年生で玲は1年生だ。



「ところで、お前【138】って数字に覚えとかない?」

「ひゃ、ひゃくさんじゅうはち? いや、知らないけど」



 いよいよ、玲も諦めて大人しくする事を決めたようだ。長い髪を丁寧に泡立てたシャンプーで洗っている。



「そうか、知らないか」



 続いて顔を洗って薄いヒゲを剃り、体を磨いてバスタブに入る。少し遅れて素っ裸のまま洗い場で突っ立っていた玲だったが、ため息を吐くと俺の反対の壁に寄りかかるように風呂につかった。



「それが聞きたくて妹の入浴を邪魔してるワケ?」

「まぁな、ちょっとした理由があって一日中モンモンしてたんだ」

「妙に大人ぶってるクセに、昔っから気になるとそればっかり考えるよね」

「そういう性格だから、お前にあっさり知らないと言われると悲しい。頼む、もう少し真剣に考えてくれ」



 真っ直ぐに玲を見ると、湯で顔を赤くしながらソッポを向いて顎に手をやった。どうやら、マジメになってくれたようだ。



「……138、138。うーん、何も分かんない」

「一応言っておくと、姉さんは【27】なんだ」

「お姉ちゃんにも関係あるワケ? なんであたしより小さいの?」

「それが分からないって話をしているんだぞ」



 しかし、どうしても皆目検討つかないようで。考えを止めるようにボーッと天井を見上げたから、俺は「諦めるな」の念を込めて玲のおっぱいを揉んだ。



「気安く触んないでよ」

「気高く触ってるから許せ」



 とはいえ、分からないなら仕方ない。バスタブから立ち上がった俺は汗をシャワーで流してから下着を身に着けて髪を乾かした。



「あれ、玲ちゃんとお風呂入ったの? おっぱい大きくなってた?」

「なってなかった。姉さん、【27】って数字に覚えはない?」



 すると、少し考えてから自分の下着に手をつけて、浴場に入ろうとしたところで姉さんが動きを止めてピタリと止まった。



 これは、なにか知ってる様子だ。



「……分かんないなぁ」

「嘘つけ。つーか、そんなに分かりやすい態度を取っておいてとぼけるのは無理がある」

「でも、分かんない」

「例えば、それがセックスの経験人数だったとしたらどうだ?」



 すると、目の前では姉がずっこけ、浴場の中でボチャン!と水に沈む音が聞こえた。玲も同じようにコケたのだろう。



「そんなワケないでしょ!? というか、物理的に無理だから! 27人と寝る時間は普通の高校生にはないから!」

「なら、なんの数字なんだよ」

「それは!」



 それは。のところで、姉さんはやはり口を噤んだ。どうやら、どうしても言いたくない数字であるようだ。



「なら、もういいよ」

「……ねぇ、はー君」



 はー君というのは、姉さんが俺を呼ぶあだ名だ。



「お姉ちゃんのこと、嫌いにならないでね?」

「よく分からないけど、そんな事はないから安心してくれよ。姉さん」



 そして、俺は部屋に戻ってベッドに寝そべり少しだけスマホを弄ってから天井を見上げた。姉さんは何かを知っていそうだったが、あの様子じゃ生半可なやり方では教えてくれないだろう。



 何か、閃く必要がありそうだ。



 004



 姉さんの牙城を突き崩す方法はないモノかと模索していると、ふと視線の横に何かが浮いていることに気がついた。



 それは、なんと説明すればいいだろうか。シューティングゲームのクロスヘアというか、照準マークというか。そんな十字のマークが視界の右側に置いてあったのだ。



 人の数字が見えるようになっている時点で、これ以上現実の意味不明さにツッコミを入れる気にもならず。ならば、何かしらのインターフェースなのだろうと考えてそこに意識を集中させる。



 させて、さて何が変わったのか気になり下で寛いでいるであろう姉と妹の面を拝みに行くと、それは明らかに大きくなり過ぎた数字を所持する二人の姿であった。



「りんご剥いたよ。食べる?」



 姉【6800】。



「あたしのだからダメ」



 妹【5591】。



 ……?



「ちょっと動かないでくれ」



 ならば、この数字の表示に幾つかのモードがあることは明らかだ。俺は、インターフェースに意識を送って何度か切り替えようと試みた。



 すると、やっぱり二人の数字が激しく動いた。玲の数字に注目してみると、【15】【85】【157】【76】【54】【80】【0】と回り再び【139】に戻った。



 ……年齢、脈拍、身長か?ならば、【76】からはスリーサイズ?確かに、さっき触った感覚的にはその程度だと思うが。

 どうやら、この数字は見えてる人間のデータのようだ。最後の【0】は、分からんな。人に関わるデータである以上、そもそも【0】ってのが謎過ぎる。



 ないモノを表示してるなら、それはバグだ。手に入れたばかりの異能力にバグが発生するだなんて、覚醒イベントも経ていないのにあり得ないだろう。



「どうしたの? はー君」



 【17】【70】【160】【88】【62】【90】【0】【27】。



 年齢や体の数字ってのは間違いないな。誰に似たのか、姉さんはやたらおっぱいと尻がデカい。測ったことも触ったこともないが、何となく信憑性はある。



 この能力、なんの役に立つのかは分からんが間違いなくヤベー代物だ。俺が口の緩い人間だったら、世の中の女性たちはみんな酷い目にあっている事だっただろう。



 当然、俺は誰にも言わずに独り占めするけど。



「……じゃなくて」



 しかし、だからこそ逆に【0】【27】【6800】の謎は深まる。百歩譲っても【6800】の意味が本当に不明過ぎる。

 他の統計から言えば姉さん本人に関わる何かしらの数字なんだろうけど、一つだけデカ過ぎるんだよな。



「いや、ちょっと待てよ」



 もしも、この世界で俺にしかこの能力が発現していないのなら、相手から俺に対する何かのパロメーターである可能性はどうだ?

