マンホール帝国
サボテンマン
マンホール帝国
-湊-
帰り道は憂鬱だった。
今日、学校で女子を泣かせてしまった。悪気があってそうしたわけではないけれど、もしお母さんの耳にこの事がはいってしまったら、きっと怒られる。
帰りたくないから、いつもと違う道で遠回りしながら家に帰る。なにか時間を潰せるような、熱中できるものは落ちてないだろうか。
日常のなかに刺激を探してみれば意外とすぐに見つかるものだ。
閉じているはずのマンホールが蓋をあけている。なんと好奇心を煽る穴だろうか。危ないとわかっていながも、ついつい引き寄せられるように穴に向かってしまう。
落ちないように、慎重に、そうっと穴を覗き込む。
「あっ」と声をあげてしまった。
真っ暗な空間だと思っていたそこには、白い目がふたつじっと空を眺めていたものだから、視線がぶつかってしまった。
まずい。反射的にランドセルにつけていた防犯ブザーに手を伸ばしていた。
甲高い音がなり始める。と、同時に穴の中から手が延びて頭を捕まれた。抵抗する間もなく穴の中に引きずり込まれる。
体感としては落下しているようだった。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。ぼくはマンホールに落ちて死んでしまうみたいです。あぁ、幼稚園は溌剌として楽しかったな、小学生になってから初めて友達とケンカもしたけれど、それなりに充実した人生だった。
小学生ながらに充実した走馬灯をみたあとに、どうやら無事であることに気づいた。
見渡す限りは暗闇だ。なにも見えない。
「あなたは、地上人か」
声をかけられてはっとした。ぼくを引き込んだ目が
すぐそばに浮かんでいる。
ぎゃあ、と声をあげた口を塞がれる。
「静かに、ここはまだ安全じゃない」ついてきてと手をひかれる。
帰りたいと伝えてはみたけれど聞く耳はもたないようだ。もう少しだからと一方的なものだ。
しばらく暗闇を歩かされて「ここならもう大丈夫」とつれていかれた場所は、電気がぼんやりと光る薄暗い場所だった。オレンジ色の光に照らされるお家は、ぼくたちが住んでいるそれと見た目の違いはなかった。
光に照されてようやく腕をひいていたやつの姿が見えた。どうやらぼくとそう歳は変わらなそうに見える。
「ここに、住んでるの?」
「当たり前だろう。ここはぼくたちの街だ」
マンホールのなかとは思えないほど解放感のある広々とした空間だった。少ないけれどちらほら他にも人が歩いている。
どうしてマンホールの下に街があるのだろう。興味はあるけれど、ほら、こっちだ。とさらに手をひかれて街のなかに連れていかれる。
オレンジ色の光で照らされる街を通り抜けてまたどこかに連れていかれる。もう一度、帰りたいと伝えてみるが、やはり聞いてはくれない。
整備された道を歩いた先に一際大きなお家が建っていた。見上げるほど大きなお家は、いかにも偉い人が住んでいそうな場所だ。
「ここは?」
「ぼくたちの王様が住んでるよ」
「王様だって?」
急に緊張してしまう。王様といったら物語でワルモノだったりいじわるだったり、とにかく怖いイメージだ。「どうしてぼくが王様に会わないといけないの」帰りたいと踏ん張る。
「きみは選ばれたんだ」
「ぼくが?」風向きが変わる。選ばれたのであれば悪い気はしない。けれど、知らない人についていってはいけないとも教わったことがある。誘拐されるかもしれない怖さと、退屈から逃れられる好奇心がせめぎあう。
そしてぼくは、好奇心に従うことした。
*
「きみが、選ばれし者か」
王様は、てっきりおじいさんだと思っていた。まさかぼくと変わらないくらいの女の子が王冠を頭にのせて似合わないくらいに大きな玉座に座っているなんて思っていなかった。
「デンデン、ご苦労だったな」王様は、ぼくをつれてきた男の子を労った。
デンデンは分かりやすく照れた。たぶん、王様のことが好きなんだろう。でも、いまは色恋はどうでもいい。いまはなぜぼくが選ばれたのか知りたかった。
