空飛ぶ猫の夏祭り
朝倉春彦
ネコが空を飛ぶ話
「え?ネコが空を飛ぶですって?」
私は、電話の相手にそう叫んだ。
眠気に誘われ、眠気に負ける寸前だった水曜日の午後。
携帯にかかって来た一本の電話は、私の感情の何もかもを吹き飛ばした。
「ええ、はい。札幌です。札幌のオフィスに居ます…はい、ええ。記事書いてますよ。ホラ、某芸能人がよく似た女2人とホテルから出てきた写真から広げた妄想記事」
電話の相手は、私がペーペーの頃からお世話になっている週刊誌のカメラマン。
スクープを撮ることにかけては、この業界で右に出る者は居ないと言われる敏腕だ。
そんな彼が、興奮した様子で私に伝えてきたことは、彼らしい非現実的な出来事だった。
"『ネコが空を飛ぶ祭り』があるらしい"
もう、この一言を聞いただけで私の眠気は宇宙の果てまで吹き飛んだ。
噴き出しつつ、笑いつつ、私は彼の持って来たスクープの詳細を教えてもらう。
"イエネコの健康を願うために始められた祭りらしいが、祭りの名前はまだないそうだ"
"そのお祭りは、今夜19時に、札幌の大通公園4丁目で開かれる"
"事前告知は無い。全国に存在する『イエネコネットワーク』会員のみに周知されている"
"毎年開催時期と場所が異なるが、必ず水曜日の夜に行われる事は一貫している"
"情報漏洩に関しては厳しい箝口令が敷かれている"
"過去に1度、SNS上での情報流出があったが、流出後5分で情報は消されてしまった"
私はメモ帳に情報を書きなぐりつつ、取材内容と方針を何んとなく想像する。
夜の札幌大通り…平日とはいえ、今は夏、ビアガーデンがあちこちで開かれている季節。
そんな中で半ばゲリラライブ的に開催されるお祭りがどんな騒ぎを起こすのか、何となく想像が出来てきた。
「丁度、札幌にいる奴が…と思ってな」
「ありがとうございます!退屈してた所なんですよ」
「おう。記事は任せたぜ。それじゃな」
「はい!失礼します~」
電話を切った私は、書きかけの記事を保存すると直ぐに外に出る準備をし始める。
パソコンを落として、机の上に散らばった私物を鞄に突っ込み、デスクの引き出しの中に入れていた一眼レフを取り出し首から下げる。
編集部の時計を見ると、既に18時半を過ぎていた。
大通りに近いオフィスと言えど、4丁目まではちょっと遠い。
それでも走れば十分に余裕をもって間に合うだろう。
「ちょっと出かけます!今書いてる記事の添削は明日にして下さい!」
私は周囲の同僚や上司に向けてそう言うと、わき目も振らずに走り出す。
廊下を出て、エレベーターで1階に降りて、そこから外に出て、ずーっと走って大通公園へ。
大通り公園の中を突っ走り、信号を4つ越えた先。
目的地の4丁目が見えてきた。
見えてきたのは、噴水の周囲にごった返す大勢の人混み。
それを遠目に見て通り過ぎる通行人。
大掛かりな音響設備に、立ち並ぶ屋台…そして周囲と世界を区切るかのような規制線。
野次馬と化した通行人からは、「あの猫可愛い!」の言葉があちらこちらで聞こえてきた。
カメラマン氏の言う通り、あの場所で噂通りの催し物があることは間違いない。
私は舌を舐めまわすと、野次馬達に紛れてカメラを構える。
猫と戯れる人々の集まりが、"事"を起こすのを今か今かと待ち構えていた。
「それじゃ、今年も始めるぞぉ!皆の衆!準備は出来てるかぁ!」
遠くに見えるさっぽろテレビ塔のデジタル時計が19時丁度を示した瞬間。
マイクを通した野太い男の叫び声が響き渡り、規制線の向こう側の人々のボルテージが最高潮に達する。
「今年もネコを投げて投げて投げまくるぞー!」
「「「「「おおー!」」」」」
耳を疑う掛け声。
私は非現実的な感覚に浸りながらも、人々が"それ"を投げる瞬間をバッチリ収めようと狙いを定めた。
大通公園4丁目の噴水と、時計台…偶々空に上がっていた、打ち上げ花火が入るようにアングルを調整し…後は動き出してくれさえすれば、シャッターを押すだけ。
「行くぞぉぉ!始めぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
図太い男の掛け声が、湧きたっていた参加者を突き動かす。
それぞれが手にしていたモノを、あちこちに狙いも付けず投げ始めた。
カシャ!
私はその様子を見ながら、手にしたカメラのシャッターを押す。
「……」
秘密の夏祭りを後世に伝える一瞬が切り取られていく。
それは、いい年をした大人達が、中身の入った缶ビールを投げ合う様だった。
……それは、ネコと言えば、ネコだったのだが……
空飛ぶ猫の夏祭り 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura
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