第4話 Who are me

【三つの谷高校入学式】


 彼はその看板の前に立つ。無事に入学する事は出来た。試験でも合格ラインだと谷嵜先生が言ってたが、不安を胸から消すことはできなかった。

 正門の前には彼と同じく入学したことが現実では無いのではと疑っている人もいる。合格発表の日に名前表記ではなく受験番号での表記のお陰で彼は合格の有無を確認することができた。

 もっともこれが谷嵜先生が彼のことを告げたことからなる合格なのか、本当に合格範囲内だったのかな定かではない。


 兎に角、彼は自分がどのクラスなのか掲示板を見る。名前が通行料として取られているとしたら、どういう表記になっているのか気になった。知っているのに、言えない。書けない。彼は不安を抱きながら「クラスは……」と彼は掲示板に視線を向ける。掲示板には、受験番号が使用されていた。クラス割された表以外にも注意書きの張り紙がされていた。


『校外掲示物に関して、個人名を記載するのは危険と判断し、受験番号を確認の後、新入生は各クラスに移動してください』


 無難な理由が書かれていた。どれだけ写真が載っていないとしても、名前を露骨に掲載するのは、今のご時世危険だと学校側は判断したのだろう。それを不満に思う人はいなかった。


 疎らに移動をする生徒たちに彼も同じように番号を確認して、新校舎の中に入った。昇降口で靴を履き替えて左右に分かれた廊下をきょろきょろと辺りを見回す。壁には多くの掲示物が張り出されている。『文化祭までに集え!』『ボランティア部、新入生募集』『茶道部初心者歓迎』『漫研文芸部兼用クラブ』など様々なクラブや部活が集まっていた。その中に吸血鬼部はなかった。

 やはり秘密結社的な扱いなのだろうか。寧ろ、学校側は吸血鬼部を知っているのだろうかと彼は気になっていた。無断で部活を設立して、無断で生徒を入学させているのでは……いや、そもそも谷嵜先生には、どれほどの権限が与えられているのか。三つの谷高校は、比較的最新式の学校で他の学校ではしないようなことをすると噂されている。


 初日の授業がどういうものになるのか興味はあるが、彼の頭には、入学した嬉しさよりも、自分の身に起こってしまったことが気になりすぎて身が入らない。

 名前を口に出来ないことで不便なことはない。入学初日などコミュニケーションを第一に考えるだろう。自己紹介をする時間が与えられる。その際、名前を言わないなんて露骨にヘンな奴判定を受けて、疎外されてしまえば今後の学校生活に支障をきたす。なにか一つでも名前から気を逸らすほどの掴みを考えなければと廊下を歩く。


「あ、あれ?」


 悶々と苦悩を巡らせている彼は困っていた。自分の教室を見つけることが出来ないでいた。無駄に広い校舎。一年は、三階にある。彼の教室は『一年C組』だが、C組が見つからない。

 A組B組はあると言うのに肝心の『C』が見つからない。誰がC組の生徒なのかもわからずに、友人も入学していない為、初日で迷子遅刻なんて目立つことはしたくなかった彼は近くに用務員を見つけて声をかけた。

 用務員ならば、教室の場所も分かるだろう。


「あの、すいません」

「はい」

「一年C組のクラスって、どこですか?」


 用務員服を着たその人は、帽子を目深く被っているが彼には見覚えがあった。


「あ、暁さん」

「……!」


 それは、吸血鬼部の副部長をしている暁隠だった。

 暁は、言い当てられたことで心底、不愉快だと表情を歪めた。眉間に皺を寄せて彼と話をする事を拒絶するように、掃き掃除の清掃作業に戻った。


「……」

「……」

「……。」

「……」

「……っ」

「……」

「……あの!」

「わっ……は、はい」

「いつまで俺を見ているつもりですか。なんですか、俺がこんな格好なのがそんなに面白いですか? 言い触らしたければ言い触らせばいい。先日の仕返しとばかりに此処に留まらないでください」

「そ、そんなつもりはないです。た、ただ……その、本当に教室が分からないから」


 教室を教えてもらわなければ離れたくとも離れられないと彼が留まっていた理由を言えば「ちっ」と舌打ちをしてルートを教えてくれた。


「C組は、日当たりが悪いところにあります。今いるところから、そこの階段を右に曲がればすぐにありますよ」


 B組A組の順番で教室を通過して階段が見えるから、その角を右に曲がればC組があると告げられる。『科学準備室の近く』と覚えておけば問題ないと教えられて彼の脳内マップメモに付け足される。


「ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げて、彼は教室に急ぐと背後から「廊下は走らない!」と叱られる。