「勇気ある少年よ。きみはショナンの戦士として選ばれた」
ショナン、というのは恐らくつれてこられて街のことだろう。戦士ということは、ぼくはこの街のために戦うのだろうか。
「どうして、ぼくが」
「勇気があるからだ」
マンホールを覗くことは、戦士に選ばれるほどすごいことだったのだろうか。他に誉められるようなことをした記憶はない。
「では、戦士として最初の仕事を与える」偉そうな女の子が、初めて会ったはずのぼくに偉そうに命令をする。戦士として選ばれたことは少しだけ嬉しかったけれど、それ以上に怒りのほうが強くなった。
「どうして、ぼくなんだよ」
思いの外強い調子で言ってしまったが、一度感情があふれでるともう止まらない。「ぼくと歳は変わらないくせに偉そうに命令するな」と言い終わったところで相手が王様だったことを思い出した。
とんでもない無礼を働いてしまった。王様を守る兵隊が飛び出してきて牢屋にぶちこまれてしまうかもしれない。なんてことは、杞憂だった。
だれか飛び出してくるどころか、デンデンすら身動きしない。王様はといえば、じっとぼくを見つめたまま唇を噛み締めている。
たぶん、泣きそうだ。
勇気を称えられたぼくですら、女の涙には弱い。「わかった。ごめん、何でも言うこときくから」なんてあわてふためいてしまう。
「じゃあ、ダーワラの戦士を味方にして」
「だ、なんだって?」マンホールの街のことはよく知らない。王様がいうには、こことは違う別の街に優秀な戦士がいるから味方にしてほしい、らしい。勇気のあるぼくにならできるそうだが、何がなにやら。
「わかった、わかったから、もう少しきちんと教えてよ」
*
王様は丁寧に事の始まりを教えてくれた。
ぼくが連れてこられた場所は、ショナンという国らしい。ショナンの他にはダーワラ、カワザキ、ハマーという四つの国に分かれている。元はカナールというひとつの国だったけれど、ハマーを治めているサクラギが起こした内乱によって国が別れてしまったようだ。
で、ショナンを治める王様であるフジが、再び四つの国をまとめてカナールの再興を目指しているらしい。
「でも、どうしてフジが?」
ぼくの質問は野暮だったようだ。フジは口をつぐんでしまったので、代わりにデンデンが答える。
「カナールの王様は、王様のお父さんだよ」
合点がいった。つまりフジはサクラギによって地位を追われてしまった、敗者だった。身を守る兵士がいない理由も納得がいく。フジは、武器をなにももっていないくせに野暮だけは大層なものを持っているだけだ。
「無謀だよ」勇気あるぼくはつい思ったことを口にだした。
「うるさい」と牙を剥き出すようにフジは、ぼくを怒鳴り付けた。「わかってる、だれもわたしに期待なんかしてない。でも、悔しいの。わたしのお父さんを殺したくせに、だれよりも偉そうにしているあいつが、許せないの」
気持ちはわかるけれど「どうやって、そのサクラギってやつと戦うのさ」
フジは、咳払いをしてから「勝機ならあるの」と得意気だった。
なんでも、元々カナールの中心都市であったショナンは、資源豊富で人の数は他の三つの国よりも豊富にいるらしい。「問題は、だれもやる気がないってこと」
一度負け組になってしまった人たちは、同じ想いをするまいと反抗心を捨ててしまったらしい。いまではサクラギに抗おうなんてだれも口にしない。
「だから、勇気ある人がわたしたちには必要だったの。湊、あなたみたいな人がね」
「ぼくの勇気って」
「あなたは、危険を察知して、咄嗟に大きな音を鳴らした。違う?」
デンデンと目があったときに鳴らした防犯ブザーのことを言っているのだろうか。確かに鳴らしたが、それで勇気があるといえるのだろうか。
「あなたは逃げなかった」
「それだけ?」
「いまのわたしたちには、ただそれだけのことが、とっても大事なの」
ぼくが選ばれし者である運命からは、どうやら逃れられないようだ。それに、フジに対して可哀想だと思ったことも事実。できることなら助けてあげたい。
