第11話二年1


 


「──これ、は……!?」


 タルトはノートパソコンのディスプレイを凝視している。

 書かれていた内容は、宇宙船へ向けてスペースバルーンを上げる計画書だった。


 スペースバルーンとは成層圏まで風船を上げて気象観測などに使うもの。

 入手困難な、特別なものではない。


 バルーンに必要な機材はネットで注文されていて、すべてタルトの部屋に届けられていた。

 料金も支払い済みになっている。


 まったく身に覚えのないものが届けられたことで、慌ててノートパソコンを調べると、知らない計画書が用意されていた。


 もちろん自分が作ったものではない。


 宇宙船対策室から支給された、ノートパソコンとタブレット端末ばかりを使っていたので、自分のノートパソコンを使っていなかった。

 その間に誰がこのノートPCを使っていたのか──?


 ──うそだろう……。ずっとこの部屋にいたのかよッ!──


「これって…。僕に助けを求めている、のか……」


 計画書は──宇宙船への帰還方法だった。


 彼らは、人類が予想していた生物像とはかけ離れいた。異質すぎた。

 人形でもないし、古いSF設定にあるような無脊椎動物でもない。

 形がないのだ──ガス状の生物だった。


 自己紹介代わりに彼らは自分たちの生態について解説してくれていた。

 ガス状で、いわゆる人間で言うところの食料は電気であることが記されていた。


「……こ、これは、ありえる、のか……」


 地球の深海にも、電気をエネルギーにしているバクテリアがいる。

 彼らのような生物が発生した惑星の環境までは想像できないが、バクテリアの存在から、あってもおかしくないとタルトは考えた。


 なぜ、宇宙船が地球上空にとどまっているのかは、仲間の救助のためにとどまっていたのである。

 ファーストコンタクトという発想がそもそもないということだった。


 小型機を使った、新しい航行装置の試験中の事故だと言うことだった。


 地球への被害をなくすために、小型機は消滅させたそうだが、そのさい搭乗者が地上へと脱出するしかなかった。

 この後、どうやって宇宙船へと帰還するかをずっと、考えていたらしい。


 無人の惑星ではないので宇宙船が直接回収するためにおりてくることができなかったそうだ。

 どんなトラブルが発生するのか分からなかった。

 最悪攻撃される恐れもあると判断されていたからだ。


 いままでずっと、タルトが持っていたバッグに身を潜ませていた。


「そういえば、あの時からいままでずっと、バッグを開けたことが、ない…」


 どんな航行装置、移動方法なのかは想像することさえできなかった。

 原始的な地球文明をなるべく刺激しないようにと、極力、接触を避けていた。


 どのような方法で救助するかを熟考しながら、同時に、地球文明の程度や言語、生物形態などのすべてを、調査し理解していったようだ。


 各国が行った大量の電波通信や、通信衛星経由で得られたインターネットからの情報が役に立ったと証言されている。

 結果、地球文明は接触してはならないものと判断された。


 異星人がどういう生物であるとかの情報はなにも得られてはいなかったが、結果的に有川やタルトたちが想像していたように、人間とは異質な生物であることには違いなかった。

 もっとも、異質な生物でありすぎて想像もできなかったが。



 タルトに救助の手助けをしてほしいということだった。

 いままでの経緯を、リアルタイムに観察していて、タルトが一番彼らの意図を理解していたからだ。


 タルトが有川に説明していた人間の行動心理が、人類を理解する上で役立ったようだ。

 すぐに行動に移さなかったのは、異質な生命体である人類のことを理解するのに時間を要したからだ。


 人類と彼らのようなガス状生物とは、あまりにも異質すぎた。

 意識のあり方や考え方そのものが根本から違っている。


 どのような惑星の文明とも、不用意に接触する気はないと説明されていた。

 地球程度の惑星文明ならば、絶滅させるのは造作ないらしい。

 そもそも武力衝突する意志も発想もないと説明されていた。


 どうして地球文明は、他の惑星文明とファーストコンタクトしたがるのか理解できなかったと記されている。


 別の文明との接触を望んでいるのは、人類という種の性質からきているもので、自分たちのような生物の文明にはない発想と概念だそうだ。


 彼らには人間のように、明確な肉体と言うものがないので、宇宙船内はSF映画で描かれているような船内構造はしていない。

 機械類を操作して船をコントロールしているのではなく、直接、意志を伝えてコントロールしている。


 小型機のようなものは彼らにとっては、仮の肉体のようなものだそうだ。


「な、なるほど、ぉ……!」


 驚愕する内容に、タルトの耳にはテレビの音も部屋のなかの雑音も、なにもきこえてこなかった。


 それほど集中して、書かれている内容を目で追っていた。

 音を発して意志を伝達する生命体ではないので、今の状態だとこうしてPCを使って、文字を介しての連絡方法しか存在しない。


 そして帰還方法についてだった──。


 用意されたバルーンは小型もの。

 それでも十分役に立つ。ある程度の高度まで上がれば後は宇宙船が回収してくれるそうだ。


 地上から直接引き上げると、目立ってしまうし最悪妨害されるかもしれないと危惧していた。

 宇宙船の高度も下げる必要がある。


 どうやらSF映画にあるよな、トラクタービームのようなもので引っ張り上げてくれるらしい。


 自力で必要な高度まで上がれないので、何らかの手助けが必要と説明されていた。


 迷惑をかけて申し訳ないということを、少し、回りくどい表現で記されていた。

 思考そのものも異質なために、どう意志を伝えればよいか分からないような感じだった。


 彼らのように言語を使わないでコミュニケーションする生物にとっては、言語化はかなり厄介のようだった。

 そのためにノートパソコンを改造したらしい。


 どうやってなにを改造されたのかも、タルトの理解の外だった。

 スーパーコンビューター以上の性能があるようだった。

 ひとつ言えることは、彼らは電子回路に直接、働きかけることができるらしいこと。


「───!」


 腕を組んで長い熟考に陥った。

 計画書の最後には、後はタルトの判断にすべて託すと記されていた。

 例えそれが彼らの望んでいないことでも、である。


 自分のような人間を信頼しての言葉なのか──人類のような信頼という概念がそもそもあるかどうかも分からないが。


 どのような扱いを受けても、かまわないと言うことだった。

 気がつくと、三時間を超える長考に及んでいた。

 考えることが多すぎた。


 事が事だけに、もっと長く悩んでいてもよかったかも知れない。


 ──いま、この段階で救助を求めているということは、宇宙船は地球を去る予定だということか……。



「──ここまで、信頼されていると、したら……」




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