第12話二年2
後日、計画を実行にうつすことにした。
馬鹿げた世界の混乱と、政治的なバカ騒ぎを沈めたいというのもあったが、宇宙船へと彼らの仲間を送り届けたいというのが、一番の理由だった。
「人類文明は、他の星系の文明と接触するのにはあまりにはやすぎる。幼すぎるんだよ──」
未来のことなど分からないとタルトは思う。
ただ言えることは、地球文明は他の惑星文明と接触するべきではないということだ。
彼らのような、人間とはあまりにもかけ離れた生命体は、そもそも他の生命体への関心すらないようだ。
自分たちとは違う生物が存在する、ただそれだけの認識。
だからといって交流するとか敵対するとかの概念もない。
地球文明はそういう存在を認めようとしないし、許さないだろうから。
有川にもこの事実を告げずに、ひっそりと実行に移した。
救出依頼の異星人が、コンタクトを求めているなら別だが、ファーストコンタクトを避けているのでこれはできない。
有川ならば理解を示してくれると思われたが、いまの有川の身辺の状況を考えるとどこから情報が漏れるか分からない。
場合によっては保護という名目で軟禁することすらあり得る。
一番危険なのは、地球人類であるからだ。
やりかたは簡単だった。
真っ黒な、それほど大きくないバルーンに、発泡スチロールの入れ物を吊して、空に上げてやるだけだった。
発泡スチロールは黒のスプレーで真っ黒に塗った。
もともと自力で浮き上がる力があるので、問題なく必要な高度に達することだろう。
後は計画を実行するための、時期を伺うだけ。
有川とは、宇宙船へ向けてのメッセージの内容を何度も話してあって詰めていった。
結局、なかなか決まらなかったのは、政府側が自分たちに都合の良いメッセージだけを送らせようとしていたからだ。
これに有川が反対して、何度も書き直し、すりあわせをすることになった。
政治的な介入があまりにも多く、すんなりとはいかなかった。
『それでも、なんとか押し通した、よ……』
「やはり今回も、前回とおなじ方法でいくのですか?」
『ああ、何回かに分けて送信する。その中に私たち地球人類にたいする危険性についての情報を潜ませるつもりだ。最後は、都合の良い情報だけを送るのであれば、私は対策室を辞めるといって押し通したよ』
「でも、もともと辞めたかったんでしょう…」
『ああ、もちろん。だが、こういう駆け引きには利用できる。あっさりと他の人間と交代して、都合の良いメッセージを送るだけじゃあ、他の国とおなじだしね。前回の教訓もあったし……』
「有川さん、何度も言っていますが、やはり宇宙船は地球文明とは、接触そのものを避けていると思います。これは僕の勝手な想像ですが、異質な生命体過ぎて、コンタクトするとかしないとかのレベルではないんじゃないかと……」
『う~~ん──確かに……。それは私も、薄々感じてはいるんだが……。コンタクトをとりたくないならばコンタクトを拒絶していることを、こちら側に伝えて欲しいと、メッセージにも加えるつもりだ。このままだとさらに大きな騒ぎに発展するかもしれないからね』
直接会って話を詰めたいところだが、リモートで会議するようになった。
政治的な圧力などで振り回されて、以前のように時間を作れないということだった。
宇宙船に動きがない以上、何もできないのは以前からかわっていない。
それでも話し合いが続いているのは、日本からも宇宙船に対してなんらかのアクションを起こせという、政府からの強い圧力があったからだ。
いまでは政府だけではなく、マスコミの扇動に乗っている民意という圧力が加わっている。
狙いはひとつ、世界に先駆けて宇宙船とファーストコンタクトをとること。
有川がなんどできないと説明しても、誰にも聞き入れられないことだった。
世界で唯一、有川の発案したメッセージによって日本上空から宇宙船は移動している。
何らかのつながり、または、宇宙船の正体を知っているのではないかという憶測が強かったし、それはすでに既成事実として認識されるまでになっていた。
日本の宇宙船対策室の長である有川は、世界からも注目を集める存在になっている。
加熱したバカ騒ぎのために、最近は護衛までついていると聞いた。
他国から、有川へ直接、連絡を取ろうする動きが激しくなっていたからだ。
『──日本上空へ宇宙船がさしかかる時間は夜になる。そのたびにメッセージを換えて送信するよ。どうなるかはまったく分からないけれどね』
「勝手な想像ですが、そろそろ宇宙船は地球から立ち去る頃なんじゃないかと言う気がするんです。根拠はないんですが、その準備段階として周回軌道を回る動きを、宇宙船はしたのではないかと言う気がします」
『…うん…確かに、ね。何が目的で地球へ来たのか分からないが、なにがあってもおかしくない頃だよね。ずいぶんと時間が経っているから』
「今回のことで思うんですが、地球文明は他の惑星文明とは、まだまだ接触できる段階に達していないと確信しました。異星文明のことよりも、自分たちのことをまず考えろといいたいですね」
「まったく、だ──」
有川が話していた、宇宙船へ向けてメッセージの送信は予定通りに行われた。
それに合わせて、タルトもスペースバルーンを上げる行動を実行に移していた。
深夜に一人で、隕石を見た──実験用の小型宇宙だったが──川沿いの公園へいった。
大型のバルーンを空に上げるわけではないので、自転車で運べる程度のものだった。
誰もいないのを確認してから、風船を小型のヘリウムガスボンベに繋いで膨らませる。
真っ黒い風船はそれだけでは、目立たなかった。
もし誰かに見られてもたいしたことにはならないだろう。
日本だけではなく、世界中で、もっと巨大なバルールが多数上げられている。
