第10話1年半
「また、タルトくんの言ったとおりになってしまったよ」
有川は半ば予想していた言葉を口にした。
対策室には立派な肩書きをもつ学者や、大学教授たちが大勢参加している。
だが、まったく役立っていない。
それに対して専門家ではないタルトが、的確に先を見通していた。
有川は、タルトを対策室へ招いたことが正解であったことを、改めて実感していた。
「それにしても、ファーストコンタクトについては、僕も色々と想像したことがありますが、現実は違いましたね。悪い意味で、ですが……」
いくら宇宙船と接触を試みても、どこの国家機関、民間団体も成功しなかった。
無人ロケットを使って、人工衛星をおなじ軌道へ打ち上げて、言わば地球からのメッセージを届ける中継器として使う計画が実行された。
電波だけではなく、レーザー通信もできる。なによりも至近距離から宇宙船をカメラにとらえて詳細に観測できるというものだった。
アメリカが打ち上げたロケットだったが──その後を追いかけるように他からも打ち上げられた。だが──あっけなく、失敗した。
人工衛星を避けるために宇宙船が移動したとかではない。
宇宙船が攻撃と判断して、人工衛星が撃墜されたとか、でも、ない。
打ち上げは成功して、機械類の故障もなかった。
だが宇宙船へ対する人工衛星からのアプローチは、原因不明の理由でできなかった。
カメラも正常に作動しているのに、何の映像もとらえることがはできなかったのだ。
実体がそこにないかのように。
地球から発するレーダーには映っていた。だがなぜか至近距離ではどうやっても姿をとらえることができなかった。
地球のテクノロジーでは解明できない方法で、接触を拒絶しているとしか思えない。
この失敗から、やっと宇宙船は人類文明とは接触を望んでいないのではないかと口にされるようになった。
この疑問はずっと、日本の宇宙船対策室から発せられていた疑問でもある。
おもに有川の意見ではあるが。
宇宙船があらわれたのは、ファーストコンタクトのためだと考えている大勢の識者や政府からは、ずっと黙殺され続けていた意見。
それがジワジワと頭をもたげてきた。
「そこでまた、振り出しに戻ったんだ。我々の発したメッセージに反応して、移動したことがあったからね」
たったひとつ、日本から発信されたメッセージの一つに反応したことから、宇宙船は地球文明に無関心ではないと結論づけられてしまっていた。
やはり日本政府と、すでにファーストコンタクトを済ませているのではないかという疑いが、まことしやかに囁かれるようになった。
日本以外の他の国家とは、接触を避けているのではないかと。
「どうして、彼らが地球のことを理解した上で接触したがっていないと考えないのでしょうか。ここでもやはり、身勝手な妄想が暴走しているとしか思えませんね」
「そうなんだよ。私もタルトくんの考えがただしいと思っている。だが対策室のメンバーにこの話をしても、誰も耳を貸そうとしない。最近は、仲間内からもなにか秘密にしていることがあるんじゃないかと、疑う人間も出てきた」
「有川さん、個人にですか」
「そうなんだ」
「う~~ん。最悪ですね……」
「とくに国家間に関しては、輪をかけて酷い。もしここで、手を緩めて他に先を越されるのではないかという不安も手伝っているから、熾烈なんだよ。もはや冷静な人間など一人もいないのではないかという気がしてくる」
「………!?」
────!
