第6話二ヶ月2



 


 ──二日後また聞き取り調査があった。


 今度は警察の建物ではなく、別の建物だった。

 宇宙船に関する調査機関は元々存在しない。急ごしらえに作られた組織で建物も数カ所に分けて使われている。


 宇宙船調査に関する、外部の協力者用に用意された建物だと説明された。

 そうした場所が必要になるほどの期間を迎えていた。


 有川と話をすることは、決して嫌ではなかったが、タルトにも生活があった。

 いい加減にしてくださいとすこし困ったように話す。


 これ以上、なにも話すことはないし思い出すこともない──と。

 仕事をして稼がないと家賃だって払えないんだといった。

 デリバリーの仕事を再開しなければ経済的にまずくなる。それも急がなければならない。


 有川はその点もぬかりなく考えてくれていた。調査協力費という名目で報酬をだす用意をしてくれていた。

 タルトのように何度も聞き取り調査する人間は10名もいなかった。

 協力費として、世間一般の日給よりもはるかに良い額が用意されていた。




  *  




 最終的に連日の聞き取り調査を受けるのはタルトだけになった。

 聞き取り調査の情報よりも、タルトの考える意見を有川が重要視したからだ。


 有川自身が話していたように、宇宙船と停電、そして通信障害が起こった原因を、隕石を近くで目撃した人々と関連付ける調査を終わらせていた。


 聞き取り調査を受けた住民たちの渡航記録なども調べられていたが、スパイ活動に繋がるような関係をみいだせなかったと言っていた。

 ある訳ないけどね、と──有川は苦笑いしている。



 二人の話がとてもかみ合うというのもあった。

 会話が妙に弾む。話し合うことが多くあった。

 なにより宇宙船の情報に、一番近いところにいることがタルトをよろこばせた。


 もっともなにも分からないのは政府機関でも、一般の社会人でも同じではあったが。

 それでも何かあれば、一番はやく情報を入手できるかもしれない。


 いまでは無機質なディスクを挟んで同じ話をするのではなく、カラオケボックス程度の広さの会議室を使っている。

 液晶ディスプレイを見ながらお互いの意見の交換をしていた。

 ホワイトボードも使っていた。


「私はおもに外部の協力者たちの意見をまとめて報告するだけなんだ。調査といっても他に方法がない以上、専門家の意見を聞くことしかできない。それに異星文明の専門家なんてものは、世界中探してもいないからね」


「でも、政府のなかにちゃんとした部署ができているんですよね」


「まあ、あれは各省庁から出向してきた人間たちをまとめるためのものだよ。呼ばれて報告に行くけど、どの部署も自分たちの都合ばかりを押しつけあっているだけで、力を合わせて解決しようなんて人間はいない」


「そ、そう、なんですか……」


「官僚というのは、もともと自分たちの立場を守ることしか興味がない人種なんだよ。極端にいえば、世界があの宇宙船に征服されても、自分たちが生き残っていられればそれでいいといった人種だね。

それに、調査といっても相手に動きがないことにはなにもできないだろう。聞き取り調査しても、言い訳を探しているようなものだから。国会でも、宇宙船のことで連日会議ばかりしているが、何もしていないのと同じだよ。まさに会議は踊る、されど進まずだ。とにかく自分たちに責任が回ってこないようにしているだけさ」


「映画とは、似てもにつかない展開ですね」


「そうなんだよ~。がっかりな人達の集まりさァ。地球を救おうなんて志を持つものはひとりいないしね。ファーストコンタクトに胸躍らせる人間もいない……」


 有川は頭をかきつつ話していた。

 タルトは、一番の適任者は有川本人だと思っていた。


「いまは宇宙船が安全なのか危険なのかを、どうやって発表するかとかで揉めている」


「えっ……! 危険があるとかないとか、どう判断するんですか?」


「わからない。今のところ危険はないとしか言えないんだけどね。出現時に発生した通信障害も停電もないしね。地上ではなんら異常がみあたらない」


「だから、とにかく大量の聞き取り調査ですか……?」


「いまは科学者だけではなく、プロアマ問わずSF作家や漫画家まで、ね。意見を聞いて回っている。迷惑がられているかというとそうでもなくて、テレビやラジオ、ネットニュースへの露出が多くなって本も売れているそうだ。SF作家はひっきりなしにテレビでコメントしているしねぇ…」


