第3話 開戦

 国境を越えた帝国軍の軍団の一つがワルシュミットを目指して西進している。


 その情報が届いてから大隊単位で行動していたカメリア王国軍は師団に合流し、他の師団も続々と到着して帝国軍を迎撃するカメライ王国軍第1軍団の兵力は2万4千まで膨れ上がった。到着が遅れている第5師団も合流すれば3万まで達する。


 カメライ王国軍は10師団2個軍団からなる。参謀本部は3つに分かれた帝国軍をそれぞれの軍団で撃破した後、挟撃を謀るらしい。



 4つの野営陣地からは絶えず兵の声がして、テントを立て来たる祭りの準備をする姿は、半年前にあった建国際の前日を思い出す。


 士官学校を卒業して初めての祭りに同期と行った高揚感は今感じているモノに勝るとも劣らない。ただ違うのは、来ていた服が軍服になり、食べるものが屋台飯から戦用糧食になっている。あの時食べたフランクフルトの味を思い出していると、帝国軍接近の報が伝達兵からもたらせられた。




 アームベルト少佐の下へ行くがそこにアームベルト少佐の姿は無く、目に闘志を燃やす中隊長達が集っている。


 士官学校の同期の姿も見え、昔話に花を咲かせたい気持ちを抑えて待機をしているとアームベルト少佐が補佐の大尉を連れてテントに入ってきた。


 一服した後なのか煙草の香りを身に纏い暗幕をくぐった少佐は、普段の穏やかな雰囲気と一転して眉間にしわ寄せて思案顔をしている。


「諸君、既に聞き及んでいると思うが帝国軍がワルシュミットに近付きつつあり、当然到着していない第5師団を除いた第1軍団で迎撃する。我々が所属する第3師団は中央やや左に布陣し、第5大隊は魔導弓により装甲兵の殲滅を主任務とする。」


 その後、小隊単位での運用などの細かい指示があったが雑に言えば魔導矢は貴重だから大切に扱え、逃げるな、手柄に目を眩ませるなの3つだ。迫る敵に矢を浴びせるだけの作業に複雑な命令はいらない。ましてや対装甲兵に特化した魔導級を持つ第5大隊なら尚更だ。


「これで会議で言うべき内容は言い終わったのだが、今回の帝国軍の動きは明らかに怪しい。魔導弓を対策できる何らかの手段を開発した可能性があるので、予想外のことが起きても落ち着いて行動するように。」


 これだけ大規模に兵士を動かすのだから勝算があるのだろうが、何をしてくるか分からない事には対策もできない。


「何か、帝国軍に異常な動きなどの情報は無かったのでしょうか?」

「投石器の数がかなり多いらしい。ワルシュミットの包囲戦を早急に終わらせたいとのだろう。」


 投石器。カタパルトとも言われるそれは、かなり昔から攻城戦に用いられてきた。城壁の上部に岩を飛ばし端から崩していく基本的な使い方のほかに、火のついた藁を飛ばし城内に火災を起こさせたり死骸を投擲し疫病を発生させたりもできる。そして何より、魔導弓を除いて弓よりも射程が長い唯一の兵器である。ただ、魔導弓とそう射程が変わらないため簡単に壊されるのだが。


 よろしいでしょうか。と一言おいて中隊長の一人が話始める。


「そのカタパルトが、魔導弓を超える射程を獲得している可能性は無いのでしょうか?」

「姿形は従来のものと変わらないらしい。」


 何個か新型を混ぜてる可能性は否定できんが、と続けた。


 その後は恙なく会議は終わり、接敵に備えることになった。

 テントに戻ると陣地設営はすでに終わっていたので会議の内容を振り返る。


 急に攻めてきた帝国、弓兵の時代に異常に多いカタパルト。


「いやな予感がする。」


 何事も無ければいいのだが。帝国軍が何かの間違いで帰っていってはくれないだろうか。そんなことを考えながら副官のイーカムを呼びつけて異常事態への対応を話し合い始めた。


 しかしその1時間後、帝国軍が軍靴でワルシュミットの大地をノックしてきてしまった。




 ワルシュミットの東には丘がある。そのためこの地での戦いの歴史ははこの丘の取り合いの歴史だった。

 そしてカメリア王国軍は今日もそうなると思っていた。


 接敵してからしばらくは丘の上に陣取っているカメリア王国軍が帝国軍に矢の雨を降らせる一方的な展開が続いた。

 盾を上に構えながら丘に近づいてくる帝国歩兵の集団に弓兵が矢を射る。盾の隙間から刺さる矢によって屍を増やし続ける帝国軍だったが、その後方で着々とカタパルトが組みあがっていくのが見える。


「もうそろそろカタパルトを狙うぞ!魔導弓を準備しろ!」


 合図の銅鑼と共に矢を放つ。それに対し帝国軍はカタパルトの前に木の壁を立てて魔導弓による攻撃を防ぎに来た。車輪付きのその壁は大量の矢からカタパルトを守り切り、確実に時間を稼いでくる。


「埒が明かん!火矢に切り替えろ!」


 少


「カタパルト来るぞ!」


 カタパルトから放たれた物体は弧を描きこちら側へ飛んでくる。飛んでくるが、どうやらは石ではないらしい。


 飛んできた袋の口からパラパラと赤みがかった透明な鉱石が落ちてくる。あれは…


「魔石?」


 火の魔石。魔力を通すと火が付く。小ぶりで高純度なものはライターの材料として人気だが、今降ってきているものはこぶしほどの大きさで台所やキャンプでしか使わないようなもので昨日も世話になったのもこれほど大きさのものだった。


「やつら先んじて火計を用いてきたか!気をつけろ、魔導弓だけは燃えないようにしろ!」


 そして飛んできた魔石が地面に落ちて一秒後。


 魔石が爆発して一帯を吹き飛ばした。




 この日から、戦争は弓兵のものではなくなった。

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魔導戦線 鶏の脚 @niwatorikoutei

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