第5話 パーティの始まり
「カーくん? カーくーん?」
ひやりとした風が肌を撫でる。だれかがオレの腕をつかんで、揺らしていた。
「うぅ……」
目を開けたとたん、かぶさっていた物が取り除かれ、照明の明かりが飛び込んできた。顔をしかめ、細めた目をゆっくり開けると、見知った顔があった。
「なな?」
「カーくん、こんなとこで寝てたら、風邪ひいちゃうよ?」
ななが微笑みながら、たしなめてくる。
ハッとして、オレは身体を起こした。ここは、オレの部屋だ。自分の両手を見ると、五本のヒトの指がある。ズボンを履いた足もある。振り返ると姿見があって、ヒトの姿をしたオレが映っていた。
「帰ってきたら、台所真っ暗だったからビックリしたよ? もしかして、どっか具合悪いの? カーくん? 聞いてる?」
「なな、ここに緑色の扉なかったか?」
「扉? ううん」
「そっか……」
周囲を見渡したけど、あの緑色に塗られた扉はどこにも見当たらない。散らばった本を片付けていたななは、きょとんとした顔で首を傾げた。
オレは、夢をみてたのか……?
「カーくん、どうかした?」
「……いや。わりぃ、ちょっと休憩しようと思ったら、眠っちまった。そっか、もうこんな時間か」
窓に目をやると、外はすでに真っ暗になっていた。網戸から肌寒いほどの風が吹き込んでくる。どこからか、「ホゥ、ホゥ」とアオバズクの声が聞こえた。
「夕飯、どうすっかな?」
「冷蔵庫に作り置きのおかずあったから、それでいいんじゃない? でも、ご飯は炊いてないんだよね。どうしよっか……ん?」
ななは鼻をヒクヒクさせ始めた。周囲を見回して、首を伸ばし、視線がオレの向こう側へ行く。
「すごくいい匂いがするんだけど……、これ?」
ななはオレの前へ手を伸ばし、脇に置いてあった物を取った。
「あっ!」
見覚えのある大きな紙袋に、オレは声を上げる。
ななが袋を開けた。
「わぁっ! カーくん買ってきたの? 食べていい?」
バードウォッチングから帰ってきてよほど腹が減っていたのか、ななは目を輝かせて中に手を突っ込んだ。返事も待たずにひとつを手に取り、口へ持っていく。
「はああ……っ。美味しい。すごく美味しいっ! なにこれ、どこで買ったの!? こんな美味しいパン、初めて食べた!」
頬を染めながら、オレが作ったバターロールを幸せそうに食べるなな。
その顔を見ただけで、心が弾んだ。初めてあのパンを食べた時と、同じ気持ちだ。
「よしっ」
これなら、きっと――。
ななに悟られない小さな声を出して、オレは両方の手をギュッと握った。
* * *
――次の日。
オーブンから天板を取り出して、ダイニングテーブルの上に置く。
こんがり焼き上がった小麦色から、ほかほかと蒸気が上っていた。
「完成だぜ!」
オレはミトンを外して、味見用に焼いた切れ端をつまみ、口へ放り込む。
「カラス? なにをしている?」
盛り付けをしていると、裏口のドアが開いてヤツが顔を出した。パンなんか食わねぇのに、誘われるようにしてテーブルの上を覗く。
「ドジョウのパンはないのか?」
「ねぇよ、そんなの!」
「カーくんー? なにつくってるのー?」
廊下の戸が開いて、今度はカワセミがやってくる。
後ろには、ななも一緒だ。
「わぁっ、可愛い! これ、全部カーくんが作ったの?」
「うん! ななから借りた動物図鑑、見ながら作ったぜ!」
「ネコのパンだー! ねぇなな、この変な鳥なにー?」
「これってもしかしてハシビロコウ? いかつい! カピバラもたくさんいる! カーくんすごいね!」
「へへーん! オレが本気出せば、これくらい余裕だぜ!」
それに今日は、特別な日、だからな!
最後の仕上げに、オレはメッセージカードを書いた。
楽しそうに輪を作るパンたちの真ん中へ、そのカードをそっとのせた。
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H A P P Y B I R T H D A Y !!
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【二次創作】カーくんのパン屋さん 宮草はつか @miyakusa
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