第11話 友達同士ですること全部

「阿久津真緒! 今日は一緒に昼飯を食おうぜ!」


 翌日。

 阿久津真緒の教室まで押し掛けて彼女に向かってそう告げると、阿久津はげんなりとした表情をこちらへと向けてきて言った。


「……やだ」

「そうか。よし、じゃあ食堂に行こう!」

「いやアンタ人の話聞いてる? 今私、やだっつったじゃん」

「阿久津の言葉は、基本的には反対の意味で受け取るようにしているんだ。どうやら阿久津は素直ではないようだしな!」


 胸を張って俺がそう返すと、阿久津はさらに鬱陶しそうな表情となる。

 それからため息をつき、次のように告げてきた。


「……はいはい。じゃあいいわよ。分かったわよ。一緒にお昼食べてあげる」

「ああ。じゃあ行こう!」

「なんでそうなるのよ!? 反対の意味で受け取るんじゃなかったの!?」

「それは時と場合によるな!」

「私の意思を無視しているにも程があるんだけど!?」


 なんて風に阿久津と掛け合いをしている時である。

 なんとなく、不愉快な視線を周囲から向けられていることに気づいたのは。


 昼休みとはいえ、少々騒ぎすぎてしまっただろうか。

 そう思って顔を上げ、周りをぐるりと見回してみれば、俺と視線が合うことを避けてか誰も彼もがサッと顔を背けていた。


 なんだかそれに不愉快なものを覚えて俺は眉を顰める。

 いらだち交じりに、「チッ」と思わず舌を鳴らした。


「なんか舌打ちしてるんだけど……」

「阿久津と一緒にいるとか、あいつもヤバいヤツなんじゃね?」

「めっちゃ睨んできたんですけど~……」


 するとその舌打ちが聞こえたのか。

 密やかに囁き交わされる声が、俺のところまで聞こえてきた。


「……おい。なにひそひそと――」


 ――人の陰口叩いてんだ? と、反射的に俺が口を開きかけた時である。


「……アンタ、ちょっと来て」

「んぁ? あ、おい阿久津、なに服引っ張って――」

「いいから! 来い! この愚図!」


 こちらの言葉を遮った阿久津が、制服の袖をぐいぐい引っ張って俺を無理やり教室から連れ出していく。

 そのまま彼女はずんずん廊下を進んでいき、やってきたのは旧校舎の三階。生徒数減少によりもう使われなくなった、人気のない空き教室であった。


「入って」

「ぐぇ!」


 阿久津は教室の前まで俺を連れてくると、蹴っ飛ばすようにして室内へと俺を押し込んでいく。

 別に蹴らなくても口で言えば入るのに、まったく乱暴なやつであった。


 いあ、まあ別にそれはいい。それはいいんだが、それよりも気に食わないことがある。


「お前さぁ……あのまま言いたいように言わせといて良かったのかよアレ」

「いいのよ別に。無駄だから」

「無駄ってなんだよ、無駄って。ああいう陰湿なの、はっきり言って不愉快だぞ、俺は」


 別に人を悪く言うのが、俺は悪いことだとは思わない。

 しかし文句があるならば、はっきりと相手に直接言うのが最低限の筋なのではないだろうかと思うのである。


 それをああして、陰でひそひそと囁き交わし合うなんて……俺の最も嫌いな行いであった。


 だが、そんな風に思う俺に対して、阿久津は「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「じゃあなに? 言いたいことがあるならはっきり言えって、アイツらに向かってそう言うわけ? それでええはい分かりましたと、向こうが納得するわけもないのに?」

「言ってみなけりゃ分からねえだろ、そんなもん」

「分かるわよ。言って分からないやつなんて、それこそいくらでもいるじゃない。第一あんな、こそこそしてるだけのクズ共に、分かってもらいたいなんて私全然思ってないしっ」


 腕を組み傲然と言い放つ阿久津は、ただ強がっているだけのように見えた。別に一人でも構わないと、それでも全然寂しくないと、そう言い張っているだけのようでもあった。

 居丈高に自分を大きく見せようとするその振る舞いは、だけど明らかに空回りしていた。胸を張れば張るほど、傲慢に振る舞おうとすればするほど、俺には阿久津が孤独でちっぽけな、ただの女の子にしか見えなくなっていくのだ。


