第5話 Who are me
一年A組から一年C組までが整列して、式場に入る。入学式に参加する生徒の保護者がカメラを片手に式場に待機していた。二年、三年は既に並んで新入生を迎える準備が整っていた。
教師たちの簡潔な話と長話が入り交ざり、眠気を誘う。そんな眠気を吹き飛ばす出来事がすぐに起こった。最後の教師の挨拶を終えて、次のプログラムに進む。
「次は、生徒会長の挨拶。生徒会長の新形十虎さん、お願いします」
司会の教師が言うと生徒会長の席に座っていた女子生徒が席を立ち、檀上に向かう。
その姿に彼は見覚えと聞き覚えのある容姿と名前。担任の先生が谷嵜先生であることと生徒会長がその人であることに誰かの思惑かと疑いたくなる。
「紹介ありがとう。生徒会長の新形十虎です。生憎と此処で生真面目な話をするのはやめます。どうせ、皆さん興味ないでしょうから」
想像通りの人物が登壇する。髪を束ねて制服をきっちり着こなす新形が生徒会長であることに驚く。吸血鬼部の部長も務めて、生徒会長もしているなんて、どれほどまでに優秀な生徒なのだろう。だが優秀など、かなぐり捨ててしまえるほどの造形美を持つ新形に見惚れる。
「私は、確かに生徒会長ですが、正直に言えば生徒会長だからと学校の何かを変えられるわけじゃない。中学校で見ていたでしょう? ただ長々と説明するだけで、責任を押し付ける対象でしかない。結局のところ生徒会長なんて誰でも良いのよ。誰も手を上げないのなら、私が手を上げる。誰かがやるなら別に私じゃなくてもいい。嫌な役目って奴を率先して請け負えるか否かで人生決まって来る。恋も戦も手段を択ばず。勿論常識の範囲内でね」
新形の話は、今後の高校生活を充実させるものになるとは到底思えなかった。タメになる話をするつもりなど端からなかったのだろう。自信に満ちた瞳などなく決意に満ちているように見える。威風堂々とした姿にうっかり惚れてしまう生徒も現れるだろう。
数分、一通りタメにならない話をした後、本題だというように呼吸をする。
「一年C組に告ぐ!」
ビジッと指を伸ばして一年C組がいる列を睨み言う。
「谷嵜先生が担任だからと気を抜いて、平均点数を落として、先生の手を煩わせないように! あと私が予約しているから、勝手に好きになる事は禁止! もしも谷嵜先生を好きになりそうなら私に言いなさい! 別の相手を紹介するから!!」
彼女の印象は此処で崩れ落ちただろう瞬間だった。勿体ないと誰もが思うだろう。
アレこそ残念な美人。C組以外、まだ谷嵜先生とは誰なのか分からない様子で、不思議そうな顔をしている。
新形の事を知る二年、三年は「またか」と苦笑いしている。
(いや、きっと誰もあの人を好きになるとかないと思う……)
確かに優しい先生だと思う。顔つきは少し強面で、近寄りがたい雰囲気もあり、無口で無愛想……だが、まだ入学もしていない彼に状況を説明してくれた。帰った後も通行料について教えてくれたりと親切であるのは間違いない。それでも谷嵜先生を好きになるなどあり得るのだろうか。新形以外、あの不摂生な見た目を好きになる生徒がいたら見てみたいものだ。これほどまでに熱狂的に好意を寄せていても谷嵜先生は微動だにしていないのだから鋼の心か。
「以上。生徒会長の有難いお言葉でした」
「♪」が付きそうなほどに満面の笑みを浮かべて新形は檀上を降りていく。
「ねえ、あの生徒会長マジかな?」
「いや、マジだったらいろいろとヤバいだろ」
「C組ってどこ?」
「日当たり悪いところだった気がする」
口々に自分たちのクラスの噂がされる。下手に目立ちたくないのに悪目立ちするのは、確実に生徒会長の所為だ。あれだけの美人が宣言するのだから、誰も谷嵜先生に近づこうなんて思う人もいないだろう。いや、美人が宣言しなくとも、谷嵜先生の不健康そうな見た目で好きになるのは随分と変わり者だ。
閉会式が行われて無事と言うべきか、問題なく式が終えた。みな一様に教室に戻っていく。歩き慣れない廊下。引率もなくC組は、来た道をなんとか引き返す。
彼も人の波に従って歩いているとトントンっと肩を叩かれた。振り返ると羽人がメモ帳を片手にしていた。
『僕と友だちになって?』