 この思考は、鳴海や浪川や他の一般人たちが0だった理由にも繋がるヒントとなり得ないか?



 だとすれば、こんなにも都合よく能力が数字の持ち主を表しているのだとすれば、俺が知りたがっている事である事こそが自然なんじゃないのか?



「待つって、何を?」

「黙ってて、今考えを纏めてる」



 制すると、少し寂しそうな顔をして姉さんはソファのクッションを抱いた。そして、ふと玲を見てインターフェースを弄ったとき、その違和感はいよいよ形となって俺の脳裏に現れた。



「……13、9?」



 はて、飯を食ったときは【138】だったよな。風呂から上がったときも間違いなく【138】だったハズだ。

 ならば、なぜ一つ増えている?風呂から上がり、俺が部屋でボーッとしている間。姉さんが風呂から上がってくるまでの間。



 こいつは、何をしていたんだ?



「なぁ、玲」

「なによ」

「お前、部屋で何してた?」



 すると、明らかにキョドった玲が手からポロリとリンゴを落として後ずさった。湯から上がって随分立つというのに、顔が再び赤くなっていく。



 つまり、これは。



「お前、オナってたろ」

「は、はぁ!? キんんんんモ!! は……っ! ふ、ふざけないでよ! マジでキモいんだけど! お姉ちゃん! 兄貴がキモい!」

「お、落ち着いてよ。玲ちゃん」

「はーっ! はーっ! ち……っ! 違う! 全然違うから! あたしはそんなことしてないから! あんたのことなんてチョー嫌いだから!!」



 要するに、この数字はオナッた回数だ。玲の反応を見るに間違いない。



 問題は、俺やクラスの男子たちが【0】である事だ。極自然に考えて、男子高校生が【0】である事など100%あり得ない。

 というか、他の奴らならまだしも、俺が【0】でない事は俺が一番よく知っている。何度やったかなんて覚えていないけど、それを覚えたのは中二の頃だから三年半近く経つ。確実に500は超えているハズだ。



 なのに、俺は【0】。つまり、オナった事それ自体ではなくオナった何かを表している数字という事なのだ。



「……あ、あぁ? これ、マジ? 俺のこと嫌いって、なんで俺のこと?」

「しま……っ!」



 やがて、一つの可能性に行き着く。思わず呟くと、顔を真っ赤にして掴みかかってきた玲が俺の眼前でシャンプーの香りを撒き散らしながら暴れ出した。



「やめて! それ以上いけない! あたしもう聞いてられない!」

「お前、もしかして」

「やめてってば!」

「兄ちゃんの事、ラブなの?」



 玲が俺の頬を思いっきり引っ叩いたのは、すべての言葉を言った後だった。



 005



 これは、一大事だ。



 まさか、あの3桁数字が俺がオカズにされた回数だったとは。いやはや、自分じゃ大して好きでもない自分の性格や面構えを、データで女から「気に入っている」と教えられると複雑な気持ちになってくる。



 しかし、ならば委員長もそういうことなのだろう。俺たちが出会ったのは今年のことだから、それでいてたったの2ヶ月余りで【30】というのは中々どうして凄い数だ。



 妙な気分だけど、少しだけ嬉しいというか。そういう妄想なんてしなくても、言ってくれればよかったのにというか。



 ……俺、委員長の見方が変わっちまうな。やたらとお節介なのも、ウザったいと思えなくなりそう。



「しかし、弟とか兄とかってそんなにいいモノなの?」



 胡座をかいてリンゴをシャクシャク頬張りながら聞くと、ソファに座る二人は下を向いて微妙にクネクネしていた。



「だって、兄貴があたしのおっぱい触るから」

「お姉ちゃんは他に男の子知らないし、イケナイコトって妄想しやすいし」



 別に、二人に対して思うことも特になかったから普通に疑問をぶつけてみる事にした。流石は俺の家族、普通に答えてくれるあたり普通ではない。



「というか、なんで俺がその数を知ってるのか気にならねぇの? 俺、二人に対して割と尋常ではない事をしてる気がするんだけど」

「ならないよ。だって、はー君だもん」

「どういうこと?」

「これは、要するにその時が来たって事だね。お姉ちゃん」

「うん」



 もしも、俺の頭がおかしくなったワケではないというのなら、相当にイカれた現実の中で俺が育っていた事が判明した。



 姉さんと玲の話によれば、俺は異世界に転生した勇者である父さんとその妻であるハイエルフのお姫様という母さんの息子であるらしい。



 そして、一つの世界を救った父さんは神様的な何かにいいように扱われ、また別の世界を救い続けているんだとか。だから海外赴任と謳って俺を家に残し、何年も帰ってこないんだとか。



 母さんは、そんな父さんが早く家に帰ってこれるように、そして浮気を絶対にしないよう見張るために、後方支援として今なお父さんが救っている世界に同行しているんだとか。



 おまけに、ここにいる雅と玲は実は父さんが救えず滅んでしまったの異世界の生き残りであり、その責任を負って父さんは二人をこの家に住ませ、終わりのない無限の戦いに身を投じる事になったんだとか。



 更に、父さんの息子である俺は、実は父さんが神から貰ったギフト的な何かを父さんよりもハイグレードなレベルで受け継いでいるんだとか。



 だが、そんな事を神様的な何かに知られれば、自分が運命に弄ばれているのと同様に俺まで人生を戦いに費やさせる事になってしまうと危惧したんだとか。



 俺に海外赴任だと嘘をつく理由もそれだとか。ずっと平和に過ごしていて欲しくて、もしも真実を知っても二人の為にそこにいてくれることを信じているんだとか。



「それが、はー君の秘密。あなたには、自覚してないだけでお父さんを超える力が備わっているんだよ」

「なら、なんでこの目が発現したのさ」

「兄貴が、誰かの事を知りたいって本気で思ったんじゃないの?」



 相手のスリーサイズや妄想の中で俺を犯した回数を知りたいと無自覚のうちに俺が願ったから、本来なら敵の弱点や命の残力を図る為の父さんの魔眼がこんな形で発現したと、玲は俺に説明した。



 記憶にない。俺が誰かを好きになったのなら、自分くらいは俺に「頑張れ」と応援してやりたいというのに。



「本気で理解すれば、知れる相手のデータはもっと増えると思うよ。はー君の才能、半端じゃないらしいし」

「そうなんだ」

「要するに、あたしたちが兄貴を妄想の中でグチャグチャにすることは何もおかしくないって事だから」

「……なるほどなぁ」



 正直な話をするならば、俺は俺をそこまで大切にしてくれている父さんが誇らしいって思ったくらいで、他のことは割とどうでもよかった。



 いや、多分やろうと思えば信じられないくらい悪いことも出来るんだろうけど。何というか、そんなふうに俺を信じてくれてる父さんを裏切る気になれないのだ。



 それに、別にこの世界が嫌いとか無いし。今の生活は割と好きだし。血は繋がって無くても、姉さんと玲は大切だし。父さんと母さんが帰ってきたら親孝行したいし。



 ふーんって感じだ。



 何なら、動じずにいられるこの「ふーん」って感情すら神様に与えられたモノなのかもって思うと、更に「ふーん」って感じになって興味が湧かないってのもある。



 『よかったね、世界さん。俺で』って感じ。別に、誰に言うワケでもないけど。



 006



「そこまで教えてくれたし、最後まで聞いちゃうけど。このインターフェースのUIには説明がないんだよ。二人のデータの中で、実はまだ分からない数字がある」



 そして、俺は二人の4桁の数字と【0】について説明した。



「【6800】? なんだろ、お姉ちゃんからの好感度とかじゃない?」

「オナってる回数の多い玲の方が低いんだな、形はそれぞれってことか」

「お願いだから、オナってるとか言わないで」

「因みに、お姉ちゃんの場合はその数がそのものの回数のイコールだよ。元々、性欲があんまりなの」



 別に聞いてもいない事実をカミングアウトされ、何だか嫌な気持ちになった。他人同士だと判明したが、それでも俺は二人を姉と妹として見ているのだろう。



「でも、【6800】がどんなもんなのか分からんな」

「お母さんがお父さんに抱いてた気持ちは4000とかだったって聞いたよ」

「【4000】? 異世界で命懸けのバトルの手伝いをするくらい信頼して好きでいるのに?」

「うん。だから、お姉ちゃんと玲ちゃんの気持ちは凄いよ。愛とか恋とか、その程度じゃないんだよ」



 凄いよって。



 こうも淡々と告げられると、こっちも淡々と反応するしかなくなるではないか。大袈裟に喜ぶつもりもないけど、せめて誂ってやるくらいの悪戯はしたかった。



「なんでそんなに好きなの? 自分で言うのも何だけど、俺って野心とか欲望とか無いし、いわゆる雄力みたいなモンも低いだろ」

「この世界で右も左もわからない私たちを、いつも助けてくれたでしょ。確かに私たちのいた世界みたいに命の危険はないけど、だからこそ心細くて不安だったから」

「それを解消した俺を、そんなにバカげたレベルで好きになったのか」

「ふん。あたしは別にあんたじゃなくてもよかったし。たまたま、あんたがあたしと一番近い距離にいただけだし」



 雛鳥のロジックか。まぁ、妥当だろうな。



「……なんてのが通用したのはここに来て数年だよ。お姉ちゃんたち、もう15年以上もここにいるんだから。学校でだってどこでだって、恋しようとすれば幾らでも出来たもの」



 言われた玲は、返す言葉を持たず言い淀んで真っ赤になり俯いてしまった。



 姉さんは、達観し過ぎだ。いつも穏やかで賢いし何でも出来るし、只者ではない女だとは思っていたが。まさか、ここまで卓越しているとは。



 異世界の女ってのは、こうも強い生き物か。ならば、玲は玲であまりにも人間らし過ぎる。この二人も、また他人であってこの家で姉妹になったのだろうか。



 何より、同じ血縁にしてはおっぱいのサイズがあまりにも違いすぎる。もちろん、俺が好きなのは太ももだから大してソソられもしないけど。



「まぁ、ハッキリ言ってそんな事はどうでもいいんだ。むしろ、残りの数字である【0】の方が気になっている」

「経験人数じゃないの? お姉ちゃん、エッチしたことないよ?」



 姉さん、赤裸々過ぎて少し心配になるから黙っていてくれ。



「それに、違う。俺は童貞だが、鏡に映った自分を見ると数字は【1】。他の数字は正常、正体の分からないそれだけが【1】。テレビに映ってるタレントも、渋谷のリアルタイム映像に映るスクランブル交差点の人々も、一人残らず【0】なのに、なぜ俺だけは【1】なんだ。この意味、二人になら分かるだろ?」

「分かるだろって、兄貴に分からない事があたしたちに分かるワケないじゃん。大体、その数字もインターフェースもあたしたちには見えてないんだから」



 もっともな意見だった。少し、アプローチを変えてみよう。



「例えばの話、二人が俺に思う気持ちが実は俺の能力のせいであって、洗脳みたいな効果であり得ないくらい惚れさせているって線はないか?」

「急に何を言うの? そんな寂しい事を言うと、お姉ちゃん許さないよ」

「この魔眼は、俺の意志とは無関係に今朝になって発現した。だったら、俺が無意識的に異性を魅了する謎の力を使っていても不思議じゃない」

「ねぇ、兄貴。あんた、何が言いたいの? その、あたしたちが好きでいると、迷惑……、なの?」



 玲の寂しそうな顔はあまり見たくないが、それでも言わなければならない。

 本当の俺がどれだけ人間離れしていようが、育った環境は両親に会えないだけの普通の日本だった。俺の感性は、どこまで行っても一般的な男子高校生レベルだ。



 だからこそ、言わなければならない。



「何でも出来るってことは、何も信じられないってことだ。今までの人生、全部が異能のお陰だって思うと切なくてな」



 二人は、黙り込んで俯いた。何一つ俺の言葉を否定できる根拠がないんだって、ハッキリと分かって悲しかった。



「まぁ、本当にそうなんだとしても、そうなってしまっているモノは仕方ないか。今更、買い物に金が必要な事に文句を言う奴がいないのと同じだ」

「……え?」

「今日はもう寝よう。明日になったら、明日の俺が何かしらのいいアイデアを考えてくれるだろ」

「はー君、気にならないの?」

「いや、なるよ。でも、無自覚にモテるし常に恋人が途切れない奴って普通にいるじゃん。俺の場合、たまたまその原因っぽいモノが判明してしまっただけで、そいつらは自分がモテてごめんとは思わないだろ」

「た、確かに」



 色々と、深く考えて不公平のアノニマスに自分を含めるから俺はよくない。世の中の勝ち組は自分の生まれを自慢するし、遠慮なく金も立場も使って社会的な成功を収めているだろうに。



 だったら、俺だって同じだ。この力を使って人生を謳歌すればいい。何も考えないで下品に暴れて、未だ見ぬ力の覚醒でも待ちわびながら女を侍らせて生きていればいい。



 ……なんて。



 そんなふうに考えられたら、とっても楽だっただろうな。



「おやすみ、また明日」

「う、うん。おやすみ」

「おやすみ、兄貴」



 007



 夢を見た。



 その夢の中では、筋骨隆々の野武士みたいなおっさんが血塗れのまま荒野を一人ぼっちで歩いていた。

 遥か彼方には黒煙を拭き上げる王城が見える。そこへ向かっているのだろう。おっさんは錆びた剣を地面について蹌踉めき、襲ってくる敵を片っ端から斬り裂いていた。



 どこにも、仲間の姿なんてなかった。ただ、その腕にはイニシャルらしき現地の文字が刻まれていて、唯一読めるアルファベットは『R.I.P』となっていた。



 おっさんが斬る者は、異形ではなく人の形をしていた。彼が守っているのは、年寄や子供の悪魔だった。

 救った世界の果てで、今度は人が悪となったのだろうか。おっさんは、正義ではなく弱い奴の味方なのだろうか。それが、彼のなすべき事なのだろうか。



 ただ、そんな最初の理由も忘れてしまうような長い時間、おっさんが戦っている事は分かった。

 彼が負けてしまえば滅びる世界を、何とか繋ぎ止める為に彼は自分を捨て去ったのだ。彼の中にあった正しさや美しさの概念がすべて破壊され、それでも最後に残った使命に縋ったのだ。



 ……目が覚める瞬間、おっさんは俺の名前を呟いた。最初から分かっていたが、そのおっさんは父さんだった。



「うん」



 もしも、今のが俺の力であって、俺が父さんのことを知りたいから見ることが出来た夢ならば、俺の無敵っぷりもいよいよとんでもない事になっている。



 言ってみれば、俺が持っているのは願望を実現させる能力だ。眠る前に明確に、俺は父さんが何者なのかを知りたがったから今の啓示みたいな夢を見たのだ。



「おはよう」



 歯を磨いていると、後ろから玲がやってきてシカトをぶっこいたまま自分の歯ブラシを取った。

 俺を妄想で犯した数は【140】に増えている。なるほど、ちゃんとイケて偉い偉い。



「なによぉ、もしかしてまた数字見てるの?」

「あぁ」



 口の中に泡を含んだまま、溢れないように言葉ではない言葉で返事をする。



「でも、あたしが夢の中で兄貴をどんなふうにメチャクチャにしてるかまでは分からないでしょ?」

「あぁ」

「ふふ、勝った」



 負けた、のか?まぁ、妹が嬉しそうなら何よりだ。お前がそれでいいのなら、ガンガン使ってくれたまえ。



「はんらお」



 なんだよ、といったのは通じたらしい。玲が歯を磨きながら背中を合わせて寄りかかってきたから、何だか肌の感触が気持ち悪くてそう聞いたのだ。



「別に。あたしよりお姉ちゃんの方があんたのこと好きなの、ちょっと悔しかっただけ」



 ……かわいいと思った。



 まぁ、思っただけで口にはしないけど。



「ガラガラ……ぺっ。何を言っても嫌味になりそうだから、俺は何も言わないぞ」

「……だから、あんたのこと好き」



 熱でもあるのかと思っておっぱいを触ると、ちゃんと思いっきり引っ叩かれて安心したから制服に着替えてリビングへ。

 既に身支度を終わらせて制服にエプロンをつけた姉さんが、いつものように朝食を準備していたから手伝うことにした。



「はー君、一つの材料を使った料理の中で最も種類が多いのは卵料理なんだよ」

「へぇ。言われてみれば、卵は世界中にあるもんな」

「そんな中でも、世界で一番おいしいとされているトルタンタロン。甘いナス焼き入りのオムレツが今日の朝ごはんだよ」



 毎日毎日、姉さんはこうしてよく分からん料理の豆知識を教えてくれる。一体、いつどこでそんな知識を仕入れているのかはよく分からないが、情報網と実際に作れる腕前には素直に敬意を払う他ない。



