魔王軍四天王の黒騎士様は今日も今日とて勇者を撃退する。

井の中の水

第1話 魔王軍四天王の黒騎士様は今日も今日とて勇者を撃退する。

花のような香りがするベッドでまどろんでいると、カーテンから朝日が差し込んでいるのか少し眩しさを感じた。


「朝か...」

「んぅ....」


俺は朝が弱い方だ、少しボーっとしながら天井を眺めていると隣で寝ていた子もモゾモゾと動き出した。

俺の右腕を抱えるようにして寝ているので色々と柔らかい感触が伝わってくる。


そちらの方へ視線を向けると、彼女も丁度目を開けたらしく視線が重なった。


「あっ、おはようございます、リアム・・・様」

「うん、おはよう」

「昨晩はその、お願いを聞いてくださりありがとうございました...」

「いいよ、君の可愛い顔も見れたからね」

「はぅ」


俺がそう伝えるとすごく恥ずかしそうな顔をしていた。

この子は魔王城・・・で働いているメイドで、昨日奉仕をしたいとお願いされた。


俺は基本的に来るもの拒まずの精神なのでその申し出を了承していた。

魔王城で働いている男が珍しいからなのか、よくそういったお願いされることがある。


まぁ魔王様からも出来るだけ答えてあげて欲しいと言われてるし。


その後メイドさんは仕事があるからと朝早い時間にも関わらず服を着て退出していった。


「さて、今日も一日頑張りますか」


一つ伸びをした後、俺も服を着て部屋を出る。



俺はこの魔界で唯一の国であるサタナキエルにある王城で働いている。

通称魔王城だ。


その中で俺は第一軍団団長として日々働いていた。


「あ、おはようございますリアム様!」

「おはよう、今日も早いね」

「はい!メイドですから!」

「そっか、お仕事頑張ってね」

「は、はい!ありがとうございます!」


食堂まで歩いているとよくこうやって声をかけられる。

うん、今日も皆元気な様で安心した。やっぱり元気が一番だからね。


「あ、 リアム」

「おはよう、レナ」


食堂の扉にたどり着くと、一人の女性が立っていた。

赤く長い髪をツインテールに結んでいて、強気そうな目をした美人な女性だ。


この子はレナ、俺の幼馴染だ。

そして魔王軍第二軍団団長でもある。


「スンスン、へ~...今日も女の子を連れ込んでたんだ?」

「連れ込んでるって人聞きが悪いな、俺は彼女のお願いを聞いてあげただけだよ」

「ふんっ、どうだか」


レナは五感に優れているので、俺が女性と寝たことを匂いで察したらしい。

何が気に入らないのか分からないけど、凄く不機嫌そうな顔をしている。


「それより食堂に入らないのか?」

「言われなくても入るわよ」


レナは機嫌が良い時と機嫌が悪い時で態度がかなり違う。

どうやら今日は機嫌が悪い時だったらしく、かなりツンツンしている。


まぁ、そんなレナも可愛いので俺は少し微笑ましそうにしながら眺めていた。


「何その顔、ぶん殴りたくなるからやめて頂戴」

「そ、そこまで!?」


どうやら俺の微笑みが気に食わなかったらしい、おかしいな....メイドには評判が良いんだけど。


そんなやり取りをしながら席に着き、食事を始めながら今日の予定を思い出していく。

確か今日は勇者が来る日・・・・・・だから、防衛に当たらないといけない。


基本的に俺ともう一人軍団長の誰かが防衛に当たることになっている。


「なぁレナ、今日の防衛は誰が担当するか知ってるか?」

「私よ」

「なるほどね、じゃあ今日はよろしく」

「ふんっ」


どうやらまだ機嫌は治っていないらしい。

勇者一行と戦う時までには戻ってくれればいいけど、難しそうだな~。


こういう時は手早く食事を済ませて退出するに限る。

それにまだ勇者が来るまで時間があるし、ちょっと第一軍の方にも顔を出しておこうか。




いつからかは分からないけど、随分と昔から人間と俺たち魔族の戦いは続いている。

基本的には国境付近の小競り合いなどが続いていたのだが、人間側が勇者召喚とかいうズルい儀式を行って、違う世界から勇者を召喚した。


勇者たちは一騎当千の力を持っており、瞬く間にこのサタナキエル領土まで侵攻してきた。

領土もいくつか占領されてしまったが、いち早くその情報を握っていた俺たちは直ぐに民の避難を優先し、勇者たちが攻めてきたときにはほとんどの領民の避難が完了した後だった。