 確かにそうだった。聞き取り調査されたことで信憑性がプラスされて、本も売れるしメディアでの露出も多くなる。


 SFブームなんてものではない騒ぎで、古いSF小説の再版が相次いでいた。

 タルトも何冊か手に入れた。

 問題の短編作品を無料公開しておくべきではなかったと悔やんでいる。


 数作品、SF作品もあったがそれは確かに信じられくらい売れてくれていたからだ。

 もともとハードSFは得意な分野ではない。どちらかというとファンタジー系に近いSF作品が好きなのだが、問題の短編小説はタルトの中では異質なものだった。


 いまではアダルト作品しか売れなかった時期と逆転していた。

 それを有川に話していた。


 初めから雑談のようなものがおもになっているので、話しは色々と広がっている。

 有川がアメリカへ留学していた時の話にまで広がっていた。

 留学中はサーフィンばかりやっていたと話す。留学ではなくそのままアメリカへ移住しようかとも考えたという。


 有川もあまり日本を好んでいないことが分かる話が多かった。

 だからといって、欧米文化が好きとかではないんだよね──と、話している。

 共感するような話しが多かった。

 同じ考えだったからだ。


 インディーズでの活動にも話しが広がり、興味を示した。


「でも、同人作家というのは儲かるんじゃないのかな? そんな話しを聞いたことがあるよ」


 タルトは急に、苦い表情を見せた。

 表情が曇る。苦虫をかみつぶしたような、半分呆れたような複雑な表情だった。


「そう思いますか」


「違うのかい…?」


「実体を知りたいですか──?」


「できれば……」


「話し、長くなりますよ……」


「いいよ、宇宙船関連の話しはもう出てこないからね。他の話しをしても差し支えない。それにいい加減同じ話ばかりでウンザリしているしさ。そう思わないかい。少しは違う話を聞いても罰は当たらないと思うけどね」


 調査に関してはやることがない。

 今回のピント外れの調査で、同じような話を飽き飽きするほど繰り返し聞かされてきた。 何か違った話題が欲しかったのかも知れない。


 タルトは少し躊躇ってから話し出した。


「……そ、れ、は、ですね──作り話みたいなものですよ! 確かに自分の作った他の作品よりもアダルトは売れてくれていますが、それでも他に仕事をしなければ生活できません。

なのに同人作家だと知ると儲かっているとみんなかってに決めつけてくる。メジャーデビューしている作家でも、他の仕事と兼業している作家は多いんですよ。作家という仕事は、ほんの一部の作家を除いては、たいして儲からないものなんです。


最近の話ですが、ネットでアダルト関係の市場規模は50兆円という情報が流れていました。トヨタでさえ30兆円なのにどこからそんな数字が出てきたんだと頭が痛くなりますよ。誇大妄想も大概にしろと言いたいですね。


市場調査などは調査会社によって規模の数字が大きく違ってきます。ずいぶん昔の話しらしいのですが、これらの予測があたらなすぎて政府から注意がでたことがあると聞いたとこがあります。

インディーズ市場の規模などがネットで出回りだしたときから、わずか数ヶ月でどんどん大きくなってなって行きましたからね。そんなに急速に市場が大きくなるはずがないのにです。


実際にその市場に身を置いている我々には、信じられないほどの桁になっていきました。

ある種のバイアスがかっている状態で調査活動をしているとしか思えません。この業界だけはバブル期のままの勢いが続いているかのような感じでした。そんな、ホラ話のような話しが、信じられているんですよ」



「……それは、確かにありえないな……。そんなに儲かるなら、日本経済の回復もはやいだろうしね」


「こういう信じられないような数字の方が、世の中では広く信じられる傾向にあります」


「……そういえば、そうだね……」


 タルトの話しはいつしか熱を帯びてきた。

 なぜ勢いづいたのかと、話ながら頭の隅で考えた。

 いまの状況に似ているからかも知れない。


 あの時あの場所にいたからなにか知っているだろう、以前に似たようなシチュエーションの小説を書いたから宇宙船と関係があるんだといった、都合の良い憶測を捏造する。


 捏造した憶測を、無理矢理に押しつけてくる。

 自分たちがききたいシナリオの話を、無理にでも聞き出そうとする。


 冤罪を作り出すような構造がそこにあったからだ。

 それに強い反発をおぼえていた。


「そういう妄想と区別がつかないような噂や思い込みが、世の中を支配しているんです。例えば恵方巻きですが、あれはもともと関西の習慣としてあったものではないんですよ。

海苔会社のキャンベーンとして始まったもので、芸者さんに太い海苔巻きをくわえさせる遊びが原典らしい。


でも大手のコンビニチェーンが恵方巻きを発売すると、ずっと昔からあったものと関西の人達ですら信じてしまう。これを後付けバイアスといいます。

同じ事が同人の世界にも当てはまっていて、同人作品が儲かるという噂がどんどん大きく膨れあがる。それが一人や二人ではなく、何千や何万人となると現実を知らせても覆らない。同人作家ですらこの噂を信じ始めてしまう。


不景気で苦しむ企業がうまい儲け話に群がってくる。いままでそれなりにやってこられたインディーズ市場を奪い合うとことになる。おかげで古くからある企業は潰れ、新規参入してきた企業も潮が引くように撤退していくことなる。顧客が急に増えたりしませんからね。


新旧どちらにも得がなく、我々のようなインディーズ作家の仕事が奪われる。いままでは大儲けできなくても、経済的なセーフティーネットの役割を果たせていた市場もその機能が衰退する。だからこうしてデリバリーの仕事をしなければならなくなるわけですよ」



「な、なるほど……」


「この手の話は増えることがあっても減ることはありません。最近だって、ライトノベルの作家の平均年収が8000万円という情報がネットで広がっていました。この情報を調べたのですが、職業による年収を発表しているサイトがありました。そのサイトでは、ライトノベル作家が皆この水準であるあのかのように書かれていて、それだけライトノベルの市場規模は大きいと信じられているようでした。でも小説は漫画とは違うんです。比べ物にならなかった位大きかった漫画業界でさえ市場規模は縮小しています。


現役のライトノベル作家、アニメ化もされた作品の作家さんたちですら、猛反発していてどこの異世界の話だよと憤っていましたね。この反発は作家だけではなく、現役のライトノベルの編集者からもありました。だいたいところライトノベル市場の規模は300億程度です。それも右肩下がりの斜陽の産業です。


成熟して頭打ちを迎えているだけでなく、ネット利用など業態そのものの変化も手伝っているようですね。つまり、もううまい話が転がっていないんですよ。ですがラノベ作家を目指すものが後を絶ちませんし、皆、一発当てられる業界であると思い込んでいます。

作家の世界はサラリーマンとは違います。平均年収なんて、もともと出せないですよ。新人作家の場合、初版部数がだいたい2000部くらいから始まるのですが、重版がかからなければ次はありません。これを分かっていない人が多すぎる。


有名な賞を受賞しても、数年間で消えて行く作家が殆どです。生き残れても年収は500万にも満たない作家が普通です。これが平均と言えばいえるでしょうね。何十万部、または数百万部をこえる作家もまれにいますが、これなどは10年以上の年月をかけて売れた部数です。つまりライトノベルの作家全体での話ではなくて、ごく一部の生き残って尚且つヒットしている、突出した作家だけの話をしているんですよ。平均年収なんかじゃありません」



 有川は興味深げに、話をきいていた。

 時々、タルトの話しに頷いている。


「作家儲かるの風説は自分の親たちの世代から信じられていたことです。とても強固な噂ですね。これはもう、一般化されている都市伝説だと言えると思います。ある女性エッセイストの後書きにも書かれていましたが、デビューを果たした時、この方のお母さんがやってきて家を購入しろと、一戸建てや、新築の分譲マンションのパンフレットをもってやって来たそうです。それくらい儲けていると思い込んでいたようです。


実際の収入を知って驚いて帰っていったそうですが、その人たちにすれば作家イコール億万長者という図式が強固にでき上がっている。それが世間の常識なわけです。完全に間違っていますが。芸能人が本を出して大ヒットして、それで何億の利益があったという話が追加情報として加わっているので、どんなに否定しても現実を知らない人達は、まったく信じようとしません。


僕も人から話を聞かれて印税契約の話までしましたが、なかなか納得してくれませんでしたよ。印税契約というのは作家と出版社の力関係で決まり、新人などは世間で知られている10%などもらえません。だから有名な賞を受賞しないと出版社も本腰を入れて売り出してくれないんだとも話しましたね。それでも、あれはどうなんだ、こんな話を聞いたととにかく事実を話しても信じようとししませんでした。何度も同じ話を蒸し返してきましたからね」



「………」


「同じような噂にアニメ儲かるがあります。これも大変根強い風説です。日本の映画産業の救世主とも言える大ヒット作もあり、興収400億で歴代トップの成績を収めているなど、強力な実績があり誰も疑いを持っていません。

確かにアニメは邦画の中でも群を抜いています。どんな人気作品であっても、実写はアニメには歯が立ちません。それくらい国内では人気のあるものです。この噂も何十年も前から信じられているものでもあります」


「良く聞く話だよね」


「だからネットでは、もう少し生活保護費があれば子供をアニメの専門学校へ行かせてやれるのにというような書込みが現れたりするんです。つまりアニメ関係の仕事に就ければ豊かになれる、儲けられる仕事だと信じています。これは多くのアニメーターたちでさえ信じている間違いです」



「──違う、の……?」


「違いますね。この書込みは色々な人が引用していて、アニメーターは儲からない職業であるとコメントしていました。面白いのは当のアニメーター側からの発信がないことです。

僕もアニメーターには知り合いがいますから、よく知っています。そして彼らの認識の解離についてもです。同人でもそうなのですが、実際に自身の上に起こっている現実との解離が甚だしいのです。目の前の現実を認識でないほど彼らの認知バイアスはゆがんでいます。


ですが世間ではとても華やかで大儲けしている業界だと間違った認識が一般化されています。人気作品が製作されている半面、潰れている製作会社も沢山あるんですが、これについてはアニメ関係者でさえ触れようとしません。知り合いのアニメーターたちは、皆、生活できなくてやめて行きました。儲からないと分かっても、どこか自分だけは違うという錯覚と思い込みを強く持ち続けいたようですね」


「……そんなに」


「この間違った評判に踊らされてどれだけの数の若者がアニメ業界を目指したことか。現役のアニメーターがどれだけ悲惨な暮らしをしているかをSNSで発信していてもです。生活保護を受けながらアニメーターをやっていた人までいたぐらいですからね。

でも、蟻が甘い飴に群がっていくように増えることはあっても、減りません。どちらも楽しく儲けられると信じ込んでいる。作家とアニメ、この二つが合体するともう無敵です。彼らの妄想を止められません。まるで知能が後退していくようにです。我も我もと一攫千金を夢見て躍起になる。ですがそんな現実はもともとどこにもなくて、あげくに逆恨みしてアニメスタジオに放火して人を大勢殺す奴まで出てくるんです」


「……タルトくんは、大学では心理学を学んでいたと……」


「まあ、…そうですね。だからある程度、心理的なメカニズムが分かるんです。この犯人のプロファイリングをしてみたんですが、当たっていました。もっともこういうタイプの人間は、自分のような生活をしていると時々出会うことがあるので、わかりやすかっただけなんですけどね」


「……なる、ほど……」


「儲け話にはなんでも手をだします。シンガーソングライターが儲かると知ると作曲をしようと電子ピアノのようなものを買ってみる。キーボードが弾けるようになるや、譜面が読めるようになるために勉強するんじゃないですよ。電子楽器やギターを買ってみるだけです。


音楽に詳しくないのに、自己流ですこし弄ってみて何もできずに、すぐ他の儲け話に飛び付いていく。好きとか嫌いじゃなくて、儲かるかどうかが彼らを引きつける最大の要因です。いまなら仮想通貨やYouTuberもおなじです。お笑い芸人を目指すもおなじかも知れません。


こういう人達を見ていると、儲けている人とおなじことをすれば自動的に自分も同じように成功するかのように考えていることが分かります。当たり前の話しですが、そんな都合の良い事などあり得ないのにです。

だからなにをやってもものにならなくて、別の儲け話にまた飛び付いていく。原因ははっきりしていて、それは成功までの道のり──過程が完全に抜け落ちているからです。

アニメが儲かると聞くとアニメーターの専門学校にいこうとするし、アニメの原作を募集していたら応募する。そうすることで自分も自動的に、儲かるかのように考えているんです。


でもここでも過程が抜け落ちているので、創作活動の難しさや苦労が分からない。だからあの犯人は規定枚数にすら達していないのに自分の作品を投稿するし、入選すると信じていた。既定不備で、読まれてもいないのに自分の作品がパクられたとアニメスタジオを襲撃したんです。

世の中にはうまい話やうまく大儲けしている人間が大勢いるのに、自分にはうまい話が回ってこない。これは絶対に間違っている。妬みと嫉妬に凝り固まっていく。逆恨みも大概にしろと言いたいですが、彼らにすれば義憤に駆られているといってもいいかもしれませんね」



「確かに、ギャンブルもそうだが、一発逆転的なことを考える人間は多いよね。──それは、分かる」


「そうです。詐欺に遭いやすい人達であるかも知れません。ある弁護士さんが話していましたが、詐欺被害にあう人は、何度でも詐欺にあうそうなんですよ。学習しないというか、とにかく経験から学ばない人達です。こういう認知のゆがみを抱えている人はとても多いですし、それが故に何をやっても成功しません。

自分たちが思い描く都合の良い展開にならなければ、すぐにやめてしまいます。頑張ればべつの道が開けたかもしれないのに、その可能性を捨てているかも知れません。あり得ない成功だけを夢見ているんです。程度の違いがありますが、この認知のゆがみが、今の落ち目の日本を復活させない大きな原因じゃないかという気もしています」


「なにか、納得させられる、話しだねぇ……」


「はっきりとしたことは言えませんが、政府も市民もお互いに脚を引っ張り合っているように見えます。すでに日本は経済大国でもないし、物作りという点でも他の国をリードしていません。ですがいつまでも経済大国であるという幻想にしがみついていますし、政府もこの幻想を維持しようと努めています。実際はお寒い限りなのに。

事実を指摘すると官民合わせて目をそらすか、頭を押さえつけてなかったことにしてきます。一種の共同幻想だと言えるでしょうね。宗教などによく見られる認知バイアスです。


何度も震災がありそのたびに政府の嘘がばれて、人々を奴隷のように考えていることが分かっても、怒りを当事者に向けずに立場の弱い人間に向けて鬱憤晴らしをする。廃れていたアドラー心理学の実証実験を見せられているような気分で、胸くそが悪くなりますよ。

経済学の研究者によって日米で行われた研究では、日本人はスパイト行動が顕著に高いという研究結果があるのが納得できる展開です。


スパイト行動行動というのは相手に出し抜かれるくらいなら、自分が損をしてでも相手にダメージを与えたいという意地悪な行動心理ですが、何々警察のようなピント外れで身勝手な正義を振りかざす人達には共通して当てはまる心理行動でしょうね。

こういう心理傾向が、津波がきたとき、子供たちをすぐ山に逃げるように誘導せず、決められた避難所へ行こうと校庭に集めて、皆一緒に溺死させてしまうという愚かな選択をするのです。


あげくあれをするな、これはダメだばかりで何もできない。ルールのためのルールができあがるような有様です。一人でも皆と違うことをすることがとにかく許せないのです。政府は市民の不安を煽ることで、人心をコントロールしている感がありますし、人は不安な情報を与えられると、認知バイアスを強化してしまう傾向がありますからね。いまの社会システムがまさにこれだといえると思います。この場合システム正常化バイアスなどとも呼ばれています。ですがその息苦しさに窒息寸前のところへ、あの巨大宇宙船が現れました。これはもう、思考停止に陥ってもおかしくないでしょうね」



 ここで話をいったん切った。

 急いで考えをまとめているようにも見えた。

 少し前から、気になっていることを口にした。


「──ここで話を、今回の宇宙船に戻しますが、このまま宇宙船に何の動きもないとしたら、こういう流言飛語どころか、迷信のような妄想劇が力を持ってくるかも知れません……。

今回のことで分かったのですが、すでに半分は妄想の世界にいるようなものですからね。ため込んでいた負の感情が一気に宇宙船関連の妄想へと転換されていくかも知れませんよ。認知心理学ではなく、精神医学の範疇に入りますが。日本だけの問題ではすまなくなってくるかもかもしれません。世界を巻き込んで、さらに大きく膨らんでいく可能性があります……」


「こ、怖いな──!」

 

 有川の顔は、ほんの少し引きつっていた。


──そして、タルトの予言は、現実のものとなっていった。






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