第9話一年2



 宇宙船は相変わらず地球の軌道を周回していた。それ以外の行動は見せなかった。

 多くの観測者たちは、なにか他の行動を期待して以前よりも緻密な観測を行っていた。 だが、現実は映画と違って人々の期待に応えてはくれなかった。


 すでに日本だけで観測できる宇宙船ではなくなっているため、各国のさまざまな場所で観測されている。


 ある意味、宇宙船は誰でもが見ることができるもので、珍しいものではなくなっていた。


 人類史上、もっとも価値ある大発見と言われた宇宙船が日本上空から移動したことで、宇宙船バブルは言葉通り泡の如く、弾けて消えた。

 もちろん日本上空にも宇宙船は周回ししてやってくるが……。


 日本を喧噪と狂気に染め上げた宇宙船熱とでもいえるバカ騒ぎも、急速に沈静化していった。

 一時期はどこにでもいた、大勢の宇宙船観測のためにやってきた外国人旅行者もいなくなり、宇宙船景気も下火となっていった。


 景気は一気に下火になったが、オカルトや宇宙人研究という消えかけた書籍の復活や新刊が相次いでいた。世界的に見た場合、宇宙船熱は続いている。

 むしろ次の展開を期待して、激しさを増していた。


 宇宙船対策室はファーストコンタクトに備えるために存続していた。

 以前のようにマスコミに追いかけ回されたり、矢継ぎ早にくる調査報告の催促もなくなっている。


 簡単にいってしまえば、やることがなくなったのだ。


 宇宙船に乗る異星人は、日本からのメッセージを受け取って移動したことにより、地球側が思っているよりもはるかに地球文明を理解していると考えられる。

 政府は何もできなくなっていた。


 一時期の、疲れた顔の有川も、はじめてあった時の快活さを取り戻していた。

 いまや世界は宇宙船にたいする、ファーストコンタクト争いの真っ只中にいる。


 誰が一番最初に、宇宙船との本格的なコンタクトに成功するかの競争だった。


 国家機関や民間組織、個人に至るまでの無差別競争のような様相を呈していた。

 そのために対策室は存続している。

 宇宙船がメッセージを理解してくれことから、日本は他の国や組織から一歩も二歩もファーストコンタクトに近付いていると、政府も世論も思い込んでいた。


 だがいままでのこともあり、また、すべてにおいて対応の遅い政府は、新しい試みをなにもしていない。

 対策室の長である有川は、政府や世界も認める有名人となっていた。



 裏方として表に出てこなかった有川だったが、表に出て意見を発するようになっていた。

 注目度がちがっていた。控えめな位置にいたかった有川だったが、どうしても表に出るほかなくなっていた。


 それは政府ないからマスコミへ漏れる情報があまりにも見当外れで、混乱したものになっていたからだ。

 それの誤報を終息させるための会見だった。




『──対策室室長としてお話をうかがいたいのですが、巨大宇宙船が日本上空から移動したのは、室長の発案されたメッセージによってだと言うことですね。

──すでに対策室や政府は宇宙船と交信しているということに間違いありませんね。

──彼らはどの星系からやってきた宇宙船なのですか。当然ご存じですよね。

──今後、日本政府は宇宙船とどのような信頼関係を築いていくおつもりですか』


「…………」


『──正直に話していただきたいのですが、今後、日本は各国政府とどのように新しい関係を築き、発展されていくつもりなのですか。また、それが彼らの意志を反映させたものなのですか。

──宇宙船が移動したことで、次のフェーズに入ったものと思われますが、次はどのようなアクションを起こすのか、分かっている範囲で良いので説明していただきたいのです』


「まず初めにお断りしておきますが、私の答えはすべての質問に答えているものではありますが、皆さんの興味を満足させるものではありません。ですので今後、どのような疑問があっても公にコメントするのは今回が最後にさせて頂きます。

それでは本題に入りますが、我々宇宙船対策室は宇宙船とコンタクトがとれていたわけではありません。皆さんのような執拗で過剰な詮索に困り、その困った状況を宇宙船へ向けてメッセージとして送信しただけです。これはすでに情報公開してありますし、それ以上のことは、何度も申し上げたように、ありません。

もちろん返信はありませんでしたが、代わりに宇宙船が周回軌道を回り出すという行動をとったのです。つまり宇宙船は我々のメッセージを理解して、現在我が国が置かれている状況を理解してくれたと解釈できます。

