戦乙女ブラックライフ 〜戦乙女はトラックで現代人をヴァルハラに送りながら自堕落を楽しみます〜

月緋

轢くのが仕事ですので

 大きなハンドルを握りしめ、私は国道を直走る。

 本日も大型トラックから見える視界は良好だ。晴れ渡る空の下で、私は今日も長距離をトラックで走る。もう随分と慣れたもので、運ぶ荷物の差異はあるが運転にも長距離にも苦を感じなくなっていた。

 いい意味でのルーティンの完成だ。睡眠時間は少なめでも、眠くなることは稀である。


「拘束時間だけは気に入らないけどね。まあ、給料はそこそこだし、文句はないけど」


 信号を待つ間に、私は煙草に火をつけた。

 最近はこういうことにもうるさいのだが、事故さえ起こさなければ特段問題にはならない。その点私は不真面目なりに安全運転に努めている。

 他のドライバーがどうかは知らないが、私は運行ルートを同僚によって事前に決めてもらっていた。

 日本という土地に関して私は詳しくない。配属されて日が浅いわけではないが、土地勘はまるでなく、同僚による設定されたナビゲートによって私は仕事を行なっている。


「そろそろ覚えないといけないとは思うけど。いつあっちに戻れるかわからないし。でもなあ……」


 設定された道を丁寧に走っていると、視界の端でスマートフォンが震えた。


「そろそろなんだ」


 目的地までは遠い。しかし、中継地点が私には存在する。


「久しぶりに今日は一件仕事があるー。あれやるとささやかなボーナスが出るから頑張らないとなー」


 紫煙をくゆらせながら、私は交差点を曲がる。

 この先だ。指定の場所まであと数分といったところ。

 時間は問題ない。万事この上なく順調だ。

 目的の一つが終わったら休憩しよう。コンビニエンスストアのデザートでも食べて、一息つこう。

 大きな通りを走り続けること数分、信号は青。


「三、二……」


 良好な視界の左端に動く影がひとつ。飛び出してくるそれをばっちり視線で捉え、私はアクセルを強く踏み込む。


「おめでとう」


 フロントバンパーに衝突する鈍い音と共に血飛沫がフロントガラスに付着する。しかしそのまま止まることなく通り過ぎてから、私は胸のペンダントを握りしめた。

 瞬きをすると、世界が静止する。


「さてさて、挨拶を済ませて引き継ぎをしないとね――よいしょっと」


 念の為ギアをパーキングに、サイドブレーキを引いてから、スマートフォンを手に取る。そしてトラックを降りて悲惨な現場へ。

 原型を留めていない肉体と、方方を彩る鮮血を眺めながら、その上に浮遊するそれに声をかけた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは……? え、あんたが運転手?」

「はい、その通りです」

「ブレーキも踏まなかったじゃないか、どうして」


 それは戸惑いの声で私へと問いかけるが、私は事務的に答える。


「おめでとうございます。あなたは異世界転生に選ばれた素養ある存在です」

「はぁ? 俺には家族もいるし生活もちゃんとある。祝われても困る」

「でも、好きでしょう? 異世界転生」

「まあ……。だがそれはあくまで娯楽として――そもそもあんたは一体誰なんだ」


 私は会社の制服に作業ズボンという風体であることを思い出した。

 これではただの電波な美人である。

 とんと踵を鳴らすと、私の身体が光に包まれた。本来の仕事着を身につけ直し、丁寧に頭を下げる。


「申し遅れました。私は戦乙女ヴァルキリー。あなたを異世界――ヴァルハラへと導くための存在です」

「ヴァルハラ!? 俺は戦士じゃないぞ、なんでそんなところに」

「あら、詳しいようで何よりです。こちらも人手不足でして。――後のことはノルンにお任せしますので雇用条件などはそちらで」

「ちょ、おい了承してないぞ!」


 私は喚き立てる男の魂へと歩み寄ると、ぼんやりと浮かび上がるその頬へと手を伸ばした。


「あなたに主神の加護を。後のことはご心配なく」


 するりと頬から手を離すと同時に、男は白い光となって私の乗っていたトラックの荷台へと吸い込まれていった。

 ここから魂の運送を担う戦乙女のところまで運ぶのが私の役割だ。

 ひとまず私はスマートフォンを取り出し、馴染みの番号へと電話をかけた。この空間で繋がる電話番号は同業者だけ。


「時間通りね。ご苦労様、レオナ」

「ええ、後始末をお願いするわ」

「りょーかい。すぐに終わらせるね。トラックの方は自分でやってちょうだい。――残りは安全にね」

「はいはい」


 私は大型トラックの正面へと回り込み、べっとりとついた人由来の汚れに手をかざした。すると光が汚れを洗い流し、バンパーの凹みも綺麗に修復されていった。

 トラックへと乗り込み、ギアを入れ、サイドブレーキを解除する。

 アクセルに足をかけ煙草に火をつけたところで、周囲の景色が動き出した。


「ふう……まだ往路だし、早く帰ってお酒飲みたいなあ」


 灰皿へ灰を落としながら、私はぐぐっと身体を伸ばして運転を再開した。

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戦乙女ブラックライフ 〜戦乙女はトラックで現代人をヴァルハラに送りながら自堕落を楽しみます〜 月緋 @tsukihi-kiseki

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