第3話二週間



 二週間経過しても巨大宇宙船に変化はなかった。

 日本国内は宇宙船に対する警戒感を失ってはいなかったものの、普通の日常を取り戻していた。


 社会人は会社へ、学生たちは学校へといつもの日常生活をおくっている。

 ただ会社でも学校や家庭でも、上る話題は宇宙船の事ばかりだった。


 だがその宇宙船は、わずかな動きすらも見せていない。

 地上からできる調査はすべてされていたが、僅かな電子波もさえも発してないことが分かっただけだった。


 あらたに分かったことは、巨大宇宙船は自転していないということだけ。


 最初は、スペースコロニーのように回転して人工の重力を発生させているのではないかと言われていた。

 自転そのものをしていないことから、重力そのものを何らかの方法で発生させてコントロールしているのだろうと発表されている。


 宇宙船には窓のようなものやエアロックのような、出入り口らしい扉のようなものもなかった。


 他の宇宙船を待っているから動きがないとか、全長が50キロをこえる巨大宇宙船なだけに移民船だとか、小型宇宙船のマザーシップであるとか、以前からある色々な説と、それとは少し違ったあらたな憶測が世界中を駆け巡り、意見同士がぶつかりあい紛糾していた。


 かわった意見の中には、巨大な宇宙船は無人機なのではないかという意見まで現れた。

 タルトもそれもあるかも知れないと、思っていた。


 または宇宙船に何らかの故障があって、動けないのかも知れないと。


 これだけ巨大な宇宙船ならばいくら静止軌道のような高い高度にとどまっていてもスペースディブリとの衝突もあるのではないかとタルトは考えていたが、静止衛星が回っている軌道よりも、すこし高い高度にとどまっているとの発表があった。


 つまり宇宙船は地球の引力に引かれて地球を回っているわけではなく、自力で移動していることになる。

 高度が低ければ時間をかけて地球に落下する軌道をとり、高ければ地球から離れて行く軌道になる。


 だが宇宙船はどれにも当てはまってはなかった。

 巨大な宇宙船は、地球の重力に影響されないで自力で動いていることになる。


 ロケットのような噴射口なども見当たらなかった。


 どうやって航行しているかなど、そのメカニズムについてもすべて分からなかった。

 憶測すらできない謎の塊のようなものだ。

 地球の軌道へとどまるまで、発見することもできなかったのだから。



『──えーっ、いまだ宇宙船に動きはありません。世界中が注目し続けていますが、彼らは何者でどこから来たのか。何の目的で地球にやってきたのか、その理由も目的もなにも分からないままです』


 おなじようなセリフを、タルトはノートPCのキーを叩きながら、時には食事をしながら毎日きいていた。

 アナウンサーによって、若干の違いがあることに気がつくほど毎日おなじ言葉が繰り返され、放送されている。


 テレビの報道だけではなくマスメディアのすべてが毎日、同じセリフを繰り返している。

 熱狂ぶりはおさまっていなかったが、宇宙船に動きがない以上、何もできないままだった。


 ロケット開発の関係者や、天文台や天文学者など、それらしい専門の人々がテレビに集められて色々な話が飛び交っていた。

 どのテレビ番組でも同じようなものだった。

 ラジオ番組やネット番組でも皆同じだった。

 とくにSF作家たちが頻繁にテレビメディアでコメントしていた。


 各国とも軍事的な警戒とともに、何らかのコンタクトがあるのではないかとの準備が続けてなされている。


 友好的なのか好戦的なのか、意思疎通が可能な生物なのか文明なのか。

 なにも分からないまま時間が無駄に過ぎていった。

 アメリカ合衆国は、小型宇宙船の着陸場所まで確保していたのになんの動きもなかった。


 ここに来てやっと、国連が動き出したが各国ともに、まったく歩調が揃わなかった。

 各国の思惑が強く影響して、入り乱れていたからだ。


 どの国家が、または誰が、地球代表として表立って交渉するのか。

 威信と利益が入り交じった駆け引きが邪魔して歩調がそろわない。

 武力衝突となった場合はどの国家が矢面に立つのか、なども関係していた。


 世界が一つになって、この事態に対処する必要があるのに、一つにまとまろうとする動きすら皆無だった。


 最初は他の国の上空にも宇宙船が現れるかも知れない──と、考えられていた。

 または巨大宇宙船がどこかべつの軌道上へ、移動するかも知れないと。

 地球を周回して地上を調査するのではないかとも言われていた。


 地球から打ち上げられた探査衛星も、目的の惑星の軌道を回り映像やらの詳細な情報を集めるのが当たり前だったからだ。

 それ以外の方法が存在しない。

 だがまったく地上を調べる様子すら窺えない。


 もし日本上空にだけ宇宙船が現れたとしたらという意見が、日を追うごとに強くなっていった。


 宇宙船への接触方法は、出現直後から各国それぞれがやっているので今更国連に動きがあっても何も決まらない。

 国連は最も機能しない国際団体となってしまっていた。


 SF映画のように、国際社会が一つになって、異星人の出現に相対するという展開は、所詮フィクションであることを全世界に向けて証明していた。


 電波通信による呼びかけはすでに始まっていたが、宇宙船からは呼びかけに応答するようなことも、何らかの反応を示すような動きもなかった。

 電波そのものも発信されていなかったので、電波で呼びかけても無駄かもしれない。


 タルトはそう考え始めていた。

 とりとめもない考えが絶えず脳裏に浮かんでは消えて行ったが、動きのない宇宙船はタルトに想像の糸口すらも与えてくれなかった。


 果たして巨大な宇宙船に乗組員はいるのか。

 どんな生物が乗り込んでいるのか。

 巨大な宇宙を建造して宇宙を旅する文明とは、どういった文明なのか。


 考えれば考えるほど謎が多すぎ。

 想像することも難しくなってきていた。

 作家としての想像力を動員しても、まるで歯が立たなかった。



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