夜の底我を滅ぼし救うもの神代の雷霆貴女の裸体
「今日は、海の中を進む船を見掛けました。あれはおそらく、原子力潜水艦です。なぜだろう、私、前にもあんなのを見たことがあった気がする……」
ある日、彼女は言ったのだった。
やったー! 憎っくき蛇女の石化の術を治療する、安定した術式を確立したわよ! 要は、硅素を、ちゃちゃっと炭素に置き換えるだけなんだけどさー……
私は、研究の成果を早口で捲し立てたけど、それは、誰にも受け留められることなく、無意味な音波のごとく消えてしまった。
相変わらずいい感じに散らかっているアトリエが、ふと、なんの媒質も存在しないかのようにだだっ広く思えた。
同居人たる元人魚姫は、原子力潜水艦を目撃してほどなく、このアトリエから姿を消した。
新しい幸せな恋をしたなら、それでいい。けれど、私の胸を嫌な予感がよぎった。
かつて、人間は、超古代文明の元に繁栄を極めていた。
しかし、この地球上に存在するのは、人間だけではない。
地球そのものの意思たる大地母神は、人間があまりにも増えすぎると、重たい重たいと嘆きだす。
また、雷霆を武器とする最高神は、人間の武器が雷霆を超越することを許さない。
かくして、神は人間やその文明を滅ぼすのだ。それは、これまで幾度となく繰り返されてきたことである。
美女を餌に英雄たちを踊らせ、大きな戦争を引き起こしたこともあった。
神々だって疲弊する。ある者は、神を辞めて魔女となり、またある者は、神であった記憶を封印して、恋に生きる人魚と化した。
ふいに、アトリエの培養槽が振動した。それは、今は使用しておらず、ただ海水を満たしてあるだけの容器だったが、その海水が、激しく泡立ったのだ。
やがて、その泡は、この世に二つとない姿形をとって、私の前に立ち現れた。
「人間を滅ぼす企みが、また動きだしたらしいわ。私は、その日をあなたと迎えることにした。かつてオリュンポスにいた頃、私が、これ見よがしに男たちと浮名を流しても、あなたは、歯牙にも掛けてくれなかったけれど。ああ……我が最愛のアテナ」
私は、眩暈を覚えていた。人魚と化していた彼女は、力と記憶を取り戻したのだ。
私の眼前で、泡からその唯美な肉体を再構築したうえ、我が真名を呼んだのだ。
かつて、私も彼女も女神だった。巡り合い、相争い、別離した。
魔女として、人魚として、流転した果てに再会したのである。
今回は、彼女の勝ちかもしれない。戦争と叡智を司る女神が、敗戦の予感を悦んでどうすんのよ。でも……
お帰りなさい、アフロディーテ。
女神の帰還 如月姫蝶 @k-kiss
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます