第9話 シエラ
異世界の長ったらしい名前のラーメンの味は、素材が違うからか、とても美味しかった。これだったら荻窪でも店を出せるぞ!
お会計はシエラが食べた酢豚も併せて50マサラ。
安いんだか高いんだか良く分からない。
「りこぴー、ごちそうさま!あんな食事久々に食べたから美味しかったよ~!ありがと!」
「ううん、いいよいいよ、シエラにはこれからも色々教わるかもしれないから、あれくらい当然だよ」
と、返事をしてふと気づいた。
これからも色々教わるって、ワタシ、この異世界でも働く気になってるのか?
まだ仕事に行くまでには時間があるため、私とシエラは屋台で飲み物を買い、会社までの道のりを歩きながらコーヒータイム。いや、コーヒーじゃないけど、何なんだ?この飲み物?
妙に甘ったるくてこってりしてる。まるでカスタードプリンをそのまま液体にしたみたいだ。
「ねえ、シエラ。シエラって兄弟とか居るの?」
「兄弟?う、うん…居るよ。五つ下と六つ下と七つ下」
「へぇ~、じゃあシエラも含めて四人兄弟なんだね。弟?妹?」
「全員女なんだ」
「わ~!みんな女なの?それは珍しいねえ。私なんか三人兄弟の末っ子で、私一人だけ女だからさ、妹がいるって羨ましいよ。じゃあ、ご両親と六人で住んでるの?」
「えっと……ウチは両親居ないんだ…」
「じゃあシエラと妹三人で住んでるの?」
「うん…」
シエラの表情を見て、私はハッとした。さっきも家族の事を聞いた時、彼女はなぜか悲しそうな表情になったのを思い出した。
「シエラ、私、何か聞いちゃいけない事言っちゃったみたいだね。ゴメンね、別の話にしよっか?あのさぁ、さっき行ったお店だけど…」
「りこぴー、いいよ。気ィ使わせちゃってゴメン。あのね、りこぴーは信用できそうだから話すね。……ウチの両親さあ、捕まっちゃったんだ」
「え!?何で?」
「えっと…今の王様が即位して税金がスッゲー高くなったり、他にも色んな事が変わっちゃってさ、ウチら庶民の暮らしが大変になっちゃったんだ。それでさ、反王室運動が起こってね、ウチの父ちゃんもその運動に加わってたのね。でね、ある日突然憲兵隊が家に来てさ、父ちゃんと母ちゃんを連行して行ったんだ…それ以来、ウチと妹たち四人で生活してる…」
「マ、マジ?生活費とかどうしてるの?親戚とかが援助してくれてるの?」
「ううん、どこの家も今は大変だからね、援助してくれる人なんか居ないよ」
「じゃあどうしてるの?今の会社のお給料でやってけるの?」
「あはは、ムリムリ!私一人だったら何とかなるけどさ、妹が三人も居るから会社の給料だけじゃやってけないさ!マジ無理!なしよりのなしみたいなー!」
「だったらどうしてるの?」
「えっとね…会社が終わってから他の仕事してるんだ」
「え~!仕事掛け持ちしてるの?何の仕事?」
「うーんとね…えっとぉ、ここから歩いて20分くらいのトコにカヤブキ町って繁華街があるんだけどね、そこにある大きな飲み屋で歌手と踊り子やってる。あとね、会社が休みの日は縫製工場で働いてるんだ」
「マジ?それじゃ仕事3つも掛け持ちしてるの!?」
「うん…それくらいやらないとお金足りないからね。妹が三人も居ると大変なんスよ~!あははは…」
見た目はチャラチャラしたギャルかと思っていたけど、シエラは妹達のために頑張っている子だったんだ。
毎日テキトーにダラダラ仕事して、家に帰ったら酎ハイ飲みながらゲームやってる私なんかとは全然違うよね…
何だか自分が恥ずかしくなって来た。まともにシエラの顔を見れないよ…
でも、両親が捕まったって言ってたけど、帰って来ないのだろうか?
「ご両親は戻って来ないの?」
「それがさ、ウチも色々調べてみたんだけどさ、消息が分からないんだ。生きてるのか死んでるのかさえも分からないんだよね…」
「そう…」
「このハナシね、会社の人で知ってるのはりこぴーと社長だけなんだ。ウチってさぁ、勉強も出来ないバカだからさぁ、本当はウチがあの会社で働くなんてムリなんだけどね、父ちゃんと社長が知り合いでさ、事情を知った社長が社員にしてくれたんだ。もうマジ社長には頭が上がらねーッス」
そうか。そんな事情があったんだ。
それにしても王様とやら、税金の件と言い、シエラの両親の件と言い、マジでクズだな。
まだこの世界に来るようになって三回目だから、詳しい事情とかは分からないけれど、この状況って何とかならないのだろうか?こんなに皆が苦しんでるのに。
あ!
そう言えば、ハゲが言ってたよな。この世界は自分が”異世界ツクール”で造ったって。
いや、まったく信じられないバカバカしい話だけど、もし本当にハゲがこの世界を造ったのだとしたら、ハゲに言えば何とかなるかもしれない。
よし、今日帰る時に文句言ってやろう。そんでもって、この状況を変えてもらおう。造った本人だったら出来るハズだろ?
会社に着くと、今日はひたすら計算をさせられた。
この会社は食料品を輸入したり輸出したりしている食品商社なので、それに関する計算を山ほどしなくてはならない。
電卓なんか無いから、皆ソロバンを使って計算をしている。だが、私はソロバンなんて使ったことが無い…どうしよう…
こんな計算、PCとエクセルがあればあっと言う間に終わっちゃうんだけどなぁ。
あ!スマホがあるじゃん!スマホに表計算アプリ入ってるじゃん!
私はスマホを取り出し、表計算アプリを立ち上げて数値を入力した。ついでに原価率や輸入した商品の不良率なんかも出してみた。数字だけなら読み書きできるし。
スマホの小さな画面で操作する表計算アプリはちょっと面倒くさかったけど、二時間ほどで全部の計算を終えて紙に書き出し、社長さんの元へ持って行った。
「あの~、計算終わりましたけど…」
「え?もう終わったの?本当かな~?さっき渡したのって普通にやったら三日くらいかかる量だよ~」
「はぁ…でも、全部終わりましたけど」
社長さんは私が書きだした計算結果の書いた紙を、真剣な表情でパラパラめくって見ている。たまにソロバンで計算を確かめながら。
「すごい…本当に全部終わってるよ!しかも原価率や不良率、廃棄品率まで計算してあるよ!すごいすごい!いやぁ~、リンコさん凄いねぇ!」
いや、私が凄いんじゃなくて、スマホと表計算アプリが凄いだけなんだけどね…
でもこの世界の人にスマホなんか見せたら大騒ぎになるよね…スマホの事は黙っておこう。
私は自分の仕事が終わってしまったので、他にやることは無いかと思ってシエラの席へ行ってみた。
「ねえシエラ、何かやる事無いかな?」
「え?りこぴーもう計算終わったの?うそっぴ~!あんなにいっぱい計算あるのにそんなに早く終わるワケないじゃん!」
「いや、それがね、終わっちゃったんだな…社長さんにも見せたし」
「マジ?うひゃあ!りこぴーチョー頭いいじゃん!すげー!」
シエラは私がやっていたのと同じように、書類を見ながら計算をしている。
その書類を覗き込むと、ひとつの項目だけやたら単価が高い商品があるにに気が付いた。
「シエラ、これってやたら単価が高いよね?この商品って何?」
「あー、これはね…」
私はその商品の名前を聞いて心底驚いた。―――――
異世界OL サバ太郎 @SABA-TARO
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