「ぼくにできることなら」ぼくは、ダーワラへ向かうことした。
*
「祭り上げられたか」
ダーワラについたぼくは、現実を突きつけられていた。
ぼくはデンデンと共にダーワラへと向かった。道中、デンデンは、ショナンで唯一の戦士であり、フジをまもる最後の砦であると教えてくれた。
とても強そうに見えない。ぼくがそういうとデンデンは「時が来ればわかる」と笑った。その余裕さから強者の気品を感じる。どうやらショナンがもつ希望は、少なくないようだ。
ダーワラには、電車のような乗り物で向かった。マンホールの下に街があるだけでも驚きなのに、電車まで整備されていたなんて想像もしていなかった。デンデンがいうには、ぼくたちがすんでいる場所と下水道の間にデンデンたちの国があるらしい。全てはないが、いくつかのマンホールがぼくたちの世界と繋がっているそうだ。
嘘みたいな話だけれど、実際に嘘みたいな世界の中にいるのだから、信じるしかない。
電車から降りると、そこはショナンとはまるで違う、立派な場所だった。
ショナンでは、煉瓦で出来た家がずらりと並んでいたいわゆる今風な家だったけれど、ダーワラは瓦で出来ている昔の家だ。その先に教科書でみたことがあるような巨大な日本のお城が建っている。
お城は上からも下からもライトアップされていて、お城そのものが輝いているように見える。
「あそこに、ダルマが?」
ダーワラでは、戦士であるダルマが、統治者でもあるらしい。きっとダーワラの最上階に住んでいるのだろう。
デンデンとぼくが城の最上階にたどりつくやいなや、部屋の奥に座っている男がぼくたちに言い放った。
「祭り上げられたか」
ぼくたちは意味がわからず立ち尽くした。
呆然とするぼくらを見かねたのか、男が近くに来いと手招きをした。
「デンデン、久しぶりだな」
デンデンは犬のように喜んでいた。
「知り合い?」
「うん。あのひとが、ダルマさんだよ」
ダルマ、と呼ばれた男は、フジよりもずっと年上のように見えた。ぼくのお父さんよりもうえ、おじいちゃんと同じくらいかもしれない。でも、ぼくのお父さんよりもずっと強い、大きな身体が戦わなくても強いことを物語っていた。
「また連れてきたのか」ダルマはデンデンに向かって言っていた。
また、とはどういう意味だろうか。
「なんだ、また説明していなかったのか」あれだけ言ったのにとダルマはため息をついた。「無闇に地上の人間をつれてきてはならん。この国のために戦うわけがなかろう」
ぼくは、一人目ではなかった。ダルマがいうには地上の人間は何度も連れてこられたらしい。フジの境遇に同情した人も、戦いを求めて興味をもったものも、みんな逃げてしまったらしい。
「この戦いは、興味程度で乗り越えられるものではない。そういったはずだ」ダルマはするりと着物を脱いだ。
上半身を露にしたダルマの姿に、ぼくはぐっと悲鳴を飲み込んだ。ダルマの肩から先は、鉄でできていた。具体的には、機械になっていた。
「先の戦いでな。サクラギと戦った代償だ」
ダルマは強いと思っていた。
「手も足もでなかったよ。これでも、カナール最強の戦士だったんだがな」情けないとダルマは機械の腕を動かした。
「少年よ、きみが巻き込まれたものは、命をかけた戦いだ。ゲームでも、話し合いでもない。戦わなければ命を失うこともないし、わしらも傷つくことはない」
「ダルマさんは、戦いたくないってことですか」
「素直にいえば、そういうことだ」
フジは言っていた、みんなやる気がないと。「ダルマさん、あなたも、フジを見捨てるんですか」
「わしが、フジを?」ダルマの声に凄みがまざったような気がした。「見捨てるわけがなかろう」
「だったら、」
「戦わないことがフジを守っているとなぜわからんのだ」
もし次に負ければフジは無事では済まない。「そんなことわかっているさ。でも、何度だってフジは戦おうとする。知っているんだろう」
「わしは何度だって止めてやる。孫が死ぬところなどだれがみたいというのか」
孫だって?