あと、占領された領土がサタナキエルにとってそこまで重要じゃないというのも大きかった。


というのも、サタナキエルにとって重要な鉱物が獲れる領土や食料を生産している領土は人間にとって入ることが難しい場所ばかりだ。


強大なドラゴンが闊歩する霊峰や、農地に到達するまでに即死級の毒が蔓延する死の森、大量の化け物が存在する魔界の海にある海底都市。


そう言った人間にとって侵攻できない場所にサタナキエルの重要な領土は存在している。


じゃあ重要な領土を取れない勇者たちが何処を目指すのか?

当然、このサタナキエル王都になる。


サタナキエル王都はその生い立ちから他の領土に比べて到達しやすい場所に存在していた。

勇者以外の人間であっても余裕で到達できる。


王都を攻め込まれたらマズいのではないかと思うかもしれないがそんなことはない。

勇者たちの切り札として、俺たち魔王軍が存在しているからだ。


実際もう一年くらいサタナキエル王都へ勇者が何度も侵攻してきているが、全て防衛に成功している。

というのも、俺も勇者と戦ったのはサタナキエル王都で初めてだったのだが、思ったより弱かったのである。


そもそも俺たち魔族はあまり戦いが好きではない。

まぁ好きな種族もいるのだが、大半の種族が平和にのほほんと暮らしたいと思っている。


だから最初に勇者たちが侵攻してきたときは民の避難を優先させた。

確か軍からの報告だと、避難中に追手が来たことがあったが魔法を一回ぶっ放したら全軍引いて行ったと聞いたことがある。


この事から分かるように俺たち魔族はかなり強い力を一人一人が持っている。

それこそ人間が束になっても勝てないような強い力だ。

魔法然り、身体能力然り、人間とは比にならない。


だからこんな魔界とかいう危険な場所に住むことが出来ている、まぁ魔族にとって魔界は危険とは認識していないだろうが。


そんなことをつらつらと思い出しながら歩いていたら、いつの間にか第一軍の施設までたどり着いていた。


俺たち魔王軍第一軍団は魔王城の東に施設がある。

魔王軍は全部で第四軍団まで存在していて、それぞれ東西南北に施設がある。


俺が扉を開けて中に入ると、今日も皆忙しそうに働いていた。

朝からご苦労様です。


「あ、団長!おはようございます!」

「おはよう、セリアはいるか?」

「はい!副団長でしたら執務室にいらっしゃいますよ」

「ありがとう」


ちょうど近くにいた団員に聞いたところ、副団長であるセリアはどうやら執務室にいるらしい。

俺は俺でやることが色々あるので、基本的に第一軍の執務は彼女が担当していた。


実は俺ってお飾り団長じゃね?と思うこともあるが、それを言うと皆全力で否定してくる。


