これもまた凡人。(思い付きの旅の話。)

夜河凡人

そうだ、旅行へ行こう。

 世の中には、青春18切符なる、実に面白いものがあります。


 簡単に言えば、この切符を持っていれば、五日間JRの普通列車と快速列車が乗り放題になるのです。

 青春18切符なんという名前を付けられていますが、別に青春じゃなくても、18じゃなくても使えます。

 まあ、私は歳で言えば青春なはずなので、初めから気にする事ではありませんが。


 私は鉄道が好きですし、他所の景色を眺めるのも好きでした。

 ですからこの切符を使った旅というのは、かねてから一度行ってみたいと思い続けていたのです。


 しかし、数年前にそう思って実行しようとした矢先に始まったのが、件の伝染病です。

 結局今日に至るまで、私は伝染病とは縁がないまま過ごすことはできたのですが、なんにせよ行動の自由というものは、その間全く無いに等しかったのです。

 また私も相応に忙しい生活が続きに続いていますので、伝染病が静かで尚且つ長休みの期間には、動けなかった分の私的な予定が畳み掛けてきて到底遊んではいられませんでした。


 そうこう言って、ようやくまとまった時間が取れそうだったのが年末年始の期間だったのです。


 初めに私は計画を立てようと思いました。

 荷物はどれほど持っていくのか。具体的にどのような経路でどこへいくのか。それはまず考えなければと思っていたのです。


 旅は計画するのが一番楽しい、などとも言うくらいで、私はとても楽しく準備をしていたのですが、ここで私にはまた不運が襲ってきました。


 出発すると予定していた日の十日ほど前に、三十八度を超える熱に見舞われたのです。


 まず疑うべきは、まだ世界的に流行りの抜けていない伝染病です。

 しかし、抗原検査とPCR検査を合わせて三度ほど、インフルエンザの検査も複数回受けましたが、全て全くの陰性でした。

 医者にも当然幾度かかかったのですが、

「感染症の類では無いようです。おそらくは疲れなどから来るものでしょう。しかしハッキリとした原因はよくわからないので、とにかく安静にしておいてください。」

だそうです。


 数日寝れば治るのだろうと高を括って、寝て過ごす事にした私でしたが、これがどうも良くならないのです。

 一週間も経つ頃ですら、熱は三十七度を下回りませんでした。


 人によっては三十七度など平熱のうちの方もいるでしょうが、私は平静から三十五度、下手をすれば三十四度も珍しくない低体温の持ち主です。

 三十七度と言うのは到底正常範囲には収まらない、大変な熱でした。


 私はもう、旅に行くなどと言うことは殆ど諦めていました。と言うよりも、このまま何か大病に発展しやしないかと、そういった心配の方が勝るような具合でした。


 しかし、これまた不思議な話で、実に面白いことが起こったのです。


 旅に出るつもりだった日の前日。

 朝起きると、昨晩までの熱と具合の悪さが、まるで嘘だったかのような具合でした。

 一切体に不快感などがありません。食欲も驚くほど元通りです。昨日まで布団から出るのもやっとな具合だったのに、です。


 しかも、これが一番不思議なのですが、走ったり重いものを持ったりしても、以前より辛いことがないのです。


 普通一週間も床に臥せっていたら筋力というのは格段に低下するものだと思いますが、なぜだかそう言ったことが全く体に感じられませんでした。


 私はキツネに化かされたかのような気分でしたが、それよりも先に思ったのは、

(これなら明日からの旅に行けるかもしれない。)

と言う点です。


 我ながら楽天的すぎる気もしますが、せっかく空いた休みです。意地でも行って

やろうと言う気持ちが強かったのでしょう。


 ともかく両親に頼もうと思って、朝のうちに頼んでみたのですが、驚くほどあっさりと許可を出してくれました。


 どうやら、私が自身の体調についてはわかっているだろうと言う、信頼からのものだったようですが、そんな自己理解のハッキリした人間は過労で失神したりなぞしませんから、流石にこれは買い被りすぎな気もします。


 まずその日のうちに青春18切符を仕入れました。

 おそらく私の家から普通列車だけでまとまった距離を動こうと思ったら、始発から乗らなければ間に合いません。

 始発では、みどりの窓口を訪ねる時間がありませんし、そもそも開いていないでしょうから、前日に仕入れて置くことがとても大切です。


 荷物は最低限に留めました。昔に買った登山用リュックがあったので、それに入るだけの荷物にしておく方が良いと思ったのです。

 それと、貴重品は別に持たなければいけないので、ちょっと大きなウエストポーチを一つ持ちました。


 計画は、結局これだけしか立てませんでした。


・東京に行って、三年会わなかった親類に会うこと。


 あとは行き当たりばったりです。


 あとこれは結果を省みても思うのですが、

楽天的な人間の方が、こう言うときは大抵面白いと相場が決まっています。

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これもまた凡人。(思い付きの旅の話。) 夜河凡人 @Todays_Kyo

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