どうして教えなかったとデンデンを睨み付けるが気づいているよ様子はない。代わりに知らなかったのかと呆れた調子でダルマが教えてくれた。
四つの国は、それぞれカナールの元国王の血縁が治めているらしい。ショナンは娘のフジ、ダーワラはフジのおじいちゃんダルマ、そしてカワザキという場所はフジのお姉さん、サクラギはフジのお兄さんだという。
「壮大な親子喧嘩だ」
「情けない限りだがね」
ダルマは悲しそうだった。「わしだって、本当は、またみんなと仲良く暮らしたい。それも、叶わぬ夢か」最後にぽつりと、せめてホリウチだけでも話をきいてくれたら。と呟いたのを聞き逃さなかった。
「ホリウチ、そのひとがフジのお姉さん?」
「そうだが、やつは人の話を聞くタイプではないぞ」
でも、そこに望みがあるのなら、かけてみたい。「ぼくが、ホリウチさんとお話をしてきます」
「どうして見ず知らずのお前が、フジのために」
「女子の涙に弱いみたいです、どうやら」
*
カワザキの女王にはすぐに会うことができた。デンデンをつれていけば、この国ではどこも顔パスでいけるみたいだ。
ダーワラとの違いは、治安がとっても悪いこと。カワザキの女王、ホリウチを囲むように刺青の男たちが立っている。
「で、仲間になって欲しいの?」ホリウチは、ぼくたちを鼻で笑うような調子でいってきた。苛立ったけれど、感情的になっては助けてくれるものも助けてくれなくなる。
「フジが困っているんです」
「あの子、まだ諦めてなかったんだ」
クスクスと周りの男たちが笑う。
「本当にファザコンなんだから。兄貴に逆らわなければ、好きに暮らせるっていうのに」
きっと、サクラギは父親を殺したあと家族に領土を分けたのだろう。なぜ一人占めしなかったのか、サクラギはまだ家族のことを考えるだけの優しさを持っているのかもしれない。
「あたしは手伝わないよ。あの子に伝えてよ、馬鹿な真似はやめて、好き放題暮らしなよって」
ホリウチは自分の国の素晴らしさを語りだした。ホリウチの国には人を縛り付ける法もなければ、悪を取り締まる警察もいない。強いものが得をするシンプルな国だそうだ。
「そんなに強いなら、サクラギを倒すことだってできるでしょう」
「それは無理」とホリウチは早かった。「あなたが思っているより、兄貴はずっと強い。たぶん、いずれわたしたちも」とホリウチは初めて小馬鹿にする顔をやめた。
結局、みんなサクラギが怖いんだ。だから少しでも逆らわないことでご機嫌をとって、長く生きようとしている。
「じゃあ、もしフジがひとりで戦ったら、ホリウチさんはどうするんですか」
「馬鹿じゃない。そんなの、見捨てるに決まってるじゃない」
それだけサクラギが怖いってことなんだ。三人が力を合わせても勝てないのかもしれない。「でも、フジはきっとひとりでも戦う。フジは、あなたよりもずっと強いから」
「わたしがあの子より弱いっていうの」ホリウチは解りやすい挑発にのってくれた。周りの男たちも一斉にぼくらを睨み付ける。
でも、大丈夫。ぼくにはデンデンがいる。「ショナンの戦士相手に、無事で済むと思っているのかい」と脅してみると、ホリウチたちが一斉に笑いだした。
つられてデンデンも笑っている。
ホリウチは涙を拭いながら教えてくれた。デンデンは戦士なんかではない。カナールがまだあった時代では、フジのお世話係をしていただけで、まともに
戦ったこともない臆病者だと。
「そんな子が戦士だなんて、フジも可哀想に」
ホリウチはゲラゲラと笑った。
本当に、可哀想だ。
フジは何も持っていなかった。領地だけ与えられて、ダルマやホリウチと違って、サクラギに抵抗する力どころか身を守る護衛すら持っていなかった。
「それなのに、フジは、お前たちみたいに、諦めていなかったぞ」
ぴたりと笑い声がやむ。
「なに、まだわたしたちに文句あるの」
「フジは、おまえたちのだれよりも強い。ひとりでもサクラギと戦う覚悟を持っている。おまえたちみたいに、サクラギから逃げているだけの負け犬とは違うんだ」