「入るぞ~」

「あ、団長。おはようございます」

「おはようセリア」


執務室の中に入ると、ショートボブの青髪で頭の上に青い狐耳や青いモフモフ尻尾を生やした小柄の可愛い女性が執務室の席に座っていた。

この子が魔王軍第一軍団の副団長、セリアである。


「今日は勇者対応の日ではありませんでしたか?」

「そうなんだけど、まだ時間あるし報告を聞いておこうかなって思ってね」

「そうでしたか、それでは手短に伝えさせていただきます」


俺たち第一軍団の仕事は、主にスカウトだ。

有能な人材を見つけてはスカウトし、有用な魔物が居れば調教して従わせる。


その後はスカウトしてきた人材や魔物を各所に配置するのだが、よく第一軍で働かせてほしいと居座ることがある。


おかげで魔王軍の中でも第一軍は一番種族が多様だ。

このセリアも実は俺がスカウトしてきた人材だった。


魔王城の内政官としてスカウトしたのだが、本人の強い希望によって第一軍団にとどまっている。


俺は執務室にあったソファーに座りながら、セリアの報告を聞いた。


「今月スカウトに成功した魔族は50人、魔物は20体になります。その中でも今回初めて幻狼人族のスカウトに成功しました」

「お、マジで?凄いじゃん」

「はい、幻狼人族の村に向かったところ、外に出たいという村人がおりました。能力も申し分なくこれからに期待できる人材です」

「そうだね、幻狼人族は幻術に長けてるから色々やれることはあるからな~」

「はい、なので既に各所で取り合いが発生しています」

「だろうな~」

「他にも金剛龍や水猫の確保に成功しました」

「水猫!?マジで!何処にいる!」

「ふふ、団長がそういうだろうなと思って第一軍で確保してあります」

「よくやったセリア!!」


実は俺は、大の猫好きである。

今まで色んな猫種を見てきたが、まだ水猫は見たことがない。


水猫はまさに液体が猫になったような姿をしていると聞いたことがある、俺も絵でしか見たことがない。

ヤバい、勇者対応なんかしないで直ぐにでも水猫の所に行きたい。


「リアム様、分かってるとは思いますが水猫の所へ行くのは勇者への対応が終わってからですよ?」

「あ、あぁ。もちろん、分かってるぞ?」


本当は今すぐにでも行きたい。

くそ、勇者め、ここまで俺を苦しめるとは、中々やるじゃないか...。


「っと、そろそろ時間ですね、向かわれた方がよろしいかと」

「お、そうだな。報告ありがとう、勇者対応が終わったらまた顔を出すよ」

「はい、お待ちしております」


そんなことを話していたら、どうやら時間が来てしまったようだ。

待っていてくれ水猫、勇者なんか直ぐに蹴散らして迎えに行くからな!