「よくある話、外国の日本好きな人の方が日本人より歴史や文化を知ってることがあるでしょう? お姉ちゃんの場合、それが世界規模で起きてるって感じかな」

「スケールがデカすぎて笑いしか出ないよ」

「でも、お姉ちゃんが調べるきっかけをくれたのはいつもはー君だったよ」

「流石に好意的に受け取り過ぎでは?」

「好きって感情には、お姉ちゃんにそう思わせるだけの魔力がある」



 言って、姉さんは隣で皿の水滴を拭く俺の顔を見た。



「お姉ちゃんは、お姉ちゃんの意志ではー君が好きだよ。信じて」



 ……震えたよ、俺は。



 だから、こう答えるしかなかった。



「分かった、信じる」



 すると、姉さんは昨日の夜からずっと不安だったのか、俺に抱きついて泣いた。頭のいい姉さんだから、俺のせいで自分の気持ちを疑って、一晩中悩んでいたに違いない。



 なるほど。



 人を疑うってのは、こういう結果を生む事にもなるワケだ。自分の好奇心や猜疑心に誰かを巻き込むのは、あんまり良くないのかもしれない。



 俺は、姉さんの頭を撫でてやった。やがて、一度だけ深呼吸をしてから俺から離れると、いつもの穏やかな微笑に戻って料理を並べた。



 トースト、サラダ、オニオンスープ、トルタンタロン、フルーツヨーグルト。豪華な朝食だ、いつだったかテレビで見た、一流ホテルのブレックファストにも匹敵している気がする。



「いただきます」



 飯を食いながら、いつもより少しだけ二人の視線が気になった。意識しだしたから、それとも本当にいつもより俺を見ているのか。心がザワザワするから、テキトーな質問で場を和ませることにした。



「二人にも、何かしらの異能力があったりするワケ?」

「あるよ。お姉ちゃんは錬金術が使える、最期の錬金術師が集まる工房にいたの」

「あたしは異能じゃないけど、シンジケートに所属してたから重火器と近接格闘術を一通り使えるよ」



 絶妙にこの世界で使いこなせなさそうな力だった。というか、工房ってなんだよ。シンジケートって何だよ。



 どっちも、世界が滅びる事実に抗うための何かしらの集団って事でいいのだろうか。掘れば掘るほど、面白そうな話が聞けそうなネタだった。



「……え? 待ってくれ、二人は何歳なの?」

「お姉ちゃんわかんな〜い」

「女の子に年齢聞くって失礼だって思わないの?」



 別に思わないが、怒られると嫌だからとっとと飯を終わらせて学校に行こう。仮にババアだとしても、この世界の尺度で見れば17歳と15歳だろうし。気にすることでもないか。



 やれやれ。



 008 



「お、おはよう。七詩君」



 授業の準備をしていると、いつものように委員長が話しかけてきた。顔を見ると、眼鏡をしていないことに気が付いたからボーッと瞳を眺めていると、委員長はポッと赤くなって俯いた。



 チラチラと視線を移し、しきりに前髪を気にして直している。照ているのが丸わかりだが、済まし顔に努めている仕草が健気でかわいい。



「な、何よぉ……」

「いや、おはよう。コンタクトにしたんだなって思って」



 そういえば、委員長の分は俺をオカズにした数しか見てなかったっけ。失礼だとは思うけど、こっそりデータを見てしまおう。



 清音千紗子きよねちさこ【16】【162】【130】【86】【58】【88】【0】【34】【9999e】。



「ひ、ひえぇぇぇぇっ!?」



 きゅ、きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう!?キュウセンキュウヒャクキュウジュウキュウだって!?なんだそれ!カンストしてるじゃねぇか!



「な、七詩君!? どうしたの!?」



 あれ、しかも待って?eって付いてるってことは。



「エラー起きてるじゃねえか!!」

「きゃあ!?」



 電卓みてぇなことしやがって!



 つーことは、なんだ?俺の力では9999までしか測れないってだけで、実は全然もっといっぱい俺のことを好きでいるって事か?委員長さん、一体何があってそんなに思ってくれちゃってるんですか?意味が分からないし、それを隠せている彼女のメンタルってマジでどうなってるんだ?