目立つようにと派手な色のバルーンが使われていた。
最高高度に達するまで、メッセージを光や電波で発信し続ける。
それを色々な団体や個人が試みていた。
だから、宇宙船へ向けてといったら、簡単に信じるだろう。
スペースバルーンは成層圏まで登っていける。
そして空気が薄くなったところで、風船が内圧で破裂して観測機材などはパラシュートで地上へと帰還する。
おもに気象観測などをするのに利用されていたが、この場合は帰還の必要はなかった。
すべて宇宙船によって、回収されてしまうからだ。
黒く塗った小型の発泡スチロールの容器を紐につけると、少し名残惜しそうにしてから、手を離した。
殆ど、無風である。
パーティーグッズのバルーンよりも少し大きなバルーンは、揺らぐことなくすっと空へ登っていった。
夜空に吸い込まれていくようにも見える。
(まっすぐに上がっていく……。吊しているものが、押し上げてもいるから当たり前か……)
「……さよう、なら。無事な航海を……」
バルーンはすぐに見えなくなった。空高く、風にながされることもなかった。
その先の高い夜空には、宇宙船が浮かんでいた。雲は、ほんのわずかしか出ていない。
珍しくきれいな星空だった。タルトはしばらくの間、星空に浮かぶ宇宙船を眺めていた。
「本当は、僕も、……地球から逃げ出したかったんだ……」
翌日、宇宙船は地球軌道から離れていった。
日本上空にさしかかっていた頃だ。
宇宙船の船体に光の帯が現れたのが観測できた。それが宇宙船の船体にまとわりつくように移動している。
宇宙船を見ている誰もが見ることのできるものだった。
地球を周回する動きをみせたこと以外は、まったく動きがない宇宙船が、突然、今まで見せたことのない動きを見せた。
そして巨大宇宙船は、地球から徐々に遠ざかっていった。
船体にある光の帯は、別れの挨拶をするかのように、しばらく輝き続けた。
やがて光が消えると、急速に地球から遠ざかっていった。
スピードを上げる宇宙船に、レーダーも、望遠鏡もその姿をとらえることはできなかった。
タルトは昨夜の公園で宇宙船を見ていた。
「……予定通りだ、な……」
緊急の連絡がタルトのスマホへと、有川からあった。
電話連絡だった。
最初の言葉が、「今回もタルトくんの予想が当たった」だった。
「はい、いま外で実際に見ています。はい、はい……。どうやら宇宙船は、故郷へ帰っていったようです、ね………」
有川も同じようなことを話していた。
地球に用はなくなったのだろうと言うことだった。
翌日から、またも地球は騒然となった。
別の宇宙船が来るのではないか、または艦隊を連れて戻ってくるのではないかというような憶測が多く流れた。
あの宇宙船は地球を調査していて、役目を終えて移動したのだという説が信じられ、広まっていった。
次の段階へと突入したと誰もが信じていた。
だがいくら待っても何も起こらなかった。
日本政府もまた同じような反応だったが、ただひとつ宇宙船対策室だけは冷静だった。
官邸からも、有川は早急に説明を求められたほどだ。
政府に対して、宇宙船は、地球へはもう来ないと思うと説明した。
なぜなら初めから地球文明に興味がなかったからだ。
宇宙船の目的は分からないが、なにかをおえたと考えられると自身の考えを披露した。
官邸も世界も納得しなかったが、有川は自分の仕事もすべて終わったとして職を辞することを公表した。
タルトも外部協力者として、有川と一緒に対策室を後にすることにした。
別の人間が宇宙船対策室の室長となった。
政界からも強く押された人物だった。
有川と違って、鳴り物入りで対策室の長となって、官邸や世界の望む予測を大いに話し世界をよろこばせた。
だがなんの実績も出せず、期待を裏切られたとして一年で更迭された。
次にやってきたのが、中井というキャリア官僚だったが、これもまた同じだった。
組織としてもなんの実績も出せいないまま、五年後に対策室は解散することになる。
有川は活動の場をアメリカへと移していった。宇宙開発事業に本格的に参加するためだった。
今回も有川が発表したとおり、宇宙船は戻ってこなかった。
すべてを言い当てたのは、世界で有川ひとりだけだ。
その功績はあまりにも大きく、引く手あまたの状態だった。
アメリカに渡ってからの活動はめざましいものがあった。
異星文明の権威とも言われるまでになっていた。
タルトはすぐに、ある宇宙船の物語と奴隷国家にすむ人々というタイトルの作品を出版する。
奴隷国家とは日本を皮肉った物語である。
宇宙船の物語は、近未来のファースコンタクトの物語。
題名は謎のファーストコンタクトだった。
謎の巨大宇宙船が現れ、地球とコンタクトを始めた。だが地球のどの国家や組織、個人ともコンタクトしていなかったことが分かってくる。
どんなにメッセージを発信しても無視されていた。
だが地球にいる謎の存在とファーストコンタクトをおえると、地球を去って行く宇宙船。
猜疑心と不安から大混乱に陥る地球文明。
人類側の懸命な調査によってやがて謎が解明されいく。
社会の隅々にまで広がり活用されている進化した人工知能。AIと宇宙船がファーストコンタクトしていたことが分かってくる。
そのAIを作り出した人類は、地球文明の主とは認識されていなかったのだ。
どちらも世界的にヒットした作品だった。
タルトもまた、有川を追いかけるように、海外へと活動の場を移した。
その後、そのまま定住することになった。
拒絶されたファーストコンタクト ハヤシ ユマ @yuma556
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