ビジネスツンデレしている良識的でツンツンしていることに罪悪感を抱く貴族令嬢と、 たまたま転移してしまって犬扱いされているのに満更でもなく割とたのしんでしまってる男子高生

夕日ゆうや

第1話 出会い

 十一月の寒空。

 わたしは領民の裁決を受けるところに立ち会った。

「アルシーア侯爵! この者にどうか重い罰を!」

「わしはこれがなければ生きていけません」

 手縄をされたご老人のクロを前に、怒りを露わにしている商人。

 パンくずが物的証拠として上がる。

 話を聞いてみると、この銅貨三枚のパンくずを窃盗したという。

 窃盗罪はそのものの金額により罪の重さが変わる。

 この場合は、せいぜい一ヶ月の牢獄送りか、銅貨三十枚の罰金刑。

 豪奢で長い赤毛の髪をゆらし、わたしは前にでる。

 サファイヤブルーの瞳がしっかりとクロを見据える。

「アルシーア様。ここはどうか重い罪を」

 侍女であるイリアスが耳打ちをしてくる。

 どうやらツンモードで対応しなくてはいけない。

「クロ=アンジュには五ヶ月の牢獄行きを命ずる」

(春まで待ってね)

 十一月である今から五ヶ月後は四月末。

 寒空の下で解放されるよりも、春先に心機一転するのがいいだろう。

「さすがアルシーア様。重い懲罰で安心しましたぞ」

 商人が誇らしげに胸を張る。

「これ以上、わたしの手を患わせるな」

 そう言ってわたしは袖に帰る。

 ご老人クロはわなわなと震えていた。その目は少しばかり濁っているように見えた。

 伝わっていない、かー。

 少し項垂れると、イリアスが声をかけてくる。

「お疲れ様でした。午前の表敬訪問は以上で終わりです。午後からは外交官リリィ=アルキメデスとの対談があります」

 あー。また疲れるような話を。

「午後も冷たくあしらってください」

 冷たく……ツンツン。こういった態度を取らざる終えないのはわたしが侯爵だから。

 なめられたら終わり。

 ツンツンしていなければ、人を導けない。

 でもわたしは、このツンツンしているのが嫌だ。

 人を貶めるような意図があるから、正直わたしは胃がキリキリする。

 辛い。

 誰か分かってくれる人がいてくれるとありがたいのだけど……。

 ツンツンするのにも辛くなってきた。どこかで吐き出したいのだけど。

 幌馬車に乗ると、ため息一つ漏れる。

「アルシーア様、そんな顔しないでください。公務に支障がでます」

「分かっている。ええ。分かっているわ」

 そんなとき、馬車が急ブレーキをかけて、幌にいたわたしとイリアスが前の方に顔をぶつける。

「いたたた。なによ……!」

 さすがのわたしにも、これは我慢ならなかった。


 ☆★☆


 俺は有馬ありまゆう

 とくに取り柄なんてないただの高校生……

 ではなく、オタク全開でアニメやラノベを欲していて、お小遣いの大半をラノベにかけている。ときおりアニメのブルーレイを買ったりしているが、すぐに破産している。

「なあ、金貸してくれよ」

「これで何度目だよ」

「ラノベ、貸しているだろ?」

「それを言われると痛いな。まあ、昼飯くらいはおごるよ」

 友人の月島つきしまがからからと笑い、食堂に向かう。

 食堂に行くと、幼馴染みの柏原かいばら理穂りほが歩み寄ってくる。

 そしてコップに入った水を思いっきりぶっかけてくる。

 そんなことをする子じゃないのに。

 俺は少なからず動揺した。

 なんで?

 そんな疑問が湧いて、状況を理解できていなかった。

「まだ分からないの? 私を裏切っておいて」

 なんだろう。この言い方にゾクゾクする。

「この豚野郎。死ね」

 こんなことを言われて嬉しく思うなんて。

「何、笑っているの? キモ」

 理穂は言いたいことだけを言うとその場から立ち去る。

「おい。大丈夫か? 優」

「ああ。大丈夫だ。ごめんな。さ、おいしいお昼の時間だ」

 俺は気分を変えて食堂名物カツカレーを頼む。

 金属スプーンを手にすると、俺は一口目を口に運ぼうと……

 俺の口いっぱいに入ってくる砂と雑草。

 思わずむせかえる。

「な、なんだ?」

 俺が食事をしようとスプーンで掬ったのだが、それが砂だった。

 それだけではない。

 周囲には森が広がっており、街路のように砂道が伸びている。

 その砂を掬ってしまったようだ。

 自分に何が起きたのか混乱していると、目の前に幌馬車が一台止まる。

 かなりの急ブレーキだ。

 馬の頭突きを食らい俺は悶絶する。

「くーっ!」

 痛い。

 ということはこれは夢ではないのか?

