第4話 ありがとな!

 窓に映るオレンジ色だった空は、宵を待つ淡い紫色に変わっていた。きっとすぐに暗くなって、星が見え始めるだろう。

 オレはレジ台の上に乗り、取り囲む十二頭のカピバラの鼻面に、クチバシをくっつけた。


「世話になったぜ、カピバラ!」


 店の奥で励んだパン作りを思い出す――。


 白いエプロンを着て、白いコック帽をかぶり、小麦粉で白鳩っぽくなりながらパンをねた。十二頭のカピバラたちは全員でオレに、熱くもなく厳しくもないゆる~い指導をしてくれた。


 生地を発酵させている待ち時間は、礼も兼ねて店の手伝いをした。


 ラーメン屋へパンの配達を任されて、ひとっ飛び。

 かつお出汁だしの香り漂うラーメン屋の店主は、サギとペリカンを合わせてでっかくしたような、ふてぶてしい顔の鳥だった。なながいつか見てみたいと言っていた、ハシビロコウという鳥だ。

 ガンつけてきたから睨み返したらひと悶着あって、そのあとおごってくれたラーメンの感動的な旨さに目から涙が出てきて弟子入りを乞うてしまった。


『俺は弟子はとらねえ。盗みたきゃ勝手に盗みに来な、カラスの小僧』


 と、そっぽを向いて一杯無料のラーメン券を渡す姿にはマジでしびれたぜ、大将!


 ちなみに、なぜか品書きの隅に「どじょうラーメン」というのがあった。大将いわく、昔迷い込んできた鳥に食べさせた裏メニューだとか。どっかの鳥を思い浮かべたが、きっと気のせいだよな。


 パン屋に戻って、パンを焼いているあいだは、店番も手伝った。


 やってきたのは、和服を着て長い髪をひとつにまとめた、男か女かぱっと見わかんねぇヒトだった。カピバラたちの知り合いらしい。目が合った瞬間、なぜかネコに睨まれたように背筋に寒気が走ったのは気のせいか?


『おやおや、珍しい。別の世界から来たのですね?』


 と、よくわかんねぇことを話しかけてきた。


『別の世界? やっぱここは、オレがいたとこと違う場所なのか?』


『ええ。ここは異界で、元の世界とは異なる場所です。でも、あなたの元の世界は、こちらの元の世界とはまた別の世界のようですね』


『はぁ?』


 クチバシをポカンと開けると、そいつはおかしそうに頭を小突いてきた。


『やりたいことをやりとげれば、〈扉〉はまた開きますよ。そのお姿ももとに戻るはずです。異界は気まぐれですから、おそらく、ですけどね』


 そう言い残して、尻尾を振るようにして手を振り、頬笑みながら帰っていった。


 異界とか、〈扉〉とか、一体なんだったんだ――?


「カラスさん、上手く焼けて良かったなあー」


「がんばってたもんなあー」


「作り方を教えるなんて初めてだったからなあー」


「こっちも緊張したなあー」


「これ、カラスさんが作ったバターロールだあー」


「お店のパンも入ってるよおー」


「家に帰って食べてねえー」


「家でも作ってみてねえー」


「食べてねえー」


「作ってねえー」


「パペペペーンー」


「プペペペーンー」


 一頭一頭と別れの挨拶をして、オレは渡された大きな紙袋を足に捕まえ、飛び立つ。最初はでっかいタワシだと思ってたけど、一緒にパンを作っているうちにカピバラたちとはすっかり意気投合した。十二頭が首をいっぱいにそり上げて、鼻の先をこっちに向ける。


「ありがとな、カピバラ! 今度は美味しいパン、どっさり買いに来るぜ!」


 カピバラたちの上をクルリと一周して、オレは店の扉へ向かった。

 だれかが扉を開けてくれて、外へ出る。そういやなにも考えてなかったけど、どうやって帰ればいいんだ? 今さら浮かんだ疑問とともに、夕陽の残光が飛び込んできたのか、まぶしさにオレは目を閉じた。


 ――ポピピーパーン。


 後ろから、カピバラたちの楽しげに歌う声が、聞こえた気がした――。

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