有川の携帯が鳴った。スマートフォンの画面を見て、またかとつぶやく。
何度も呼び出されている相手であることはすぐに分かった。
仕方ないという感じで、すまない──と、一言断ってから電話に出た。
渋い顔をして、手振りで一緒にきいてくれとスピーカフォンに切り替える。
「先生、おっしゃっている意味が分かりません。我々がなにを隠しているというのですか──」
『──私が言っているのはだね。ここはひとつわが国のためにも隠し事はなしにしてほしいと言うことだよ。慎重を期するのは良いが、仲間内である政府内の人間にも、隠しておく必要があるのかと言うことだ。
せめてある程度の情報を開示してくれないと、我々だって君を支持し続けることはむずかしいということだよ』
「もう一度申し上げますが、おっしゃる意味が分かりません。情報などなにも隠しておりませんし、どうして自分のようなものが先生方に支持されるとかしないとかという問題に発展するのでしょうか」
『君はまだ若い。これからの事を考えると、君を支える政治家の力が必要になるはずだ。その力になろうという話をしているだけだよ。それには少し、ある程度の配慮をしてほしいと言うことだ。でないと、私の支持者たちにもどう説明してよいやら分からなくなる』
「かってをもうしまして、恐縮ですが、私が対策室の長になってしまったのは単なる成り行きでしかありません。望んでいたことでもありませんし、もっと別の、適任な方がいるのではないかと思っています」
『なにを言ってるんだ、君は。いまの対策室も、このままいけば別の名称にかわって存続することになるんだよ。すでにどういう名称にするかなども、話し合われているんだ。いまよりもさらに影響力が大きくなる。それは国内だけのことではない。諸外国より先んじることは国際的にも影響力が強くなることにつながるのがわからんのかね』
有川はタルトにむかって、肩をすくめて見せた。
苦笑いが、さらに深くゆがむ。
「それは、対策室がすでに宇宙船とコンタクトをとっているという前提を、話されているのですか」
『そのとおりだよ。さっきからずっと話していることだ。君はなにをきいていたのかね。この先、君の立場はもっと重くなる。今のうちに足場をしっかりと固めて置く必要があると忠告しているんだ。
そのためにも、いまから参加できる民間企業などとのつながりを持っておくにこしたことはないんだ。そうした企業の後押しは政治の世界では重要だ。それを私が教えてやろうとしているだけだ』
「ご教授はありがたい話ではありますが、そもそも私は政治には興味がありません。いまでも、しかるべき人物が私のかわりとなるべきだと考えています」
『謙遜も大概にしたまえ。貴重な時間を君のために割いているのだよ。もっと本音で話をしようと、ずっと言い続けているんだ』
電話の相手は少し憤慨していた。威圧的にも、なってきた。
有川も苦笑いから、怒りをかみ殺すような険しい表情へとかわっていく。
「先生、失礼を申し上げますが、先生こそ私の仕事の邪魔をしないでいただきたい。何度も申し上げますが、対策室は宇宙船とコンタクトできておりません。ありもしない事実を捏造して、我々に押しつけてこないでいただきたい」
『なにをいっとるんだ君は──。そんな訳ないだろう。でないと、どうして宇宙船が日本上空から移動したのかね。発信したメッセージも君のアイデアだと聞いているぞ。君自身が、宇宙船のことを理解していなければできないことじゃないか。違うのか──!』
「はっきり違うと言わせていただきます。いままでの推移から判断して、宇宙船は地球文明に関心がないのではないかという意見が、外部協力者からの意見としてずっとあったのです。私はこの意見を尊重し実行しただけで、もしかすれば宇宙船は移動しなかったかも知れません。いまだって、こちらのメッセージを受け取って移動したのではなく、別の理由で移動しただけなのかも知れないのです」
『──ちょっと待ちたまえ。そんな話が信じられると思うのかね……』
「話はそれだけですか。もう電話を切りますよ。いまも仕事で忙しいので。失礼します──!」
有川は強引に電話を切った。
ふうッ──と、息をついてタルトにむかって、両手を挙げて見せた。
すぐまた呼び出しがあったので、スマホの電源を切った。
「──大変、ですね……」
本心から出た言葉だった。
「まったく困ったもんだ。こういう電話が、ひっきりなしなんだ。中には直接、対策室に来る議員もいてね。普通に仕事に支障がでるレベルだよ」
「………」
「……選挙も近いというのもあって、政治家は必死なんだよ。大口の有権者の支持が必要だからね……」
「う~~ン。これはもう、対応できないレベルですね。もともと人を疑って腹の探り合いをするような仕事をしている人達ですから、なにをどうやっても無駄かも知れません」
「……まったくだ。対策室室長を辞めたくても、辞めさせてもらえないんだ。仕事している仲間からも、宇宙船の事についてなにか知っているかのように思われているくらいだ。財界人からは、宇宙船を日本上空へ呼び戻せないかと言うものまで現れている。呆れるよ、あの連中には……」
「すみません。僕が余計なことを、いってしまって……」
「いや、タルトくんが悪いわけじゃない。謝らないでくれ」
タルトは、恐縮してしまった。
おそらく、日本だけではなく世界中から、同じような問い合わせがあることが容易に想像できたからだ。
「そこで、だ、タルトくん。今回も、なにかアイデアがないだろうか……」
「──……!」
かなり真剣に考え込んだ。