いよいよホリウチは我慢できなくなったのか、立ち上がるとぼくの目の前まて近づいてきた。「あんた、いい度胸してるじゃない」
緊張感で空気が張りつめる。
「いいわ、仲間になってあげる」
「本当に?」予想外の展開に表情がほころぶ。
「ただし、あの弱虫が勇気を示せたらね」
そういってホリウチはポケットからふたつの薬を取り出した。
「ひとつはただのビタミン剤、ただし、もうひとつは苦しんで死ぬ毒薬よ。どちらかひとつを飲むの、あの弱虫デンデンがね」
デンデンは、戸惑って、泣きわめいて、嫌がる。だろうと思っていた。けれどデンデンはひょいと近くにある方の薬を持ち上げ、躊躇うことなく飲み込んだ。
「さて、どっちだったかしら」
ぼくは、デンデンの様子を見守ることしかできなかった。
-フジ-
デンデンが、選ばれし者をつれて出てから、どれくらいの時間がたったろうか。ダーワラにいくだけならそう時間もかからずに帰ってくるはずなのに。
「まさか、おじいさまに」いや、まさか。おじいさまに限って無闇に殺したりするわけない。だったらどうして帰ってこないの。
デンデンがいなくなったらと考えただけで胸がしめつけられる。わたしの最後の味方、あなたがいなくなったらわたしは立っていられなくなる。
「ダメね、ひとりだと暗くなる」外の様子でも見に行こうと玉座から立ち上がる。
ショナンだけじゃない、お父さんが守ってくれたカナールが大好きだった。わたしは絶対にあの日のカナールを取り戻してみせる。
扉を開けて、外に出た。
「やあ、お出迎えありがとう」
「おにい、ちゃん」
家はハマーの兵隊に包囲されていた。「いつの間に」心臓の音がとまらない。まさか、わたしが反抗しようとしていることがばれたの。
「そろそろ躾が必要かと思ってね」
サクラギが、兵隊に合図をすると、兵隊たちはぞろぞろと家のほうへ向かった。
「待って、なにするの」抵抗しようとすると後ろから羽交い締めにされた。「お兄ちゃん、離して」
「ダメだね。ぼくに逆らった罰だよ」
ハマーの兵隊は、フジの家の破壊を始めた。
「やめて、それだけは」わたしが抵抗すると、お兄ちゃんは嬉しそうに笑った。
「親父の思い出がまだ残っているからいけないんだ。跡形もなくしてしまえば、お前も反抗する気が起きないだろう」
ハマーの兵隊は、躊躇することなくかつての領主の家を破壊した。窓ガラスが割れて、扉を壊して、最後は建物に火をつけた。
火が高く燃え上がるころには、わたしは泣きつかれて、地面に崩れ落ちていた。頭がいたい、立てない。「どうして、こんな酷いことするの」
「お前が悪いんだ。他のやつらみたいに、反抗しなければ辛い想いもしなくてすむ」
燃え上がる炎に集まるように、隠れていたショナンの人たちが顔を覗かせた。
「見ろよ。親父がいたときは偉そうにふんぞり返っていたやつらも、だれもおれを止めようとしない腑抜けだった。結局、親父のことなんてだれも好きじゃなかったんだよ」
「お父さんを悪く言わないで」我慢できずに声を張り上げた。お兄ちゃんはまだ反抗することが気に入らなかったようで、兵隊にまたわたしを羽交い締めにさせた。
「まだ、躾が必要みたいだな」
お兄ちゃんの顔が近づいてきた。「ショナンごと、壊しちゃおうかな」
「やめて、それだけは」
「じゃあ、なんて言えばいいか、利口なフジなら分かるよな?」
お兄ちゃんはわたしに服従を求めた。ひれ伏して、もう抵抗しないと誓えば、もしかしたら許してくれるかもしれない。
「そんなに、わたしが怖いんだね」
お兄ちゃんの顔が一段と険しくなる。
「おまえ、まだ」
「わたしは諦めない。絶対にお父さんの国を取り戻して見せる」
終わりだ。とお兄ちゃんが合図する。兵隊がショナンの街を壊そうと動き出した。
「お前のせいだ」
兵隊たちが手近な家から破壊を始めた。自分たちの家が壊されていっていうのに、だれも、抵抗する素振りもない。