この宇宙船側が初めて行動を起こしたことになより、地球の文明のことを理解していたことが分かったのです。ファーストコントタクトと言うのではあれば、不完全ながら、これがファーストコントであると言えるかも知れません。そしてこれ以上のことは、我々にはなにも分からないのです」

 

『──ちょっと待ってください。そんなことが信じられるわけないじゃないですか。日本と、いや対策室と言い換えても良いかもしれませんが、宇宙船とのつながりは色々な情報から明らかではありませんか──』


「ではお聞きしますが、その情報というのは具体的にどのようなものですか。どこからそれらの情報を入手しましたか。我々は初めから情報開示しておりすし、どこの誰がそのような情報を流しているのでしょう。情報源はどのようなものですか。個人的には、そらの情報をもっている情報通のひとたちを紹介して頂きたいくらいです。

それくらい宇宙船に関しては進展した関係はできあがっていません。おそらくですが、あくまでもおそらく、ですが──それらの情報源は詮索好きな皆さんの意識の中にいるのではありませんか。そして、それほど我々と宇宙船との関係に詳しのであれば、我々以上に事情に通じていることになります。ですから、それらの情報源に直接質問すれば良いのです。質問されている皆さんの、期待通りの答えを返してくれると予想されますよ」


  

 

 この会見以後、表面的には日本と対策室への追求は急速に弱まっていった。

 世界は一気に、宇宙船へのファーストコンタクト競争へと突入していった。


 有川とあって会議するのは、殆ど、お茶会のようなものになっている。


「ファーストコンタクトと言ったって、タルトくんが言ったように宇宙船にとっては迷惑な話なんじゃないかな。我々が発信したメッセージを理解したことで、地球の言語が理解できる事が分かっているのに、懲りずに色々なコンタクト方法を試みているよ」


「ファースコンタクトは拒絶されていますからね。でも、どうしても宇宙船とコンタクトをとりたいと考える人間や団体が多すぎます。もし、自分たちではない他の誰かに先を越されてしまったらという、不安と猜疑心が強く影響しているのかもしれません」


「我々のメッセージを理解してくれたということは、不完全ではあるが日本がファーストコンタクトに成功したことにはならないようだ。いままでなにもしなかったのは、人類文明を理解するための時間が必要だっただけで、やっと本来の目的のために、動き出したんだと解釈されている。いっそ、宇宙船から、人類には興味がありませんというメッセージを発してもらえれば、騒ぎも収まる──かもれしない……」


「いままでの動きから、それは期待できないでしょうね。もしそんなメッセージを発信しても、簡単には納得しないでしょう。自分でも調べて見たのですが、アメリカのUFO信仰団体のことについてなのですが、予言日にUFOが現れなかったのに、落胆もしなければあきらめもしなかったようです。

UFOは人類にチャンスを与えてくれたと逆によろこんだそうですよ。彼らの主張は人類は滅亡して、そのとき、自分たちたちだけが助かる。そのためにUFOが現れるそうなんです。一種の、ノアの箱舟ですね。ですから、ファーストコンタクトではなく、別の行動にシフトする可能性の方が強いんじゃないかと思えます」


「ふ~~ん……」


「……また言いにくいことなんですが……」


「怖いな……。でも、言ってくれ。タルトくんの予測は当たるから」


「実は、このあと、また日本と宇宙船の関係を疑い出すのではないかと思うんですよ」


「──えっ…、また? どうして?」


「はい、宇宙船はこのまま沈黙を続けると思います。例え有人ロケットを飛ばして接近しても、軌道を変えるなどして避けるでしょう。拒絶するにせよ、ロケットを撃ち落とすとかしない限り、自意識過剰な人類はあきらめないと思うんです。宇宙船側がどう考えているかではなく、自分たちの勝手な期待と妄想だけで動いているからです。相手のことなんかまったく考えない、ストーカー心理みたいものですよ」

 

「──ウン、なんとなく分かるな……」


「いまは日本に対する注目度は減っていますが、このまま宇宙船へのコンタクトの試みが失敗し続けると、いずれまた世界の視線は日本に戻ってきます。どうして日本のメッセージだけを受け入れて、移動を始めたのか。そもそもどうして日本の上空にだけ一年もの間、滞在し続けていたのかと、以前の疑問を蒸し返してくるかも知れません。

つまり、やはり日本は宇宙船のことに関して、なにか隠していることがあるのではないかと、邪推されることになってくる──と、いうことです」


「…しかし、日本も、宇宙船へのコンタクトは試みているが、すべて失敗しているよ。それはちゃんと情報公開しているし」


「そんな事実を無視するのは、いままでずっと続いていたことじゃないですか。いくら違うといっても、疑心暗鬼にかられるといくらでも理由付けすることができます。とくに日本の対応の遅さが、世界から疑念のまなざしをむけられるかも知れません。一応世界と歩調を合わせるために、わざとやっているとか、どうとでも解釈できるんです


これも認知のゆがみで、ネット上ではSNSなどの書き込みでよく見る現象です。ある画が素晴らしいので、褒める文章をSNSに投稿すると、それを貶める意味ととらえて反発している書き込みをよく見ます。それは違う、褒めているのですといっても、貶しているとさらに反発してくる。テレビタレントの方が何か書き込むと、この現象が良く起こってずっと平行線を辿っているのに似ています。

最近でも原爆の体験談を描いた漫画で、作者がこれは事実であるといっているのに、ある人が否定していて。作者が認めているのにあんただけにはなぜ事実じゃないだよと怒っている書込みを見ました。こういうことは良くあります。


またこれもネットでよく見かけるのですが、女性や子供が行方不明になったりした場合、これを報じるネットの情報にオタク側から、オタク叩きが始まったというような書込みやら、投稿をしているのをよく見ます。

オタクがなにかしたとも誰も書き込んでいないのにです。書込みしている人間にすればオタクを擁護しているつもりかも知れませんが、我々から見るとオタクがオタク自身を差別しているようにすら見えます。

これなんかも、世の中は絶えずオタクに注目しているという自意識過剰さからくる思い込みのバイアスが働いているといっても良いかも知れません。誰も注目もしていいし、関心すらないのにです。ですから当たり前の言動や行動でも、その裏になにか秘密や企みが隠れていると勘ぐるでしょう」


「…な、ぅ、そうか……」


「適切な例えではないかも知れませんが、あるタレントさんが長い間、表舞台から消えていたそうです。たんに仕事がなくなっていただけらしいのですが、世間では大物タレントの怒りに触れて干されたからだと噂されていました。

いくら説明しても、その疑惑が晴れないので、最近はこの噂を肯定するような話をしてあげると、世間も納得したのか、それ以来、邪推しなくなったそうです。これと同じで、宇宙船に動きがない限り、この疑惑はきえることはないと思います」


「では、なにか虚偽の情報を発信するとか……」


「確かに、効果があるかも知れませんが、情報によってはさらに混乱させる結果を招くでしょうね。この場合、日本も宇宙船とのコンタクトに期待を寄せていたが、無視されて落胆しているというようなものが良いかもしれません。

つまり日本人に関心はなくて、なにかそこから観測できるものがあったのではないかと考えている、というような感じですかね……」


「なるほど、ね、ぇ……」


 有川は眉間に深い皺を寄せて、なにか考えていた。


「しかし、世界がそうした疑惑のまなざしを日本に向けたとしても、果たして一般市民は、以前のように舞い上がったりしないんじゃないのかな。彼らが期待していたことはなにも起きなかったし、なによりも宇宙船景気も終息しているし、で…」


「確かにそうですね。……景気の動向までは分かりませんが、一般の人達はまた騒ぎ出すと思いますよ。有川さんとお会いした時に、インディーズ業界の話をしましたよね。

もともとたいした規模がない市場なのに、いく桁も大きな市場規模という噂に踊らされて異業種の企業が乗り込んできたことで、業界そのものが縮小したと。

果たして撤退していった企業は、自分たちの間違いを認めていると思いますか。同人ファンに至っては、自分たちがよく利用していたサイトが潰れたのに、いまだにインディーズ業界はありもしない市場規模があると信じています。

なにも同人の話を持ち出さなくても、世の中はそんな嘘と捏造された妄想まみれで動いていますよ。行動経済学のエコンとヒューマンの例を持ち出すまでもなく、人は合理的な判断を下しません。とくに大衆という文化は、失敗から何も学ばないものなんです──」


 有川の表情が、また渋くなる。

 この先のことを有川と長い時間話し合うことになった。

 密度の濃い話し合いが、長く続くことになった。




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