拒絶されたファーストコンタクト

ハヤシ ユマ

第1話一日目


「よし──!」


 スマートフォンに注文を受けると連絡を入れる。


 笠屋タルトは、このデリバリーを今日の最後の仕事にしようと考えた。

 夜も遅い時間だったからか、他に注文を受ける者はいなかった。


 昼間などは注文を取り合うときがあるが、この時間だとデリバリーを頼む人も受ける店側も限られてくる。

 日銭稼ぎのデリバリーの仕事だが、ありがたくこなしていくしかない。


 いまの日本では仕事にありつくことすらままならなかったからだ。

 これが経済大国のいまの姿だが、なぜか世の中は現実を受け入れようしない。


 タルトはデリバリーしながらそう考えていた。

 このままの生活が続くのかと思うと気持ちもいささか暗くなってしまう。



 ……近道するか……。


 指定された店へは、近くの川沿いの公園を走れば時間を短縮できる。

 信号もないし指定された店は近い。

 デリバリーの仕事をしていると、抜け道やら裏道に詳しくなってくる。


 地図アプリをみながらではあったが、実際に自転車で走るのとは違ってくる。

 このルートも以前に使って便利なコースだとわかっていた。

 スマホには表示されない近道だった。


 抜け道のつもりがタルトのミニベロロードは途中で止まってしまった。

 突然スマホの電話の呼び出し音が鳴ったからだ。

 ミニベロロードを止めてスマホを手に取った。


 スマートフォンのディスプレイがおかしな動きを示している。

 通信障害というか、地図アプリが色々な場所を凄いスピードで表示しだした。


 文字なのか記号なのか分からない画像が次々と表示されて、ホワイトアウトしたようにフリーズした。


「な、な、なんだ。これ、どうし、た……!?」


 見たことも聞いたこともない現象に戸惑っていると、突然、あたりが明るくなった。

 街灯の明かりではない強い光が、頭上から突然降ってきた。


「えつ……!?」


 見上げた夜空は昼間のように明るかった。

 それは、流れ星と言うには大きすぎる巨大な火球──隕石が落ちてきている途中だった。


「なんだよ、あれ──」


 思わず声を漏らしても不思議ではない。

 巨大な火球が長く滞空しているように見えた。

 隕石が自ら制動をかけたかように、異常な動きをしている。


「──こ、こっちに落ちて、くる…?!」


 あまりの事にどう反応して良いか分からなかった。

 恐怖なのか焦りなのか分からない衝動で、全身が締め上げられるような感じがした。


「───!!」


 火球が突然、さらに輝いた。


 落雷がいくつも重なって、間近に落ちたような、轟音と輝きがあたりを支配する。

 空気がびりびりと震えていた。

 連続する爆発音のような音で、一瞬、耳が聞こえなくなった。


 耳鳴りがする──耳が一瞬聞こえなくなる。

 空の光が真昼ようにあたりを照らす。まぶしかった。


 そして突然──すべてがブラックアウトした──。


 公園の街灯や近くに見える高層マンションのあかりもすべて消えた。

 スマホもミニベロのライトさえも消えている。

 都市生活では絶対あり得ない、真の闇が訪れていた。


 タルトは火球の強い輝きと、直後の暗闇で短い間だが視力を奪われた。

 濃密な暗闇が自分の体を包み込んでいるようだった。

 手で触れることができるような暗闇に、突然、生き埋めにされた気がした。


(………!?)