「だれか、助けてよ」
わたしも、何もできない。
甲高い音がショナンの街中に響き渡る。
「間に合った!」
-湊-
防犯ブザーの音が鳴り響く。兵隊たちの注目はぼくに集まった。
ぼくらはハマーの兵隊を縫うようにしてサクラギまで近づいた。
「あいつが、サクラギ」
「そう、馬鹿な兄貴よ」ホリウチが答える。
「ショナンを破壊するとは、愚かな」ダルマが鼻息を荒くした。
「フジ様を、助ける」デンデンがいまにもサクラギに飛びかかろうとしていた。
「もう充分だ」ぼくは見ていられなかった。「家族同士が争うなんて、馬鹿げている」
ダーワラとカワザキの連合軍は、ハマーの兵隊を取り囲んでいた。「サクラギ、逃げ場はないぞ。降伏するんだ」
「降伏?」サクラギは不敵に笑った。「だれだか知らないけれど、ぼくのことを知らないようだね」
サクラギはポケットから、スマホのようなものを取り出した。「ボタンひとつで、ぼくの国から大量の援軍を呼べる」
「その前に、愚かな孫にげんこつでもくれてやろうか」ダルマが肩をまわす。
「やあ、ダルマおじいちゃん。ぼくのあげた腕の調子はどうだい」
「お陰様でな。不便がないよ」
「でも、ぼくに逆らうなら必要ないよね」
サクラギがスマホみたいなものをポチポチ操作するとダルマの腕が音をたててだらりと垂れた。ダルマは痛いのか顔をしかめた。
「初めましての人もいるから、自己紹介をしようかな」サクラギは、ぼくに視線を向けた。「ぼくはロボットを作ることが得意でね。敬老の日にはおじいちゃんに、新しい腕をプレゼントするくらい得意なんだ」
こいつは悪いやつだ。ぼくの直感がそう告げる。ほかの家族とは違って思いやりがない。
「ところで、ぼくの兵隊たちがみんなロボットだってことは気づいた? つまり、無尽蔵に味方を呼ぶことができるってことなんだけど、それでもきみは勝ち誇ることができるのかな?」
力強いダルマと無法のホリウチが、勝てない理由がわかった。「サクラギ、ごめん。ぼくは、みんなと違って、手加減ができないんだ」
ぼくは右腕を振りかぶって、初めて本気で腕を振り抜いた。所詮は小学生の力だけど、サクラギは小さな悲鳴をあげて、倒れこんだ。
「サクラギ、きみは、ぼくが出会ってきた誰よりも弱かったよ」
「ぼくが、弱い?」頬をおさえる情けない姿は、恐怖の象徴とは思えなかった。「ぼくは、支配者だぞ」
「みんな、手加減してくれていただけだよ」
サクラギはただひとり思いやりを持たなかった。「きみが勝てた理由はただひとつ、だれよりも子供だったからだよ」
ぼくはもう一度、サクラギを叩いた。何度も、何度も叩いた。泣いて、許してと言うまで、叩いた。
「サクラギ、きみは謝らないと駄目だ。謝って、また、家族に許してもらうんだ」
サクラギは涙を拭った。決して謝ろうとはしなかった。しびれをきらしたホリウチにスマホみたいな装置を奪われて、叩き壊されても何も言わない。
フジは言った。「もう、いいの。お兄ちゃんには、時間が必要なの」
ぼくたちは、勝ったのか。
*
「ありがとうね」フジから礼を言われたぼくは、なにか忘れているような気がした。
「きみのおかげで、馬鹿な孫を正してやることができる」ダルマは嬉しそうだった。
結局、サクラギは謝らなかった。けれど、情けない姿を家族みんなにみられて、もう威張らないだろう。
「カナールは、フジを中心にまたひとつになる」
「そう願ってます」
「で、あんたはどうすんのさ」ホリウチに尋ねられて、そうだと思い出した。
ぼくは選ばれし者だ。このままマンホールの世界に残って英雄になるのも悪くはない。「でも、ごめん。ぼくは帰るよ」
「もったいないね。お母さんが恋しいのかい」
ぼくは首を横にふった。
「謝らないいけない人が、いるからさ」
マンホール帝国 サボテンマン @sabotenman
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