 自分がそんな風に見えているなどとは、阿久津はきっと思っちゃいないんだろう。

 だからこそなおも、俺に向かって言葉を告げてくる。


「とにかくこれでアンタも分かったでしょ。私といたところで、アンタが得するようなことなんて何もない。だからアンタと友達になんてならない。なれない。だって嫌でしょ? 一緒にいるだけで自分の評判まで悪くなっていく人間と『友達』なんかになれるわけ――」


 そんな彼女に俺が言えることは……できることは……。


 ……うん、決めた。


「ってか阿久津、お前良い場所知ってんなぁ~」

「……は?」


 彼女の言葉を遮り、俺は適当に置かれていた椅子の一つにどっかと腰を下ろす。

 ついでに近くにあった机を引き寄せて、用意してきた弁当をそこに置く。


「ここなら人の目にもつかねえしな。学食よりも落ち着いて飯食えそうだ。ちょっと埃っぽいのが玉に瑕だけど、まあそれも大したことねえし」

「ちょ、ちょっとなにアンタ……私今、アンタと友達なんかになれるわけないって言ってるところだったよねぇ!?」

「え、なんか言った? あ、そうそう。今日お前の分の弁当作ってきたからそれ食ってくれ。ダチのよしみだ、ありがたく受け取れよ」

「え? は? え、弁当……? ごめんアンタがなに言ってるのか全然理解できないんだけど!?」

「俺も理解できねぇよ」


 弁当の包みをぐいっと阿久津に差し出しながら、俺ははっきりと言ってやる。


「周りの評判で付き合う相手を決めてたら、最後に残るのはクソつまらねえ野郎ばっかだろ。俺のダチになる相手を決めるのはいつだって俺だ。他人じゃねえ」

「……な、なによ」

「俺は阿久津が、友達いなくて困ってるって嘆いてるとこ前に見て知ってる。女が困ってたら助けてやるってのが、俺の師匠との約束だ。師匠と交わした約束のために、阿久津には是が非でも俺と友達になってもらうぞ」

「え? あ、う……え?」


 顔を赤くしたり青くしたり白くしたりまた赤くさせたりしながら、阿久津は狼狽えまくっていた。

 そんな風に忙しく表情を変化させたかと思うと、最終的に彼女は憮然とした顔つきに落ち着いて、俺の手から弁当を取り上げる。


 それから、「ふんっ」とそっぽを向いたかと思うと。


「……なにその自分勝手な理由。付き合わされる私はたまったもんじゃないわよ」


 と、ムッとした口調で言ってきた。

 そんな彼女に向かって胸を張る。


「これでも自分勝手さには自信があるんだ」

「あーはいはいウザいウザい。あ、それと勘違いするんじゃないわよ? この弁当は、食べ物には罪がないから受け取ってあげてるだけだから。別にアンタと友達になったからってわけじゃないからね」

「そうか。でも俺はもう決めたぞ!」

「はぁ? 決めたってなにを」


 呆れた目を向けてくる阿久津に、俺は堂々と彼女を指差し告げてやる。


「友達同士ですること全部、お前と一緒にやってやる!」

「……はぁ?」

「覚悟しとけよ、阿久津真緒! 俺と友達になったからには、お前には必ず幸せになってもらわなければならんのだ!」


 俺の言葉に阿久津は目をぱちくりとさせたかと思うと、次第にその表情が赤く染まっていく。

 おー、まるで茹でタコみたいだなぁ――などと俺が思っていると、「ごすん!」と音を立て彼女の右ストレートが俺の顔面に食い込んだ。


「ぶほぁ!?」


 そのまま椅子ごと後ろにぶっ倒れる俺である。

 そんな俺に、顔を真っ赤にさせた阿久津がまくし立ててきた。


「なっなななななにをいきなりアンタはぁ!? し、幸せにって、ちょ、こ、困……そんな、プロポーズなんてまだ早……う、嬉しいけど順序ってものが……」

「ちょ、ちょっと待て早口で小声で何を言ってるか全然分からん! 文句があるならはっきり言え!」

「言えるかぁ!」


 真っ赤な顔で目をぐるぐるにさせた彼女は、理不尽にもそう怒鳴りつけてくるのであった。

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学園中から嫌われてる美少女に優しくしたら俺がいないとダメな子になってた 月野 観空 @makkuxjack

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