第3話 ここはどこだ!?

「ウゥ~、い、イヤだ……、オレはそんな、ヤツとお揃いの白装束しろしょうぞくなんか着ねぇぞ……! ガァッ――ハッ!」


 どこまでも続く杉の木に登らされそうになる夢から覚めて、オレは目を開けた。

 一瞬、どっかの巣の中にいるかと思ったが、どうやらここはつるで編まれたバスケットの中らしい。下には柔らかい絹のクッションが敷かれている。


「目が覚めましたかあ?」


 気遣うような声が聞こえた。顔を持ち上げると、目の前にタワシの鼻面がひとつ。ヒゲをヒクヒクと動かして、こっちをうかがっている。


「起きたかあ?」


「起きたよお」


「すみませんでしたねえ」


「痛いところはありませんかあ?」


 次から次にタワシの頭が生えてきて、バスケットを取り囲む。

 油断して、またひどい目に遭ったらかなわねぇ。オレは翼を広げ、逃げるように飛び立った。天井近くで羽ばたき、タワシたちに向かって声を上げる。


「おい! なんなんだてめぇら! ここはどこなん……だ?」


 と、高いところから見下ろして、オレはようやくここがなんなのか気づけた。

 棚の上には、所狭しとパンが並べられている。クロワッサンやクリームパンやデニッシュパン……こんがり焼いた小麦色が、トレーに置かれ、バスケットに積まれていた。


「ここ、パン屋なのか?」


 オレはくるりと店を一周して、トングのかかった棒に降り立った。

 今になって、思い出したように香ばしい匂いが鼻をくすぐってきた。部屋にいた時と同じ匂いだ。


「そうですう」


「ここは〈カピバラ・パン屋〉ですう」


 オレが寝かされていたのはレジ台の上だったらしく、その近くにいるタワシたちが言った。

 カピバラって、そういや、テレビで見たことある。のほほんとした顔をして、動物園の風呂に入っていた。

 そうか、こいつらはタワシじゃなくて、カピバラって動物だったのか。

 あと、ちゃんと数えると十二頭いた。


「あのおー」


 一頭が、オレの足もとにやってきて顔を上げる。前足には、蔓で編んだ小さなカゴを持っていた。


「こちら当店特製のバターロールですう。良かったら食べてくださいねえ」


 カゴの中には、小麦色のふっくらとした丸いパンが入っている。今焼いたばかりなのか、蒸気がかすかに立っていた。

 生唾なまつばを飲み込む。腹の虫が、グググゥと騒ぎ出した。


「く、食っていいのか?」


 オレは少し離れたところに降りていた。


「さっきぶつかったお詫びですう」


「すみませんでしたねえ」


「お怪我はありませんでしたかあ?」


「お、おぅ。大丈夫だけど……」


 十二頭のカピバラがオレを取り囲んで話し出す。だれがしゃべってるのかよくわかんねぇ。あと、今のオレの倍以上ある動物に囲まれるのは、ビビってしょうがねぇ。

 けれども、怖さよりも食欲のほうが勝る。オレはおっかなびっくり、二歩ほどカゴに近づいた。カゴに入った三つのバターロールは、食べやすい大きさにカットされている。

 クチバシを伸ばして、真ん中のひとかけをくわえて、口へ。


「ガアア!?」


 稲妻が走ったような衝撃が、オレを襲った。


「な、なんだこれ! めちゃくちゃ旨ぇな!」


 綿羽みたいなふわっふわな食感。クチバシに広がるバターの風味。やさしい小麦の甘さ。

 オレはキツツキみたいになって、夢中でクチバシを振り下ろしてパンをついばんだ。

 あっというまに、カゴの中身は空っぽになってしまう。

 売り物のバスケットを勧められなくて良かった。丸ごと食べて、危うく食い逃げするしかなくなるところだった。


「そんなに美味しかったですかあ?」


「うん! 今まで食った食いもんの中で一番旨かったぜ!」


 そう言うと、カピバラたちは鼻面をこすりつけ合って、はしゃぎだした。


「美味しいってー」


「何度言われてもうれしいなあ」


「『一番』頂きましたあ」


「作って良かったなあ」


 目に涙を浮かべながら、のほほんと喜びを分かち合っているみたいだ。


「そうだ!」


 それを見て、オレはハッとひらめいた。

 二歩ほどバックステップで飛び退き、翼を大きく広げる。


「頼む! オレに、このパンの作り方を教えてくれねぇか?」


 カピバラたちはきょとんとした顔で、一斉に首を斜めに傾けた。


「この世界一旨いパンを作って、食べさせたい相手がいるんだ。だから頼む! このとおりだ!」


 つま先立ちしてて土下座DOGEZAは難しいから、翼をできるだけ高く挙げて羽の先を合わせ、拝むようにしてお願いする。


「いいですよお」


 目の前のカピバラが、鼻面をコクンッと縦に振った。


「マジか!?」


「美味しいって、言ってくれたからねえ」


「パンの作り方を教えるなんて、初めてだなあ」


「カラスのパン屋さんだなあ」


「カラスのパン屋さんだなあ」


「よ、よくわかんねぇけど……。やったぜ!」


 正直、なんでここに来たのか、この姿になったのかは、まだよくわからない。けど、これはさっきまで悩んでいたことを解決するチャンスだ。

 余計なことを考えるのはやめ、オレはその場で飛んで、大きく一鳴きした。

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