第8話 異世界食堂

「ねえ凛子、もうすぐ14時だよ。もうランチタイム終わっちゃうよ。お昼どこ行く?」


いつものように京香がランチに誘って来た。


「あ~、もうこんな時間かぁ…ランチタイム過ぎちゃったねえ」


今日は広告データの入稿が重なっていて、私も京香もバタバタしていてすっかりお昼を食べるのを忘れていた。


「うん、ランチやってるお店、どこも14時で閉まっちゃうからね…どうしよっか?あ、先週駅ビルにオープンしたお好み焼き屋さんに行ってみない?」


彼女はいつも新しい店や美味しい店の情報をどこからか探し出して来て誘ってくれる。こう言うところがソツが無いって言うか、気が利いてるんだよなあ。私にはとても真似できない。

お好み焼きかあ…いいねえ、食べたいねえ…


あ、でも昨日、シエラにご飯奢る約束をしたんだった。でもねぇ…未だにあの”異世界”とやらの事が半信半疑で、今一つピンと来ない。

私はマジで異世界とこっちの世界を行ったり来たりしてるのか?

やっぱり明晰夢なんじゃないか?

でももしも明晰夢だったとしたら、今この瞬間は何なのだ?

だって夢から覚めた覚えがない。

ずっと夢の中?

ひょっとして、私が生まれてからの記憶って、全部夢の中の出来事なんじゃないか?

だったら本当の私ってどこで何をしてるのだ?

生まれてからずっと何かの病気で眠ったままで、ひょっとしたら本当の私って、病院のベッドで眠っている6歳の子供だったりして…

あ~もう、何だかよく分かんない。


「あー、京香ゴメン、私今日はちょっと用事があるんだよね」


「え?そうなの?珍しいね、凛子がこんな時間に用事なんて。うん、分かった。じゃあ私どこかで適当に食べて来るね」


「ごめん、京香」


「いいよいいよ、気にしないで。どうせこれから印刷屋さんにPOPの色校正取りに行く予定だからさ、ついでにどこかで食べて来るよ。じゃ、行ってきまーす!」


パソコンの時計は13時50分。

数分後に非常階段に行けば、ちょうどあっちの世界のお昼時だろう。

私は席を立って給湯室に向かった。


♪寄せて 掴ん~で集め~た胸を~重力も置~き~去~りに~し~て♪

♪パイスラなど~知らない~意味無い~この谷間が~元に戻~る そ~の先に~遥かな~想いを~♪

【only my railgun/FripSide】


超絶下らない替え歌を歌いながら給湯室へ行き、非常階段の重いドアを開ける。


あー…


青い空。

清々しい空気。

人々のざわめき。

小鳥の囀り。


やっぱりか…


非常階段を降り、露天で賑わう通りを抜け、大通りへ出て”あの会社”へ向かう。


「あ~、りこぴー!遅いっつーの!ちょーハラ減ったよぉ~」


会社の前でシエラがうんこ座りをして待っていた。なんかこう、田舎のコンビニの駐車場でたむろしているDQNみたいだ。


「あー、ごめんねシエラ、待たせちゃった?でさ、何食べに行くの?」


「うーん、そうだなあ、りこぴーは何食べたい?」


「私は何でもいいよ。今日は私の奢りだからさ、シエラの食べたいものでいいよ。昨日も色々教えてもらってお世話になったしね」


「マジ~!やったぁ!ちょーうれぴーまん!りこぴーわかってぃんぐぅ~!」


マ”ジ”、”やった”以外は何言ってるのかさっぱり分からないが、たぶん喜んでいるんだろう。


異世界の大通りを異世界のギャルと歩く。何だか不思議な気分だ。

こっちの世界は機械文明がまだ無いので空気が汚染されておらず、外を歩いているととても清々しい。

石畳の道はデコボコしていてちょっと歩きにくいけれど、歴史の教科書の挿絵のような街の風景や、人々の様子を見ているだけでもワクワクしてくる。

文字が読めたらもっと楽しいだろうな。

そう言えばこの場所って何て言うんだろう?そんな事さえ知らないんだよね、私って。


「ねえ、シエラ。この街って何て言う街なの?」


「はぁ?りこぴーそんな事も知らんでここに来たの?マジ?それってガチめでヤバめっしょ~!あのね、ここはヨッツヤーだよ。ウタキオ国の首都ヨッツヤー。みんなは王都って呼んでるけどね」


「あ、そうだね、ウタキオ国だったね(知らんがな)王都ってのは知ってたけどさ(知らんがな)、そうかぁ、ヨッツヤーかぁ…」


「シエラはここの生まれなの?家族と一緒にこの街に住んでるの?」


「え?家族?う、うん…まあね…」


私の問いかけに、シエラの表情が一瞬曇った。何か聞いちゃいけない事聞いちゃったかな?


「あー、りこぴー、ここ、この店でいい?」


シエラがそう言って立ち止まった場所の前には、ちょっと立派な門構えの建物がドーンと建っていた。

見るからにお高そうな店。

ここって結構高級な店じゃないのか?大丈夫か?私の手持ちで足りるのか?

