第5話二ヶ月 1



 昼の二時を少し回ろうとしていた。突然、部屋のドアがノックされた。

 よびだしのチャイムはもともとついていない。

 しつこい新聞の勧誘かと疑った。


「────!?」


 ドアをあけると相手は私服の警察官で、一人が警察手帳を見せた。

 ドラマで見たことがある光景に、何のことかと訝った。


「申し訳ありませんが、例の隕石と停電やらの調査をしておりまして、

すこしお話を聞かせていただけませんか」


 ──と切り出してきた。


 宇宙船の話はでなかった。


 当時の、デリバリーの仕事の記録まで調べたらしく同行してほしいという依頼だった。

 よく記録が残っていたなと少し驚いた。

 仕方がないので一緒に出向くことになった。


 そんな細かなことまで調査していたのかとやや呆れてしまったが。

 調査する方向が違うだろうと。



 車から降りて、とおされたところは警察署の一室だった。


「………?」


「それであの時間に、公園にいたと言うわけですね」


 タルトは一通りの説明をしおえていた。

 順序立てて、脚色もなく伝えたつもりだった。

 迎えにきた警察官二人がそのまま調書を取っていた。


「はい、近道しようとしたのですがスマホに異常があって、そのスマホをみていると隕石がいきなり輝いて、その直後に停電がありました。街灯もすべて消えてしまったので真っ暗で身動きできなくなっていたんです」


「しばらく公園にいたようですが」


「あれは火球が強く光った直後の完全な暗闇で、残像が目に残っていたのとスマホの調子が戻っていたかを調べていたからです。そうしたら注文のキャンセルが入ったもので、その日は時間も遅かったので仕事はもう受けないことにして帰りました」


「宇宙船には気付かなかったと」


「はい、火球のことより停電の事が気になっていました。自転車のライトも消えたからです。スイッチを切っていなかったし、スマホの電源が落ちた理由も分からなかったですから。空に注意ははらわなかったですね。

それに自転車で走りながら空をみるなんて事は普通しないでしょう。よそ見運転で危ないですから。宇宙船に気がついたのは帰ってからです」


「この…、停電と通信障害ですが、なにか心当たりはありませんか。……スマホの操作を誤ってしまって異常が発生したとか──」


「──ハア、ちょっと待ってください。どこをどうすればそんなことができるんですか。スマホの操作を間違って、通信障害なんて起こそうとしても起こせないでしょう。全世界で同時に起こった通信障害など誰も原因が分からないのに──」


「…………」


 呆気にとられたタルトが話すと、警官たちも困ったような顔をした。

 ばつが悪いというか、どう話せば良いのか戸惑っているようにもみえた。

 取り調べを受けるような事ではなかったので、憤慨した表情が顔に出ていたのだろう。


 当たり前だが、気まずい雰囲気になっていった。

 こうした会話のくり返しがしばらく続いた。

 宇宙船やら、その前に発生した停電と通信障害に話しは絞られていった。


 海外への渡航歴がないことを確認させられて、外国籍の友人や知り合いがいないかどうかまで質問された。


 それがどうしたと言いかけて、タルトはグッと堪えていた。


 直接的ではないが、宇宙船の事について、何かを聞き出そうとしていることがわかった。

 恫喝的な言葉こそなかったものの、タルトと宇宙船との関係を疑っているのが分かってきた。


 宇宙船の事など世界中の誰にも分からないのに、どうして取り調べして分かるというのか。

 自分を異星人の仲間か、通信障害などの犯人にするつもりなのかと、怒りがわいてきた。 もともと警察官という人種を良く思っていなかった。


 人を見た目だけで判断する──見かけだけでしか判断しない人種だったからだ。

 先入観の塊のような人種だ。

 冤罪事件は氷山の一角だと納得できる。


 そのとき、ドアが開いて上司らしい警官と警察関係者ではないひとりの人物が入ってきた。

 タルトが警官たちに質問を受けてから、一時間近く経過していた。


 なにやら警察官同士がすこし話し合って、タルトを見知らぬ人物に預けて警官たちは部屋を出て行った。


 歳は40歳の半ば位だろうか──男性。溌剌とした印象がある。

 その場の空気に似合わない人物だった。

 仕立ての良いワイシャツに、ラフな感じのジャケットを着ていた。

 アメリカのドラマに出てくる、活動的で有能な青年ビジネスマンといった印象。


 ノートパソコンを小脇に抱えている。

 名刺を差し出されて受け取ると、政府の関係者であるようだった。

 名前は『有川誠』と印刷されていた。


「内閣調査室というか、JAXAのロケット開発なんかの調整役のそのまた下働きみたいものだよ。すこし犯人扱いを受けたようで申し訳ない。あの時間のことをただききたいだけだと説明してあったんだけど、政府が動いているからとかってに犯人捜しのようなことをしたらしい。

それでタルトくんのことも調べたらしいんだよ。指示してなんかしていなかったのに。もちろん他にも調査している人間がいるが、同じような対応だったようだ。彼らは誰でも犯人にしたがる人種だからね、困ったもんだよね、まったく……」


 他にも、当日近くを走っていたタクシーの運転手なども、同じく記録から調べられて調査されていると話してくれた。

 近くのマンショに住む住人たちも、簡単ではあるが、身辺調査もされていたと話す。


「本人に間違いないか確認していたらしい。別人がなりすましているとか、数年前の記録から過去のことは分からなくなっていないかとか、そういうスパイもどきのことを期待していたのかも知れない」


「えっ、では映画にあるような展開で異星人が入れ替わっていたとか、そういう疑いを持っているんですか」


「いや、異星人ではなく国外の人間なのかも知れないと疑っているようだ。彼らにすれば巨大宇宙船は、太陽系外からきたものではなく、どこかの国が秘密裏に作ったもの──と考えたいようだよ……」


「そんなバカな。そんな高度なテクノロジーがあれば、軌道エレベーターなんかすぐに作れてしまうじゃないですか。それがどうして日本の静止軌道上に現れるんです」


「これが日本の中枢の中身だよ。あくまでも先入観と固定観念でしかものごとを計れないし、考えない人々だ。そこにだれも想像したことのない宇宙船が現れて、混乱しきった政府の中枢はなんとかして太陽系外からの訪問者ではないと、思い込みたい、……のかも、知れない……」


「そんな、うそでしょォ……」


「私も、何度も同じように苦言を呈して、きた。…だけれども、ね……」


「馬鹿げていますよ。不可能にきまっている。だいたいがあんな巨大な宇宙船を作るのに、何十年いや、何百年かかると思っているんです。物資を運ぶにしたってロケットで運ばなければならいし、人員だって。それこそ全世界が協力しても百年ではすまない超がつくような一大プロジェクトですよ。張りぼてで作っても無理がありすぎる。それにいままで気付かなかったなんて、バカすぎる──」


「まったくそのとおりだ! 思考停止というやつだろうね」


 鮎川は政府の動きにまったく納得していないようすだった。

 時々、頭を左右に、わずかに振っている。


「…なにか…このままでは、宇宙船を呼んだのも僕の仕業だと捏造されそうですね。例えばどこかの国のスパイで、あの宇宙船とコンタクトしていたとか」


「あるかも、ね。……本当に、なにを考えているんだか……? いまは私の力でスパイ

探しはやめさせている」



 不愉快な気分にさせてしまって申し訳ないと頭を下げられて、わかれば良いんですと返すしかなかった。

 沸騰しかけた怒りが、急速におさまっていった。


 有川は自分からよく話をする人物だった。

 なんとなく自由人という言葉がしっくりくるタイプ。

 官僚的な人物ではなかった。


 宇宙船の出現にどう対処して良いか分からない政府は、急遽、国会対策室に宇宙船対策の部署を作った。もともと宇宙船にたいする対応など考えたこともないし、そんな部署も存在しない。


 UFOなどはオカルト話の範疇で、政府機関が対応するべき種類のものではない。

 どの省庁が担当するかなどの話すらでたことがないと話した。



「正直、政府の役人たちは、宇宙船を自分の目で見てもどこかの国が作ったものか、誰かの悪戯ではないかとまで疑っていたんだよ。彼らにとっては、宇宙船や異星人は存在しないものらしい。たとえ目の前に現れてもね。だから自分たちの常識と知識の及ぶ範囲のなかの、スパイだとか、どこかの国が作ったものとか、そういうありきたりな固定観念に固執するし、処理したがるんだ。なにがなんでも、目の前の現実を認めようとしない。自分たちの知らない真実を、頑なに拒絶する」


 だからとても迷惑している──。


 宇宙船を侵略者としてとらえた場合、上空侵犯として自衛隊の管轄なのか、それとも異星人の存在によって国民の不安を煽ることになる。

 だから治安維持を目的とした警察の対応が求められるのか。


 宇宙船からのファーストコンタクトがあった場合、外交問題として外務省が対応にあたるのか、そうした諸々がいまだに決まっていないと話していた。


 どの省庁も対応したくないのが本音だという。


 一応、上空100kmまでが地球圏、つまり領空になるので巨大宇宙船は領空侵犯していないとか、そういうどうでも良い話しばかりを各省庁がぶつけ合っていると教えてくれた。


 つまり何も決まっていない。ただ騒いでいるだけだった。


「とにかく前例がないんだそうだッ。そんなのある訳ないのにねェ……」


「こんな時に前例主義ですか……?」


「官僚というものは新しい事をしたがらないものなんだよ。とくに日本はね。映画で描かれていたような、人類と異星文明との胸躍るファーストコンタクトなんて、夢物語だよ。現実とはこういうものなんだろうね……。

私も、とても失望している……。宇宙船がもしファーストコンタクト目的で現れたとしたら、一番、不向きな国の上空へ現れたのかも知れないな…」


 宇宙船が他の国の上空へ移動するかも知れないし、他にも宇宙船がやってくるかも知れない。

 そもそも政治的な対応が必要かどうかも分からない。


 だがこのまま放置もできないしで、天文学者や国立天文台職員、JAXAや航空自衛隊など、宇宙開発やロケットの研究者まであつめられて、寄せ集めの対策室が正式に発足したのだと話した。


「ハア、ァ……?」


「官邸も困っているんだ。宇宙船に動きはないし、マスコミだけではなく各国の政府からも問い合わせがひっきりなしでね。おかげでロケットに詳しいだろうから、宇宙船にもくわしいだろうと私が調整役に連れてこられたってわけだ。

宇宙船はどこからきたんだ。どうして日本の上空にだけ現れたんだ。目的は何だとうるさく言われてもわかるわけがない。そんなこと知るわけないじゃないかと言い返したいんだけど、仕事なので調査中ですとしか言えないんだよ。正直、困り果てていたことろだ……」


 有川は身振り手振りを交えて説明してくれた。

 タルトは妙に共感してしまった。


「………」


「アメリカ政府ないでは、自分たちにファーストコンタクトさせて欲しいと手を上げる人物が沢山いるらしいんだけど、日本ではまったく逆でね。とにかく責任逃れすることが、自分の仕事だと言いたいものばかりだから困ったものだ。JAXAや民間からは、ファーストコンタクトにたずさわりたいという人材がいるというのに、政府ないにはいないときている。それで自分のような曖昧な位置にいる人間にお呼びがかかったわけだ」


「なる、ほど……」


「そのくせ、責任だけは我々だけに押しつけてくる。責任逃れのためだけに連れてこられたといっても良いくらいだよ。宇宙船の事でと期待していたのに。こんなことなら、強く断っていれば良かったと後悔しているよ」


 しばらく、有川の愚痴と政府の混乱ぐあいを聞くことになった。

 話は面白く興味深かった。共感できるところが多々あった。


 政府との調整役に関しては、閑職のような仕事なのに、こんなに忙しくなるとは予想もしていなかったといった。


 いまは内閣調査室に出向のようなかたちで移動しているらしい。

 永田町にも殆どいったことがないのに、いまや日参する羽目に陥っているといった。


「上の人間達は予算を組んでやれば、ロットが飛びたつと本気で思っているからたちが悪い。技術の事なんてなにも分からない素人のくせにね。現場の人間の情熱と創意工夫がどれだけ大事かなんて、一度も考えたことのない連中だ。

そもそも宇宙開発は、世界と比べてすでに周回遅れに突入しかけている。それなのにそうした理解すらない連中なんだ。あっ──悪い。話が脱線してしまって。でも、今回のこともおなじ事なんだよ。宇宙やロケットに詳しい人間を集めさえすれば、問題は解決できると本気で思っている」


「相手がどんな生物で、どんな文明かも分からないのにですか」


「それをなんども指摘しているけど、高度なテクノロジーをもっているから、人間とたいしてかわらない生き物だろうと決めつけている。彼らのやることはまず先入観から始まって、身勝手な決めつけで終わるんだよ。それで隕石を近くで見た人間が、なにか知っているだろうとこれもかってに決めつけている。そこで今回みたいな事になってしまった……」


 役人のように見えないと話すと、別に政府関係の仕事をしたかったわけではないと話す。


 アメリカの大学へ留学していたとも話してくれた。

 そのとき、宇宙開発みたいな夢のある仕事がしたくなったんだと話した。


「私もロケット開発に携わっているから、異星人とのファーストコンタクトを考えたことはあるけどね、こんな展開になるなんて想像していなかった。星々の世界と違って、地上の出来事は本当にくだらなくて、落胆することばかりだよ……」


「たしかに、…映画のようなわくわくするようなファーストコンタクトでは、ないですね…」


 話を聞くと、例の隕石はあの公園あたりに落下するコースだったらしいことがわかった。

 かなりの被害をだしてもおかしくない大きさだったはずが、何の痕跡も残っていなかったそうだ。


 そこにあの時間、タルトがいたので重要な参考人として浮かび上がった。

 もちろん近くにいた人間も同じように調査されている。

 だが皆同じ答えで、なにも分からない。

 


「個人的な事も少し調べさせてもらったんだけど、タルトくんは小説を書いたりしてるんだよね、たしか──。……夢のある仕事だと、思うけどな……」


「やめてくださいよ、作家と言ってもインディーズですよ。それも仕方なく書いたアダルト作品しか売れてくれない。それでも執筆で生活できないからデリバリーのアルバイトをしてるのに」


「悪いね。とにかくなにか情報を上げないとうるさいんだよ。だから少しでも今回のことに関係がありそうな人物をしらみつぶしに調べている。上の人間はどうやら、SF映画なんかによくある地球にはすでに異星人が侵入し潜んでいるというストーリーを、今度は、スパイと同じように信じ始めているのかも知れない」


「本当ですか。スパイの次は異星人ですか?」


「国外のスパイと異星人の二つの可能性を疑っていたようだ」


「失礼ですが、バカなんじゃないですか──」


「まったくだ。…そのとおりだよ。私はとにかく、このピント外れの調査を終わらせたい

と考えているんだ」


 有川は、こうした政府の迷走といって良いような捜査を終わらせようとしている。

 地球のどこかの国が作った宇宙船などあり得ないし、宇宙からの来訪者がすでに地球にいるなんてことも考えられない。


 だが宇宙船が自分を迎えにきたと話す人間の多いこと、当たり前だが宇宙船はなんの反応も見せなかったし、証言する人間がいう内容もバラバラで違っていた。


 宇宙船は世界中にいるこれら証言者たちを迎え入れてもいなかったし、関心すら示さず軌道上にとどまっているだけだ。


 こうした証言などをいちいち取り上げていては収拾がつかない。

 有川が自ら有力情報と指定されている調査対象とあって、一つ一つ訂正して潰していると語った。



「タルトくんは宇宙船の物語を書いていたよね。Webで発信している作品。それがいまの宇宙船の状況ににているからという理由なんだ。あの時間に公園にいたというのもあって、最有力だったよ」


 一瞬、何のことだと考えた。

 思い当たることがひとつだけ、あった。


「あっ──あれが……?」


「そうなんだ」


「でもあれは、異星人は出てきませんよ。数隻の宇宙船の存在を発見した人類が大騒ぎするのをよそに、地球の近くを横切って、太陽系から去っていくと言うだけの短編ストーリーだから。言わば、アーサー・C・クラークの宇宙のランデヴーの現代版です」


「それが今回のことを予言しているんじゃないかって言うんだよ」


「そんな無茶な──。SF映画だって、近い作品がありますよ。小説に至っては同じアーサー・C・クラークの『幼年期の終』だって、もっと近いでしょう。オーバーロードはすぐに姿を現しませからね」


「たぶん、官邸の人間はSF小説を読まないのかも、しれないな」


「それに、あれは学生時代にSF研究会にほんの少しだけ在籍していた時の反発から書いた作品なんです。だいたいがSF研究会といったって、オカルトにちょっとけがはえた程度で、実体はアニメ研究会、それもコスプレ研究会みたいものなんです。そんな奴らに何が分かるんだと思いましたから」


「今時の、学生だねぇ…」


「そうなんですよ。それにすでに異星人はアメリカ政府と接触しているとか、古代の遺跡は宇宙船への目印だったとか、何でもかんでもUFOと関連づける。巨石遺跡は古代人には作れないとか、古代の技術を舐めすぎなんです」


「確かにね──ポンペイの遺跡なんか上下水道があるし、外科技術まであるからね。古代ローマ遺跡のセメント技術はいまよりも優れているくらいだから」


「そうなんです。それを指摘するとうるさがられるんです。ロボットアニメと美少女アニメしか知らない部員ばかりで、ブレートランナーの原作であるフリップ・K・ディックの作品も読んだことがない。

ハードSFなんかも殆ど知らなくて、そんな奴らが異星文明云々なんてそもそも言えるはずがないんです。昔からの、オカルトの定番の意見ばかりを信じ切っていましたから」


「なんとなく分かる気がする。アメリカでは一種のUFO信者のカルト教団があるくらいだからね。異星人がいるかどうかも確認できていないのに頑なにいると信じ込んでいる。神がいるかどうかみたいに……」


「そうですよ。そもそもこうして地球に生物がいるんだから、他の天体に生物がいてもおかしくない。ただその生物が進化して宇宙を旅するかどうかも分からないし、宇宙は広すぎて、出合えるかどうかも分からないと、ずっと思っているんです」


「フェルミのパラドックスだね」


「そうです。だからいままでの定番の物語と違う、ファーストコンタクトの物語を作りたかったんです、昔のSF映画にあった頭上の脅威のような」


 頭上の脅威とは1965年のSF映画で、フランス海軍の航空母艦「クレマンソー」を舞台にした作品。

 評判が良くない作品だが好きな作品だと話していた。


 巨大なUFOから小型の着陸船らしきものがおりてくるが、それをミサイルで撃ち落とす。

 危険を感じた巨大な宇宙船は、地球から去って行くというストーリーだった。


「読ませてもらったけど、確かにねぇ……」


「UFOを信じている人達は大勢いますけど、殆どすべてがこのタイプです。他の意見を聞かないし拒絶します。それは違うといいたかっただけなんですが、まさかそれがこんなところで引っかかってくるなんて…」


 困ったもんだよねぇ──と、有川は同意してくれた。

 近いような経験をしたことがあるのかも知れない。


 今回の宇宙船出現にちかい物語を描いたアニメや映画、漫画なんかの作者にも話を聞いているといった。

 だがもちろん分からない。その中でも一番近い設定がタルトの作品だった。


「さっき話したアーサー・C・クラークが、まだ生きているとしたら、あの宇宙船のことをどう話すでしょうか」


「イギリスの有名なSF作家だったよね。確か、軌道エレベーターの発案者でもあったし、映画2001年宇宙の旅の原作者でもある……」


「そうです。アーサー・C・クラークはとても有名なSF作家ですが、同時にテクノロジー万能主義者のようなところがあって、楽天的な思想の持ち主でもあります。科学がすべてを解決してくれるというような。だから異星人との接触も悪い方には考えない。

たいしてスティーブン・ホーキング博士は異星人との接触には懐疑的でした。異なった文明の接触は不幸を招くと考えています。AIの進化も同じく懐疑的です。僕はいままでの地球上での異文化接触は、侵略やらの不幸しかもたらさなかったことから、ホーキング博士の意見に賛成です。


ホーキング博士は科学者であるせいか、現実的にファーストコンタクトを考えています。たいしてアーサー・C・クラークは作家なので、夢と希望ばかりを膨らませて異星人との出会いを考えています。

もし、ホーキング博士がまだ生きていたらあの宇宙船の存在をどう考えるだろうかと。………そして、もうひとつ。ホーキング博士は宇宙船がやってくるとなると、まさにそれと分かる形で現れるだろうと話していたそうです。あの宇宙船のように、ね──」


「……そうだ、ね……」


 有川は真剣な面持ちで話を聞いている。


「今回の巨大宇宙船出現はアーサー・C・クラークの『幼年期の終』と静止軌道にいることから『楽園の泉』を足したようになっていますが、クラークが生きていたらどう言うかをずっと考えていました。

オーバーロードのような異星人がやってきて、地球はあの宇宙船によってユートピアへと発展を遂げるというのでしょうか。日本上空にだけ現れるのは、いがいだというかも知れませんが」


「……確かに、どうして日本上空に、それも一機だけ現れたんだろう……」


「日本はどちらかというと、ジョージ・オーウェルの1984が描くディストピアへ向かっているような国家であり、国民性です。すでに発展途上国よりも円の競争力が落ちているし、先進国から脱落しかけています。

ですが、いまだに経済大国だという幻想にしがみついている。国連人権理事会から日本政府が生活保護費の引き下げから起こる影響について、警笛を鳴らされたのにも関わらず、政府は国連へ抗議しています。国連で貧困国だと認定されているようなものですよ。ですがその自覚が全くない。


テクノロジーも含めて色々なものが他の国に抜かれていても、日本は凄い国だという思い込みを皆で共有して、すがりついています。自らを理想化ばかりしていて、現実を顧みようとしません。

マスコミも世間もありのままの現実を頑なに拒絶するばかりです。まるで精神的な鎖国状態に陥っているような感じです。反対意見をいうと皆で潰しにくる。そんな国に、オーバーロードのような異星人が何を求めているのかとも考えてしまいました。奴隷を作るつもりなのかとも……」


「なるほど、人類というか、日本人を奴隷化しようとしているとか……?」


「まあ、突拍子もない発想ですが、政府が近いことをやっていますからね。参考にしているのかなと、小説ネタで考えたりもしました。日本人を奴隷化して、世界侵略を企てるとか、アニメになりそうだなと……」


「だが、違っていたと…」


「はい、今のところは…。彼らは異文化接触に興味があるのではなく、たんに日本列島という場所に興味を示しているだけなのかも知れない。または、宇宙船の故障かなにか、移動できない理由があるのかも知れない。人類側がファーストコンタクトにこだわりすぎているだけなのかも知れません」


 なるほどねぇ──と、有川は興味深げに意見を聞いていた。

 ふんふんと頷きながら、真剣な表情で聞いている。

 もっと意見がないのかと、催促してくるほどだった。


「こんなことを私の立場で言うのもへんだが、いままで面談したどの情報提供者ともタルトくんの意見が違っていてとても興味深い。参考になっている。たいていが、昔にみたUFOはこの巨大宇宙船の先触れだったのではないかとか、へんな無言電話が続いていてあの宇宙船と関係があるとか、どこからきた宇宙船なのかと聞く人間も多い。なかには自分を迎えにきた宇宙船だと主張する人間も少なくないね。まともに取り合えないレベルだよ。だがここまで突っ込んで宇宙船の事を話せたのは初めだ。専門家も含めてね」


 有川も他の外部協力者の意見をタルト伝えて、密度の濃い意見交換を行った。


 当然のことだが、結論が出るはずもなく、なにも分からないままだった。

 いままでの経過をもう一度詳しく説明して、それを録音してこの日の聞き取り調査は終了した。


 翌日は、身体的な異常がないか医学的検査が徹底的に行われて一日が過ぎていった。





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