その文字に彼は、きょとんとした顔をする。まさかこのご時世に口(メモだが)で友人進言してくるなんて思わなかった。けれど彼はそんなこと考えることなく二つ返事だ。
「う、うん! 僕でよかったら、友だちになろう!」
この学校に来て、初日で友人が出来るのは嬉しい限りだ。小学校の頃はよく友だち百人と謳い文句があったが、高校生となれば、友だちなんてそう簡単には出来ない上に彼は名前を言うことが出来ない。発言が出来なくとも書くことが出来ればいいのだが、それも出来ない。彼を証明する名前を伝えることが出来ない以上、友だちを作る事は至難の業だ。
だとしても、目の前で羽人が友だちになりたいと言ってくれている。断る理由など何もない。そもそも通行料が取られたからって友だちを作ってはいけないなんて言われていない。
疎らに移動する生徒たち。羽人と話をするために歩度を緩める。筆談相手ならば、なおの事、速読しなければ会話が成立しない。
羽人は既に何度か会話のシミュレーションをしているようでメモ帳に会話の返事を書いているページを探して見せてくれる。そのお陰で会話の速さは、一般的には遅い方だが違和感のない会話が成り立っていた。
「あの、諸事情で名前を言えない身体になってるんだ。だから、その好きに呼んで? あだ名とか」
羽人は不思議な顔をした後『わかった』と同意のページを見せる。
『じゃあ、ナナ君ってことにする』
「ナナ? あっ! そうか。羽人君の名前がロクだから」
羽人ロク。数字の六と仮定して、彼はその次の数字の七と言うことになる。
言葉遊びでも何でもない。好きに呼んでと彼の方から言ったのだ。断る理由もない。
誰かにあだ名をつけられることが初めてで、少しだけ嬉しくなり、あだ名をつけることで友人の距離も縮まった気がした。気がしただけで、羽人からはそれほど変わらないのかもしれないが、思うことは自由だろうと自己完結する。
C組に戻って来る。日当たりが悪いため、照明をつけていなければ、手元がまともに見えない。
「ねえねえ、コレ可愛くない?」
「ほぉ、随分と派手に飾っておるな? 重くないのかのう?」
「もうわかってなぁい! 燐ちゃんさ~、ちょっと知識古いよー」
「わ、か、る。簪、マ、ジ?」
「髪も盛ってるのもいいけど、あれってマジ頭重すぎて、授業できないしぃ~。簪っていまどこにも売ってなくなぁい?」
「そうかのう? なら、わしのをいくつか譲ってやろう」
既にC組に到着している。女子生徒が三人、話をしていた。長く伸びた爪を相手に見せて感想を尋ねていた。その爪は、派手に飾られていた。彼は詳しくないが、一目でわかるのは、爪にぬいぐるみがくっついているところだ。
明らかに授業の邪魔になるだろうし、重たくないのだろうか。クマのぬいぐるみが人差し指と中指にくっついている。どれだけ振っても落ちないようで相手に押し付けるように見せている。
羽人は、自身の爪を見ながら首を傾げている。女子とは違う少し骨ばった指。適当に切られた爪。どうやったらあれほど伸ばすことが出来て、飾ることが出来るのか。
「女の子って永遠的に謎だよ」
「……!」
コクコクと頷く羽人。
来たときに座った席に戻って谷嵜先生を待っていると今朝、剣道に文句を言っていた女子生徒が彼に近づいた。
セミロングの赤茶色の髪が揺れる。なんだろうと彼は顔をあげて女子生徒を見上げる。名前は、確か「
「貴男」
「……は、はい」
「ゾーンに入ったわね」
「えっ」
肩を震わせた。どうしてその事を知っているのか。彼は困惑する。
ゾーンに入る。それは、彼にとって最近意味合いが変わってしまった言葉だ。
あの奇妙で不気味で恐怖の空間。迷い込んで名前を奪われた。
「貴男の名前が名簿になかった。それなのに先生は貴男をいち生徒として接している。即ち先生も共犯と言うこと」
「ど、どういうこと?」
「吸血鬼部の廃部、脱退、辞退、中止、禁止。それらの実行を進言しに来たんだけど、彼らは尻尾を見せなかった。貴男が現れるまで」
「言ってることが、よく分からないんだけど」
本当に分からない。吸血鬼部の事を知っていると言うことは、谷嵜先生の事や新形のことを知っていることになるが彼自身、まだ奥深くまで知っているわけじゃない。熟知しているのなら、うまい言い訳や言い回しが出来るが彼は全く出来ない。
「吸血鬼部の事を知ってるなら、谷嵜先生に訊いたらいいと思うよ。僕も先生に助けてもらってるし」
「……やはり、彼が関与しているのね。貴男は、即時吸血鬼部を退部しなさい。規定違反になりかねない」
「え、でもそれじゃあ。僕の通行料は?」
「一度支払ったものは返却はされない。入場料を支払って不満だったから返金しろなんて質の悪いお客様。ゾーンに入ったからには素直に支払い、諦めなさい」
「そ、それは嫌だ!」
彼は少しだけ声を張ってしまった。彼自身驚いて教室内を見回すと何事かとこちらを見ている同級生たち。決まりが悪くなり俯いてすぐに顔を上げて小言で綿毛に言う。
「僕は、名前を言えない。それが不便だって今日だけで何度も思ったんだ。好きでゾーンに入ったわけじゃない。事故だった。きっと僕以外にも通行料を返してほしい人がたくさんいる。だから、諦めたくない」
普通じゃないとわかっている。普通の学校生活を送れないと直感した。だからこそ、彼は吸血鬼部でなければいけなかった。彼は吸血鬼部で通行料を返してもらう。谷嵜先生が協力してくれている。きっと他の誰にも谷嵜先生のようなことはできない。彼は信じていた。
「綿毛さんが、何を思っててもいいけど、僕は諦めないよ」
真っすぐ綿毛をみると、忌々し気にこちらを見下ろしていた。
「おいおいおい! なんだ、なんだよ! 告白か? 告白なのか! 最中!?」
剣道が教室に戻って来る。教室の壁際で男子生徒を追い詰めてる女子の図は、告白なんて甘いものではないのは誰が見ても想像できるというのに、なぜ剣道は告白なんて的外れの事を言うのか。空気が一変する。
「
たはは! と笑う剣道に綿毛は「黙って」と剣道を睨みつける。
「貴男は何度私の名前を揶揄えば気が済むの! やめてと言っているでしょう。人が嫌がる事をするなんて小学生以下。胎児からやり直しなさい! それが面白いと思う下等な人間はこの世に貴男くらいのものよ!」
ズンズンと綿毛は剣道に近づき怒鳴り散らすが剣道はその怒りすら笑いに変えてしまう。
「まーまー。落ち着けって! 熱くなると余計にそうやって疑われんぜ? な? ナナ君」
「え、どうして」
「さっき、羽人と話してたろ? 俺も混ぜてくれよ」
剣道が綿毛を躱して、彼の肩に腕を回して「な?」と笑顔を向ける。絡まれている。完全に絡まれている。拒んではいけない空気になっている。
「仲が良いことは素晴らしいな。とっとと座れ。次のプログラムに入るぞ」
谷嵜先生が教室に入って来る。有無を言わさない雰囲気に「またあとでな!」と剣道は席に戻る。綿毛は「先生」と谷嵜先生を見る。
「この教室内にいる数名の生徒、ゾーン入りした被害者で間違いありませんね? そして、貴男はその保護をしている」
彼以外にゾーンに侵入して通行料を取られた人がいる。綿毛はそう断言している。
いったいなんの話をしているのかわかっていない同級生たち。彼は谷嵜先生がどう返答するのか気になり教壇に立つ谷嵜先生に視線を受けると平然とした様子で言った。
「何言ってんだ?」
その言葉の意味を理解してないと怪訝な顔をする。簡潔に言うなら、時間の無駄になるような突発的な質問を相手しなければならないとうんざりさだろうか。
「俺は生徒一人ひとりが持つ独自の世界観を共有するつもりはない。メルヘンチックな用語を語るなら、同年代同士でやってくれ」
「逃れるつもり!」
「中学ではそのノリは通用したんだろうが、うちでは通用しない。社会に出た際に不都合になるようなことはやめておけ。正直、迷惑だ。他の連中の為にも退学を進めるね」
「……ッ!?」
綿毛は目を見開いて拳を握る。
「分かったら席につけ。押してんだよ。お前らだけ下校時間が遅くなっても良いなら構わないが、俺は構う。下校して終わりじゃねえんだよ教師は」
綿毛の言い分を完全に無視して何事もないように次のプログラムに入る。
Who are me 〜ヒトの為になる者たち〜 赤い鴉 @psycho248
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