私の心配をよそに、シエラは店のドアを開けてずんずん中へ入って行く。


「あっ、シエラちょっと待ってよ!」


店内は思ったよりも広くて、四人掛けのテーブルが20卓ほど整然と並んでいた。

半分ほどの席は先客が座っており、皆なごやかな雰囲気で食事をしている。


私とシエラが奥の窓際の席に座ると、すぐに従業員がメニューを持って注文を取りに来た。

メニューを渡されたが、文字が読めない私は何を注文していいのかサッパリ分からない。


「ねえ、シエラ、私は字が読めないからさ、シエラが適当に選んで注文してよ。私、好き嫌いとかないから何でも大丈夫だよ」


「そっかー。じゃありこぴーは…これで…ウチは、これにしよっと!」


シエラがメニューを指差して従業員に伝えている間、私はもう一度店内を見回してみた。

お客さんは女性客の方が多く、皆身なりが整っている。表の屋台で買い物をしている人達とはちょっと違う雰囲気だ。その客層から判断すると、割と高級な部類の店なのだろう。

そして女性はやっぱり全員巨乳!服の前がばいんばいんに盛り上がっている。

やっぱりハゲの言ってた事は本当なのかもしれない。


「それではご注文を確認させていただきます。『特選国産豚バラ肉のロースト エスカテリーナ風魚介テリーヌとナガーニ産濃緑ほうれん草のフリカッセ ガーデン鶏の新鮮テイスティ玉子とネリーマ産オニオンとヴィンテージ鶏のブラックビーンスープ エッグヌードルを添えて』、そして『国産朝霧豚肩ロースのソテー コク旨香りサワーソース掛け 5種類の彩り野菜と山の恵みの宝石仕立て 新鮮なグリーンビーンズとさわやかな甘さのパイナップルと共に』でよろしいでしょうか?」


「はーい、オッケーでーす」


「かしこまりました。少々お待ちください」


従業員は軽く会釈をすると厨房の方へ去って行った。


「ちょ、ちょっと、シエラ!何よ?いまの長~い名前の料理!ここってものすっごく高級なお店なんじゃないの?大丈夫?お会計足りる?私、昨日貰った一日分のお給料しか持ってないよ」


「だいじょーぶだって!全然足りるし~。金モじゃなくても問題ねえっしょ!つーかさ、この店、けっこーチルくね?」


「う、うん、チ、チルい、ね…」


良く分かんないけど、まあいっか。


「ねえねえ、りこぴー。りこぴーってさぁ、そんなに美人で細くて貧乳だったらメッチャモテるっしょ?さっきもここへ来る途中、男の人がジロジロりこぴーの事見てたもん。いいなあ、貧乳で。うらやましいなあ~」


「そ、そうかな…私なんか別にモテないよ」


「んなワケないっしょ!会社でもさぁ、りこぴーの事ウワサになってたよ!すっげー細身で貧乳の美人が入ったって。男性社員なんかりこぴーの話でメッチャ盛り上がってたもん」


「え?そうなの?いやぁ、それは何かの間違いじゃ…私なんかがそんな話題になるハズないよ」


「マジだってぇ!だってみんなウチに聞きに来るんだよ。りこぴーは独身なの?とかさ、彼氏居るの?とかさ、どこに住んでるの?とか。あ、そうそう、ちなみにりこぴーってどこおに住んでるの?」


「え?住んでるとこ?えーっと…あの、まだこっちへ来たばかりだから…あ、あの、えっと…ホ、ホテル住まいなんだ。住むところが決まるまではホテルに泊まってるの!」


「ふ~ん、そうなんだあ。でもさ、ホテル住まいなんてもったいなくね?ホテル代高いっしょ?」


「う、うん…そうだね…あのさ、ちなみにこの辺で部屋を借りると、家賃っていくらくらいなのかな?」


「この辺?この辺りは街中だから結構するよ~。広さによってピンキリだけどさぁ…そうだなあ、女性が一人暮らしして問題無い感じの部屋だったら、うーん…ひと月2,000マサラくらいで借りれるんじゃね?」


2,000マサラ…って言われても全然ピンと来ない。

昨日貰ったお給料が、日払いで275マサラだったよな。つーことは、正社員になったら1日300マサラくらい貰えるんじゃないか?

となると一ヶ月分のお給料が7500マサラくらいか?

家賃が2,000マサラくらいだったら、このお給料から払っても大丈夫そうだな。

こっちの1時間はあっちの世界の1分だから、こっちに1か月居ても、あっちの世界では11時間しか経たない事になる。

だったらあっちの世界の土曜日の午前9時にこっちの世界に来て1か月過ごして帰ったとしたら、あっちの世界へ帰った時は土曜日の夜20時。

更にもう1か月こっちに居てから帰っても、向こうの世界は日曜日の朝7時。

だったらこっちで部屋を借りるのもいいかもしれないな。

こっちの世界に居る間、昼間はシエラと同じ会社で仕事をして、夜はシエラや会社の人と飲みに行ったり遊びに行ったり、休日はこの異世界を旅行したり……それはそれで楽しそうだぞ!うん、何だかワクワクして来た!


「お待たせいたしました」


レストランの従業員が注文した料理を運んで来た。

一体どんな料理なんだろう?

あんな長い名前の料理、あっちの世界でも食った事無いぞ。

ちょっと期待している私の目の前に置かれた料理は ―――


ラーメン


普通の、醤油ラーメン。

シエラの目の苗に置かれたのは、酢豚。

どこからどう見ても『酢豚』


「ね、ねぇ、シエラ。この料理の名前ってさ、何だっけ?」


「料理の名前?えっとねぇ、何だっけかな…メニュー、メニューっと。えーと…あ、これだ。いい?読むよ?


特選国産豚バラ肉のロースト(チャーシュー) エスカテリーナ風魚介テリー(なると)とナガーニ産濃緑ほうれん草のフリカッセ(ほうれん草) ガーデン鶏の新鮮テイスティ玉子(味玉)とネリーマ産オニオン(ネギ)とヴィンテージ鶏のブラックビーンスープ(スープ) エッグヌードル(麺)を添えて、だってさ」


そ、そうか…ラーメンの事だったのか…

だったら普通に”醤油ラーメン”って書いておくれよ。

フランス料理かと思ったよ…

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