第4話 生まれ変わり?
「……亜久里先輩、いろいろ聞きたいことがあります」
天宮先輩が去ってしばらくして、わたしはゆっくりと口を開いた。
「わかってる。なんでも答えるよ。瑞生、雄、ちょっと二人きりにしてくれ」
「わかった。じゃあ、オレたちは準備室の方で練習してくるよ」
「ああ、悪いな」
二人が隣の準備室に移動すると、途端に部屋の中に重い静けさが降りる。
「……魔界の王子って、どういうことですか? 将来は王様ってことですよね?」
その重い静けさを破って、わたしは亜久里先輩に尋ねた。
「俺が天使になったら、親父は怒り狂うだろうな。それでも、俺はどうしても……天使に戻りたいんだ」
「戻りたい……?」
「俺の先祖は昔天使だったらしい。それを知ったのはつい最近のこと——七年前のことだ」
「どうして……亜久里先輩のご先祖様は悪魔になっちゃったんですか?」
「兄弟に最愛の人を奪われ、憎悪に飲み込まれた結果、魔界へと落ちたらしい」
「そんなの……悪いのは、その兄弟の方じゃないですか!」
わたしの問いには答えず、亜久里先輩はその辺にあったイスにどさりと腰をおろすと、膝の上で組み合わせた両手をぎゅっと握りしめた。
「……前から同じ夢を繰り返し見ていたんだ。その話を聞いたとき、『ああ、あの夢はただの夢なんかじゃなかったんだ』って悟ったよ。俺は、多分その先祖の生まれ変わりなんだ。また突然突拍子もないこと言いだしやがったな、こいつって思うのは自由だよ。けど、俺はもう一度天使に戻って、どうしてもあいつを見つけ出したいんだ」
「そう……なんですね」
なんでだろう。胸がズキズキする。
「……じゃあ、がんばらなきゃですね。その人も、きっと待ってますよ。亜久里先輩が見つけ出してくれること」
そんなズキズキする心になんか気づいていないフリをして、わたしは精一杯明るく返した。
「ああ。いつかきっと会えるって信じてる……瑠璃に」
「…………へ? 今、なんて?」
「だから、瑠璃にだっつってんだろ。あの歌うたってたやつだよ。だからっ……瑠璃なんだよ。俺の夢の中でも、あいつはいつも俺にキレイな声で歌ってくれていた。瑠璃の歌をはじめて聞いたとき、瑠璃はあいつの生まれ変わりに違いないって確信した。だから、まずは俺が天使に戻って。それからあいつを迎えにいくつもりだ」
「あー、えっと……はい。わかりました。もう結構です」
「ほんとにわかってんのかよ」
「十分理解しました。じゃあ、練習再開しましょう」
は? ちょっと待って。それって、わたしがその亜久里先輩のご先祖様の最愛の人の生まれ変わり……ってこと?
そんでもって、亜久里先輩はそのご先祖様の生まれ変わりで、わたしのことを探してる……?
いやいやいやいや。ないないないない。
こんな偶然が、その辺にぽろぽろ転がってるわけがないじゃない。
けど……それがもし本当なら、今のわたしのこの能力にも、ある程度納得がいくのかもしれない。
「葉月、どうした?」
ひとりで考え込むわたしを心配して、亜久里先輩が覗き込んでくる。
「ふあっ⁉」
ち、近いですってば、先輩!
「だ、大丈夫です。気にしないでください」
先輩からそっと距離を取ると、わたしは笑顔を貼りつかせた。
「ひょっとして、俺に惚れちまってたか? 悪いな。俺には心に決めたやつがいるんだよ」
ニッとイジワルく笑ったかと思ったら、亜久里先輩がわたしをなぐさめるように頭をぽんぽんとなでてきた。
「そっ、そんなわけないじゃないですかっ。わたしは、ちゃんと人間の男の子と恋をするんですからっ」
慌てて先輩の手を払いのけると、アツくなった顔を見られないようにそらす。
「そーだよな。そう……か。もしあいつに人間の彼氏がいたら……悪魔のうちに呪い殺してやるか? いや、そんなことをしたら天使に戻るっつー本来の目的が達成できなくなる可能性が……」
亜久里先輩がなにやら不穏なことをぶつぶつとつぶやいている。
「だーっ! また脱線した。ほら、さっさと練習再開するぞ」
「だからわたしもそう言ってるじゃないですか」
ワイワイ言い合いをしながらも、わたしがピアノの鍵盤を叩くと、先輩がすぐにそれに反応してくれる。
先輩の最愛の人の生まれ変わりだとか。そんなこと急に言われたって、ピンと来るはずがない。
だから、今はまだ……忘れていてもいいよね?
だって、わたしは今のこの時間をすごく大切に思っているから。
——なのに。
「もう来なくていいから。今まで世話んなったな」
翌日、いつものように音楽室を訪れると、扉を小さく開けた亜久里先輩はそれだけ言って、ぴしゃんと扉を閉めてしまった。
え……どういうこと?
なにがあったの?
君が好きなのはわたしじゃない。 西出あや @24aya
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