第8話一年1

 

 巨大宇宙船が地球軌道上へ現れてから、一年。初めて宇宙船が移動を開始した。

 日本上空の静止軌道にとどまっているのではなく周回軌道を回りだしたのだ。


 第一報を受ける前に、タルトが以前、有川に話したアイデアを実行することにしたという連絡を受けていた。

 記憶がそのときの会話を呼び戻す。


「もう静観できないほどなんだよ。以前に話し合った日本が置かれている状況を、とりあえず説明してみるつもりだ。対策室では上から抑えられていたんだが、追い詰められた政府が折れて私の意見を受け入れた」



 日本に対する世界の猜疑心は度を超え始めていたからだ。国連が動き、アメリカも本腰を入れて圧力をかけてきたのもあった。それに、日本国内の宇宙船と政府はコンタクト済みという意識が強すぎて、大企業の殆どが官邸へと技術などの協力要請をしてきていることだ。


 不思議なことに今までまともに機能しなかった国連が、各国の思惑の一致から動き出していた。


 有川の説明によれば、異星文明のテクノロジーで武装した大日本帝国のようなものが現れるのではないかという懸念が欧米にあったらしい。

 タルトは、最近の海外のSF小説に、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」という人形兵器で武装した日本やドイツが、アメリカを征服し、世界侵略を成し遂げるという作品があると話していた。


 べつの時間軸で描かれる作品だったが、それが現実に起こるかのような反応だった。

 宇宙船の支援を受けた日本と同盟して、アメリカと戦うという反米国も現れようとしていると話していた。


 映画や小説の中でしか存在しなかった宇宙船が現実に現れた。

 同じように世界に流布する日本アニメの定番である巨大ロボットが、宇宙船と結び付いたような妄想ができあがってきている。


 世界の動きは日本は危険であるという認識で、一致してきたようだ。

 この危険の芽を、摘み取っておくべきという意見に統一されていった。

 これを受けて、在日米軍が増強された。海兵隊が緊急動員されてきたからだ。


 防衛省が蒼い顔をして対策室へ飛び込んできたと話していた。



 身近なところでは海外のUFO信者というようなものたちまでが、日本各地で問題行動を多発させていた。民間でのトラブルは警察が出動するようなものまで多く発生している。


 広い駐車場やら空き地に集まって、宇宙船へのメッセージを電波や光で送ることを試みたり、無断で道路に着陸の目印を描いたりした。


 これには日本のUFOオタクも参加していた。いままでどこにこれほどの数のオタクが潜んでいたのかと疑うくらい、多くの宇宙船愛好家とも呼べる人々が発生していた。


 鉄道ブームから端を発した、大量の鉄オタ──撮り鉄──の発生とよく似ている。

 競い合うようにして身勝手なトラブルを引き起こすことも、鉄オタとまったくおなじだった。


 高層ビルの屋上へと、閉鎖されているドアを壊して上がり望遠レンズでの撮影や動画撮影などを行う。

 電波を送信してみたりとやりたい放題だった。


 高層ビルではこうした宇宙船オタクを警戒して、屋上へと通じる階段などは厳重に警備されるようになった。


「もともと鉄道マニアは昔から存在していました。ですが孤高の存在で、お金も手間もかかるしで増えも減りもしなかったそうですよ。それがテレビなどで鉄道マニアについて取り上げられると、途端にオタクと言われる人種が発生します。

ここがかんじんなのですが、鉄道そりものではなく、鉄道ブームに群がるファンの存在が問題で、ブームというものに異常に反応します。一種のサブカルチャーブランドに飛び付く人々です。


彼らが内発的に動いているかというとそうではなくて、ブームに飛び付く病的な人々です。自分のなかの価値観に明確な嗜好が存在しないのです。とくに撮り鉄と言われるオタクに顕著にあられる特徴として、収集癖というものがあります。きれいな言葉で言えばコレクターなのですが、病的な収集癖です。ゴミ屋敷を作ってしまう人達に近いかも知れませんね。


これは今のようにネット配信がない時代、大量のアニメビデオやアニメグッズを収集して悦に浸っていたオタクたちと同じ心理です。幼女連続殺人を犯した犯人も部屋いっぱいの大量のビデオを収集していましたし、彼らは収集することに血眼になっていますが、収集したものを見返していたりすることはまれなんです。


少しでも人と違うレアな鉄道写真や動画を撮りたい。とにかく人が持っていない珍しいものを撮って収集したいという気持ちに病的に駆られている人々です。だから昔からの鉄道ファンにとっては、とても迷惑な存在で、必ず身勝手ではた迷惑な事ばかりをします。

本当に鉄道が好きなのかというとそうではなくて、収集することだけに躍起になっていると言えるかも知れません。同人にはこの手のタイプの人間が多くいますから……」


「タルトくんが、苦労していたのが分かってきたよ」


 ──と、有川は言っていた。

 


