ちょっとお菓子な夜長さん
藤村時雨
1話 夢のような世界で
この世界はまるで、白昼夢と似た感覚があった。
「またハズレか……」
黄昏色に染めた放課後の景色、青い月が傾き始める頃、夜の境界線に触れていた日永湊は期待外れの結果に溜め息を吐いていた。
高校の下校途中、藍堀商店街に立ち寄り、期間限定のネコのキーホルダーがあるカプセルトイの設置台の前で悪戦苦闘をしている様子。
最低一時間は経過しており、お目当ての景品は目視出来ていない。
両替機に吸い込まれる千円札。投入口に消えていく硬貨。
閑散とした商店街に響き渡る自販機のハンドル音。
何度も回しても結果はハズレばかり。中身の見えない不透明の黒色カプセルだけあって、砂漠に落とした鍵を探しているような気分に襲われる。
(……滅茶苦茶帰りたい)
癪に障り、湊は笑顔の状態でキレる。
そんな他人の苦労をカラスが知るワケがなく、畳んでいた黒い翼を羽ばたかせ、勝手に明後日の方角へ飛んでいくと風見鶏は煽るように躍り続ける。
開ける方法はシンプルなのに。適当に巻いていたセロハンテープを剥がすという二重苦。時世的にカッターナイフは持参しておらず、黙々と剥がす作業に嫌気が差してきて、あまりにも非効率が過ぎると今更気付いた。
(どうせ、僕は無駄な人生を過ごすんだろうな)
逃げるように遠い目をして、それでも湊は構わずにハンドルを回す。
意味はない。特別な理由もない。退屈を薄めているだけ。無駄な時間を過ごしていると湊は自覚している。生粋の猫好きだと自負している。けれど間延びを求める神様の
「なんだよ、パタスモンキーって……」
ウサギやパンダといったポピュラーな動物達が混在している中で、不適切な異彩を放つ霊長類に言葉は失う。反応に困るというか。
(圧倒的に可愛くないなコイツ。まあ、コアラよりもまだマシな方か)
絶妙なまでの低クオリティー。可愛さの欠片が微塵もない。
カプセルを開けた瞬間、はみ出したマヌケ面と目が合い、オマケには謎の失望感に拍車が掛かり、不穏な空気に包まれる。
「……いや、まてよ? ルアーに改造すれば魚一匹釣れるか? ルアー買った方が魚釣れるじゃん。というか商品化するほどの人気か?」
他人事みたいな温度差で当たり前なことをポツリと呟いた。
価値観の違いとか。複雑な人間関係とか。
明日の天気予報とか。正直湊にはどうでもいい話で、生きるのに必要なのは隣の他人じゃなくて、自分だけの時間を作ることだと、人間性の本質に辿り着いた。
一度限りの人生なんだ。
不公平な神様がくれた日常を、青春謳歌を、思う存分贅沢に楽しむ為に。
心の退屈が腐る前に。明日死んでも構わないように。
道草を食うことを湊は決めた。
心残りはない。
「処分するのウザいな……。あ、そうだ。折角なんだし、クラスメイトにガラクタ配るとしますか!」
解決策を閃いた湊は指をパチンと鳴らし有言実行に移す。
肩を軽く回して、萎縮した体の筋肉を解すと、年相応の好戦的な笑みを浮かべた湊はカプセルを回収箱に向けて投擲し始めた。
ネコのキーホルダーが欲しい。
それ以外は全て廃棄処分なのだが、出品物として転売すれば少なからず利用価値はあるものの、同じ轍を踏むことはない。
湊は理解している。強欲は視界を塗り潰すことを。
金の魔力は暴力的で、執着心が拗れるほど自分自身を見失う。支配という名の存在価値に無頓着の湊にとって、真作だろうが興味がなければ可燃ゴミと同然。
宝の持ち腐れだった。
道草食えば痴情の縺れに巻き込まれずに済むし、動物系の動画を見ると癒されて人間の醜い部分を見なくて済む。ただし、ペット系の動画は一刀両断。
ちょっとお菓子な夜長さん 藤村時雨 @huuren
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ちょっとお菓子な夜長さんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます