第4話一ヶ月

 

 一月経っても、タルトの生活に変化はなかった。

 宇宙船にかわった動きがなかったからだ。

 巨大宇宙船を初めて見たときから、時間が経っていない感じがしている。


 初めは会社を休むとか、田舎に避難するとかしていた人たちも元の生活に復帰していた。

 むしろ積極的に宇宙船観測を始める人が多くなっていた。


 政府の広報から、市民に冷静な対応を呼びかける広報活動が繰り返されている。

 実際に宇宙船はただ空の一点にとどまっているだけで、市民生活に支障を与えるような動きはなにもしていなかったのだから。


 いつの間にか侵略異星人ではないかという危機感はなくなってしまっていた。



 テレビやラジオ、インターネットなどでは宇宙船に関するレポートや討論会などが繰り返されていた。

 タルトも積極的に、これらの情報に目と耳を向けていた。


 いまもテレビでの特別番組を見ていた。


『──それでは、過去に行われた異星人探査の電波信号を受けてやってきたという可能性があるのですね。

──確かにその可能性は高いです。……で、なければ宇宙船は地球を周回して地上の様子をスキャンしているだろうと考えられます。それによって地球の詳細な情報をえているはずですから。例えば精密な地図を作るようにです。

過去の宇宙船探査の呼びかけでは、地球に関するデーターも一緒に送っていた場合もありますから、ある程度の情報を得ていると考えられます。

そうだとしたら、どうして日本の上空にとどまり続けているかが分かりません。ですから後続の宇宙船を待っているのかもしれないと考えていたのですが、なにかべつの理由があるのかも知れない。日本だけに起こった停電となにか関係があるのかも──……』



「ここに来てやっとか……」


 人間側の対応だけがかわってきていた。


 巨大宇宙船に動きがないことから、他の問題が考えられるようになってきた。

 宇宙船の出現という信じられない出来事から完全に忘れられていたが、異常な動きをしていた隕石の存在や、全世界に起こった通信障害と、日本だけに発生した停電の問題に注目が移ってきた。


 立て続けにおこった異常現象、通信障害の直後に日本中が停電した。

 それも電気の供給が止まったという訳ではなく、謎の干渉があったかのように自転車や車のライトさえ消えてしまったのだ。


 通信障害は全世界的な規模だったが、停電は日本にだけに発生した異常現象だ。

 停電が回復するとすでに宇宙船が上空にいた。移動してきた痕跡すらなく。

 宇宙船と関係すると考えるのは当然の成り行きだった。


 通信障害のことから、世界は宇宙船へは電波による呼びかけが有効ではないかと考えていた。


 通信障害といっても、たんにネットに繋がらないとかではなく、タルトのスマホと同じように通信機器がでたらめな動きを示したからだ。


 公衆電話さえ影響を受けて、呼び出し音が鳴っていた。

 これは宇宙船から、何らかの干渉があって起こった現象ではないかと考えられて

いる。


 他にも放射線などを発していないか調査されたが、宇宙船は放射線どころか電磁波

や僅かな光さえも発していない。

 アニメや映画で描かれていたような光学迷彩のようなシステムで船体を隠すとかもなく、ちゃんと肉眼でも見えている。


 レーダーにも映っていたし、自らの姿を隠すようなことはなにもしていない。


 なにかの粒子を発していたかも知れないが、それがもしあれば未知のものだろうということだった。



 タルトは隕石を近くで見ていたのもあって、初めから宇宙船との関係を疑っていた。

 記録に残るような巨大隕石の落下、それが異常な動きをしていた。


 真昼のような明かりを放った巨大火球がどこにも落下しなかったなんて、考えられないからだ。

 なんの被害も、痕跡すらないのはあまりにも不自然すぎる。

 やっとこの事実に気がついたのだ。 


 政府にこの事実を指摘していた天文関係者などは沢山いたが、宇宙船出現で右往左往していた政府関係者に完全に無視されていた。

 遅すぎる対応だったが、それは日本政府のいつものことで、巨大な宇宙船出現という信じられない出来事でもかわらなかった。


 ファーストコンタクトに発展してもなを、これはかわらないだろうとタルトは確信している。


 ファーストコンタクトが侵略行為であったとしたら、政府は調査して特別予算を組んでから対応しますと答弁するのだろうかと考えた。

 これでは、侵略が終わって征服されてから動き出すのに等しい。


「怪獣が出てきても、同じ対応をするんだろうなぁ……」



 急に、周辺地域が騒がしくなった。


 デリバリーのために横切ろうとしたあの公園も、規制線を示す黄色いテープが張られ、物々しい科学チームによって徹底的に調査されていた。

 防護服をきてガイガーカウンターまで使っている。

 SF映画によくある光景だった。だがなにも見つけられなかった。

 

 木々にも地面にも何の変化もみられなかった。

 河の中まで調査されたがこれもまたなにも見つけられない。

 そもそも何を探せば良いかも分からないのに、一月も経っていたら僅かな異常ならなくなってしまうだろう。


 隕石の目撃情報の提供だけではなく、聞き込み調査も始まっていて、SNSなどでも広く情報を求めていると公表されていた。

 ビラ配りもされている。


 貴重な情報なら賞金もだすと発表されたし、隕石だけではなく通信障害や停電に関する情報も広く求められていた。


 タルトも買い物途中で、ビラを手渡されたことがあった。

 専門家たちはどちらの現象も解明できていなかった。


 隕石をみた人々の中で体調不良がある人間は申し出てほしいという呼びかけにこたえるものもあったが、異常は見つからなかった。

 すべてが宇宙船と関係があるという、不安要素から産み出された心因性もので、そうでないものは普通の風邪であったりとまったく関係ないものばかりだった。


 宇宙人をみたとか変な通信障害があったとかの報告は頻繁にあった。

 以前から異星人とテレパシーで交信していて、だから宇宙船はやってきたとかの報告も多くあった。


 通信障害時に携帯で会話したと言うものも多かった。

 宇宙船はプレアデス星団からやってきたと、具体的な名を告げるものもいた。

 だが多くは支離滅裂で、中には火星や金星といった太陽系ないの惑星からやってきたと言うものもいる。


 これは日本国内だけではなく、世界中から報告されている。


 いったいどうやったらこれだけ大量の目撃情報が出てくるのだろうかと言うくらい、妄想と呼べるような報告が広がり、増えていった。

 人種や国籍問わず、年齢も関係なく色々な話しがでっち上げられていった。


 乾燥しきった草原に、僅かの火種で炎が燃え広がるような速さだった。


 宇宙船はすでにインターネットも監視しているから、SNSなどで呼びかけようという動きが自然発生していた。

 異星人に向けての専用の掲示板まで作られる事態になっていた。

 それらの書き込みに応えるような返信があったという報告もあったが、すべて人為的なものばかりだった。


 SNSなどではひっきりなしで、誰もこの種の報告に注目しなくなってきた。

 それは世界中で起こっている現象で、取るに足らない妄想劇とかわらなかったし、報告例があまりにも膨大だったからだ。


 これにはマスコミも大いに関係していた。

 悪い意味で取材と称する燃料を補給して、話しをどんどん大きく広げて改悪していったからだ。


 妄想を大量生産させているのは報道関係者だといっても良いくらいだった。


 地球を救うためにやってきたという連絡があったり、宇宙船からの使者であるというただの一般人や学生たち。

 夜道で異星人を見たという人達の多いこと。


 それら多くの証言の矛盾を、誰も指摘しないし、おかしいとは思わないのかと、タルトは馬鹿馬鹿しくなっていた。



 やがて調査チームも、これらの報告者の相手をしなくなっていった。






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