魔王城の城門前に行くと、レナの姿があった。


「あんた、まだ鎧着てないの?これから勇者対応に行くのよ?」

「ん?あ、ホントだ。忘れてた」

「しっかししなさいよ、そんなラフな恰好で出て行ったら市民に幻滅されるわよ」

「そりゃマズイな、直ぐに着るよ」


レナの言葉を聞いて初めて鎧を着ていないことに気が付いた。

まぁ、鎧を着ると言っても魔法で作る鎧なのでこの場で直ぐに着れてしまう。


腕を一度振ると、俺の周りに黒い靄が現れ体を包み込む。

その靄は徐々に形を作っていき、直ぐに黒い鎧へと変化した。


「どうだ?今日はここに猫のレリーフを入れてみたんだ、可愛くないか?」

「あら、可愛いわね」


俺は左胸を指しながら猫があくびをしているレリーフをレナに見せびらかす。

レナも可愛いものが好きなので、特に否定することなく興味深そうにレリーフを見ていた。


「っと、まだ見ていたいけどそろそろ行くわよ」

「りょーかい、それじゃあ門番さん、開けてくれる?」

「はっ!承知しました!」


俺が門番に頼んで門を開けてもらう。

すると目の前には大勢の魔族の姿が見えた。


民衆は俺とレナの姿を確認すると、一斉に声をあげる。


「黒騎士様ー!!」

「今日もカッコいいです~!!!」

「レナ様!頑張ってください!!」

「抱いて黒騎士様~!」

「ちょっと!私が抱いてもらうのよ!」

「黒騎士様!お嫁さんにしてください!」

「レナお姉さま!罵ってください!!!」


左右に大勢の魔族が並んだ道を、手を振ったりしながら歩いて行く。

俺はこの光景が好きだ、皆が幸せそうにしている顔を見ることが出来るから。


「ホントあんたって民衆に人気よね」

「そうかな?」

「そうよ、今聞こえる歓声もほとんどあんたに向けたものでしょ?」

「まぁ確かに多いかもしれないけど、レナに向けられてる歓声も結構あるぞ?ほら、罵ってくださいとか聞こえてくるし」

「絶対嫌よ」


レナはその勝気な性格から、一部の民衆に絶大な人気を誇っていた。

そしてファンクラブも存在している、通称RNT(レナ様に罵られ隊)である。


本人に知られないようにひっそり?と活動しているので、レナはファンクラブの存在を知らない。

レナに言ったらどんな反応をするか気になるところではあるが、知らない状態の方が面白いので黙っておく。


そんな感じで道を歩いていると、不意に俺の前に小さな影が飛び出してきた。

なんだ?と思って確認してみると、そこには小さい女の子の姿があった。


「ちょっと、危ないわよ?」

「す、すみません!あの!黒騎士様!」

「うん?どうしたんだい?」


レナの注意も分かる。少女は飛び出してきたが、もしここに馬車が通っていた場合かなり危ない状況だ。

それでも少女は何か俺に伝えたいことがあるのか、不安そうな目をしながら言葉を発する。


「こ、これ....受け取ってくれませんか?」

「うん?これは...」


少女が差し出してきたのは綺麗な花だった。

立ったままではよく見えないので、膝をついて少女と視線を合わせ花を見てみる。


透き通るような緑色の花弁をした綺麗な花だ、確かこれは...


「エメラルドフラワーです!花言葉は...」

「貴方に幸せを、だよね?」

「は、はい!黒騎士様が勇者対応に行かれるので、少しでも幸運な事があればと...」

「そっか、ありがとう。すごくうれしいよ」


そう言いながら俺は少女から花を受け取る。

その花の匂いを嗅いでみると、とてもいい香りがした。

少女は凄く嬉しそうにしており、この笑顔を見ているだけで今日はより一層頑張れる気がした。


「さぁ、ここは危ないからもう戻ったほうが良いよ」

「は、はい!頑張ってください!」


そう言いながら少女の背中を優しく押すと、列に戻っていった。

列に戻った後もこちらに手を振っている。


可愛いな、もし俺に子供が出来たらあんな子に育って欲しいと素直に思った。


「ホントあんたって対応が甘いわよね」

「そうか?まぁいいじゃん、こんなに綺麗な花をプレゼントしてくれたんだから」

「はぁ、まぁいいわ、さっさと行くわよ」

「りょーかい」


俺は少女に貰った花に保存魔法をかけた後、異空間庫に仕舞い先を歩くレナの後を追った。


外壁にたどり着くと、門番が俺たちに敬礼をしてきた。


「お疲れ様です!黒騎士様!レナ様!」

「お疲れ様、門を開けてもらってもいい?」

「はい、直ちに開門いたします!」


レナが門番にお願いして開門してもらう。

ゆっくりと開く門の先を見てみると、遠くに軍勢が見える。


あれが勇者軍一行だ、大体5万人くらいだったかな?


