魔導戦線

鶏の脚

第1話 騒乱の風


 大陸の最西端に位置するカメライ王国、その王都に騒乱の風が吹き込んできた。民は噂で歌い、官僚は情報の精査に踊っている。


「もう噂が広まり切ってますね。」


 石畳を踏みしめる私の耳に部下の言葉が入ってくる。


「エイブ帝国は隠す気が無いらしいからな。堂々と、着実に兵士と荷車を集めているらしい。」


「エイブ帝国ってそんなに強かったですっけ?ウチと戦争するような理由もないですし、そんなに余裕のある国じゃないですよね?」


「それが問題なんだ。強い将軍も、強大な軍も、むやみに戦争を起こすような国力もない、名ばかりの帝国が因縁のないこの国に攻めてくるなんて、緊急事態以外の何物でもないだろう。」


 そう、不可解なのだ。小さな国とも言えぬ国を2つ吸収し帝国を名乗り始めたハリボテがわざわざ因縁も魅力的な鉱山もない中堅国を攻撃するなど。


「この国って魔石くらいしか取れませんもんね。魔石が安いのはありがたいですけど。」


「水と火に困らないのは素晴らしい事だ。ほら、庁舎についたぞ。プラウス・フォン・ユーキツバル中尉だ。アームベルト少佐の要請で馳せ参じた。」


「同じく、イーカム・ベムハット少尉です。」


 門兵に敬礼を返して庁舎に足を踏み入れる。


 王宮に設置されていた王国軍省の本部が王国軍省本部庁舎に移されたのが数年前、そしてこの本部に移ってからの初の戦闘が始まろうとしているからか前に来た時よりも明らかに人が多く、前は見なかった下級士官も歩いている。


「人、多いですね。戦後には廊下が軋んでるんじゃないですか?」


「人が多いのは今だけだ。帝国の兵士が想定より多くなりそうだから追加の募兵とそれに伴う人事異動をしているんだろう。」


「平和ボケしてて準備できてなかったってことですね。」


「・・・。」


 ここ十数年戦争を行っていなかったこの国は形だけは取り繕って軍制改革を参謀本部の設置や兵士の職業軍人化を行ったものの、その改革が正しかったのか誰にも分かっていないのだ。そして圧倒的に足りない経験がこの状況を作り出している。


 ーードンドン、ガチャ


 防音性を高めるために分厚くされてる重いドアを押すと、中には立派な髭を蓄えた白髪の上司が座っている。


「失礼します。第1軍団第3師団所属、第5大隊第9中隊長プラウス・フォン・ユーキツバル中尉です。」


「失礼します。同じく第5大隊第9中隊長補佐、イーカム・ベムハット少尉です。」


「入室を許可する。」


 部屋に足を踏み入れドアを閉めると、小佐はおもむろにタバコとライターを取り出した。彼が口にくわえたタバコにライターを近づけ金具を押し込んだた瞬間、ライターの魔石が燃えタバコに火が灯る。


 この異常に速い魔力伝達はおそらくミスリルだろう。佐官にもなるとライターも高級品が使えるらしい。


 煙を吐いた中佐がそのまま話し始める。


「エイブ帝国が我が国の国境近くで火遊びの準備をしているのは貴官らの耳に入っていると思うが、それに伴い第1軍団第3師団は国境近くで防御陣地を築くことになった。もちろん我々第5大隊も例外ではない。」


「東征ですか。王都に戻された時点で予測していましたが、少し遅いのでは?」


「それだけ帝国が兵士を集めているということだ。参謀本部の予想を上回って国力を食い潰す勢いで物資を集めておる。」


 帝国はよっぽどこの国を潰したいらしい。自らの腹を食い潰してまで欲しいものが、この国にあるとは思えないが。


「長引きそうですね。」


「ああ。今のうちに食い溜めするように言っておけ」


「新鮮な魚が食べれないのは辛いのですが、場所は海の近くですか?」


「では大丈夫だな。ワルシュミットの北東、シーアス川の近くだ。川の魚を食い尽くさないように食い溜めはしておいた方がいいがな。」


 別に川魚はそんなに好きじゃないのだが。


 


 真新しい庁舎の門をくぐって兵舎に向かう。自分の部下である小隊長に少佐からの命令を伝えなければならない。こういう命令は早ければ早いほど良い。


 歩いていると軍服を着崩し始めたイーカムが話しかけてくる。


「ワルシュミットってなんか北東にある迷宮都市ですよね。迷宮都市って行ったことないんですけど、荒くれものの探索者が集う治安悪い都市ってホントなんですか?」


「いや、迷宮都市も案外普通の町だぞ。荒くれものが多いのは事実だが、魔石が安いし活気がある。あと、風呂が安い。」


 活気がある、という言葉に反応したイーカムが表情を緩める。ワインよりビールが好きなこの男は、賑やかという言葉にめっぽ弱いのだ。


「へえ。案外過ごしやすそうなんですね。いいじゃないですか、迷宮都市!」


「まあ、観光は帝国がしっぽを巻いてからだな。それまではお預けだ。」


「戦争が終わったらすぐに配置戻されそうですけどね。それに、いつ始まるかもまだわかってないんですよね?」


「知りたいんだったら帝国に直接聞いてくれ。」


何も起きないのが一番ではあるが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る