第7話四ヶ月1


 相変わらず巨大宇宙船は、日本の静止軌道上に居座ったままだった。

 動きのないまま、昼も夜も空の一点にとどまり続けている。


 タルトはその宇宙船を眺めながら、日常生活を送っていた。

 不思議なもので、宇宙船が空の一点にいる日常になれてきていた。

 今の仕事は有川の求めに応じて、対策室へ向かうこと。


(宇宙船の情報に関しては、民間人では一番近い位置にいるはずだけれど、これじゃあ、調査機関に関わっていようといまいとまったく関係ないな──)


 宇宙船に動きがない以上、政府関係者であろうと一般のサラリーマンや学生であってもまったくおなじである。新しい情報はなにも得られていない。

 巨大宇宙船は毎日、日本上空の静止軌道上にとどまっているだけだから。



 挨拶しながら部屋に入っていくと、今回は有川は一人ではなかった。

 三好という言語学の大学教授がいた。女性だった。有川とは旧知の仲で協力してもらっているとのことだった。


 有川と仲が良いというだけあって、研究者というよりも少し垢抜けた感じ。

 テレビのコメンテーターとして出演しているような印象の女性だった。


「初めまして。有川くんから話は聞いています。三好です」


「初めまして。笠屋です」


「困ったもんだよ、本当に。タルトくんのいったようになってしまった……」


 開口一番、有川は大きなため息をついてこう切り出してきた。


「それに私の立場が一段上に引き上げられた。望んでいない出世だけどね」


 聞き取り調査はずっと以前から、話すことも聞き取ることもなくなっている。

 それでも呼ばれるのは、一つには他に手がかりらしいことがないことだ。

 調査を続けていますという体裁だけでも整えるために、タルトは呼び出され続けていた。


 もう一つはタルトの考えがただしかったこと。

 日本の上空にだけ宇宙船が現れたことによる、日本と世界との軋轢はタルトが指摘し、予想したとおりになってきていたからだ。


 国連もここに来てやっと機能しだしていた。

 皮肉なことに、日本上空の巨大宇宙船と、日本との関係を疑う発言が臨時会議で問いただされることになっていた。


 そうした邪推が、日本以外の国々を一つにまとめる働きをしている。


 それを有川が調査レポートと一緒に、意見として付け足したのが今回の騒動の原因らしい。

 立場がもう一段上に上げられて、外部の協力者のまとめ役から全体の意見のまとめ役へと引き上げられてしまった。

 積極的な意見の提案だけではなく、以前よりも強い裁量権が与えられている。


「それで、この三好に来てもらったんだ」


「言語、学、ですか……。なにか宇宙船から連絡があったんですか?」


 タルトは期待を込めて、話を聞いた。

 有川は黙って首を横に振った。答えたのは三好だった。


「いえ、なにも。現れた時のままの状態が続いているわ」


「なんとか宇宙船とコンタクトをとりたいからと、言語学者に協力を要請しろという無理難題を押しつけられた」


「ハァ……。無茶苦茶ですね。宇宙船から接触があって、言葉がわからないからなら分かりますが」


「そうなんだ。言語学と言ったって、異星人がどんな言語を使っているのか分からないのに調べようがない。そう説明して、むりだといっても上は聞き入れない。それでもやれと言われればするしかなくてね。そこで三好に相談したって訳だ」


「宇宙船の乗組員がどんな言語どころか、そもそも音声や文字で会話する生物であるかどうかも分からないのに、なにを根拠に……」


「いままではどうしていたの……?」


「とりあえず日本語でメッセージを送っていた。他にも英語や主要な言語も交えていたよ。モールスやプログラムの機械言語まで使っていたようだ。何の反応もなかったけどね」


「当たり前と言えば、言えるかも知れませんが、そもそも電波を受信しているかどうかも分かりませんよ」


「そうなんだよね。それを何度も話しているだけど、上は聞き入れようとしない。高度なテクノロジーを持っているから、電波通信を使っていると決めつけていた。先進国だけではなく、世界的な団体が宇宙船とコミュニケーションをとりたがっているから、それを受けて日本も遅れるなということらしい」


「いま、世界中の言語学者やコミュニケーション学の専門家が集まって話し合っているけど、なんの成果も出せていないわ。色々と試行錯誤しているらしいけど、宇宙船からの反応がないそうよ」


「やはり、宇宙船は人類には興味がないように感じますね。最初は宇宙船になにかトラブルがあって動けないのかとも考えたのですが、どうも、そうじゃないみたいだし……。

そもそも宇宙船は、人類文明とファーストコントタクトするために現れた訳ではないと思うんです。

地球文明とのコンタクトが目的なら、宇宙船の方から呼びかけがあってもおかしくありませんし、地球からの呼びかけにこえないのも不自然です。べつの理由で地球の軌道上にとどまっているとしたら、日本上空にとどまっているのも納得できると思うんです」


「そうよね、それが一番納得できることよね。そんな相手にどうやってコンタクトをとれば良いっていうのよ」


「いまの政府には、何の策も考えもない。他の国と同じ事を、追いかけるようにしてやっているだけだ。それでも日本は、他の国よりも一歩先に宇宙船へと近付いていてると思っている」


「バカじゃないの。今更言語学者を集めたって何もできる分けないじゃないッ!」


「まったくだ、政府の中枢は日本最高学歴のバカが集まるところだ。現実とは接しない、会議室だけで物事が決まると思っているからたちが悪いッ。それがファーストコンタクトでもかわらなかっただけの話さ。異星文明とコンタクトするには、一番不向きな人種だな」


「今回も、言い訳のための集まりですか?」


「そのとお~りッ。宇宙船には色々な国や団体、もちろん日本政府からも呼びかけている。だが反応がない以上、こちらからはなにもできない。もしもしとノックして呼びかけようにも相手は空の上の宇宙空間だ。飛行機でも届かないところにいる以上、物理的な接触は不可能だ。考えられるのは、相手にこちらの意図が届いているのかどうか。別の方法でメッセージを送ってみてはとどうか、それくらいしかない。──これを意見してみるつもりだ……」


「でも、むりだと思うわよ」


「タルトくんのいうように、宇宙船は人類にも地球文明にも関心がないのだと、実は私も思っている。だが特別予算が組まれてしまっては後には引けない。こうやって名目がつけば報酬がでる。だから今回の報酬は研究費にでも使ってくれ。美味しい食事に使ってくれてもかまわない。無駄と分かっていても、お金を使わなくてはいけないシステムなんだよ」


 タルトは他人事として気楽に意見していたが、こういう結果を招くとは予想していなかった。純粋に思ったことを述べただけだ。


「…すみま、せん。僕が余計なことを言ってしまったばかりに……」


「いや、良いんだ。むしろ良い意見だった。──それで相談なんだけど、このまま外部協力者として、臨時職員扱いとさせてほしいんだ。私専属のアドバイザーとなってくれないかな。常識に囚われない作家としての発想と意見が欲しい」


「…それは、良い、ですが……。僕で良いんですか…。三好さんのような学者でも、なにかの専門家でもありませんよ……」


「そこが良いんだよ。タルトくんのような視点が欲しかったんだ」


 結局この日は、長く三人で話し合った。


 宇宙船へのメッセージではなく、上層部に対してどう対応するかという話題に終始した。

 電波による通信だけではなく、発光信号のようなものも送れるような設備も整えようと決まった。


 タルトがどこかの空港にそうした施設を用意しておけば、政府としても対応しているという体裁を作れるだろうから、世間的にも、政府もそれで一応満足するのではないかと話したからだ。


 この意見は、実際に採用されることになった。

 タルトには、直接連絡を取るためのノートパソコンとタブレット端末が無償で支給された。


「最近、忙しくてね。これからはリモートが多くなると思う」

 



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