第2話 ワルシュミット北東
ワルシュミットまでの道のりに苦労はなかった。93マイルの行軍は5日間中隊50人の内、小隊長5人に指示を出すだけなのだから。
王国軍の上等士官の中で、中隊が与えられる中尉とその補佐の少尉はいわばお試しだ。士官学校を出た新米が軍の雰囲気に慣れるために影響と仕事が少ない立場に置かれる。だから行軍中は気楽に行けた。
しかしワルシュミットに着くと様子は一変した。
街には寄らずに野営地点に移動し、到着すると絶え間なく指示が飛んでくる。司令部は軍を分散させて敵が来たら防衛拠点を複数築き、地理的有利を取って遅滞しながら増援を待ち、囲って叩くという作戦を取るらしい。
準備が終わったのでイーカムに現場を任せアームベルト少佐に報告しに行く。
「アームベルト大隊長。野営陣地の作成と魔導矢の手配が終わりました。」
「よし。後は待つだけだな。」
戦争というのは今のところ防衛側が有利だ。鋼をも貫く魔導弓と魔導矢が登場してから、戦争は突っ込んでくる敵を矢の雨で殲滅するワンサイドゲームになった。
魔導弓の対策に作られた魔鉄製の鎧は大量生産が難しく、少数の重装兵を足止めしてるうちに他の兵士を殲滅すれば勝ちなのだから、当然弓兵の割合は増えて行き、最終的に兵士の5割は弓兵になった。迷宮資源が豊富なこの国はすべての弓兵に魔導弓を配備しており、防衛戦にはめっぽう強いのだ。
私の所属する第5大隊も例にもれず魔導弓を持った弓兵隊で、念のため携帯している剣は刃こぼれ一つしていない。
まあ、新品の剣しか持ってない弓兵は敵を寄せ付けないようにパイクなどで防衛陣地を作る必要があるが、敵の進路がわかるまでは設置しても意味が無い。
「帝国はまだ動かないのでしょうか?」
「師団長からは動く気配有り。とだけ伝達が来た。時を待つのは辛いが、動いても物資を浪費するだけだからな。帝国が動くまでは野営陣地で英気を養うように兵に伝えてくれ。」
「了解いたしました。」
何もしないのも、させないのも軍人の仕事らしい。仕事がないのが一番国のためになるのだが。
中隊の野営陣地に戻ると。暇そうな顔をしたイーカムが近づいてきた。11張りのテントが張られた野営陣地の中心には焚き火用の薪が積んである。
「中尉、暇すぎて死にそうです。魚を取ってきてもいいですか?」
「だめだ。いつ帝国が動くか分からない以上、持ち場を離れるわけにはいかない。後、今は中隊長と呼べ。」
戦争が始まるというのに緊張感がないな、こいつ。それが長所かどうかは戦争が始まるまで分からないが。
「了解です、中隊長。で、我々は何をすればいいので?」
「待つことが仕事らしい。」
イーカムががっくりと肩を落とす。戦争より暇のほうが怖いらしい男があきれ顔で聞いてくる。
「案山子でもできそうですね、その仕事。」
「冗談言うな。案山子はサボらないし、物資を消費しないだろ。」
「失礼な。俺は飯は食いますけどサボりませんよ!」
小隊長たちを集めて指示を出す。帝国が動くまでここで野営。見張りは一晩1小隊で持ち回り、朝昼晩1回ずつの小隊のミーティング。この3つだけだ。
特に問題も起きていないし、その日のミーティングも10分ほどで終わった。
そして、翌日になっても帝国は動かなかった。
「昼のミーティングはこれで終了だ。」
中隊の士気が下がっているのを感じる。ただ警戒して待つだけなのだから仕方ないとは思っているし、必要もないのに注意して反感を買うのも避けたい。
「まあ、問題が起こってる訳ではないし良いか。」
「どうしたんですか?」
士気が低下を防ぎたいと言うと、イーカムはにやりと笑って言った。
「祭りをしましょう!」
一理ある。隊の結束を強めるためにも、士気を上げるためにも一緒に何かをすることは意義がある。
士官学校で教鞭をとっていた歴戦の軍人曰く、戦場の娯楽は敵を殺すことらしいが、敵が来ない限りは娯楽なんてものはない。
しかし、この何もない場所でも皆で楽しめるものがある。
「レスリングをするぞ」
ーー昔は王侯貴族が楽しんでいたスポーツだが、王の力が強まり、弱まった貴族が官僚に組み込まれて以降、貴族内での遊びは庶民に広まりつつあった。その最もたるものがスポーツで、道具の必要ないレスリングはその中でも特に広まっている。ちなみに私は苦手だ。
薪で適当に円を組み、ルールに詳しい私とイーカムで審判をしてレスリング大会をする。正直レスリングなんてすぐに飽きるだろうと思っていたが、スポーツというのは偉大らしい。皆熱中して楽しんでくれた。
「優勝は第2小隊隊長、グルーシー!」
盛り上げ上手のイーカムが実況まで始めていた。
「カメリア王国に栄光あれ!」
両こぶしを上げてグルーシーの叫びにほかの兵も続く。こいつも士気の上げ方を理解してるたちらしい。
「では、私は大隊のミーティングに行ってくるので、戻ってくるまでに片づけておくように。」
大隊のミーティングのためにアームベルト少佐のいる野営陣地に向かう。そして、第5大隊に所属する中隊長が揃うと少佐が口を開いた。
「帝国軍が国境を越えた。」
どうやらスポーツを楽しむ時間は終わりらしい。
少佐が続けて言う。
「帝国軍は軍を3つに分け、その内一つが我々の所属する第1軍団第3師団の防衛領域に向かっているらしい。」
しかも兵に娯楽も供給されるらしい。あまり嬉しくはないが。
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