「それでは御武運を!」

「行ってきます」


門を潜り勇者たちが待っている場所まで俺とレナで歩いて行く。

距離が近くなるにつれて徐々に姿がハッキリと見えるようになってきた。


正面に三人の人間が立っており、その背後に軍が待機している。

この事から分かるように、正面に立ってる三人が勇者である。


「あんた、今のうちに兜も付けときなさいよ」

「あ、忘れてた」


どうやら今日の俺は忘れっぽい日らしい。

城を出る時も鎧を着忘れていたし、今も兜をつけ忘れていた。


急いで右手で顔を覆い、魔法を使う。

そうすると鎧の時と同じように黒い霧が出てきて直ぐに兜の姿を形作った。


その姿を確認したレナが再び歩みを始め、俺たちは勇者軍の目の前までたどり着いた。


目の前に見えるのは五万の軍勢、対して俺たちは二人のみ。

魔王軍を出さないのか不思議に思うかもしれないが、実は二人だけの方が効率が良かったりする。


それに魔王軍を出しちゃうと沢山人を殺すことになってしまう。

それは俺たちとしても避けたいので出来るだけ少人数で対応することになっていた。


「四天王!今日こそお前を倒す!」

「まぁ、期待してるよ」


中心に立っていた男の勇者がそんなことを言い出した。

最近知ったことなんだけど、俺たちはどうやら四天王と呼ばれているらしい。


よく名付けたもんだと思うが、不思議と良い響きなので俺は気に入っている。


「それで、今回はどうする?」

「そうね~、今日は暴れたい気分だから私が軍団の方を相手するわ」

「了解、じゃあ俺が勇者の相手だな」


基本的に勇者軍の対応をする場合、一人が勇者の対応を行い、もう一人が軍勢の対応をすることになっていた。


今回はレナが軍勢の対応をしてくれるので、俺が勇者の対応をすることになる。


「それじゃあ行きましょうか」

「そうだね、程々に頑張ろうか」


俺たちが動くことを察したのか、勇者軍も構えを始める。

そして戦いが始まった。


まずはレナが飛び出し勇者を飛び越えて軍勢の方へ突貫していく。

おぉ〜凄い、人間がポンポン飛ばされている。

暴れたいと言ってたのは本当のようだ、だが何故そこまで暴れたいのかは分からない。


そんな感じでレナの戦いを眺めていたら勇者の一人が突っ込んできた。


「覚悟しろ黒騎士!ハァ!」


勇者の一人が持っている聖剣を使って俺に斬りかかってきた。

うん、でも、遅いな~。

以前来た時よりは早くなってるけど、まだまだ遅すぎる。


俺に聖剣が届くまでご飯三杯はおかわりできそうだ。


「う~ん、前よりは早くなってるけどまだまだ遅いね」

「クソ!俺はこの一ヵ月死ぬほど努力したんだぞ!?なんでだよ!」

「努力が足りないんじゃないか?」

「クソが!」

「という事で、また来月出直してきてね」

「グア!」


何度か勇者の聖剣を避けてから、面倒だったので一撃で気絶させた後元居た場所に投げ飛ばす。


他の勇者二人は飛んでくる勇者を見ているだけでキャッチしようとしていない。

大丈夫か?そのままだと勇者が...、あ。


ドシャっという音と共に勇者が地面へ激突した。

大丈夫だよな?死んでないよな?仮にも勇者だし大丈夫だと思いたい。


「菫先輩、キャッチしないんですか?」

「嫌よ、手が汚れてしまうわ。そう言う絵里こそ受け止めてあげないの?」

「うげ、それで勘違いされたらどうするんすか。絶対嫌ですよ!」

「ほら、絵里だって嫌そうにしてるじゃない」

「まぁ日頃の行いっすよね~」


なんか残りの勇者がキャッキャッと言い合っている。

しばらくすると落ち着いたのか、小柄なほうの勇者が歩み出てきた。


「それじゃあ黒騎士さん、今月もよろしくお願いします!」

「はいはい」


律儀にそう言いながら一足飛びで俺のところまで迫ってくる。

さっきの勇者よりは早いな、先月よりも早くなってるし良い成長だ。


「行くっすよ!千打!」


そして勇者が攻撃を繰り出してきた。

この攻撃はこの子が得意としている技で、数秒間の間に千回拳を叩きつける技だ。

うん、こっちも先月より早くなってるな。


そして三秒が経過し拳が全て振られた。