 残像が残っていた。視力が回復するまですこし時間を要した。

 長い時間がかかったように感じたが、スマホの時間ではわずかなものだった。


 自転車のライトも、あたりの街灯の明かりや建物の明かりも、ともに元に戻っていた。



「隕石は、どこに落ちた、どうなった──!?」


 きょろきょろとあたりを見回していた。夜空にはもう火球はなかった。

 隕石がどこかに落ちたのかも知れないが、どこにもそれらしい様子はなかった。


 ただ、夜の街の気配が一気に騒がしいものに変化していった。


 車のクラクションが遠くからいくつも聞こえだした。

 火球の轟音で分からなかったが、ライトが消える前からなのかも知れない。

 遠くでパトカーのサイレンがきこえる。

 ザワザワと騒がしい気配が雑音とともに聞こえてきた。


「どうなったんだ、よ…」


 スマートフォンを手にとって調べてみると、何の異常もなく正常に作動した。

 街灯や近くの建物の明かりだけではなく、自転車のライトまで消えた理由が分からない。

 ありきたりの停電ではあり得ないことだった。


 とにかくどうなったのかとネットで調べようとしていたら、注文のキャンセル

が入ってきた。

 同時刻、日本中に通信障害と停電が発生していたらしいことが分かってきた。


 異常すぎる通信障害と停電のために、デリバリーのすべてがキャンセルとなっている。


「クソッ──なにがどうなったんだ……!?」


 タルトは仕方なく公園を抜けて帰ることにした。

 時間を確認すると、公園で20分近く立ち往生していたことになる。

 スマホなどの異常から、同じように立ち止まっていた人はかなりの数に上るだろう。


 公園から出て走っていると、車を路肩に止めて車内でスマートフォンを弄っていたり、歩道で立ち止まってスマホで誰かと話している人も多くいた。

スマホと夜空を交互にみている人間もいる。

 誰もが何かをしていて、普通ではなくなっていた。


 なにがあったのかと訝しげにアパートの前まで帰ってくると、夜空を見上げる人の数が夥しく増えていた。

 アパートの住人も部屋から出てきていた。

 皆、夜空を見上げて指をさしている。


「なんだ……」


 タルトは初め、隕石を見ていたのかも知れないと思っていたが、

 夜空を見上げている人間の数が多すぎる。

 皆の態度が騒がしいほどだった。

 じっとしていられないような、強い胸騒ぎが気持ちを乱していた。


「うそ、だろ、ォ……!?」


 あまりのことに言葉が出てこなかった。ミニベロに乗ったまま夜空を見上げた。

 長い時間、あんぐりと口を開けていた。

 口の中が渇いてきたことで分かった。

 意識が夜空に引きつけられている。


 満月のように明るくひかる巨大な宇宙船が、夜空にくっきりと浮かんでいたからだ。


 いわゆる円盤形ではなく、かといって葉巻形のようなものでもない。

 しいて言えばということになるがペンシル形。

 先端の、膨らんだ握りの部分だけを二つ連結させたような、短く太い。

 ずんぐりした形と言えば良いのだろうか。


 アニメに出てきた宇宙船にこんな形のものがあったとタルトは思い出した。

 たしか、古代火星文明のテクノロジーによって作られた宇宙船だった。

 『揚陸城』と名付けられていた。



 これが現実のことなのかと呆れてしまったほど、当たり前に浮かんでいる。

 とくべつな動きもなれば、発光信号のようなものも発していなかった。


 国際宇宙ステーションであるISSや人工衛星のように、太陽の光を受けてその

姿をくっきり現している。


 誰でもがそれと分かるほどに、大きく見えた。


──あれ飛行機じゃないよな……

UFOなのか──飛行船じゃないか──動かないぞ──

どこかの国の衛星なのか──……。


 夜空を見上げている誰もが口にしていた言葉だった。

 パトカーが赤色灯を回転させて、あたりを警戒するかのように走っていた。


 タルトは自転車に跨がったまま、しばらく夜空を見上げていた。

 ハッ!──と我に返ったようにミニベロを担いで一階の部屋に入っていった。


 玄関にミニベロを入れると、そのまま靴を脱ぎ捨てるようにして奥へと入り、テレビをつけた。



「でかすぎる。宇宙ステーションなんて大きさじゃない──」


『──ご覧ください。これはUFOか、未確認の宇宙船ではないかと予想されています。まだ詳しいことは分かっておりませんが、この宇宙船は日本上空の軌道上に制止しており、巨大なものであると発表されました。詳しくは後ほど政府から発表があると言うことですが、天文台などの情報では全長が50キロメートルをこえる宇宙船であると言うことです。肉眼でもはっきりと見えます。テレビカメラにもその姿が映っています』


 タルトは初め、もっと低くい高度にこの宇宙船が現れたのだと思っていた。

 肉眼でもはっきり姿が見えるほどだったからだ。

 だが宇宙ステーションのような低軌道ではなく、さらに高度の高い静止軌道に現れていた。


 全長だけで50キロメートルをこえる巨大な宇宙船だという。

 直径も10キロをこえる。

 この宇宙船は国際宇宙ステーションISSからも観測することができた。


 すべてのチャンネルが緊急放送をながしていた。

 ラジオもネットも突然現れた宇宙船の事を生放送で伝え続けている。

 チャンネルを切り替えていると、野球のナイター中継があった。


 季節的にまだ少し早い感があったが、人気の組み合わせだったのか放送時間が延長されていた。

 よく見ると、試合そのものは終わっていたが、宇宙船を見るため中継が続いている。



『──見えますでしょうか。先ほどナイトゲームが停電のために、一時、中断されていましたが、その直後に現れた宇宙船のために試合は中止となりました。グラウンドに出て眺めている選手も多くいます。観客も騒然としたまま宇宙船を眺めております』


 前代未聞のライブ中継だった。

 大災害でも、大事故でもない、巨大宇宙船の突然の出現による生中継だった。

 これらのライブ中継は朝まで続くことになった。


 日本中がパニックになったような狂乱ぶりの始まりだった。



 自衛隊の航空機が多数スクランブル発進していた。

 米軍の航空機も含まれているのか、昼間のように多数の航空機の音が聞こえていた。


 時々、警戒のために走っているパトカーのサイレンやスピーカーでの警告音声が

聞こえてくる。

 人の話し声も多数聞こえていた。


 臨時ニュースでは空港の閉鎖だけではなく、列車なども一時運休が次々と発表されていった。

 学校も休校が増えていた。


 春の夜空を誰もが見上げることになった。

 その日の深夜、政府は初めて緊急事態宣言を発表した。






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