第5話
ちっぽけな水晶体に、輝く無限大の海。否、空だ。空は果てしない。まるで、孤独そのものだ。
宝玉は、両の目として、彼女の白い顔にはめられて在る。永遠に眺めていたかった。小さな海は色を変えていく。朝陽か、夕陽か。判然としない。どうでもよい。爆ぜる赤い果実。十代の頃に、初めて口にしたりんごあめを想起させた。いかにも安物らしく、女子供に媚を売る風の見た目。高まる期待は、口の中で、飴とともに砕け散った。
彼女が宣言したとおりで、なるほど、確かに彼女には洋服よりも和服のほうがよく似合った。すっかり習慣と化してしまった、彼女によく似合う服と景色と、その写真撮影。もちろん、僕自身も撮ったり撮られたりしている。新緑がざわめく中、初め、彼女は白い、肩を出したワンピースを着ていた。写真もいいけれど、僕は彼女の内面性をも表現するには、絵を描くのがいいに違いないと思い始めていたのだ。古都に残るサロンで、パチパチとシャッターを押したのはいいが、何かが足りないと感じていた。
ここまでに来る際にも、彼女がしきりに気にしていた紙袋を出してくる。浴衣? と彼女は驚いた。しかも、恐ろしいことには、この浴衣、実は僕のお手製でしかも手縫いである。彼女は、小学生の頃に知り合いに浴衣を手で縫ってもらったことがあって、その浴衣の柄が自分によく馴染んで大層お気に入りだったそうだ。浴衣なら、ほぼ直線であるし、そもそも昔の人はみんな手縫いであったわけで、僕にもやってできないことはないだろうと思った。さすがに生地は彼女に似合いそうな反物を買ってきた。浴衣の縫い方が載っている本も探し出し、後はもうやってみるだけだった。
ワンピースの上に浴衣を羽織らせる。それだけで、この浴衣作りが成功したことが理解できた。やはり、彼女には和服のほうがよく似合うのである。水色と藍色が基調の反物に、白い肌が浮かび上がるようで、吸い寄せられるように露になった鎖骨のあたりにキスをすると、本気で頭を小突かれた。不意打ちに、尻餅をついてしまった僕は、この対応はなんだろうかと密かに涙した。心で泣いたら、目から涙が溢れ出してしまったのだ。
とにもかくにも、僕がひとりすすり泣いているうちに、彼女は僕が持ってきた本をもとにして浴衣を着付けていた。なんと愛らしいことだろうか。お姫さまは、僕の手を引き、紙袋に残っていた男物の浴衣をその場で僕にも着付けてくれた。
なんだか夏祭りのようだなあと思われた。
どうにかこうにかして、空が瞳に写る角度を探り出す。空の青と浴衣の青とが一体になって、どうして彼女はこんなにも美しいのだろうかと不思議に思った。この世のものではないようだ。
りんごあめみたいな瞳が彼女の中で爆ぜた。燃え上がったのは、斜陽ではなくて、彼女の心の炎に思えた。
骨伝導を知っているかと訊ねられた。
女は耳や骨以外にも、音を感じる場所があるのだと言う。彼女は下腹部に手を添えた。高い音はよく響く。それだから、女が声の良い男を好むのは仕方のないことなのだ。だから、あなたの声を他所の女の中で響かせないでと懇願された。それでは、僕が君の中で感じさせるものは、声だけで良いのかと訊ね返したら、困った笑顔を向けた。
真面目な彼女は、どうやら婚前交渉は断固避ける
乖離 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
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