最後の一撃を俺が受け止めた状態で総評を話すことにする。


「うん、いいね。大分早くなったと思うよ、その調子で出来れば一秒で千回振れるようになろうか」

「うへ~、これでもまだ遅いっすか?」

「そうだね~、俺たち魔族の中じゃ遅い方かな?」

「マジっすか、やっぱり魔族って凄いっすね~」

「どうする?他にも何か見ようか?」

「う~ん、そうしたい所ですけど先輩が我慢できなさそうなんで今月はこの辺にしときます。でも来月は色々見て欲しいです!」

「分かった、じゃあ気を付けて帰れよ」

「ありがとうございました!」


最初に襲ってきた勇者は何故か魔族に強い敵意を持っているが、他の二人の勇者は実のところそこまで敵意を持っていない。


それにかなり素直な性格で、たまたま俺が戦いのアドバイスをしたときにそれを実直にこなしたらしく、動きが見違えるように変化していた。


それから俺は面白くなったので、時々こうしてアドバイスをしていた。

やっぱり素直な子は可愛いね。


そして小柄な勇者が下がると、もう一人の勇者が前に出てきた。


「先月ぶりです、黒騎士様」

「うん、先月ぶりだね」

「この一ヵ月の成果、見てください」

「はいよ」


勇者は静かに武器を抜きながら構える。

この勇者が持っている武器は刀という武器らしくて、勇者が召喚された世界にある武器らしい。


切ることに特化した武器らしくて、俺の鎧も僅かだが切られたことがある。

多分三人いる勇者の中で一番戦闘の才能があるのはこの子だろう。


「では、行きます!ハッ!」


その言葉と共に勇者はその場で刀を一振りした。

すると不思議なことに、離れていても斬撃が俺の方へ飛んでくる。


初めてこの攻撃をされた時はこんな攻撃があるのか~と結構ビックリした覚えがある。

飛んでくる斬撃を眺めていても仕方ないので俺は拳を突き出して斬撃を相殺する。


「やはり動じませんか」

「前より威力は強くなってると思うよ」

「ありがとうございます、それでは次は近距離で行かせてもらいます!」


勇者は斬撃を放った後俺の方へ飛び出してきた。


三人の勇者の中でもこの子が一番強いので、そのスピードも桁違いに早い。

まぁ早いと言っても人間レベルにしては早いといったところだけど。


「やぁあああ!」

「ふむふむ」


俺の前を乱れ舞う刀を弾きながら戦い方を観察していく。


「おー、結構頑張ったね。振りも早くなってるし歪みも少なくなってる」

「まだまだっ!エンチャントエレメント「いかずち」」


戦いながら感想を漏らしていると勇者が魔法を使いだした。

確かこの魔法は持っている武器に属性を付与するものだったはずだ。


魔法を受けた刀は雷を纏っておりバチバチという音が鳴っている。

生身で食らったらちょっと痺れそうだなと思うが、俺が今着ている鎧には効かないので同じように手で弾いていく。


「轟雷!!」

「おぉ?」


勇者がそう言いながら上段から攻撃をしてくると、空から俺に雷が落ちてきた。

その衝撃は中々の物があり、地面に罅が入っている。

ま、俺は無傷なんだけどね。


「こ、これでも無傷ですか…」

「いや、結構良い攻撃だと思うよ。それこそ俺以外だったらちょっとはダメージ受けてると思うし」

「でも、黒騎士様には効きませんでした…」

「自分で言うのもなんだけど、俺結構強いからね~」

「結構どころではない気がするのですが…」


そんなことを話している間も勇者軍の方では人間がポンポン空を飛び交っている。

あ、さっき戦った小柄な勇者が飛んでいった人間を回収してる。


「あ、猫ちゃん…」


今日のレナは大分荒れてるな~と眺めていたら、突然目の前の勇者がそんなことを呟いた。

その瞳は俺の左胸を凝視している。


そういえば今日は猫のレリーフを入れてたんだっけ?


「猫、好きなのか?」

「あ、はい…。この世界には色んな猫ちゃんが居てとても良いです」

「勇者が居た世界にはそんなに居ないのか?」

「そうですね、猫は居るんですけどこちらの世界程バリエーションは多くないですね」

「そうなのか…」


なんと勇者の世界では猫の種類が少ないらしい。

それは人生の大半を損してるのではないだろうか?

