第2話七日目



 ──ゴ、ゴッ、クン、ン……。


 タルトは、残っていた缶コーヒーを飲み干した。

 この一週間というもの、ノートパソコンのキーを叩き続ける日々を送っている。


 政府が発した緊急事態宣言は二日で解除された。

 宇宙船から何の働きかけも、動きもなかったからだ。


 巨大宇宙船に変化はなかったが、世界は巨大宇宙船のことで蜂の巣を突っついた以上の大騒ぎとなっていた。

 それらの出来事を記録として、できるだけ詳細かつ正確に残しておこうとしている。


 インディーズではあるが小説を書いていたのもあった。

 そのための記録としても残しておきたい。

 絵空事だった異星文明とのファーストコンタクトが始まるかも知れないからだ。


 もし仮に、異星文明からの侵略行為だった場合、一つの記録として残したいというのもあった。

 あくまでも生き残れればの、話しではあるが……。


 映画と違って、地球の科学技術では反撃することすらままならないと思われた。


 だが世界はそんなタルトの危機感とは無関係に、沸き返っている。

 異星文明とのファーストコントに狂喜乱舞していた。


 テレビもずっとつけっぱなしにしていた。

 宇宙船に関する情報を流し放しにして生活している。


「…もっとも、この先なにがおこるか、分からない……」


 独り言が多くなった気がする。

 宇宙船に関する諸々の考えを、一人でつぶやきながらまとめることが多くなった。


 この一週間は、世界の視線を日本にだけ集める事態になっている。

 巨大な宇宙船が日本列島の上空にだけ現れたからだ。


 あらたな宇宙船が現れるのではないかと、どこの国の人々も宇宙空間に関心を向けた。

 または巨大宇宙船から、小型の宇宙船が地上へと降りてくるのではないかと。


 何らかの接触が宇宙船からあるのではないかと予想されていたが、それらの接近遭遇と呼べるものはなにも起こらなかった。

 宇宙船は相変わらず沈黙を守り、何の動きも見せていない。


 電波や光による僅かな信号さえも巨大宇宙船は発していなかった。


 先進国の殆どは空の警戒のために空軍機を哨戒させていた。

 何らかの動きがあるものとして、世界中の軍事関係者は厳戒態勢に入っている。

 米国宇宙軍などは異星文明の脅威に対して、初めての実働となった。


 いままでの戦争とはまったく異質の、期待と不安が入り交じった不思議な緊張感が全世界を駆け巡っている。


 映画やドラマでは、人類は幾度も異星人と戦ってきた。

 それが現実になるかも知れない。

 日本に、もし仮に怪獣が現れたというのに等しいことだった。


 映画のように無数の小型機と、自衛隊や米軍の戦闘機との空中戦が始まるのか。

 それとも地上に降り立ったこれも無数の機動兵器と、陸自の戦車や装甲車の砲撃戦となるのか。


 それとも見たこともない異星人が、巨大宇宙船から地上へ降り立って我々に何かを語りかけるのか。


 いまはまだなにも起こっていないし、わからない。



 アメリカはUFOにたいする関心がもともと高かったこともあって、民間団体の動きはとくに激しかった。


 着陸場所を確保して、目印のマーキングをして受け入れる準備をする団体が複数あったし、アメリカ政府も来訪があるかも知れないとして空軍の演習場を飛行禁止にして接触する準備をすすめていた。


 同時に戦闘行為に発展する可能性もあるので、緊急事態宣言が発せられて全米軍が

臨戦体制に入っている。


 侵略してくると信じているものも大勢いて、シェルターに避難する人まで現れていた。


 対応は世界各国で少しずつ違っていたが、面白いのは南米だった。

 宇宙船来訪を歓迎してサンバのカーニバルが自然に発生していた。


 これは1980年代にもあって、UFOがやってくると予言されていた場所に人々が集まっていたが現れなかった。

 落胆するかというとそうではなくて、サンバカーニバルが始まったことがある。

 今度は本当にやってきたとよろこんでいるようだった。



「やはり……」


 タルトは巨大宇宙船の出現からいままでの流れを読み返すと、ポツリとつぶやいた。

 デリバリーの仕事はいったん休むことにした。仕事にならなかったからだ。


 宇宙船出現から数日は、会社を休む人間が大勢いた。

 何があるか分からない。宇宙船から攻撃があった場合、仕事どころではないからだ。


 米軍は宇宙軍をはじめ、観測船や早期警戒機を日本へと緊急派遣してきた。

 基本的に宇宙軍と言ってもロケットや迎撃ミサイルを持っている訳ではない。


 スペースディブリや弾道ミサイルなどの観測や警戒がおもな任務だが、外宇宙からの

来訪者という、SF映画のような展開に対応できるように組織されていない。

 それでも矢面に立たされる事になる。


 国内でも航空自衛隊に新設された宇宙作戦隊というものがあったが、これはアメリカと歩調を合わせるために新設された組織だ。

 任務も同じでスペースディブリや人工衛星、弾道ミサイルの監視がおもだった。


 政府は迎撃ミサイルパトリオットの準備をするかしないかで大きく意見が分かれていた。

 宇宙船を刺激してはいけいなという意見と、警戒しておく必要があるという意見に分かれている。


 それでも、自衛隊と警察は緊急出動があるかも知れないと臨戦態勢で待機することになった。

 宇宙船は他国が作ったものではないかという、問い合わせも同時に発していたらしい。


 もっとも、静止軌道まで届くミサイルなど世界中探しても開発されていない。

 長距離・中距離弾道ミサイルを軌道上の大気圏外で迎撃できる唯一の方法がRIM-161スタンダード・ミサイル3(SM-3)である。

 ニュースでもよく取り上げられてているイージスシステム、最大射程高度は500kmと国際宇宙ステーションなどがある衛星軌道上のミサイルは迎撃できる。


 だが静止軌道の高度は、3万6000km付近でとてもミサイルが届くような高度ではない。

 パトリオットミサイルの迎撃可能高度は20~30Km程度のため、もし使うことがあるとしたら巨大宇宙船から下りてくるかも知れない着陸艇のようなものにしか使用できないだろう。


