永遠なんてない(カフェシーサイド8)
帆尊歩
第1話 カフェシーサイド8
塩浜海岸はサーフィンのメッカだ。
外房の太平洋に面した海は、サーフィンに適しているらしい。
僕には分からないが、海岸には無料のシャワーなんかもあって、夏でもないのにビキニの女の子が何人かでシャワーを浴びていたりする。
僕は買い出しのため家の外に出ると、サーフボードを持った二人のギャルっぽい女の子と鉢合わせした。
「あっお隣さんですか」
「えっ」
「私たちお隣の部屋を借りた者です。しばらくいるので、よろしくお願いします」
「あっ、はー」塩浜海岸には、田舎のくせに、これでもかという大きさのマンションが建っている。
過去、バブルの時に建てられたリゾートマンションで、今は価格が下がって、売りに出されるところも多い。
その一つに僕は住んでいる。
どうやら隣は、もて余したオーナーが、短期の賃貸しをしたようだ。
「どうした手代、顔がニヤついているぞ」海辺のカフェ「柊」の謎の女亭主遙さんが言ってくる。
「そうですか」僕は、砂掻きの仕事に嫌気がさして、三メートルの高さのテラスに建っている店にいるときだ。
「なんか良いことあったの?」唯一の常連、香澄さんが言ってくる。
暇な店内なので、朝のことを話す。
「えー、じゃあ、あの中にいるってこと」と、遙さんは浜辺のサーファーを見ながら言うが、月の沙漠と称される塩浜海岸である。
広大な砂浜には、ぽつりぽつりとサーファーが見えるだけだった。
ところが、その中の二人がゆっくりと「柊」にやってきた。
なんと朝の二人、
「あっ、朝は、ここの従業員さんなんですか」
「手代です」と遙さん。手代って言うな、と心の中で叫ぶ。
「すみません。この子がお腹痛くなって、休ませてもらって良いですか」
「真希、本当に大丈夫だから」
「お気になさらず、ゆっくりなさってください。救急車呼びますか?」
「いえ、本当に大丈夫です」
「でもカコ」と真希と呼ばれた女の子は心配そうにしている。
その時僕は、遙さんの顔が無表情になり、目が細まったことを見逃さなかった。
そして遙さんはどこかに電話をした。
物の十数分で、遙さんと同い年くらいの女の人がやってきて、カコと真希の隣の席でコーヒーを飲みはじめた。
(誰?)と僕と香澄さんは顔を見合わせた。どう見ても遙さんが呼んだのは間違いない。
「あなた、妊娠している?」と女の人はカコに尋ねた。
「ええー、カコ。そうなの?あたしにはダイエットに失敗して、おなかが出たって言っていたじゃない。痛いの?大丈夫?」
「眞吾くん。テラスからベンチ持ってきて」物を頼むときだけは、手代から眞吾に昇格するようだ。
店内には椅子はあるけれど、横になれるところは無い。
テラスには、簡易ベンチなんかも置いてある。
店内に持ち込み、カコを横にすると、女の人はカコのウエットスーツを脱がした。
中はビキニだから、お腹が見える。
確かにぽこっと出ている。
女の人はお腹をさすった。
「どお?沙絵」と遙さんが声をかける。
「この状態でサーフィンするなんて。あなた、子供流すつもりだった?」
「ちょっと、カコどういうことよ。孝の子なの」真希の方がテンパっている。カコは何も答えず、天井の一点を見つめていた。
「何があったか知らないけれど、子供に罪はないんだよ。生まれようとして生まれなかった子供も、産みたくても産めなかった人間もたくさんいるんだよ」遙さんから沙絵と呼ばれた女の人は酷く低く言う。
そこには不思議な凄みがあった。
「まあ、今すぐどうのと言うことはないと思うけれど、生まれるまでサーフィンは禁止。流すにしても、サーフィンして自然になんて、ばかなこと考えてないでね。二度と子供産めなくなるよ」
僕と、香澄さんは口パクと指のジャスチャーで会話をする。
誰?
さあ?
医者?
いや、看護師ぽくない?
ああ、看護師か。
遙さんの知り合い?
聞いたことないし。
じゃあ友達?
そんな僕と香澄さんを、遙さんがキッと睨みつける。
「孝は言ったの。あたしを永遠に愛するって。なのに」
「だからって、何であたしにまで黙っていたのよ。なんで相談してくれなかったの」
「真希に心配掛けたくなかった。あたしの問題だし」
「こんなこと後で聞かされた方がよほど心配だよ」
「ゴメンね、真希」
「孝が、カコのこと永遠に愛するって言ったんだ。確かに孝にそう言われれば」
「この世の中に、永遠なんてないんだよ」と沙絵さんは冷たく言い放った。
その言葉はその場を凍り付かせた。
その後、落ち着いたとこを見計らって、カコと真希はタクシーで病院に向かった。
着替えはしたけれど、サーフボードは「柊」で預かることになった。
「あなたが、手代の眞吾君」
「違います」と僕は言い切った。
「スタッフの眞吾です」
「そうなんだ」と楽しそうに声を上げる。
とてもさっき冷たく言い放った人とは思えない。
「遙。コーヒー。砂糖マシマシ。ミルクマシマシマシで」
「あれ、この話、キャラ増えたか?」
「眞吾君、誰に向かって言っているの?」
「香澄さん、独り言です」
永遠なんてない(カフェシーサイド8) 帆尊歩 @hosonayumu
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