巡った世界の光と影
朝倉春彦
人とAIの間に起きる他愛のないお話
「そうですか、はい、はい、ありがとうございます!はい、そうですね、今月の15日からなら…はい、それで大丈夫です。はい、こちらこそ宜しくお願いします、失礼いたします」
少し離れた所にいる男は、嬉しそうな表情を浮かべていた。
さっきから電話しているようだったが、何かいいことでもあったのだろう。
「あの電話、解天堂からみたいだな」
助手席に座っている悪友が、毒気を含んだ語気で言った。
忌々し気な様子で、全開にしていた窓を閉めて、エアコンの風量を2つ上げる。
「あっくんの耳ってそんなに良かったっけ?」
「最近、耳を"治療"したんだ」
「なるほど」
僕は適当に相槌を打つと、さっきよりも不機嫌さを増したあっくんから目を反らした。
夏真っ盛り、空調機器の営業車の中で、怪しい露店の安弁当を食べるだけの昼休憩。
ただでさえ気乗りしない状況なのに、更にマイナスな感情を浴びるのは御免だ。
「時代が悪いんだ。時代が」
僕の思いも他所に、何気ない若者のささやかな成功があっくんの負のツボを刺激してしまったらしい。
あっくんの方から目を逸らして、ラジオのスイッチに手を伸ばした頃、あっくんは話したいだけの愚痴を話し始めた。
「あと10年、いや、5年でも早ければ、俺もこんな場所には居なかったってのによ」
こうなったら、僕は言葉を挟む余地がない。
適当なチャンネルに合わせたラジオの方に耳を傾けながら、ひざ元に置いた唐揚げ弁当の方に顔を向ける。
「大体、あのガキは何が出来るってんだ?1日に何も生み出せやしないじゃないか。え?」
流れ出したラジオ以上の声量で捲し立てるあっくん。
彼はただ、鬱憤晴らしをしたいだけなのだ。
何かにつけて、誰かにキツく当たるような真似はしないし、モノに当たることもない。
「俺なら瞬きする間に創り出せるのに、小説、絵画、ゲーム…なんでもござれだ。そう言う風に造られたってのによぉ!」
何故なら、彼はそのようにプログラムされたAIだからだ。
実体を持ったAI、肉体を持ったAI…彼は、戸籍を持つ人間として扱われているが、その実は、とある目的を遂行する為だけにプログラムされたAIでしかなかった。
"次のニュースは、昨今の自然回帰ブームによって職を追い出され不良化したAIが各地で引き起こしている問題について、今日は専門家である…"
僕はハッとした表情を浮かべてラジオのスイッチを切る。
こんなニュース、僕の横で負の感情に振り切っているあっくんが居る場所で流れたら…
「何が自然回帰だ。結局、人間なんざ何も出来やしないのさ。1つやるにも時間が掛かりすぎる。終わる前に死ぬような連中だ。なぁ?相棒。そう思わないか?」
無事に火に油を注いでしまったようだ。
「そうだね」
僕は苦笑いを浮かべて曖昧な返事を返す。
ただの昼休みなのに…そう思った時、不意に僕のスマホの着信音が鳴り響いた。
「おっと、失礼」
僕は素早い動作でスマホを取り出す。
あっくんは吐き出しかけた鬱憤を飲み込むと、手をヒラヒラと振って顔を背けた。
「もしもし」
登録していない番号からの電話だった。
少し緊張しつつ電話に出る。
「もしもし、解天堂の採用担当をしております佐藤と申しますが、鈴木さんでいらっしゃいますでしょうか?」
僕の耳に届いた内容は、僕の顔を綻ばせ、横に居たAIの顔を歪ませるものだった。
巡った世界の光と影 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura
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