 巨大宇宙船が侵略目的の宇宙船だったとしたら、地球側はなんら対抗する術を持たないことになる。

 それがわからないのでただ的外れな意見がぶつかり合うだけで、何もできないままだった。


(──何もしないのではなく、できないだけだ。どこの国も……。ミサイルが届く高度までおりてきても、あれだけ大きければ艦対艦ミサイルを直撃させてもむりだよな。映画とは違うんだから……)



 NASAなどの関係者がアメリカ政府から緊急派遣されてきた。

 巨大宇宙船の観測を始めている。


 米軍基地は本格的な宇宙船観測と対策基地としての準備に追われていた。

 同時に、危険があるかもしれないと基地内の軍属以外のものたちをアメリカへ緊急帰国させる避難活動も行っていた。


 ロシアと中国の空軍機、とくに電波観測機などはいままでとは桁違いの数が領空侵犯をおかしてやってきた。

 領空侵犯の多さから、自衛隊機だけではなく米軍機まで完全武装した状態でスクランブル発進するほどになっていた。


 原子力空母がさらに緊急で追加派遣されることになった。

 第七艦隊のロナルド・レーガンに加えて、ミニッツ、カールビンソンという原子力空母二隻が加わることになった。

 日本に原子力空母三隻が揃うことになる。


 結局、世界中が、宇宙船に対してなんら対応手段をもたなかったことが分かっただけだ。



 宇宙船出現時の衝撃から、民間航空機の離発着を一時的に停止していた空港もすでに運航を再開している。

 上空侵犯機の多さと自衛隊や米軍機の多さで、異常接近が多発していて、航空機同士の接触の危険度が増していた。


 宇宙船ではなく、地球の航空機同士の空中衝突の方が、起こる可能性が高くなってしまっている。



 民間団体も活発で、世界中のマスメディアが、日本へと押しかけてくることになった。

 桁違いの数だ。メデイアだけではない。

 宇宙船見たさの観光客もさらに数十倍の、これも桁違いの多さだった。


 CSETIという、地球外知的生命体探査を目的とする国際団体の先発隊がすぐにやってきた。

 ほかにも似たような団体や組織が、次々と日本へと宇宙船を観測するためにやってきた。 怒濤の勢いとはこういうものかもしれない。


 多くの人々が期待した、他の宇宙船はいぜんとして現れない。

 そのためいま現在観測できる日本へと、誰もが押しかけてくる。

 人類の狂騒とは無関係に、宇宙船にはなんの動きも見受けられなかった。

 静止軌道上にただとどまっているだけだ。


 数多くあるSF小説やSF映画にもこの展開はなかった。

 どの作品も異星人が現れたり、人類と接触したり、多くは紛争になっていた。


 アニメでは嫌になるほど人形ロボットと戦うことはあっても、地球、それも日本の静止軌道上にとどまったまま動こうとしない巨大宇宙船の物語りなど近い設定すらなかった。


 これがファーストコンタクトのリアルなのかと、妙に納得してしまう。



 ──昔からタルトは思っていた。


 どうして異星人が都合良くファーストコンタクトしたがると思うのかと。

 古代からなぜ、来訪していたと解釈するのだろうか。


 取るに足りない未開の原始的な文明に、宇宙を旅するような進んだ科学文明をもつ異星文明が交流を望むとは思えなかった。


 そこにはUFOを信じるものたちの願望があるだけで、リアルなファーストコンタクトを想像していないと感じていたからだ。


 大学生の頃、わずかな期間SF研究会に籍を置いていたことがあったが、ファーストコンタクトに懐疑的なタルトに部員は皆、猛反発していた。

 あの頃の部員たちは宇宙船をみて、どう思っているのだろうかと考えてしまう。


 タルトはいまでも懐疑的である。

 それは異星人がいるとかいないとかではなく、UFOを信じる人達の都合の良いシナリオに懐疑的だったからだ。


「……だいたい、田舎のおっさんに、異星人が接触してなんになるんだよ。初めから政府の人間と接触すれば良いじゃないか……」


 またも独り言……。

 最近はますます独り言が多くなってきている。


 昔観たテレビ番組で、宇宙人と遭遇したという牧場主の話を思い出していた。

 インタビューでは、宇宙人は地球のことに詳しく、いずれ沢山のUFOがやってくると語っていた。


 それを知らせるためにやってきたという。

 アメリカでの話だった。


 そんなに地球のことに詳しければ、ホワイトハウスに直接着陸すれば良いじゃないかと、テレビにむかって突っ込んでいたことを思い出していた。


 今度は、間違いなく本物の宇宙船だった。

 だが巨大宇宙船は、いままで語られてきた接近遭遇とはまったく違って、沈黙を守ったままだった。


 無数にある接近遭遇を経験したという人々は、いまどう考えているのだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る