 暁の有難いお叱りを背中に受けながら彼は、角を曲がるとドンっと人にぶつかる。


「ご、ごめんなさい!」

「……?」


 顔をあげると彼よりも一回り身長の大きな生徒が眠そうな瞳をして立っていた。


「あ、あの……ごめん」


 青年は首を傾げて不思議そうな顔をしている。そして、少しだけ目を見開いて思い出したようにメモ帳を取り出す。


『ごめん、痛くなかった?』

「え、大丈夫」

『そうよかった』


 筆談する青年に彼は戸惑う中、青年は『C組を探してるんだけど、知らない?』と文字でもわかるほど柔らかい性格の人だと彼は思う。

 彼と同じ教室を探しているつまり同級生と言うことになる。彼はほっと息を吐いた。


「僕も同じクラスなんだ。一緒に行こう」


 一緒に行って、一緒にルートを覚えようと言えば相手はコクリと頷いた。名前を訊きたくとも彼は自分の名前を言えない為、訊くことが出来なかった。


 夏なら蒸し暑さで熱中症になるのではと日当たりが悪い場所にC組は確かにあった。ガラリと教室の扉を開けば、ズイっと赤が広がった。


「よお! お前らもC組か!? よろしくな! 俺は剣道けんどう一矢ひとや! 剣の道を究めて、一矢報いるって意味だ!」


 何事かと彼らは驚愕して放心状態になる。相手に気圧されて言葉を交わすことなく一歩下がると声の主の姿を鮮明に映る。

 見るからに熱血系の男子生徒であることが分かる。剣道と名乗った彼は、八重歯を見せながらニカッと眩しいほどに笑う。自己紹介されたと少し遅れて気がついた。


『よろしく』

「よ、よろしく」

「んだよぉ。ノリ悪いぜ? もっと盛り上がっていこうぜ! 折角三つの谷高校に入学できたってんだ!」


「うぉぉ!」と男気に満ちた声を上げる。元気でよろしい限りだ。通過儀礼を受けている気分になる。もっと早く教室に到着していれば、こんな元気な子に捕まらなくて済んだのだろうか。


「やめてよ、剣道。貴男の暑苦しさを伝染させないで。正直迷惑なのよ」


 教室の中で聞こえてきた静かな声。どこか冷たさを感じる声色に剣道は振り返る。


「最中ちゃん。いいじゃんか、三つの谷高校の初日くらい張り切っちゃうのも無理ないだろ! なぁ?」

「そ、れ、ね?」

「つーかー。最中が一番乗りだったじゃん」


 剣道に同調する生徒もいるようで、冷たい女子生徒はうんざりしたように諦めて読みかけていた小説に視線を下した。


『僕は、羽人はびとロク』


 ペラペラとメモ帳をめくって過去のメモを探して、見せて来る。『名前のロクは、カタカナだよ』とぺらっとページをめくる。

 剣道は、ニカッと満面の笑みを浮かべて「よろしくな」と彼の方を見る。


「お前は?」

「え、あ……えっと僕は……」


 彼は名前を必死に言おうとするが喉に何かつっかえたような違和感に苦しくなる。

 改めて通行料によって彼は名前を言えないのだと気付かされる。羽人と剣道が彼の言葉を待っているのに何も言えない所為で嫌な汗を流した。


「おい、入り口に突っ立ってんじゃないよ。邪魔だ」


 不意に聞こえたバリトンボイスに彼と羽人はビクリと肩を震わせた。振り返れば黒が満ちていた。既視感。教室の扉を開いたときに見た赤と似たように、今度は黒だ。

 顔を上げると谷嵜先生が出席簿を片手にこちらを見下ろしていた。


「時間だ。適当に座れ。席は決まってないから」


 羽人と彼に視線を向けて言えば、慌てて空いている席に座る。廊下側の席、前から三番目の席に彼は座り、羽人は、横に二つ向こうの席だ。ついでに言えば、剣道は、一番前中央と教師を見上げる絶好の席と言える。


 教壇に立つ谷嵜先生は、心底面倒、やる気がないと雰囲気を醸し出しながら生徒を見回す。


「ん。俺は谷嵜たにざき黒美くろみ。お前らの担任だ。机ン中に必要な資料だの教材だのはあるだろ。各々必要な書類は明日までに提出。期限が過ぎた奴に関しては、俺じゃなくて、担当してる顧問に訊け。誰かわからない時は、「校内のすゝめ」に顔写真と名前、顧問教諭に関して書いてるから見ろ。高校生になった以上、中学のノリのままの連中は、すぐにこの学校を辞めろ。邪魔だ」


 ほぼ一息で言い切った谷嵜先生の言葉に生徒はぽかーんと口を開いた。

 あまりにも新入生の扱いが雑ではないだろうかと噂話の的になりそうな先生だと誰もが思った。


「質問する奴はいないな。んじゃ、入学式に出ろ。席順なんつーもんは、適当に座れ。雰囲気で理解しろ。空気読むの得意だろお前ら」


 無茶苦茶だと誰もが思っただろう。けれど、有無を言わさずに出席簿片手に「廊下出ろ。式場に行け」と教室を追い出される。

 彼も人の流れに従い教室を出ようと席を立つと谷嵜先生が彼に向かって「おい」と呼んだ。なんだろうと首を傾げて顔を上げると「お前は出席番号十六番だ」と告げられる。


「あの、僕……名前呼べないの不便なんですが」

「俺にはどうすることも出来ないよ。頑張って乗り切れ。さっきみたいにいつでも俺が見ていられるわけじゃない」

「え……あっ」


 突然背後に現れたと思ったら教室の中に入るように言われた。あれは谷嵜先生なりの助け舟だったのだと気づく。


「せいぜい頑張れジョン・ドゥ」


 ぽんっと肩をに手を置かれて励ましの言葉を受ける。出来ることはするが出来ない事は担任でも不可能。


「担任って言うのは、前から決まっていたことなんですか?」

「無駄話をするつもりはない。お前も例外なく早く式場に行け」


 有無を言わさず彼の背を押した。その背に「放課後、旧校舎に来いよ」と言われた。

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