第33話 お隣さんとバーボンウィスキー
ルゼルのキャラデザです。
https://kakuyomu.jp/users/marybellcat/news/16817330660571216103
◆
お隣さん達は、リビングに現れた蝿の王ベルゼブルを見事退けた。
キューと目を回して倒れ伏す女にハイジアが近づく。
「ほれ、起きるのじゃ下郎!」
ハイジアは目を回す女の頰をパンパンと
「ん、……んん……」
「ほれ、ほれ、起きんかえ。ほれほれほれほれ!」
パン、パン、パンパンパンパン、と頰を張る。
「お、おう、ハイジア。つか、ちょっと叩きすぎじゃねーの?」
「別に構わんじゃろ。ほれほれほれほれ!」
「…………ん、痛い。……頬っぺた、痛い」
「あ、どうやら目を覚ましたようだね!」
「ああ、そうみたいだな」
「お兄さんとおハゲさんは、少し後ろに下がっていて頂戴な」
女は目を開き、上体を起こした。
状況が掴めないのか、ボーッとしている。
美しい女だ。
翡翠を嵌め込んだような美しい緑の瞳が、黒い髪に映える。
二本の立派な角を生やし、背には透明な羽も備わっている。
背が高く、その豊満に育った肉体を隠すかのように、裾の擦り切れた黒のドレスを身に纏っている。
髪もドレスも、黄色や緑色がかった光沢でツヤツヤしており、見る者に妖艶な美しさを感じさせた。
マリベルはそんな美女に剣を突き付け、誰何(すいか)する。
「女、まずは名を名乗れ!」
「…………私はルゼル」
「ルゼル、か。……なら、ルゼルよ、問おう! お前が先ほどまでこのリビングで暴れ回っていた、悪魔王ベルゼブルで相違ないな?」
「…………ん、間違いない」
ルゼルと名乗った女はボーッとした表情のまま、コクリと頷いた。
「ねえ、ルゼル。確認なんだけど、貴女、これ以上暴れる気はないのよね?」
「………ん、暴れない」
「なんじゃ、つまらん。まだ暴れるというなら、妾が直々に成敗してやったものを」
ハイジアは「シュッシュッ」と呟きながらシャドーボクシングをする。
どうやらこの女吸血鬼は、まだ少し気が高ぶっているようだ。
「なあ、ルゼルつったか。そもそも何でアンタはリビングで暴れていたんだ?」
「…………ボーッとしてたら、そこの二人が、襲い掛かってきた」
ん?
どういう事だ?
「えっと、悪魔王殿は、最初から暴れていた訳じゃないのかい?」
「…………ん。ボーッとしてたら襲われた。だから逃げ回ってた」
「つか、何か? じゃあ、暴れ回ってた訳じゃねえつー事か?」
「…………ん」
ルゼルはコクリと頷いた。
俺はマリベルとフレアをジト目で見る。
「わ、私は、召喚陣の上で佇むそやつに、問答無用で斬り掛かっただけだぞ!?」
「あ、あたしだって、先制攻撃だーって、ちょっと強烈な魔法をぶち込んでやっただけなんだから!」
「……いや、つか、アンタら、それはどうなんだ?」
「コタロー! お前一人だけ良い子ぶるのは止めろ!」
「そうよ、そうよ! お兄さんだってリビングに蝿の怪物がいたら驚くでしょ!?」
「お、おう。まあ、それはそうなんだが……」
マリベル達は鼻息荒く話を続ける。
「それに、そこな悪魔王は、コタローと大家殿に襲い掛かっていたではないか!」
「そ、そっか! つか、言われてみれば確かに……」
「うむ! 妾が割って入らねば大惨事じゃったのう。感謝するがよいぞ貴様ら! ふはははは!」
ハイジアが高笑いする中、俺はルゼルに尋ねる。
「なあ、アンタ。何で俺と大家さんを襲おうとしたんだ?」
「…………襲ってない」
「ん? つか、実際、飛び掛かってきたじゃねーか?」
「…………あれは、そこのハゲの人が、……一緒に飲もうって、誘ってくれたから」
「ん? 私かい?」
「…………ん、私もお酒、飲みたいから」
つか、これってあれか?
急に召喚陣に喚ばれて、事態が掴めず呆然としてたルゼルを、みんなで寄ってたかって、斬ったり殴ったり焼いたりして気絶させたってことか?