 どうなっている。

 ふと見上げると太陽が大きい。

 え。なんで?

 空を飛ぶトリが見たことのないような虹色をしている。

 茂みには緑色の肌をした四肢のある――恐らくゴブリンが見える。

 他にも植生が日本のそれとは違う。

「キミ。大丈夫かね?」

 馬をコントロールする御者が駆け寄ってくる。

「頭が痛いです」

 じんじんと痛む額をさする。

「それは悪いことをした」

「このまま放置していたら、コントラスト家の家紋に傷がつきますね」

 女の子が幌から降りてくる。

 その豪奢な長く赤い髪。サファイヤブルーの瞳。整地な顔立ち。

 まだ幼さを残した童顔。恐らくそれを差し引いても十五、六才。

 俺よりもちょっと年下。

 顔つきはどこかツンツンとした雰囲気。

「屋敷で見てあげるから、大人しくなさい」

 その女の子は俺を見て呟く。

 御者さんが少し目を見開いたような気がする。

 御者さんの隣に座ると、馬を走らせ始める。

 女の子は幌の中。

 なんだか、嫌な予感がする。

 幌の隙間から声をかけられる。

「わたしはアルシーア=コントラスト侯爵。あなたは?」

「俺は有馬ありまゆう。日本の高校生だ」

 もしかすると、これは異世界転移ってやつか。そうでなければ俺が狂ったか。

 どちらにせよ、俺はこの流れに乗るしかない。

 動揺した方が負けだ。

「こうこう、せい……ってなんですか?」

 アルシーアは困ったように声を上げる。

「あー」

 なんだろう。オカルト集団に思えてきた。

 もしかしてコスプレってやつか?

 だとしたらあのアルシーアが綺麗なドレスに身を包んでいるのもコスプレか?

 じとーっと冷めた目で見る。

 俺、これからどうなるんだろう。

 座っていると、開けた土地が見えてきた。

 そこには大きなお城に城下町。

 お城は高台にある。石畳の舗装された道。門には石造りのアーチ。尖塔がいくつか見えてくる。

 その下の城下町には統一感のある赤い屋根。壁は漆喰の白塗り。あちこちから立ち上る白煙。

 肉や野菜が焼けるような美味しそうな匂い。

 ぎゅるるると腹の虫が鳴る。

 そう言えばカツカレーを食べ損なった。

 腹が減っているのに変わりない。

「ふふ。お城につけばごちそうしますよ?」

「アルシーア様、それは……」

 奥にいた侍女らしき女の子が止めに入る。

「いいじゃない。同年代の子と少ししゃべってみたいの」

「でも平民ですよ?」

「そう? あのスプーンの紋章」

「あ……」

 侍女が何かに気がついたのか、引き下がる。

「という訳でよろしくね。優さん」

 アルシーアはにこりと笑みを浮かべて俺をお城に導く。

 しかし、俺が異世界にいる実感がまだ湧かない。

 ドラゴンとかいたけど……。

 持ってこれたのはこの金属スプーン一つ。

 せめてカツカレーも一緒に転移してほしかった。

 うまいメシが食えるなら、いいけど。

 不安と期待が入り交じった気持ちで城下町をくぐり抜けて、城門に向かう。

 そこで少しやりとりがあったものの、スマートに城の中に案内される。

 幌馬車を止めると、アルシーアと侍女が真っ直ぐにお城の中に向かう。

「あんたはこっち!」

 俺がそのままついていこうとすると、御者さんが裏口に案内する。

 それが腑に落ちないが、流されておくか。

 俺は裏口に入ることにした。

 でも、なんで俺が異世界転移したのだろう?

 オタクとしての勘がそうさせたのだろうか……。

 裏口からも分かる美味しそうな香り。

「俺、帰られるかな……」

 ちょっとホームシックになった。

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