かえりみち

アルガ

第1

私は二十代の男。人生になんの価値も見いだせずにただ生きている。そんな徒歩十分の帰り道、私は未知なるものを発見した。


「未知なる道……ははっ」


そう、その物体は道だった。なんというか道をポンッとそのまま置いている不安定の塊のようなものだった。まあ詳しいことはどうでもいい。そんなことより好奇心が抑えきれない。さっそくその道の真ん前に立ってみると、まさしく誘引のブラックホール。見るものを引きせてしまう……

それを見続けていると、聴覚までも惹きつけられてしまったらしく周りが聞こえなくなっていた。いや違う、音はする。水中に潜ったときのような……そうだ耳鳴りだ。ずうんと沈まされた感覚だけが残っている。


「入ったら絶対にやばいよなー。でも気になるんだよなー」


気づいているのは自分だけ、という優越感。自分を滅ぼしてしまう事象であっても、今の私の心は満足に満ち溢れている。


周りを見渡してみると雑踏する人間と、新たな道が現れていた。未知なる道が二つ目だ。耳を澄まして観察することは出来ないので、のっそりと乗り込みながら覗く。中身はなにもない。幼少期にあった金縛りで見た景色と似ているが、天井の明かりがないからか不安感が残り続ける。誰も助けてくれない状況ではいじらしく感じた明かりが今は恋しい。

それを見続けていると、目の電池が切れてしまったような感覚に陥った。身体は動けるが、目はうんともすんとも言わない。そんな感覚だ。音も聞こえない、目は見えないのはこんなにも恐ろしいとは初めて知った。これはそう……海の底のようなものだ。小学生の頃、私が小さなプールで溺れかけたのと似ている。私の身体と鼓膜、魂さえも沈んでいってしまうときだ。


「……三つ目がある気がする」


視覚も聴覚もないが、なにかが存在しているのが分かった。おそらく新しい道だ。のそりと歩みを続け、それの近くに寄ろうとする。けれど進んでいる気がしない。歩めど歩めど足が動かず、歩いているつもりという感覚が間延びしているだけだ。

しばらく放心状態でいると、あらゆる五感が戻ってきて視界が開けた。パアッと明るい先には川があった。でもただの川ではない。怨念が込められし川、罪過の川。そう三途の川だ。あの三つのみちは三途への通りだったとは。ゆっくりと見渡すと、他にも人間がいた。こんなところにいるというのに私と同じく一般人だ。明らかな異常者であれば、私はただのラッキーボーイだったのに残念。


「石を積めば開放してやる」


ぼそりとつぶやかれた言葉は私に向けた物か、私以外なのか分からなかった。いやそもそも声の主がいない。周囲を確認しようとすると頭に衝撃が渡る。後ろからの強打に対応できずに地面が目の前に近づき、そのままの姿勢に倒れ込んでしまった。倒れ込んだ先は無数の石、受け身も取れないので生傷が重なる。


「返事をしろ。大罪人が」


立ち上がろうとするが何も出来ない。三途の川の管理人?なのだろうか、かなりのフルスイングで金棒を私にぶつけてきたようだ。豚の皮を被ったような人間、肉付きは良いとは言えず痩せた体型だ。ゲームならば太った人間がそのようなキグルミをつけるというのに違和感がある。

しかし痛い。どくりどくりと血が暴発している。生ぬるい血液が石に伝わったらしく、ルビーなる紅玉になってしまった。そのルビーを見届けると私はつい意識を手放し眠りに入った。



「おい座木! お前ほんとうに気持ち悪いよな。学校に来るんじゃねーよ!」


「あははは、ごめん」


古い記憶が蘇った。いつの時代か分からないけれど、イジメの現場をただ見守っている傍観者の私だ。イジメを行っている人物の名前は覚えていない。けど分かる。座木、内気なまあ良いやつなイジメられっ子だ。隣の席になったときに少し話しただけだった。周りからは私が可哀想だと言われ、なんとも反応できずに苦笑いしか出来なかったな。

もしかしてこのせいなのか? 私がこの地獄のような空間にいるのは。悪人をただ見逃して、のうのうと今まで生きてきたせいなのか?


「いつまで寝てる。起きろ石を積め」


この目の前の豚はどこかで見たような気がする、プールだか水泳だかで見た。……ああ思い出した。座木だ。あの痩せっぽちた体型も馬鹿にされていたし、半袖の彼の腕は印象深いものだった。

それにしても石を積め……か。積めばここから開放と言っていたが、それは本当なのだろうか。たぶん彼は私を恨んでいるかもしれない。まあなんでもいいか、あの三つの道の体験は最高だったことは確定しているしな。


「……おっと金棒が当たってしまった。もう一回だ」


適当なことを思索していると、数段重ねられた石は崩されてしまった。なるほど座木の復讐はこれなのか。だが私一人だけ復讐するのか。主犯格の連中でなく私とは、目の付けどころが賢いのか馬鹿なのか分からないな。

……やっぱり殺すかこの豚。


「がっ……な、なんで攻撃される!? この呪術成功しているはずな……」


なんだか長そうな御託が来そうだったので、二度目の攻撃は頭を狙った。私の血が付いたルビーなる紅玉で始末した。

呪術を成功させるのもいいが、筋トレでもして身体を大きくするば私への八つ当たりは長続き出来たのに馬鹿だな。



周囲からの視線を感じ、まぶたを開けるとそこは現実だった。どうやらあの三途から戻ってきたらしい。どちらにせよ家に向かって帰ろう。成人男性が道路に立ち尽くすのは怪しすぎる。

いつもの道をせっせと歩きいつも通りに帰宅した。ああ安心だ。あんな豚と一緒にいる三途より安心安全。パッとテレビをつけ、コンビニで買ってきたパンを食べる。リモコンはすぐに消せるように手元に置きニュースを眺めてみた。


「ニュースです。昨晩、ある二十代男性が不審死を遂げました。頭部を潰されており、豚の面を被されているようです。男性の自宅には、星型のサークルとあるメモが残されており、成功したあとはクラスメイトを呼ぶのみなどと書かれていたそうです」


……呪術って凄いな。どうでもいいや。私は私の人生という道を取り戻せたし……まあ人の倫ではないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かえりみち アルガ @aruga_2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