俺の額から冷や汗が噴き出る。
俺は声を上擦らせながら話を変えた。
「お、おう! つか、済んだことはまあいいじゃねーか! あは、あははは……」
「…………」
ルゼルが感情のないボーッとした目で俺を見つめる。
正直ちょっと居た堪れん。
「つ、つか、ルゼル! 酒が飲めるなら、今から一緒に飲み会でもどうだ?」
「…………ん、お酒、大好き」
「おう! なら決まりだな!」
俺はルゼルの手を引いて立たせ、他の面子を伴ってコタツ部屋へと移動した。
コタツ部屋のドアを開くと、小さな女騎士シャルルが一人でポツンと炬燵に座っていた。
シャルルの背には何処か哀愁が漂っている。
「あ! つか、シャルルの事、忘れてた!」
俺がそう言って声を上げると、シャルルはこちらを一瞥(いちべつ)した後、「ふっ」とやさぐれた様に鼻で笑った。
「……わたしなんて、忘れられるくらいがお似合いなのですよ」
「わ、私は忘れていた訳ではないぞ? ちょっとバタバタしていたから、忘れ……いや何だ、アレだ、アレ」
「お、おう。つか、シャルルどうしてっかなーって、丁度いま考えてたトコなんだよ、マジで、な?」
マリベルと俺が二人掛かりでシャルルを宥める。
しかしシャルルの機嫌は治らず、ソッポを向いてツーンとした。
「…………お酒、どこ?」
ルゼルがコタツ部屋を見回しながらそう言った。
シャルルがそんなルゼルに気づいて問い掛ける。
「あら? あなたは誰なのですか?」
「…………私はルゼル。七つの大罪の一つ『暴食』を司りし大悪魔。……深き奈落の底に座し、地獄より煉獄を仰ぎ見る七大悪魔王が一人、蝿の王ベルゼブル」
「……え? あ? はい、ルゼルさん? 悪魔王って……」
「まあ、細けえ事はいいじゃねーか! おう、ルゼル。どんな酒がご所望だ?」
「…………強いのがいい」
「強いのね。うっし! じゃあ、ひとっ走り酒とってくるわ!」
俺は隣の自分ちに戻り、酒棚を物色する。
「何にすっかなぁ。強いヤツつったらバーボンかねぇ……最近、洋酒あんまり飲んでねーし丁度いいな、……つか、コイツにすっか!」
棚から一本の酒を取り出した。
「んじゃ肴、肴、バーボンウィスキーに合う肴っつーと……うっし! 肴はスモークサーモンで決まりだ!」
俺は酒と肴を小脇に抱え、意気揚々とお隣さん家のコタツ部屋に戻った。
「おう! 待たせたな! 今日の酒はコイツだ!」
俺は樽型のボトルをしたその酒を、デンとコタツテーブルに置く。
「あら、今日はウィスキーなのね?」
「してコタローよ。それは何というウィスキーなのじゃ?」
「おう、こいつは『ブラントン』! うんまいバーボンだ!」
「ほう、ならば今日はハイボールなのか、コタロー?」
「いや、コイツは割らねー。コイツを割るのは、無粋ってもんだからな」
俺はコタツ部屋の面々を見回しながら、この酒についての説明を続ける。
「コイツはなぁ、ブラントンの中でも『ストレート・フロム・ザ・バレル』つって、混じりっけなしの純粋なバーボンなんだよ」
「うん? つまりどういう事なんだい、虎太朗くん?」
「ああ、ウィスキーってのは味や度数を均一にする為に、複数の樽の原種を混ぜ合わせたり、加水したりと色々な調整が行われるんだが、……コイツはそれらの調整が一切されていない」
「いいから早う結論を言うのじゃ!」
俺の長ったらしい説明にハイジアが焦れる。
「おう、簡単に言うとだな。テイスティングして旨かった樽の酒をそのまま詰め込んだ、超うめー酒ってこった!」
俺はブラントンの封を切り、みんなに酒を注ぐ。
「因みに度数も樽ごとにマチマチなんだが、コイツは66度みてーだな!」
「ッ!? もの凄いキツイお酒なのです!」
「おう! 加水してねーからな!」
むくれたシャルルも興味を示したようだ。
俺は肴に持ってきたスモークサーモンを皿に開けながら、ルゼルへと話しかける。
「ご所望のキツい酒だぜ?」
「…………ん、美味しそう」
「つか、勿論うんまいぞ! 襲い掛かった詫びがわりだ。ジャンジャン飲んでくれ!」
その言葉を皮切りに、みんなが酒を煽り始めた。
「んく、んく、ぷはぁ! うむ! これはキツい酒だな!」
「はあぁ……ホントね! 体が熱くなるわぁ」
「んく、ぷはぁ。キツいけど美味しいお酒なのです!」
「…………んく、んく、んく、ふあ。……美味しい」
「なんじゃルゼル、貴様、よい飲みっぷりではないか! これは妾も負けておれんの!」