よかった、この世界の生まれで。


「どんな猫が好きなんだ?」

「そうですね、沢山いて悩ましいですけど一番好きなのは羽根猫です」

「あー、羽根猫可愛いよなぁ~」


羽根猫というのは背中に鳥見たいな羽根が生えた猫の事である。

第一軍団で管理している猫たちの中にも羽根猫がいるので俺もよく遊んでいる。


勇者が猫好きと分かったのも何かの縁だろう。


「ちょっと待ってな、よいしょっと。これ要る?」

「こ、これは…?」

「前に作った羽根猫のフィギュア」

「か、可愛い…良いんですか?」

「うん、いいよ。こういった模型とかあんまり出回ってないし、自分で言うのもなんだけど結構いい出来だと思う」


このフィギュアは俺が昔魔法の練習をしていた時に作ったものだ。

鎧を作る魔法もそうだけど、こういった形を作る魔法は得意だったりする。


「あの、それでは頂いても良いですか?」

「はいどうぞ」

「ありがとうございます…か、可愛いぃ」


勇者に羽根猫フィギュアを渡すとすぐに両腕で抱えて笑顔で見つめだした。


「今回もありがとうございました、また来月お願いします!」

「うん、頑張ってね。君はそのまま努力したらかなり強くなれると思うよ」

「はい!」


そう返事をすると勇者は元の位置に戻っていった。

それと同時にレナが俺の隣へ姿を見せる。


「ふぅ、スッキリしたわ」

「随分と今日は荒れてたな、殺してないよな?」

「失礼ね、ちゃんと手加減はしてるわよ」

「まぁそうだよな」

「あんたこそちゃんとやってたのかしら?」

「あぁ、ちゃんと倒したぞ?」

「ふ~ん?なんか猫の模型持ちながらキャッキャしてるように見えるけど?」


レナの言葉を聞きながら勇者の方を見てみると、確かに猫のフィギュアを渡した勇者がもう一人の小柄な勇者にフィギュアを見せつけていた。


「見て絵里!黒騎士様に貰ったんだけど凄く可愛くないかしら?」

「おぉ!可愛いっすね~、これ何で作ったんすかね?」

「確かにどうやって作ったのかしら?普通に彫刻したにしてはリアル過ぎるわね?」


う~ん、確かにレナの言う通りキャッキャしている。

ちなみに最初の勇者は彼女たちの足元で未だに気絶している。


「でも一人はちゃんと気絶してるだろう?」

「ホントあんたって女に甘いわね」

「そんなことないと思うけどなぁ~」

「そんなことあるわよ」


勇者軍を眺めながらレナとそんな話をしていると、勇者軍は撤退を始めた。

大体いつも勇者が戦いに敗れた時を見計らって勇者軍は撤退を開始する。


「じゃ、俺たちも帰りますか」

「そうね、汗もかいちゃったし早く帰ってお風呂に入りたいわ」

「俺も早く帰って水猫に会わなければ!」

「お風呂入ったら私も行くから見せなさいよ」

「いいぞ、猫宿舎にいるはずだからそこ集合で」

「分かったわ」


俺とレナはサタナキエルへゆっくりと歩いて向かう。


あの勇者たちと関わりを持ってからそんなに悪い人たちではないとは思うようになったけど、絶対とは言い切れない。

実際いくつかの街は人間の手に落ちてるし。

ま、勇者軍が本気を出して攻めてきたとしても俺や他の軍団長だけで守り切れそうだけど。


「勇者対応お疲れさまでした!」

「ありがとう、開けてもらえるかしら?」

「直ぐに開門いたします!」


門が開くと行きと同じように沢山の国民が笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。


「黒騎士様!今日もありがとうございます!」

「レナ様~!今度お茶してください!」

「採れたての果物よかったらどうぞ!」

「今度うちのお店にも来てください!」


うん、やっぱり俺はこの光景が好きだ。

みんなが幸せそうにしているこの光景が好きだ。


「ほら、さっさと行くわよ」

「はいよ」


だから俺は、この大好きな光景を守るために今日も今日とて勇者を撃退する。


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