 地域の住民とのトラブルが絶え間なかったし、反日教育の国家からは観光客に偽装した兵士たちが情報公開のデモをしかけてきた。

 尖閣諸島へ威嚇のために艦船を送り込むだけではなく、強力なアンテナを持つ艦船を派遣して宇宙船へメッセージを送り続けている。


 時には日本と宇宙船とのコンタクトを妨害しようと、電波妨害を仕掛けるようにさえなってきていた。すでに国家間の紛争に近い状態が作られていた。


 国内では暴動のような騒ぎにまで発展していった。組織的な動きだった。武力ではない、

情報戦と呼べるものが激しさを増していた。実際にスパイ活動も加熱していると有川が説明していた。


 永田町や宇宙船対策室の近くにあるコンビニエンスストアの店員の殆どが、海外の情報部の息のかかった人間に入れ替わっていると報告されていた。


 国家組織だけではなく、民間の企業間のトラブルも多くあった。

 日本の大企業へ宇宙船から得られるテクノロジーを独占されまいと、熾烈な経済戦争へと発展しかけていた。



 さすがに政府も宇宙船景気を後押しする経済界もたえられなくなって、やっと動き出したと言うことだった。それでも発案してから半年もかかったし、いくつかの試みの一つとして実行された。


「ここらへんはやはり日本政府ですね。震災や原発事故まであったのに現場の差し迫った状況よりも、自分たちの都合を優先する」


「うむ…。私の力だけでは、どうにもならなかったよ……」


「でも、効果がありましたね…」


「おかげで対策室の責任者となってしまった。短い間に目まぐるしく出世したもんだよ。調査のための下働きみたいなものだったのが、いまや責任者だよ。辞退したんだけどね、無理矢理だった」


「良いじゃないですか。適任だと思いますよ。権威ある学者さんたちはどう思っているかは分かりませんが…」


「ビギナーズラックくらいにしか思っていないんじゃないかな。なかには自分も初めから考えていたという人物もけっこういたけどね。そんな単純な方法が通用するとは思えない、とか言ってた人物が、だけど、ね──」


「どちらにせよ、これである程度相手のことが分かりました。異星人は地球文明の言語を理解していたこと。そして電波の受信もしていること。さらには、やはり地球の文明にも人間にも興味がないということです」


「今度は全世界がさらに大騒ぎしている。言語を理解していることがわかって、我こそが一番にコンタクトしようと、今まで以上に必死になっている」


「いままで応答がなかったのに、なぜ今度はうまくコンタクトできると思うんでしょうね。人類文明に興味がないのは分かったと思うのに──」


「まったくだ! 宇宙船が現れてから急速に時代が逆行している気がするな──」


「それはありますね。でも、原発事故があった時、放射能に過敏になっていた人達から原発から送られてくる電気には放射能が混じっていないのかという問い合わせがあったらしいです。炭が電磁波を防ぐとかいって、昔はディスプレイの前に置いていた人までいましたからね。電磁波は気体じゃないのに。生活の中で電子機器を便利に使っていても、我々の理解はその程度のものなんですよ」


「さすがに、テレパシーで宇宙船と交信するという試みはやらなくなってきたが、それでも自分たちを迎えに来たといった連中が、飛行機に乗って呼びかけ続けて、燃料切れで海に落ちる事故があったそうだ。アメリカだけどね」


 アメリカは凄いなと、改めて感じていた。

 やることが振り切れていると感心してしまった。


 宇宙船が移動したことで、日本からの呼びかけに反応したのではなく、自分たちの

発したメッセージを理解して移動してくれたと、都合良く考える個人や組織、国家が多かったそうだ。

 だがいくら呼びかけてもまったく反応はない。


 誘導地に向かうような動きはまったくなかった。

 もちろん高度も下げていないし、小型機のようなものも地上へ降りてこなった。


 ただ地球を周回しているだけだ。それでも、なんとか自分たちへ注意を向けようと必死になっていると話している。



 有川の説明によれば、今回のことはすべて情報公開しながら行ったそうだ。

 もともと隠し事などしていなかったのだから、今更という気もするが。


 言語も日本語だけではなく、主要な言語を使って送信した。文字データーだけではなく音声データーも含めて。内容もすべて公表したそうだ。

 何らかの回答が送られてくるかとも期待したらしいが、それらについてはまったくなく、ただ宇宙船に動きがあっただけだった。


 だが、世界の動きが、さらに狂気じみてきた。


 アメリカや中国は、有人のロケットを使って宇宙船へと接近する計画を本格化させていた。タルトはそうまでして宇宙船とコンタクトしなければならないのかという気分になっていた。


 宇宙船が脅威になるものでなかったら、時間をかけてゆっくりと接近して行けば良いのではないかと、有川に話した。


 今の段階では宇宙船が侵略目的のものではないことに、まずは安堵するべきで、ファーストコンタクトという次の段階へはずっと先の事で良いじゃないかと話した。


 とにかく今回は異星人がいたという事実だけで、満足すべき事だと。



「SF映画なんかでは、現れていきなり侵略してきたり、人類と接触したりしましたが、現実はこういうことなんだと思います。コンタクトするにせよ、何年も時間をかけて準備してから接近して行けば良いものを、いきなりテクノロジーを提供してくれみたいな感じで近付いてどうするんだと思いますよ。

そんなの、おなじ文明レベルでも嫌がるでしょう。皆、どうかしているとしかいいようがない」


「それは私もずっと指摘し続けているんだ。もちろん、世界の学者の中にもおなじ考えの人間もいるが、完全に黙殺されている。この場合、皮肉なことに異星文明が危険か安全かの問題の前に、人類そのものが危険な存在であると相手に知らしめているよなものだからね。困ったものだよ」


「でも、誰もこの意見を受け入れない、耳さえ貸してくれない…」


「そうなんだ。人類は異星文明によって滅ぼされたり、地球環境の激変で滅びたりするのではなく、自ら滅びの道を邁進しているのかも知れないね……」


 お互いの顔を見て、深くため息をついた。

 地球文明は残念な文明ですねと、有川に話すことになってしまった。




 

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