第3話 会ってグーをいれてやりたい


あのなかなかいいものとは言い難い光景の数々は一体、何の意図があったんだろう。

当然今の私にそんなこと知る由もないのだけれど――そうはいっても、気になる。

私の精神が錯乱したとかそういったのじゃなくて、人為的なものなんだからなおの事ね。どんな手段使えばあんな真似ができるっていうんだよほんと。


夢……とりあえず、夢、って言っておくけれど。

いくらか印象に残った夢というか、人物がいる。

まずは、私と似た思想をもった人格破綻者だ。

私とは全く別の人間なのに、心地がいいほど私の思想と似通ってた。たぶんこの人が一連の夢の中で、一番頭がおかしい。

その人はどうやら特別な相手を見つけて、フィクションさながらの人生に身を投じていったっけ。一番印象に残っている理由はその濃さや親近感も当然あるんだけれど、それでいて記憶が不確かだからだ。頭の隅で主張してるくせに、ノイズがかかってる。その奇妙さが一番不可解で、イレギュラーで、他の夢とは関係ない乱数なんだろうなって思った。

あと、そうね、なんていうんだろう。研究者?みたいな人と、一緒にいる人の断片を二組くらい見た。私は……ああいう人、好きだな、自分の意地とか誇りの為に一生懸命な感じ。


――はいはい、分かってるって。ばぁか、今あげた印象に残ってるのは全部乱数でしょ、知ってるから。だって別に、悪い記憶じゃないもの。小説に活かせそうだし、面白かったわよ、ええ。今の……五人くらい?かしら。そんなのは数少なかった上澄みだったわ、もちろん。

のこりは全部、痛々しかった。ちゃんとね。

まだ私、仕事の経験なんてしたことないはずなのに、不得手な職場に正職で行くことになって、横暴なおばさま方や、ねちっこく叱っては遠目からニタニタこっちを笑ってくる上司におびえる体験だってしたし、表向きはクリーンで前向きな心掛けをしてるくせに実態は陰口だったり怠慢の温床になってる職場だったりっていう、純粋に胃が痛いエピソードもあったし。

大事にしてたと思っていた相手に、それこそ気持ちを仇で返されたような仕打ちをされた追憶もあった。ただ部屋で寝て過ごしているだけなのに自分の意志を剥奪されていくような倦怠感に飲まれた記憶もあった。


そんなものを私に見せて、あの女は一体何がしたかったの?

人間の耐久実験をするのがそんなに楽しかったのかしら。


私もあきらめるところだったの。


人の心の砕けるところとか、発狂する様子が……。


私は救われたんだよ。ありがとう。


――鵜呑みにするなら、違う……わよね。

正直私に、演技は見抜けない。

あぁ、もう、嘘なんてわかんないってば。ったく。

私、ただ私があれを乗り越えれただけで――あの人を、救えたの?

救うってなんだよ。何かを好転させた?不安をなくせたの?

んー、わからないけれど、その両方だとして。

他の人じゃ、駄目だったんだ。

ずっと上手くいかなかった中で、私だけが成功したんだ、何はともあれ。

少なくとも今推測できるのは、何かの基準を私が超えれた、

その事実が彼女を安心させたっていう事で……つまりは、

これから私が何か得体のしれないことと向き合う審査を通過したという事だけだった。よろしくないわね……。


適当にロリポップキャンディを口に咥えながら、小説の調べごとをする。うぇっ、間違えた、カラメルプリン味じゃない。なんでそのチョイスなのよ、そういう甘ったるいのはあいつ思い出すから今は気分じゃないってのに。


夢で何度か出てきた粘菌について今日は軽く、かるーく調べてみたかったんだ。

そう、意味が分かんないんだけれど、研究者の一人が粘菌についてやたらしゃべってた。一体何なのよ粘菌粘菌って。パソコンを起動させて音楽を聴きながら、ネットの海に潜る。もう寝るだけなんだけど、なんか落ち着かない。


あの女がもし私に協力を求めてきて、私は一体どうするって言うのよ。

というか、大人がこれから大学生になろうとしてるぺーぺーの若者に一体何の助けを求めるって?謎のパワーでぱっぱと解決しちゃいなさいよ。

今回の恨みは忘れるつもりはないけど、まぁそれでも、まだ私は彼女がどんな人間か知らないし、存外気に入らないタイプってわけじゃないかもしれないけれど。それでなんか、手伝うっていうんなら、上手く使われてる感じがしてむかつく。拒否権はどこへ行った拒否権は。第一段階から関与しない選択肢を私に与えてくれなかったんだけど、無関係でいようと思ったところでそういられるの?

……逃れるのは無理そ、今も甘い味が喉元捉えて離れてくんない。あいつ、私の事ほんとめちゃくちゃにしやがって。


なんてむしゃくしゃしながら調べてたけれど、粘菌はどうやら存外面白い生き物だったみたいだ。何が特徴かって、胞子を作るキノコみたいな、植物の仲間――であるはずなのに、変形体になると餌をあさりながらゆっくり移動していく様はまるでアメーバ、動物だ。成長しているときには動物のアメーバの仲間そのもので、胞子を作る状態に移り変わると植物の菌類と遜色ない、べつに特別でも何でもない、ありふれた微生物。生きているのか死んでいるのかも傍目で見ていて曖昧で、何に分類できるのかも難しい。

 なんだろ、不思議だな。どうしても何らかのメッセージ性があるように感じてしまう。存外あの不思議な体験の中で記憶に残るだけあって、完全な無関係要素ってことはなさそうだ。考えすぎかしら。まぁ確かに、私があの追憶を見て感じた感想の一つではあった。正直、みんなそれぞれ違うのに同じ括りに拘って、一人一人を見ないなんて本末転倒だなって思う。私が感じ取った心の痛みは括れそうで、同じものなんて何一つなかったんだから。


ぼーっと、思う。学校はもうすぐおしまいだ。大学生活が始まる。

この実家からは離れて、地元からも離れて、一人暮らし。

そんな生活は秒読みだっていうのに、だってもうすぐ卒業式だよ?

今日みたいに通学の電車に待ち伏せ食らうのも数日じゃないか。

もしかすると私のあの女に対する悩みは杞憂なのかもしれない。

それはそれで気持ちの矛先を失って困るけど。


……うん。あーあー、もう、なんも考えないでおこう。

どうせ明日も学校なんだ。早く寝てしまおう。

あんな腹立つ存在に会いたいかと言えばそうね、

会ってグーをいれてやりたいわ。

こんだけ人をおかしくさせといて無関係でいられると思うなよ。


多分、明日も駅前で会うんだろうな。なんとなくわかるよ。

明日、なんて言ってやろうかな。

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染めて捻じ穿て ポコックル璃桜 @pokokkuru

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