できれば、有川を救ってやりたかった。こういう身勝手な決めつけと妄想を押しつけられる経験は、タルトにも多くあったからだ。
政治がらみで、自分が経験してきた事よりも、何十倍も酷いことだろうことは想像できる。少し躊躇ってから、切り出した。
「──これは、ずっと考えていた事なんですが、やはり今回もまた、いまの地球側の現状を伝えてみてはどうでしょうか。地球から立ち去ってくれというのではなくて、なにか地球の軌道上にとどまっている理由があるのならば、協力できるかも知れないということを、
伝えてみてはどうでしょう。
もし実際にそういうことがあれば、できる限り協力すれば良いですし。ないならばないである程度、彼らの目的が絞れてくるのではないかと思うからです。今までがだいたい、ファーストコンタクトの事ばかりを発信しすぎなんですよ。ハロー、どこから来ましたか、なにかごようがありますかといった基本的なメッセージがなさ過ぎるんです」
「うーん。…なるほど、ねぇ……」
「確かにいままでも、協力を申し出ている国家機関や民間団体は、多くあります。ですがそれらはすべて、ファーストコンタクトを前提にしたメッセージだったと思うんです。以前のメッセージは日本がおかれている困った状態をメッセージとして送りましたよね。
あれはファーストコンタクトを前提としていません。その事実からも、やはり彼らはファーストコンタクトの意志がないことはあきらかだと思うんです。
でも、我々の困っている状況を理解して配慮してくれている。まだ地球の軌道上にとどまっているのは、何かが彼らの関心を引いているからだということです。このメッセージでどう反応するかは分かりませんが、反応がないならないなりに彼らの目的を絞ることに繋がるんじゃないかと……」
有川は少し、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「このままだと、無理矢理にファーストコンタクトをとろうとするかも知れませんよ。言わば力ずくでです。そうなってくると、宇宙船も自衛のために何らかの行動を起こすかも知れません。考えたくはないですが、宇宙船ともし交戦するようなことになった場合、原因と責任はすべて地球側にあるでしょう。
それを避けるためにも、いまの地球文明の程度の低さと、危険性を彼らに理解してもらう必要があると思うんです。無用なトラブルは絶対に避けなくてはなりません」
「た、たしか、に……?!」
「あの宇宙船に果たして攻撃能力があるかどうかは、わかりませんが、あれだけの巨大な宇宙船が地球上へ墜落しただけでも、地球は壊滅的な打撃を受けるでしょうね。巨大隕石の衝突で恐竜が絶滅したという有力な説もあるくらいですから。
それにあの宇宙船を作った文明が地球文明を危険なものと認識した場合、とても無事に済むとは思えません。どちらにせよ、地球人類は滅亡します」
「いまや、そこまで、来てしまっているのかも、しれない、な……」
「はい…残念、ですが…」
「しかし、それを直接文言として送るのは、宇宙船側ではなく、こちら側から反対意見が出るだろうね。地球文明の危険性を伝えるなど、論外だと言われそうだ」
「そうですね。この場合、日本側の意志決定が、もっとも問題になるでしょう」
「民間団体でも、地球文明の危険性などを指摘するところは、存在していないからね」
「地球文明は、異星文明とコンタクトできるところまで成熟していると考えていますからね。自分たちのことを、なにも分かっていない……」
二人とも行き詰まってしまった。
有川との話し合いは、宇宙船に対してではなく、政府関係者に対してどう対応するかという話題に終始している。
二人が出会った時から、ずっと、相手は宇宙船ではなく地球文明と日本政府だったかも知れないと、タイトも有川も思っていた。
「何回かに分けて、いま現在の地球の混乱具合を伝えるしかないかもしれませんね。なにか手伝える事がないかというようなことを、入れながら、少しずつです……」
「たしかに、ね……。他に、ないか……」
二人は文言の細かい打ち合わせをすることにした。
婉曲的にだが、歴史などのデーターを送って、地球文明の危険性を宇宙船へと伝えようと努力していた。
タルトはこの騒ぎがなんとか沈静化してくれたらと願っていた。
宇宙船が、いつまで地球の軌道上にとどまっているかは分からないが、この先何年にも及ぶのであれば、コンタクトの可能性も開けてくるのではないかという気がしていた。
いまのような状態では、何十年たってもファーストコンタクトにたどり着けないと思う。
「今まで以上に、身辺には気を付けて欲しい。マスコミもそうだが、スパイ活動まで活発化していると公安から報告があったばかりなんだ」
「いよいよって感じですね。こんなバカなことで、紛争に発展するなんてことはないですよね」
「……いや、分からんよ。昔から戦争は終わらせることは大変でも、始めることはとても簡単だからね」
「……嫌になってくるな。ここまで予想が当たってしまうと。こんな、くだらないことでかと思います。人類文明の終焉はSF作品にあるように、自滅していくのかも知れません……」
「本当だね。あの宇宙船のおかげで、いつまで経っても地球が一つにまとまらない理由が、身にしみて理解できたよ」
「僕もそれは痛感しています。人類という種の、未熟さを思い知りました」
予定した時間を二時間過ぎても、今回の会合は終わらなかった。
四日間にわたって、詳細な打ち合わせがおこなわれた。
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