皿うどん
高黄森哉
お菊
昔、昔、あるところにお菊と呼ばれる女性がいました。
「やい。お菊虫」
「時系列的にその呼び方はまだでございます」
「うるさい。だとすれば、お前の現代調の話し方はどうなるんだ」
お菊は意に介さず、家宝である十枚の皿が、きちんと十枚あるかどうか数え始めました。丁度、このように。
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、………… 一枚足りなーい」
「馬鹿」
男はお菊の頭をはたきます。
「俺はまだ皿を隠してないだろうが」
「そうでしたか。ああ、台本を取り違えていました」
「ええい。そんなことより、俺の妾になれ」
「妾について説明したほうがよろしゅうございませんか。現代にはあまり一般的ではないので」
「つまり愛人のことだ」
「では喜んで」
「馬鹿。それじゃあ、話が進まないだろうが」
お菊は頭を摩りながら、妾になるのは嫌でございます、と答えなおしました。
「全く。覚えておれ」
さて夜中になり、お菊が寝てしまうと、男は腹いせに、彼女の預かっている家宝の皿を一枚隠しました。
「おい。起きろ! 皿が一枚ないぞ」
「はい」
「はいじゃない」
お菊は本当に眠いようで、目をこすりながら、彼を見つめて、こう言います。
「まあ。お皿がありませんでございます。これは、目を皿のようにして探さなければなりません」
「ダジャレを言ってる場合じゃないな」
しかし、その皿はどこを探しても見つかりませんでした。お菊は青ざめました。これは大変なことになったのだと。彼女は目薬を差します。
「おい、泣いたって皿は出てこないぞ。この皿は世界に一つしかないのだ。どうしてくれる」
「あと、九つあります。どうか、お許しを」
「馬鹿。お前は自分のやったことを分かっていないようだな。よし、責め殺してくれる」
と男は宣言したものの、責め殺すために、具体的になにをすればよいのか分からず、困り果ててしまいました。そもそも、責め殺すとはなんでしょう。憤死みたいなものなのでしょうか。
「もういい。そのまま井戸へ投げ込んでしまえ」
彼女を井戸へ投げ入れます。男が井戸を覗き込むと、
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、………… 一枚足りなーい」
と響いてきました。
「よしよし。それでいいのだ」
男は満足げに家へ引き返していきました。
それから、毎晩のように井戸から声が聞こえました。井戸は家の近くにあるので、男はすっかり、今でいうノイローゼになっています。そこで有名な坊主を呼ぶことにしたのです。
「南無三、説破。おいらは一休でい」
「む。なんか間違えたかな」
男は疑問に思いました。
「まあいい。お前がお菊虫を除霊してくれるんだな」
「はい。それでは、その虫を屏風から出してください」
「本当にお前は、除霊が出来るのか」
「よくトンチがカンだと言われます」
「なら大丈夫か。そら、聞こえてきたぞ」
井戸の底から、悲し気な女の声が響いてきます。このように、
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚」
「へい、今、なんどきだい!」
坊主は井戸に向かって、そう叫びました。そして、女が考えるように一拍置いてから、こう言います。
「十八時」
「馬鹿。六時と言え」
「むつ」
女は六を飛ばして、皿を数え始めました。
「七、八、九、十。一枚たり ………………、あ。あら、嬉し」
それから、井戸から声が響いてくるということは、無くなりました。
さて、しばらくして、この井戸周辺にはジャコウアゲハが大量発生したといいます。このアゲハの蛹はまるで女が後ろ手で縛られている様子で、お菊の怨念が宿ったのだと、人々は噂しました。
一方、その頃、某うどん屋、夜の無人なる厨房にて、ある幽霊が貨幣を数えながら、
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、七枚、八枚、九枚。一枚足りなーい」
皿うどん 高黄森哉 @kamikawa2001
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