雪が降る日は

橘しずる

第1話

 今年も空から白い綿が舞ってくる

 この頃になると、脳裏の奥深いところからわき上がる記憶がある

「俺も年取ったな………」

 もう使うことのない登山道具を、整理している

「………登らなくなって、数年経つか」

 俺はふわりと霧に包み込まれた感じになる

 辺りはひんやりとしている………俺の手には、登山道具が握られていた

「あの日……あの雪山に行かなければ……」

 俺は今は亡き友人を偲んでいる………

 

 

 

 

 

 

 大学の登山部に所属していた俺

 仲間ととある雪山に登山することとなった

「御来光を拝もう……」

 仲間でワイワイガヤガヤと語り合う

 俺の友人がぼそりと呟いた

「その山は夏頃がいいと思うけど……」

「なんだよ。怖じ気ついたか?」

 副部長が友人にニンマリとしながら、顔を覗き込む

「雪山登山は初めてじゃない……その山は登山者泣かせだし………」

 俺は友人の呟きに黙って聞いていた

「とにかく、決まりだ………登山道具の手入れを怠るなよ」

 部長の鶴の一声が部室に響きわたる

 決行は二泊三日の工程で12/29からになった

 

 

 

 登山当日は雪山近くのロッジに一泊した

「明日は早く出るから、ゆっくりと体を休ませろよ」

 部長が部員に声をかけた

 外はちらほらと白いものが舞い始めている

「明日は登らない方がいい………」

 ぼそりと友人が呟いた

「雪、止んでくれないかな……」

 もう一人の友人が呟いた

 俺は一抹の不安を抱きながら、外を眺めていた

 登山をしていて、感じたことのない感覚だったのを覚えている

 

 

 いよいよ、雪山に向かうこととなった

 登り始めは天候が良かった……しかし、山の表情は変化しやすい

 晴れている時は、雪山の壮大さを感じながら登っていた………中腹に近づくにつれて天候が怪しくなってきた

 空から白いものが舞い始めている

「もう少し歩けば、山小屋がある……みんな頑張れ」

 部長が一人一人に声をかけた

 足が重い………視界も舞い散る雪で、見にくい状況になっている

「部長、山小屋が見えてきました」 

 副部長が部長に声をかけた

 吹雪く前になんとか全員が山小屋に入ることができた………しかし、その山小屋はひどく荒れ果てている

「しばらく、ここで休憩をしょう」

 部長が重いリュックをドサッと下ろした

 山小屋の囲炉裏に火を起こして、室内を暖かくしている……俺は周囲を眺めて、ふと部屋の隅で休憩している友人を見た

「大丈夫か?」

 ガタガタと震えている友人に声をかけた

 友人は虚空を見上げ、何かに怯えている様子だった

「………来る………来る………下山をしたい」

 ボソボソと呟いている

 近くにいた副部長が友人の様子を見て

「何が来るんだ? しっかりしろよ」

 と声をかける

 部長が副部長二人を呼んで、今後のスケジュールを話し合っている

 その様子を見つめ、友人は呟いた

「あいつらが来る………下山しろよ」

 友人の表情が、背筋にヒヤリとする感じの表情

 に変わった

「あいつら? 誰だ?」

 俺は震える友人に毛布をかけてやる

「よく聞け………この雪山には、魔物がいるんだ」

 友人は俺にしがみついた

 

 

 寒さで目が覚める

 すでに日もくれ、逢魔が刻になっていた

 部員はうつらうつらしている……僅かな灯火のようになった囲炉裏の火を起こす

「う、ううん」 

 隣で休んでいる友人が、うなされている

「魔、魔物が来る」

 うわ言を言っている

 

 ザッザッザッザッザッザッ……

 荒れ模様の外から、行軍している足音が聞こえて来る

 その足音は、自分達が休んでいる山小屋に向かっている 

 俺は友人を見た……友人は目を見開き、山小屋のドア見つめている

「お、おい!」

 俺は友人に話しかけるが、友人は突然、ドアに向かって走り出した

 バタン!

 ドアが開くと同時に雪混じりの風が部屋に入り

 込んだ

 部員達はなんだ?なんだ?と飛び起きた

 俺は外へ飛び出す友人の背中を見つめだけで、尻込みをしてしまった

 開け離れたドアの外にモヤモヤする白い霧が、人影のようなシルエットを描き出していた

 そのシルエットの中で友人が立ちすくんでいた

「おい!何をしているんだ!」

 部長と副部長が、友人を山小屋に入れた

「火を起こせ!」

 俺は山小屋の外の白い霧を見つめながら、囲炉裏の火を起こす

「ドアを閉めるの手伝え!」

 風が強いのだろう……数人の仲間が手伝う

 友人は虚空を見つめ、独り言を呟く

 突然、閉めたドアが勢いよく開いた

 と同時に白い霧が俺達に襲いかかってきた

 

「ウワッ!」

 囲炉裏の火は消え、俺達は白い霧をかすめるように開いた入口から飛び出した

「あっ!⚪⚪!」

 俺は友人の名を呼びながら、山小屋に入ろうとする

「止めろ!」

 部長にガッチリと捕まり、雪の中に倒れる

「ギェェー」

 友人の絶叫が山小屋の中に響き渡る

 同時に白い霧が白々と朝焼けに溶け込むように消えていった

 俺達は山小屋の中に戻り、絶句をする

 友人は消えて、囲炉裏の火がチロチロと燃えていた

 

 友人は山小屋の近くにある森の中で、帰らぬ人となっていた

 下着姿で発見された……恐怖の一夜から、俺達は下山をし友人の捜査に参加して二日後の出来事である

 一体、友人の身に何があったのだろうか?

 白い霧と行軍らしき足音はなんだったのだろうか?

 

登山道具を押入れにしまった 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪が降る日は 橘しずる @yasuyoida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る