「くはぁ! つか、やっぱ旨えなー! きっついのに味はまろやかで、香りも成熟してやがる!」
俺たちは旨そうに酒を煽った。
俺と大家さんは差し向かいで、ちびりちびりと酒を飲みながら肴を摘む。
「美味しいスモークサーモンじゃないか、虎太朗くん!」
「おう! つかこれ、自分で燻したんだぜ?」
「ほう、大したもんだ!」
「後で小分けしておくから、杏子(あんず)ちゃんに土産にしてやってくれ!」
「それは杏子も喜ぶよ。ありがとう、虎太朗くん!」
俺たちはやんややんやと盛り上がる。
「シャルルよ! 貴様にも見せたかったのじゃ、妾の勇姿を! こうやって、襲い来るルゼルを持ち上げての……」
「凄いのです、ハイジアさん!」
「…………あれ、痛かった。その後、燃やされたし」
「あは、あははは。細かい事は忘れなさいな、貴女」
「そ、そうだぞ、ルゼル! さあ、グラスを出せ! タンと飲んで今日の事は水に流すのだ!」
「…………ん、分かった」
女騎士マリベルが悪魔王ルゼルにバーボンを注ぐ。
ルゼルは美味しそうに喉を鳴らしてバーボンを飲み、スモークサーモンを摘んだ。
宴も進み、気付けばルゼルが俺の隣に座っていた。
「おう、ルゼル! 楽しんでるか?」
「…………ん」
ルゼルは頰を赤く上気させ、潤んだ瞳で俺を見つめながら、コクリと頷いた。
そんなルゼルの色っぽい表情に少しドギマギする。
俺はそんな気持ちを誤魔化すかのように、ルゼルに話しかける。
「つか、なら良かったわ。酒が足りなくなったら遠慮なく言ってくれ!」
「…………ん、ありがと、コタロー」
そう言って隣に座るルゼルが俺にしなだれかかって来た。
腕を絡めて豊満な胸を押し付け、俺の肩に頭をコテンと乗せる。
「お、おう、ルゼル……何だ、酔ってんのか? 胸が、胸が当たってんぞ、あわわ」
ついでに角も俺の頰に突き刺さっている。
「…………ダメ?」
「だ、だめっつか、なんつーか、あわ、あわわ」
俺は慌てた。
一体いつからお隣さん家はキャバクラになったんだ。
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
「あー! 貴様、何をしておるのじゃー!」
ハイジアが俺たちを見ながら声を上げた。
「おのれ、ルゼルめ! ちょっとボンキュッボンじゃからと思うて調子に乗りよって!」
「あらあらまあまあ、お兄さんったら、鼻の下を伸ばしちゃって!」
「こ、これは違うぞ! なんつーか、ルゼルが勝手にだな!」
「…………コタロー、嫌だった?」
「いや、嫌じゃない、つか嫌じゃないんだが、いやいや!」
「ふ、不潔なのです! コタローさん、不潔なのです! うわーん、お姉ちゃーん!」
「……んあ?」
「ああ! お姉ちゃんがもうダメになってる!」
俺たちはてんやわんやだ。
「ほ、ほらルゼル殿? 私の腕も空いているよ?」
大家さんがスケベ顔でそう言った。
「奥さんに言いつけんぞ、アンタは、……はぶッ!?」
ルゼルが俺の腕を解いたかと思うと、頭を抱えこんでその豊かな二つの胸の膨らみに押し付けた。
「…………大家はダメ」
「ど、どうしてダメなんだい?」
「…………コタローの方が、魂、いい匂いするから」
「そ、そんな、悪魔王殿ー!」
「ちょ、ちょまッ! アンタ、ルゼル! はぶッ!?」
「…………ん」
俺はジタバタするが悪魔王の力には敵わない。
「あー! 卑猥! 卑猥なのです!」
「ちょっと貴女! お兄さんを離しなさい!」
「コタローもデレデレと騙されるでない! その女の正体は蝿じゃぞ! 思い出すのじゃ、蝿じゃぞ!」
ルゼルは俺の頭を離す。
そして再びしなだれかかって来たと思うと、その白く細い指先で俺の胸板や太腿に『の』の字を描いた。
「うわーん、お姉ちゃーん! この人、えっちい女の人なのです! 悪魔ー、この悪魔めー!」
「…………んあ?」
「こ、これは、侮れないキャラの登場ってことね、このエロ悪魔王!」
「ル、ルゼル殿? 私の胸板も空いてるよ?」
「おのれ、蝿女め! これはもう一度、教育が必要なようじゃの! リビングに出よ、ルゼル!」
「…………痛いのは、嫌い」
今日も俺たちはドッタンバッタン大騒ぎだ。
つか凄え問題児が来ちまったもんだ。
俺は鼻の下を伸ばし、ピンク色に染まった頭でそう考えた。
隣の部屋の女騎士は、異世界人で飲み友達 猫正宗 @marybellcat
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