 というか、【34】って。地味に4回も。いや、それはちょっと嬉しいけどさ。



 ……。



「い、委員長」

「なに? 七詩君」

「あの、体は大切にした方がいいよ。俺、多分そこまでデカくないし、当然テクニックとかないし。妄想の中とはいえ、凄い奴みたいな扱いされると困っちゃうかも」



 しかし、この世界の住人である委員長が俺の異能力に気が付くハズはなく、何のことやらサッパリといった様子で首を傾げるだけだ。

 そんなあどけなさと性の貪欲さのギャップが妙にグッときてしまう俺のチョロさもさることながら、果たして俺からアクションを起こしてみたらこの【9999e】の数値がどう動くのかも気になる。



 姉さんや玲を信じると言ったのだから、委員長も信じてやらなければフェアではない。この際、俺に魅了の異能力が無いことを前提として彼女と接するのがベターだ。



 多分な。



「委員長」

「なぁに? 今日の七詩君、なんか変だね」



 お前が言うな。



「俺、最近気になる子が出来たんだ。どうすればいいのか、異性の委員長に聞いてみたくて」



 すると、委員長は手に持っていたノートを俺の机に落とすと、フッと目か光が消えて俺の頭上に幽霊のように立ち尽くした。



「だれ?」

「普通に考えて、そこは明かさなくねぇか?」

「だれ?」

「いや、だから――」

「だれ?」



 怖い。



「ねぇ、七詩君が優しい人なのは知ってるよ。優しくて辛い時には慰めてくれる人なのも知ってる」

「なんで知ってるんだ」

「自覚がないくらい、あなたにとって自然に私を助けてくれたから」



 何か、ヤバい引き出しを開いてしまったらしい。



「でも、それってあなたの事を特別に思う人間からすれば不安で仕方ないの。身勝手なのは分かってるし、あなたが人助けをするたびに私も嬉しくなるけど。同時に、もう私のことなんて見てくれなくなるんじゃないかって思うの。分かる?」

「委員長が俺を好きなのは分かったけど、お前に何かの証拠をあげるような関係でもないだろう」



 多少の毒を以て接しなければ、委員長を止められないって事だけは分かった。だから、俺の好奇心の責任のために、彼女の気持ちを受け止めるしかないと思った。



 今朝に反省したばっかりなのに、俺って本当に愚かだな。



「そんなことない、七詩君は私がいないとダメだもん」

「なら、これからも側にいてくれよ」

「……え?」



 しかし、もしもこの数字の能力の覚醒が俺の深層心理に眠る相手を知りたい気持ちなんだとすれば、その相手は間違いなく委員長だ。

 俺は、自分では気がついてなかったけど、多分この子の事を好きになりかけている。自覚して、冷静になってしまったせいでどう転ぶのかも分からないけど。



 でも、姉さんの言葉の通りなら、この能力が発現したのは委員長のせいだ。



「僭越ながら、委員長が俺をオカズにしてオナニーしてるのは知ってる。しかも、結構無茶してるのも知ってるよ」

「な……っ!? えぇ!? なんでそれを!?」

「正直言って、ちょっと嬉しいと思った。どんな妄想をしてるのか、聞いてみたいくらいにはあなたの事が気になってる」

「ふ、ふわぁ……。あぅあぅあぅ……」



 委員長は、グルグルと目を回して顔を真っ赤にしたまま倒れ込んだ。俺の方に倒れてこなければ、頭を打って怪我をしていたに違いない。



 俺は、倒れてきた委員長の耳元でため息をついてから呟いた。



「だから、あなたには色々と知って欲しい事がある。今日の放課後、俺の家に来てくれ」



 危険な匂いのする彼女の気持ちに歯止めをかけるべく俺から手を出す。これぞ必殺、ヤンデレキャンセル。



「も、もしかして、私って今日……」

「俺がどんな人間なのか知ることになる。あなたにそう思わせてしまった、俺の責任だ」



 ボシュ!と蒸気が爆発したかのような音の後、逆だった髪の毛がユラユラと落ちて気絶してしまった。

 一体、何が起きたのかと周囲のクラスメートたちがやってくる。そんな中、黒ギャルの鳴海が反対側の肩を持つのを手伝ってくれたから、二人で委員長を保健室へ運ぶこととなった。



「ウケる、なにしたん?」

「ちょっとな」

「ふーん。ウチが気絶したら、そんときもよろしく〜」

「任せてくれ」



 ということで、よく分からない約束を取り付けて俺たちはクラスへ。委員長が戻ってきたのは、2限目の終わった頃だった。



 009



「ようこそ」

「お、お邪魔します」



 部屋に招き入れ、茶を出して沈黙。モジモジとして俺の顔を見るとすぐに視線を逸らす委員長は、何か俺の思惑とは全然違うことを考えているように思えた。



「へ、部屋、結構キレイなんだね」

「掃除しておかないと、姉さんと妹がうるさいんだ」

「ふぅん。姉弟は女の子なんだ」

「その辺も、ちっと複雑でな。父さんの事情で、今は義理の姉妹と3人で暮らしてる」

「ぎ、義理!?」



 まぁ、義理だよな。だからといって、どうということはないけど。



「二人が帰ってきたら始めるよ、その方が理解しやすいだろう」

「いきなり4人なのぉ!? そんなのってありなのぉ!?」

「ありっつーか。実を言うと、俺も知ったのは昨日のことだったんだ。まだ飲み込めてない」

「も、もしかして……」

「あぁ、姉さんに教えてもらった」

「ああああああああ!!」



 何故か、委員長はあぅあぅ言いながら俺の胸ぐらを掴んで頭をグリグリと押し付け、顔を真っ赤にしながら泣くという謎の行動に出始めた。



「どうしたの?」

「嫌だぁ、せめて最初くらいは二人きりで優しくて欲しいよぉ……。ひぐ……っ」



 よく分からないから、頭を撫でて慰めて姉さんと玲が帰ってくるのを待っていた。やがて、ガチャリと玄関が開く音がする。それに反応してビクリと震えたかと思うと、委員長はゆっくりと俺を見上げた。



「それじゃ、降りよう。二人に紹介する」

「わ、私、七詩君のこと好きなの」

「あぁ? うん。知ってるよ」

「どんな鬼畜でも、きっと好きなんだと思う。だから何でもしてあげたいって思うけど、やっぱり怖い」

「まぁ、怖いだろうけどさ。俺をオカズにしてた事を知ってる理由とか、説明しないとフェアじゃないから」



 そして、プルプル震える彼女の手を掴んでリビングへ。どうやら、二人で帰ってきたらしい。俺と委員長を見ると、不思議そうな顔をして交互に顔を見ていた。



「紹介する、ウチのクラスの委員長の清音千紗子さん。委員長、こっちは姉の雅と妹の玲」

「こ、このおっぱいを……?」



 何か、とても下品な言葉が聞こえたような気がしたが、俺しか気がついていなかったっぽいから知らないフリをしてテーブルについた。

 続いて玲が座り、姉さんが4人分の茶を淹れてテーブルへ。最後に、立ち尽くしていた委員長が座った。



「……ん?」

「さて、結論から話すと分かりにくいだろうから時系列順に話そう」

「あれ、七詩君?」

「安心して、なるべく噛み砕いて話すから」

「いや、そうじゃなくて」

「俺、昨日になって人の年齢と脈拍、それにスリーサイズと俺をオカズにした数と、おまけに好感度が見えるようになったんだ」



 聞いて、委員長はコテンと首を傾げ、俺たち姉弟の顔を眺めた。そして、考えた末に合点がいったようで。



「……私はエッチじゃないから、七詩君が悪いんだから」



 呟いて、俺の肩をポコンと叩いた。彼女の中で何が起こっていたのか知る由もないが、報復というには可愛らしい今の攻撃で許されるのなら大人しく反省しよう。



「スリーサイズって、兄貴的には大きくないとダメなの?」

「はー君、お姉ちゃんちょっと太ってた?」



 俺の家族は、割と能天気だった。いや、既にこれからの生き方にシフトしていて、自分たちの価値観で物事を図ることを決めたといったところか。



「そんなことはどうでもいい。問題は、こんな能力が発現したことなんだ」

「そんなこと?」



 ……おや?空気がピリッとしてきたぞ?



「はぁ、兄貴も所詮は男ね。どれだけ知ったふうな口を聞いても、女が美貌に憧れる気持ちを『そんなこと』だなんて文句で片付けようとするなんて」

「はー君、そういう酷い事を言うのはお姉ちゃんいただけないな」

「経験上、人を見た目で判断しないとか言ってる男ほど面食いだもの。七詩君、面食いが悪いとは言わないけどそれを知らないふりする態度気に食わないよ」



 何故か、俺が内面で人を見る偽善家を気取っているモノだと勘違いされていた。俺は、別に顔の好みがないワケではない。どんな女の見た目でもかわいいと思っているだけだ。



「なら言わせてもらうが。そもそも、見た目が醜いって事は遺伝子的な理由以外本人の努力だろ? 太ってるとか、肌がテカってるとか。自分で努力して勝ち取れるモノを手放してる奴の内面が美しいと言えるのか?」

「……じ、時間がないんだもん」



 姉さんが絞り出すように言った。



「いや、本当に美貌に憧れてるなら時間を無理やり作るだろ。俺から言わせれば、別に見た目が良くない奴が悪いんじゃなくて、自分の怠けっぷりを他責にしてるみっともない心の内側が悪いんだと思うぞ」



 まぁ、その後俺は委員長と玲にぶっ飛ばされたワケだが。やられるのは覚悟の上でやられたから本望だ。どう考えたって、暴力に訴えるくらいしかない正論を振りかざした俺が悪い。



 ただ、別に姉さんの事を悪く言ったつもりはないってことだけは分かっていてほしい。むしろ、そういう女の怠けや醜さが好きな男だって分かって欲しい。



 だって、ストイックなのって疲れるだろ。何かを追い求めて自己研鑽にしがみつくより、緩やかに劣化していく互いを認められる方がいいんじゃないかって思う男もいるんだって分かって欲しい。




 例えば、俺とかさ。



 010



 一悶着を終えて一息つくと、3人は本当に俺を好きなのかどうかも分からない面持ちで俺を見ていた。



 一応、確認しておこう。



 雅【7016】、玲【6119】。



 ……なんだろう。



 こう、女の子のやりたいようにやった事を受け入れてあげるのが好かれるポイントなのだろうか。個人的な感覚としては、それこそ女が男にモテる為の方法のような気もするが。



 本当は、実は女の人も昔っからそう思ってて、最近は素直になりやすくなったという事だろうか。自分の醜さを認めてもらえるのって、何だかんだ言って嬉しいもんな。



「まったく、バカなんだから」

「何しても安心させる兄貴が悪い」



 はいはい、もうそれでいいです。悪うございやした。



「とにかく、委員長。説明した通り、俺は異世界とやらに転生した父さんの息子だから普通じゃないんだ。こっちの姉妹も異世界人。うちの母親はハイエルフだから、俺はハーフエルフって事になるんだと思う」

「そ、そっか。まぁ、あれだけピッタリ当てられたら信じるしかないけど。でも、だからといって私の中で何かが変わるワケじゃないよ」

「そうか。強いな、委員長」

「強いっていうか、好きなだけだもん」



 しかしながら、異世界出身の二人はさておき、教室で執拗に「だれ?」と聞いていた委員長は独占欲的なモノが湧いてきたりしないのだろうか。俺が逆の立場なら、絶対にその女を独り占めしたいと思いそうなモノだが。



「だって、七詩君って王子様なんでしょ? 一夫多妻くらいよくない?」



 ……言われてみれば、確かに。いずれ、俺はその王国を継がなければいけない立場だ。その国のこと、少しだって知りもしないのに。



「いやいや、けれどここは日本だ。人の倫理や罪は日本の法律で裁くべきだし、一夫多妻も認められてない」



 そもそも、その国の法律と倫理も謎だ。絢爛華美なやり方は推奨されていないかもしれない。母さんが父さんについていった理由だって、確かに浮気の監視だったハズだし。



「んふふ、ちょっとした冗談だよ。でも、そうだなぁ。雅さんと玲ちゃんを見てたら、どうして二人が仲良しなのか分かったっていうか。やっぱり、七詩君を好きでいても不安にならなさそうだなっていうか」

「何を言いたいのか分からん」

「姉と妹と恋人。七詩君なら、みんなを一番にしてくれるんじゃないかって。そんなふうに期待してるの」



 私が一番おいしい立場だけどね、としたたかに付け加え、委員長は淫靡に笑った。少しだけゾクッとした。



 なんで現代日本の一般的な女子である彼女が一番怖いんだよ、まったく。



「お姉ちゃんは、好きでいるだけでいいってずっと思ってたけど。ずっと錬金術ばっかりだったからよく分かんないの」

「あたしの世界では男が戦いで死に過ぎて性別に偏りがあったし、一夫多妻なんて普通だったよ」 


 

 口を開けば面白そうな事しか言わねぇな、こいつら。毎晩、世界が終わるまでの話を聞いてみたいぞ。



「……ふぅん。そう、ならわかった。俺が責任持つよ」



 なんだか、収集がつかなくなってきたからここらで一区切り打つためにも、俺は彼女たちの気持ちを受け入れる事にした。

 思い出してみれば、こういうところに無関心なのが俺のよいところなのだ。別に、最初っから彼女が欲しかったワケでもないし。変にカッコつけてその気にさせてしまったのだから、ちゃんと愛してあげたいって思ったって文句はないハズだ。



 そうだろ?



「……お姉ちゃん、これどういう意味?」

「分かんない。千紗子ちゃん、教えてくれる?」

「要するに、私たちは七詩君のヒロインになったワケです。ドラマとか映画でよく見る、幸せになる女の子です」

「えぇ!?」



 ひっくり返った姉妹は、しきりに「これ以上幸せになっていいの?」と呟いて二人でアワアワしていた。生い立ちを想像するだけで、不憫萌な俺はますますのめり込んでしまいそうになる。



 どんな顔をしていればいいのか分からないから、適当に茶を飲んで誤魔化しておこう。現代日本で彼女たち公認のハーレムを構築してしまった今となっては、こんな程度で心を乱されるワケにもいかない。



 大切にしてあげよっと。女の事はよく分かんないけど、それで喜んでくれるなら幸いだ。



 011



 夏休みになって、一瞬だけ父さんと母さんが家に帰ってきて、それからすぐに別の異世界を救いに行ってしまった。



 事情を知ってしまった俺は、父さんに「俺も手伝うよ」と言ったのだが、そんな俺を制するようにガシガシと頭を撫でると小さく笑い。



「この世界が滅ぶ可能性だってある。お前は、その時に戦ってくれ」



 そう言い残して、再び母さんと家を出ていった。そんなに危ういバランスに成り立っているんだって知ると、無理やり父さんについていく気も起らなくて、俺は相変わらずこの家で特にやることもないハーレム生活を満喫しているのだった。



 ……あぁ、そうそう。



「おい、貴様よ。肩が凝った。揉め」

「はいよ」

「んふふ。なかなか良いではないか。お主、やはり妾だけのモノにならんか? お主の女に相応しいのは妾しか居らぬと思うが」

「いいや、ダメだ。この場所は、そういう約束で治外法権をやってる」

「連れないのぉ」



 どうやら、父さんは魔族を救う事ができなかったらしく、生き残った無力な魔王様を連れ帰ってきて七詩家で匿う事になったのだ。



 ……夢で見た、父さんが守っていた魔物の最後の生き残り。あんなに血塗れになって頑張っていたのに、厳しい異世界はそれでも守りきれないモノらしい。



 だから、俺は新しく家族に加わった魔族の王様改め『七詩藍ななしあい』という新しい妹の求める通りに彼女のマッサージをしていた。好きだと言われたから尽くしたくなる、そんな俺の性格が恨めしい。



「おはよう、はー君」

「兄貴、千紗子も来たよ。ご飯食べよう」

「七詩君、今日も暑いね。後でみんなでプールに行こう?」



 こんな生活も悪くない、ワケもなく。俺としては、目が多すぎて逆に禁欲になってしまっている現状に些かな不満を覚えつつ。しかし、まとめて抱いてやる的な男気のない自分に腹を立てつつ。



 何とも不自由な生活を、奴隷のように過ごしているのだった。



 ……ところで、他の誰にもなくて俺にだけある【1】の数字。あれの正体は未だに分かっていない。

 藍にも母さんにも、そして父さんにすら見られなかったこいつは、やっぱり俺が俺自身へ向けた何かの回数ということなのだろう。



 すべてが分かってしまうこの世界で、たった一つだけ分からない真実。俺があらゆる経験をするのは、いつかこの数字のカウンターが増える事を期待する好奇心だ。



 改めてそう思って、俺は一歩を踏み出した。



 その夜、数字は【5】になっていた。

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【短編】人の頭の上に謎の数字が見えるようになった・オルタナティブ 夏目くちびる @kuchiviru

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